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31.少女の日の思い出

 さて、訓練と常備軍の設置に忙殺されている最中、俺は加えて魔法の勉強に取り組んだ。この世界に生まれてから、色々やることが多く自分のやりたいことをする時間が取れなかった。しかしやっと腰を据えて何かをやる時間が持てた。


 俺にとって最も重要なことはまず騎士としての能力を高めることだ。一般騎士は大体7歳くらいになると他の騎士の下で雑務をこなし、騎士見習いとなる。その中で優秀なものは15歳くらいの時に騎士としての叙任を受けることになる。まあかなり厳しい競争が必要となるわけだ。


 反面、俺は選帝侯の子息であるため、そのような競争を行うことなく騎士になることが出来る。しかし父の後を継いで選帝侯になるにはそれ相応の素養や能力が必要となってくる。もし俺が取るに足らない存在ならば、他の有力騎士にその座を奪われる。世襲制を公には認めない徹底した実力主義が神聖帝国の特徴である。

 魔法という特殊な能力も持って生まれたわけだ、それを有効活用しない手はない。才能のある者はそれを有効活用する責任があるし、魔法を研究することは俺だけではなくブランデンブルク、ひいては帝国全体に良い影響を及ぼす可能性がある。研究しない理由などない。




 ちなみに実力主義は皇帝や国王といった地位にも適応される。国王は次期皇帝となり、皇帝が崩御した場合には次期国王を選帝侯の中から一人選ぶ。その際には政治上の駆け引きや陰謀が蔓延し、暗殺未遂もあったらしいが、結局のところ選帝侯は皆、人間離れした化け物であるため暗殺は有効ではなく、単純に能力の高い人間が選ばれるという実態となった。


 ちなみにザクセン選帝侯は単純に強いだけではなく知略にも優れていたため、有力候補であったが女性の髪形を一律ツインテールにすることを義務付ける法律を提案したため、人格上不適格とされ落選した。





 ある日のことである。常備軍の設置について意見を乞うためまたザクセンを訪れた。その時にそのことについてザクセン選帝侯に尋ねた。すると

「あの時は未熟だったわ。女の子に髪形を強制させるなんてやってはいけないことだったの。ツインテールは自発的に生み出されるべきものだったのよ。あなたなら分かるわよね?」

などよくわからないことを言っていた。正直、女性の髪形にこだわりはない。

「まあ、確かに強制させるべきではないでしょうね。」

俺は適当に相槌を打った。



「バランタイン様はツインテールがお好きなんですか。」

サラが自身の髪をいじって言う。まずい、余計な誤解を与えてしまったようだ。

「いや、その、そんなことはない。その人が似合っていれば正直なんでもいい。」

そう言うと、ザクセン選帝侯は俺の肩に手を置き、首を振った。

「分かる。男って素直になれないものよね。でもだめよ、自分に素直にならなくちゃ。」

そう言うと、ザクセン選帝侯はサラの方へ向く。

「さあ、サラ。私が結んであげる。こっちへ来なさい。」

ザクセン選帝侯がサラの方へにじり寄っていく。


「ごめんなさい。やっぱり私には似合わないですう!!」

サラはザクセン選帝侯に背を向け逃げ出した。

「あ!待ちなさい!!」

ザクセン選帝侯が追いかける。彼女の今の髪は肩甲骨くらいまで伸びる、きれいなストレートだ。走る彼女に呼応するようにふわふわと跳ねる彼女の髪に俺は目が離せなかった。


 俺達のやり取りを見て母は声を上げて笑っている。

「全く、髪など訓練の邪魔でしかないだろうに。」

父は相変わらず真面目だ。

「あら、分かってないわね。あなただってポニーテール好きでしょ?」

母もまた結ばずに下ろしているのだが、父にあてつけるようにその髪をまとめて握り、高めの位置へと上げ、うなじを父に見せつける。

「う、いや。シロック。お前は戦わないだろう。」

父はおどおど答える。

「あら、モチベーションの重要性はあなたも分かっているわよね。女の子はお洒落をすると頑張れたりするのよ。それに、特定の人間のやる気もあげてくれるしね。」

母は細い目で父をみる。

「そう_だな。すまなかった。」


情けないぞ、父よ。選帝侯が尻に敷かれている。

そういえば、父が戦闘に赴くときは、母は大体ポニーテールだ。俺は願掛けか何かだと思っていたが、合理的な彼女のことを考えると、父のモチベーションを高め、生存確率をあげるという理由もあるのだろう。自身の美貌までも戦略に落とし込むとは、なんと恐ろしいんだ。


「バランタインも一人前になってサラと一緒に戦うときは、今日の髪形だと頑張れるわよね。」

母はこっちを向いていたずらっぽく言う。まずいヘイトがこっちへ向いた。国王と戦った時とはまた別の緊張感が走る。

「お母さんはお見通しだからね。」

母は強し。心にそう刻まれた。



 数分後、サラはザクセン選帝侯に連れられて戻ってきた。髪は後頭部で2つに束ね、肩のあたりに垂らされている。彼女は俺の前に来ると、恥ずかしそうに小さく呟く。

「どう、ですか?」

俺は何も口から出なかった。

「何か言ってくださいよぉ。」

彼女はもじもじと体を揺らす。


 俺はザクセン選帝侯に拳を突き出す。彼もそれに呼応し拳を合わせてくる。

「この恥じらいこそツインテール(少女への渇望よ)よ。大人になるにつれ精神的障壁から忌避しがちなこの髪形。イッツ・エフェメナル!!やっぱりいいわあ。」

「ええ、素晴らしいです。」


「えっと、気に入ってくれたみたいでうれしい、です。」




「男ってほんと馬鹿。」

母がため息をつく。




「じゃあ、これからはツインテールにします。」

「いや、別に今まで通りでいいよ。」

俺が感動したのは、髪型それ自体ではなく、恥じらう彼女だ。髪型は普通に黒髪ロングがいい。

「え、あ、そうなんですか。でしたらまあ、たまにします。」







 ザクセン選帝侯はこの翌日、皇帝にツインテール法案を再度打診したが、却下された。







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