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30.常備軍

 選帝侯というものを舐めていた。


文明の水準を上げてきている森の民に対応するため、ラムファード家は選帝侯となった。帝国への政治的影響力は増大し、独自に軍事力を持つことも可能となる。選帝侯になったのは父ではあるが、それを継ぐ立場である俺にとっても、位が上がるのは喜ばしい。親ガチャのレベルが上がったという訳だ。


 しかし、俺達が直面したのは膨大な量の事務作業だった。ラムファード家が選帝侯になった理由、常備軍の設置に俺たちは苦闘していた。まず徴兵だ。健康な男子を相当数集めなくてはならない。父は30人規模の小隊が15個、50人の中隊が5個、100人の大隊がを2つ必要だと言った。単純に計算して900人だ。まずはこの人数を募集する必要がある。しかし、これだけの人数を一気に集めることは不可能だ。


 そこでまず俺たちが行ったのは、ブランデンブルクにおける集落を回り、村の規模、収穫量、成人男子の戦闘経験を調査した。サラと俺、母、父が分担して回っていく。前世の営業を思い出す。幸い、サラが驚異的な記憶力を持っているため、俺達はテンポよく集落を回ることが出来た。


 そして情報を集計し、どの集落からどれだけの人数を集められるか、訓練の必要性はどれだけかを議論し、まとめていく。これほどまでに表計算ソフトを望んだ日々はない。あの緑のアイコンが夢に出てきたときには笑ってしまった。


 しかし、母や父がこれまで行ってきた統治は見事としか言うほかない。俺とサラがトラを撃退したあの集落を代表に、東の大森林と比較的近い場所にある集落は、昔父が直々に弓と集団戦術の訓練を行ったそうだ。これによりざっと250人は、実践にすぐに使えるだけの訓練された兵が確保できたわけだ。これにより、急激に森の民が発達しない限り、軍としてブランデンブルクを守ることが可能となった。また、元が農民であるということから、森の民の活動期である収穫期や有事の際以外は農業に従事するため、その労働力が無駄になることはない。


 ザクセンにおける軍隊は職業軍人と呼ばれる、軍を生業としている人々が主な構成員だった。つまり騎士身分が軍の構成員という訳である。騎士という身分は大体が貴族の次男や三男であって、鎧や剣を自前で揃えることが出来る。しかし、ブランデンブルクは農民がほとんどだ。森の民の脅威にさらされる代わりにブランデンブルクの年貢は少なくて済むというキャンペーンを母が行ったため、ブランデンブルクには農民が多く集まり、穀物の一大生産地となった。

 「都市の空気は自由にする」という流行に別の形で乗ったわけだ。




 さて、これにより常備軍設置の大筋が決まった。とりあえずはあらかじめ訓練した森の民側の集落(東側)を中隊と小隊に分け、当座のブランデンブルク軍とする。戦闘経験の未熟な西側の集落はキャスや父が訓練を行い、数年単位で徐々に軍としての練度を高めていく。



 だが、父はこれに加えもう一つの特別な小隊を配備することにした。その名を機動軍という。15人ほどの精鋭部隊。ブランデンブルク選帝侯直属の精鋭部隊である。隊長はキャスおばさん。政治上軍隊を動かせない時や隠密行動をする際に用いるらしい。こちらは農業に従事しない完全な職業軍人である。なかなかきな臭いものを感じるが、選帝侯は皇帝の命を秘密裏に受けることがあるそうで、その選帝侯も自前の軍を持っているらしい。ちなみにザクセン選帝侯は本人が何をするにも目立ってしまうため、そもそも秘密の命令など来ないらしい。


 

 このように色々なことに翻弄されている中でも、父やキャスは俺とサラの稽古をつけてくれていた。

「ふん!」

ガキン!と金属の鈍い音がする。俺が降った剣を父が受け止める。まだまだ父には遠く及ばない。

「良くなっている。」

1時間ぶっ続けでかかっていっても、父は汗1つかいていない。

「はぁ、、はぁ。よく言いますよ。僕の攻撃を軽くさばいてたくせに。」

対して俺はいつも体力が切れてしまう。少し悔しくなって言う。

「そんなことはない、並みの騎士ならお前は問題なく勝てる。お前には才能がある。安心しろ。」


「国王を剣を見てしまったら、自分の才能なんてちっぽけなものですよ。」

少し嫌味っぽく言う。父は答える。

「いや、そんなことはない。」

お世辞も過度なものは気持ちのいいものではない。俺は少し低い声で言う。

「国王は父上を圧倒していたではありませんか。」


父は少し考える。

「あの方は剣の達人だ。それは才能の差ではなく技術の差だ。そこがお前との違いだ。」

「何が違うっていうんですか。」

「単純な力比べだったら、お前は国王よりも優れている。」

俺が?あれだけの魔力を持つ男よりも?

「あのお方はあれでいて体が弱いのだ。だからひたすらに技術を磨いた。その点お前は体が丈夫だ。だから、決してお前が劣っているわけではない。すべてはお前次第だ。」


あの国王が病弱だとは。そんなふうには見えなかった。だが、彼はそれを剣の技術と、魔法の技術で補った。そうだ。俺に必要なことは剣だけはない、魔法の練習だ。彼の魔力量に目がくらんでいたが、彼はそれ以上に使い方が俺とは違うんだ。彼は言っていたじゃないか、魔力を全開にせず、少しストックを体内に残しておく。なぜそうするのかは分からないが、とにかく謙虚にやっていこう。




対してサラは俺より数段先を進んでいた。あれ以来彼女は暇さえあれば剣を振っている。キャスとの模擬戦では途中まで鏡写しのような接戦をだった。結局体力差と経験の違いによってサラは負けたのだが。

「まだまだ、バランタイン様には負けません。」

彼女は笑顔でそう言った。俺のために手の豆をつぶしてくれる彼女を誇らしく感じる。それと同時に俺は彼女に別の感情を持っていることに気づき始めていた。


 訓練を終え、帰宅すると俺はラムファード家のアイドル、アマレットのもとへ向かう。最近彼女は一人で立てるようになった。それに最初に気づいたのは他でもない、俺だ。俺は彼女を抱いて家じゅうのみんなに報告した。城に訪れた機動軍の人にも自慢した。彼らはキャスや父の元同僚であったので、自分事のように喜んでくれた。


 アマレットについてだが、彼女には魔力はないらしい。なぜかは分からない。国王は魔力のことを禁忌の力と呼んでいたが、それがそうなら俺は禁忌で彼女は禁忌ではないのか。疑問は尽きないが、禁忌などこんなかわいい子に背負わせるのはかわいそうだ。どちらにせよ、俺という後継ぎがいるのにわざわざこの子を当主にして戦場に出す必要ないのだから、魔力も必要ないだろう。


 父が俺を兄としてアマレットを妹にしたのはこういう理由があったのかもしれない。前時代的とあの時は思ったが、父の判断は優しさから来るものだったのかもしれない。まあ、サラは女としてザクセンでいじめられた思い出があるからいい気持ちではなかったのだろうが。



 軍の設置、訓練。妹の成長観察。俺は忙しさに翻弄されながらも、つかの間の平穏を楽しんだ。



 




 

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