29.帝国最強の男
「まとめて来ていいよ。ペルちゃんもね。」
俺は数秒硬直した後、剣に手をかけた。
「バランタイン!サラ!やめなさい!」
母が叫び、俺とサラの手を引き、国王から距離を取った。
戦闘はすでに始まっていた。父とザクセン選帝侯はほぼ同じ速度とタイミングで距離を詰める、まず父が切りかかり、避ける方向をザクセン選帝侯が先読みし、攻撃を”置いておく”。戦友というに相応しい見事な連携だ。
「ははっ!やるねえ。」
国王は振り下ろされる両刃のロングソードを、棒を持っていない方の手で横からはじいた。それだけでザクセン選帝侯は横に吹き飛ぶ。
強い騎士になるために必要な要素の一つはは、強い握力だ。ザクセン選帝侯はその地位に上り詰めただけあって、握力は計り知れない。それ故、体を吹き飛ばされる程の衝撃を剣に受けても、剣を離さない。
「こんな楽しいの、久しぶり!」
国王は楽しそうに弾んだ声でそう言うが、彼は美しいまでに効率よく、父の剣を交わし続けている。まるで子供と大人だ。
ザクセン選帝侯が戻ってくる。彼は素早く腕を畳み、距離を詰め、一気に腕を伸ばす。剣は一直線に国王へと伸びる。国王はのけ反ってそれを交わし、そのまま回し蹴りを入れる。身長差により蹴りは足元に入る。ザクセン選帝侯は宙を舞い、頭から地面に叩きつけられる。
それでも父は攻勢を緩めない、右側から薙ぎ払うように剣を振ると今度は高く飛び、リーチの外へと逃げる。そして身体をねじりながら、踵で蹴り下ろす。父は両手でガードするが威力はすさまじく、地面にクレーターが出来上がる。父も地面に叩きつけられた。
選帝侯とその候補が地面に転がる。対して国王はすがすがしい笑顔だ。
「二人とも、とっても強い!僕も頑張っちゃおっと。」
国王は棒切れを構える。2人の騎士は立ち上がり、同じく剣を構える。
「いくよ。」
姿が消える。父とザクセン選帝侯の身体は何とか視認できるが、国王の姿は捉えられない。しかし魔力の動きが彼の動きの洗練さ、大胆さを物語る。彼はあの膨大な魔力を無駄なく使い、子供の未熟な筋力を魔力で補っている。俺とは練度が桁違いだ。ジャンプするときには下半身に魔力を流し、空中で体を捩じる際には体幹部に魔力を集中させる。彼はただの棒切れで大の男2人に猛攻を仕掛けている。
騎士は不屈の精神を持っていると父は言った。その言葉通りにほんの少しではあるが、ザクセン選帝侯と父は猛攻をいなしてカウンターに転じていく。
「あぶねー。」
父の剣が頬を霞めた。と言っても国王は剣を受ける時にはすでに魔力を移していたため仮に切られたとしても、致命傷にはならなかっただろう。国王は後方へ飛び、距離を取った。
「おっけー、ありがと。もういいよ。」
そう言うと、父とザクセン選帝侯はまた膝をつき、頭を垂れた。
「ちゃんと強いね、これなら大丈夫だ。認めるよ。君はこれから選帝侯だ。」
国王は本当に軽く、そういった。
「剣、貸して。」
そう言うと父は自分の剣を差し出す。
「コルネオーネ・ラムファード。あなたをブランデンブルク選帝侯に任命しますっと。」
国王は剣の平で父の肩を叩く。アコレードというと言うらしい。
「ありがたき幸せ。」
「ほんとは皇帝が任命するんだけど、まあ同じでしょ。派手な叙任式とか嫌いだし。」
「相変わらず適当ですね。」
ザクセン選帝侯がそう言うと、国王はにこっと笑う。
「強いからね。」
「コルネオーネ・ラムファードさん?あれは君の家族?」
国王は俺たちの方を指さす。
「ええ、息子のバランタイン、妻のシロック、使用人のサラです。」
国王はこちらに寄ってきた。特に俺に興味があるようで、まず俺の前に立った。
「バランタイン君。君、分かる?」
国王は魔力を放出する。ああ、怖いほどに分かる。人同士ではなく、生物として格の違いを見せられているような気がする。しかし、万が一見えると言ってしまったら、それは重罪になる可能性がある。森の民も使えるということはさておいて、これが皇帝一族が持つ特権的な力だったら?俺が殺されるだけではなく、一族が皆が殺しに遭うかもしれない。
「すみません、何をおっしゃっているのか。」
俺はとっさに嘘をついた。
「ふうん。」
彼は右手に魔力を纏って殴ってきた、俺は反射的にそれを防ぐ__魔力を使って。
「やっぱ使えるんじゃん。」
しまった。魔力がもう反射的に出るようになるとは。しかも全開で。訓練の成果が裏目に出てしまった。いや、そんなことを考えている暇はない。魔力を使ってしまったせいで、俺は国王に嘘をついたことになる。
「申し訳ありません。僕のようなものが使ってはいけないものなのかと思いまして。」
咄嗟に取り繕った。
「そんなことないよ。でもまあ、使ってはいけないか。ある意味ではそうかもしれないね。」
国王は何か自分を納得させるようにつぶやいた。
「また会う気がする。友達になってよ。」
「ええ、あ、はい。僕でよろしければ。」
「ほんと?うれしい。この力のこと分かってくれる人いないからさ。よろしくね。」
「よろしくお願いします。」
国王と友人になった。嘘をついたことについてはお咎めなしだった。
「あなたがお母さん?」
国王は母に挨拶をする。
「はい、シロックと申します。」
「ああ、なんか聞いたことある!とっても賢いんでしょ。」
「いえいえ、皇族の方ほどではありませんよ。」
母は謙遜する。しかし変にへりくだらない辺り、余裕を感じる。
国王は母の顔を見る。そして俺の顔を見て、父の顔を見る。
「あんまり似てないね。」
国王はぼそっとそう言った。
その後、サラとも少し話した。年齢が近い女の子と話したことはなかったそうで、少しよそよそしかった。実際には俺と同じで、実年齢は見た目より幼い可能性もある。彼女には友達になろうとは言えなかったみたいだ。
言葉や立ち居振る舞いこそ子供っぽいし、あまり身分などを気にしない人らしい。そして思ったことはすぐに口に出る。
「さてと、やることは終わったし、もう帰るね。」
ザクセン選帝侯や父との多少の談笑を終え、彼はそう告げた。
「ペルちゃん。」
「はい。」
「東の民族の動きが怪しいから、出征の準備を整えておいて。」
「それは、つまり。」
「ギリシア帝国が危ない。」
「了解しました。最大限尽力します。」
「コルネオーネさんも、出来るだけ早くに軍の整備を。」
「はっ。」
「何かあったら言って。手伝うから。」
「はい。ありがとうございます。」
「さてと。」
国王は俺の方を向いた。
「君も大変だろうけど、頑張ろうね。バランタイン君。」
「はい。」
具体的に何を頑張るのか分からないが、友達ならそういうやり取りもあるか。
「あ、あと。」
「禁忌は全部出さないで、少し体に残した方がいいよ。」
「禁忌?」
俺は理解できずオウム返しをしてしまった。
「僕たちが使う力のこと。」
ああ、俺でいう魔力のことか。何がどう禁忌なのか疑問だが、とりあえず今は頷いておこう。
「分かりました。ありがとうございます。」
「どういたしまして。じゃあね。」
そう言うと、彼は飛び立った。とはいっても飛行能力はなく、魔力を足に集中させ跳躍しているだけだ。だが俺にはあんな芸当は到底無理だ。魔力の総量も使い方もまるで違う。彼は良い人ではありそうだが、挫折感が俺の心に生まれた。
もっと頑張らねば、そう心に誓った。




