34.イタリア遠征
これまでのあらすじ
ブランデンブルクの常備軍設置は資金問題に直面していた。その時国王が訪れ、国王の頼みと交換条件に融資を行うという。
ブランデンブルク城に衝撃が走る。
「アクア教を、潰す?」
俺は口に出して繰り返す。
「そう。この国の民を救う。」
国王は遠くを見つめているが、その瞳には決意が宿っていた。
「申し訳ございませんが、もう少し説明を。」
父が要請する。
「この国の南。教皇領付近で疫病が流行っているのは知ってる?」
皆頷く。それはそうだ。ブランデンブルクの資金問題の発端はそれだ。
「君たちは信者じゃないからはっきり言うけど。それは教会の責任だ。」
国王は続ける。
「疫病の原因はたぶん、街が汚いから。教会は資金には困っていないのに、民衆の助けになろうともしない。それどころか___」
国王は拳を強く握った。子供の小さい手に、これでもかと血管が浮き上がる。
「奴らは、救済符を売り出した。」
「救済符?」
「そう、疫病から守ってくれるという、お守りみたいなものかな。」
「実際にそれに効果はあるの?」
俺は質問する。国王は首を横に振る。
「でも、たとえ疫病にかかって死んでも、魂の救済は保障されると言いふらした。」
この世界にも死後の世界という概念がある。アクア教では魂が肉体から離脱し、『流れ』とやらに還帰するんだっけか。それを救済というらしい。俺としては微塵も興味がないので、文言だけ覚え、その意味までは考えてはいない。
「魂は__救済されるの?」
俺がそう言うと。国王は立ち上がり声を張り上げた。
「そんなことは知らない!!だが教皇領のやつらは私腹を肥やすことしかしないんだ!何が魂の救済だよ。あいつらが疫病に対応しないせいでどれだけの人が死んだんだよ。あいつは、ただの、人殺しだ。」
国王は頭を抱え椅子に、無気力に座った。キャスが近寄り、背中をさする。
「ごめん。ありがとう。」
国王はそれだけ言い、黙ってしまった。重い沈黙が続く。そしてそれを破ったのも国王だ。
「僕、嫌いなんだ。他人に振り回されるの。」
その声は小さかった。
「弱者を支配しようとするあいつらも嫌いだし、それにすがる国民も嫌い。宗教なんて、大っ嫌い。」
国王は顔を上げ、俺達全員の顔を一瞥する。
「でも、君たちは好き。自分たちの力で軍を作って、森の民から自分たちを守ろうとしている。かっこいいよ。」
「だからここに来たんだよ。バランタイン君。君に手伝ってほしい。」
国王は真っすぐこちらを見た。力強いまなざしだ。王のまなざしだ。
彼には人を引き付ける魅力がある。俺は彼に共感のようななものを覚えた。魔力を扱える稀有な者同士のシンパシーではない、もっと大事な何かで、俺達は似ている。
「分かった。手伝うよ。」
国王は目を見開いた。
「いいんだね?安全じゃないよ?」
それくらい百も承知だ。
「うん、だから俺の騎士を連れて行ってもいい?」
俺はサラを見た。
「もちろんだよ。」
国王は飛び切りの笑顔を見せた。
「私も同行させてください。」
そう名乗り出たのはキャスだった。
「コルネオーネ様、シロック様、よろしいでしょうか。」
2人は頷く。
「ええ、こっちは任せて。」
「ああ、務めを果たしてこい。」
キャスは2人に深々と頭を下げた。その光景を見て国王は、
「さすがに2人だと大変だろうから、僕の騎士達を待機させる。コルネオーネさんよりは強くないだろうけど、頭数にはなるでしょ?」
「ええ、助かります。」
「よっしゃ、これで決まりだね。今はお金持ってないけど、事が済んだらちゃんと支払うね。」
国王は父と手を交わした。
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国王が手配した馬車に乗り込む。ザクセン領の馬車も豪華だったが、国王が手配したものは豪華絢爛と呼ぶにふさわしい代物だった。運転手もそれなりに腕が利く騎士らしい。騎士が運転手とは、役不足とはこのことだ。
俺はアマレットのおでこにキスをして別れを告げる。行ってらっしゃいは言ってくれなかった。知らない人がいるので、人見知りをしているのだろう。
せっかくお兄ちゃんが出来ると思ったのに、またお別れだ。
「かわいいね。その子。」
「うん、俺の妹。双子なんだ。」
「そっか。」
身体上ふた回り違う妹を双子と言っても、彼は驚かなかった。
「大事にしなね。」
国王はアマレットの手を握り膝をついた。
「あなたのお兄さん。少し借りるね。必ず、生きて返すから。」
国王は妹の瞳を、いやそれを通して自分の瞳を見ていた。
俺たちは馬車に乗り込んだ。




