32.問題発生
サラのツインテール事件の一件の後、俺は本格的に魔法の研究に取り組んだ。まず戦闘能力の向上についてだ。今までの使い方はこれで、バフのように用いるのだが、その精度は国王に比べるとまだまだ低い。まあこれは父との訓練を繰り返していくしかないだろう。
次に魔力を外部に放出する練習である。国王は俺たちを襲撃(?)した際に、怪我を負った馬や運転手を治療していた。前世風に言えば治癒魔術だ。研究では特にこれについて学んでいきたいと考えている。
薬の開発の際には人間の前にマウスなどの動物実験を行う。それに倣って俺も、城付近に生えている植物を実験台にした。花を摘み、そこに手をかざして魔力を集中させる。すると、手に集めた魔力がゆっくりと茎から吸われていく。本当にゆっくりで少量だ。水はけの悪い地面にゆっくりと雨水がしみこんでいく、そんな感覚だ。
五分くらい経過すると茎に花がまた咲いていた。俺の魔力の総量の100分の1も減っていないが、花は以前よりも鮮やかで、小花の数も増えている。治ったというよりも成長したという感じだ。国王がやった治癒魔術とは異なるが、魔力を他者に付与できることが分かった。とりあえずは前進だ。
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束の間の平穏は数年間続いた。森の民の襲撃は収穫期のシーズンは稀にあるが、大規模なものはない。俺たちはそれでも常備軍の設置を急ぐ。常備軍の設置こそ、ブランデンブルクに安全をもたらし、より良い発展を遂げられるからだ。
「はあ。」
珍しく母がため息をついている。
「どうしたのですか母上。」
「うん?あ、いや、大丈夫よ。ちょっと疲れちゃってね。」
彼女は立ち上がり、水をごくごくと飲んだ。普段の母からは見られない、少し粗暴な態度だった。
「本当に大丈夫ですか?どこか痛むとか。」
心配になり、顔を覗き込む。
「ふふ、バランタインは優しいわね。でも大丈夫体は元気よ。」
母は俺の頭を撫で、力こぶを作ってみせた。
「まあ、でもそうね。みんなが集まったら話すわ。」
その日の夜、食後母が皆を集めて切り出す。
「みんな、常備軍の設置のために頑張ってくれてありがとう。おかげで順調よ。」
皆頷く、しかしいつも明るい母のトーンはそこにはなく、緊張感が走っている。
「ただね、少し問題発生よ。」
「なんだ。」
父が尋ねる。
「資金不足。」
単純明快な答えだった。その後付け加える。
「もちろん、財政が破綻とか、そういうほど深刻じゃないわ。ただ、帝国の南あたりで疫病が発生しているらしくて、商業が停滞気味よ。こちらの穀物の供給も滞る。だから、常備軍の設置は当初の予定より遅れることが見込まれるわ。」
「どれくらいだ。」
「元の計画だとあと3年だったけど、追加で4年はかかるでしょうね。」
「うーん。」
父が唸る。
正直な話、農民がほとんどのブランデンブルクが数年で軍を設置することでも相当早い。普通なら頭数を揃えるだけでそれくらいかかってしまう。しかし、母はすでに頭数を揃え、訓練まで施そうとしている。それに防具や武器はラムファード家持ちだ。どうあがいても膨大な資金がかかるのは避けられない。
「分かった。とりあえずは少し規模を縮小しよう。」
皆頷いた、頷くしかなかった。
「ごめんなさい。私の失態よ。」
「そんなことないですよ、奥様。」
キャスがすかさずフォローを入れる。
「ああ、お前がいなければそもそも選帝侯にもなれなかった。十分すぎるほどの活躍だ。ありがとう。」
父もそれに乗じる。
母を責めるものなど誰もいない。責められるはずもない。俺たちは温かく母を励ました。
「ちなみになのですが、お金を借りるっていうのは出来ないのでしょうか。」
一同は俺の見る。まずい、失言だったか。そう思うと母は何かに気づいたように言う。
「ああ、バランタインはここの生まれだもんね。」
母は落ちついた声で言う。母親が大事なことを子供に伝えるときの、そんな話し方だ。
「ブランデンブルクだとそこまで多くないのだけれど、神聖帝国ではね、ほとんどの人がアクア教っていう宗教を信仰しているの。ある一人の神様を信じていてね。その人の教えで、汝、兄弟に利子を取るべからずっていう文言があるの。だから神聖帝国の人は利息を取ることは教えに反する。友達同士の小さい額でなら利子をつけることもあるでしょうけど、私たちのようにたくさんのお金を融資する時では利子はつかないでしょうね。だから_」
「わざわざ貸してくれる人はいないと。」
利息というのは相手方の信用リスクによってパーセンテージが変わるというのが前世の常識だ。もしかしたら金が返ってこないかもしれないというリスクと、利息という利益を天秤に掛けるわけだ。しかし、利息を取らないということは、金を貸すリスクだけが生じることとなり、うまみがない。だから、わざわざ誰も貸そうとは思わないわけだ。
「そういうこと。それどころか最近の教会は金銭の貸し借り自体にも反対しているわ。労働によって得た金銭の中で生活するべきだという、清貧派が力を強めているためね。」
なるほど、宗教か。自然科学が発展していない文明レベルでは宗教が力を持つのはどの世界でも同じなのだろう。それに皆従い、世の不条理をも受け入れることができる。
「だから、バランタイン。これからもし帝国の他の選帝侯の場所に行くときは、発言に気をつけなさい。私たちは強い信仰を持っているわけではないけど、聖職候の場所では特に気を付けること。」
「はい、わかりました。肝に銘じておきます。」
母の忠告をしっかり俺は聞き入れた。
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翌日、俺たちは計画の修正について話し合った。一度軌道に乗った作業をやり直すことは肉体的にも精神的にも負担がかかる。俺は外に出て、芝生に一人寝そべった。
「ああ、きっつ。」
つい独り言が出てしまう。そうなるほど最近は根を詰めていた。
「やあ、大変そうだね。」
寝転がる俺の頭上で声がする。忘れもしない、子供の声だ。
俺は飛び上がって声の主を見る。そして、驚きのあまり、何度も瞬きをする。
「そんな驚かないでよ。友達じゃん。」
彼は無邪気な笑顔を向ける。
そこにいたのは国王だった。




