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27.家

「コルネオーネ・ラムファードの選帝侯への叙爵は任せておきなさい。マスクを皇帝のもとへ送ったわ。」

翌日、会合の場においてザクセン選帝侯が母に報告する。

「お心遣い、感謝します。」

「いいのよ。私もあなたたちといれて楽しかったわ。コルちゃんによろしくね。」

「はい、もちろんですとも。」


「あの、ペル様と父上ってどのような関係なのですか。」

俺はふと疑問を持ち、ザクセン選帝侯に尋ねる。

「そうねえ、まあお友達かしら。」

「お友達。」

「そう、一緒に森の民の撃退に動いたり、国外遠征もしたわね。」


「ご主人様は傭兵での活躍が評価され、ザクセン軍の騎士候補に推薦された経緯もあります。」

サラが付け加える。

「えっと、ではライバルだったということですか?」

「まあ、そうとも言うわね。結局、彼はブランデンブルクの領主になったから争うことはしなかったんだけどね。」

父とザクセン選帝侯にそんな過去があったとは。

「ちなみに、どちらが強かったんですか?」


俺がそう尋ねると、ザクセン選帝侯は腕を組み、眉間にしわを寄せて言った。

「私よ。絶対私。」

子供のように意地っぽく言う。サラは耳打ちをする。


「ペル様とご主人様には逸話があります。国外へ遠征中、コルネオーネ軍とザクセン軍の騎士が剣かを起こしました。内容はどちらが選帝侯に相応しいか。二人とも強く、部下の信頼も厚い方でしたので互い譲らず、友軍同士で殺し合いが起こりそうになるまで喧嘩は過熱してしまいました。そのため、ペル様とコルネオーネ様は決闘することになったのです。」


ザクセン選帝侯にもサラの声は聞こえているはずだが、彼は続けさせる。


「決闘2日間続いたとされています。戦闘の余波はすさまじく、一神教の敵の民族は神の怒りを買ったと勘違いし、降伏を決めたそうです。」

 なんだその盛りに盛ったような話は。そう思ったが、ザクセン選帝侯は少し得意そうな顔をしているので指摘することはできなかった。


「それで、決闘の結果はどうなったのですか。」

サラは首を振る。

「そこまでは伝えられていません。一説によると両者とも鎧は砕け、折れた剣は数十本に上るそうです。」


「いいえ、砕けたのはあいつの鎧だけ。私の鎧はひびが入っただけよ。」

ザクセン選帝侯が食いつくように言う。サラは苦笑いする。

「ザクセンではそう認識されていることが多いです。」

「いいえ、それが事実。ザクセン領内でその話をする人がいたらすっ飛んで事実を伝えたわ。真実をゆがめることは社会秩序に反するもの。」

 ザクセン選帝侯は誇らしげに言う。俺は顔も知らないザクセン領民に同情した。さすがにそんな化け物みたいな逸話を持つ領主が目の前に来て、自身の優勢を主張すれば嫌でも肯定せざるを得ないだろう。この人はそんなことはしないだろうが、横暴な人間だったら殺されるかもしれない。かわいそうな領民たち。

 



 

 ザクセン選帝侯と父の因縁についてのザクセン選帝侯の主張を一通り聞き終わると、俺達は帰路についた。ザクセン選帝侯やシェリーなど城の人間が見送ってくれる。俺たちは馬車に乗る。


「サラには騎士見習いに戻ってほしかったのだけれどね。」

ザクセン選帝侯がぼやく。

「申し訳ございません。ですが私はバランタイン様の騎士となることに決めましたので。」

サラは俺の方をちらりと見て言う。ザクセン選帝侯は俺を見て言う。

「大切にするのよ。」

「え、ああ、はい。」

急に目的語のない質問が飛んできて曖昧な返事をしてしまった。ザクセンは呆れたように母に、

「全く、男ってのは。誰に似たんだか。」

お前も男だろという突っ込みは、前世のコンプライアンス意識、彼への尊敬の両方の観点から慎んだ。

「似ちゃったわね。」

母は笑って言う。ザクセンもつられて笑う。


「バランタイン、あなたには色々借りを作ってしまったわね。困ったことがあったら言いなさい。」

「はい。色々ありがとうございました。」

彼は頷き、馬車を叩いた。山の高所にある城から出来るだけ平坦な道を通りながら、馬車が下っていく。この時代の車輪と言えど、坂道では勢いがつきすぎてしまう。

 帰り道、母は寝てしまっていた。外交が得意とはいえ、他所の城は気を張らねばならず、疲れるのだろう。サラも寝ていた。今回最も頑張ったのは彼女だと思う。弱い自分と向き合うことは、どの時代でも勇気のいることだ。


 俺も2人に連れられうとうとしてしまう。数時間経ち、意識がはっきりすると、外に川が見えてきた。ザクセンとブランデンブルクの境界線の川、エルベ川だ。帰って来た。そう思った自分自身に驚いた。いつの間にか、家はブランデンブルクになっていた。手当が下りることを理由に借りていた社宅とも、10年ローンが残っていた実家とも違う、俺の新たな家だ。



 行きとは全く異なる思いで同じ橋を渡る。幅の広い川は冷気をも運ぶようで、橋の上の空気はひんやりとしていた。橋を渡り終えると降りる準備をする。別に城まで送ってもらうことも可能なのだが、自分たちの領域内は自分たちの足で歩きたいという俺たちの総意があった。

 母の肩をゆすり、起こす。サラを起こそうとすると彼女はタイミングよく目を開いた、寝顔を見られたのが恥ずかしかったようで彼女は俺を押しのけた。一瞬悲しくなったが、彼女はびっくりしちゃって、とすぐに謝罪した。


「帰りましょう。」

俺は母とサラに言う。二人は頷く。俺は先に降りて馬車の扉をあける。こういうのは普通は運転手がやることではあるのだが、俺は彼を制止し自分でそれを行った。一族以外のものにそれをさせるのはなんとなく気が引けたからだ。

 先に母がおりる。一応手を差し出して降りやすいようにするのだが、この小さな体では意味をなさない。それでも彼女は俺の手を取り,淑女として振舞ってくれる。

 次はサラの番だ。母と同じように手を差し出し、降りやすいようにする___。しかし俺は馬車に飛来する何かを察知し、サラを抱えて馬車から離れた。



 飛来した何かは馬車に直撃する。馬車は粉々に砕ける。運転手と馬には破片が突き刺さり、見るも無残な状態となっている。俺にも破片は直撃したが魔力を展開していたため無傷で済んだ。

飛んできた何かは___人間だ。

「おっと。」

 その人間は運転手と馬に近寄り、手をかざす。するとみるみる傷が治っていく。気は失ったままではあるが、おそらく彼らは死んではいないだろう。サラを横目で見ると、手品を見た子供のような、何が起きたか分からない、そんな表情をしている。が、俺はこの力に心当たりがある。


 俺たちがその光景を見ていると、ザクセン領とブランデンブルク領の両側から轟音が響く、いずれの音もこちらに近づいてきている。先に到達したのはザクセン側だった。

「あなたたち、大丈夫?」

 現れたのは先ほど現れたばかりのザクセン選帝侯だった。続いてブランデンブルク側も到着する。

「帰って来たか。無事か?」

 それは父だった。数日間顔を見なかっただけでずいぶん懐かしく感じた。

「私たちは大丈夫よ。」

母が2人に返事をする。二人はそれに返事をせずに馬車の残骸があるところにいる一人の人間を見ていた。俺と同じような背格好の___子供だ。



「なぜ、あなた様がここに。」

ザクセン選帝侯が話す。その声は震え、顔には汗がへばりついていた。

「バランタイン、片膝をつけ。」

父が隣でそう言う。周りを見ると、俺以外のすべての人間が膝をつき、頭を垂れている。


「お、ペルちゃん。久しぶり。いやあね。選帝侯を増やすっていう話を聞いたから、直にその人を見てみようと思ってさ。あなたがコルネオーネ。ラムファード?」

「はっ。」

父が返事をする。


「そんな畏まらないでよ。やりにくいじゃん。」

彼は軽く言うが父は姿勢を崩さない。俺は状況を呑み込めないでいた。

「顔を上げて。」

父は言われるがまま、顔を上げる。






「よろしくね、僕、オルダージュ・ブランデー。神聖帝国の国王です。」

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