表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/111

26.何故

 俺は薬物を奴隷の檻に投げ入れる。奴隷たちは殴り合ってそれを奪い合う。復讐に役立った存在だが、必要がなくなると急に軽蔑の思いが込み上げてくる。早くこの薄暗い地下室から出たい。血のにおいが鼻につく。

「帰りましょう。」

俺がそう言うと、マスクが口を開く。

「なぜ、殺したのですか。」

マスクは俺がフランツ・オルテンシュタインを殺したのは予想外だったようだ。

「わざわざリスクを取ってこの人を生かす意味もないでしょう。」

「それが人殺しに値する理由なのですか。」

マスクは若干の不愉快さを出していた。

「ザクセンという秩序だった社会がそれを容認しているではありませんか。」


法的にフランツ・オルテンシュタインは人として扱われない。裁判に寄ってアハトを受けたからだ。そのためこれは殺人には当たらない。

「法的な話ではなく、あなたの動機についてです。」


 ああ、こんな簡単に人を殺す俺の感性が理解できないわけだ。ザクセン選帝侯もそうだが、ザクセンの騎士は親切な人が多い。軍人がこのような質問をすることに少し違和感はあるが、それは前世の軍人に対する冷酷なイメージと、高貴な一族が誇りをもって武芸を極めるといったこの時代の騎士という職業の相違なのだろう。

「理由なんてありませんよ。僕の一族のため、危険因子はなるべく排除する。それだけです。」

俺はシェリーと目が合った。彼はたじろいだ。下手なことをすれば自分も父のようになると思ったのだろう。

 それ以上マスクは何も聞かなかった。俺たちは城へと戻る。



 城へ戻るころには空は暗くなり、体の芯が凍るような思いだった。ザクセン選帝侯は基本的に愛想よくしてくれるが、今日の彼の表情は堅かった。

「気は済んだ?」

彼は小さく俺に尋ねた。

「憂さ晴らしのためにしたことではありませんよ。」


「あなたは、どうなりたいの?」

ふわっとした質問だ。明確な答えなどない。

「さあ、どうでしょう。成り行き次第ですかね。」


「力を持つと、大事なことを捨てる決断に迫られる時が来る。あなたは、それに耐えられる?」

「なにをおっしゃっているのか良くわかりません。」


「しっかりしなさい!」

ザクセン選帝侯が声を張り上げる。

「いい?人を殺すのって、騎士にとっては造作もないことなの。あなたのように才能のある人は特にね。だけどそれに気づいたとき、殺人が物事の選択肢に入る。領民が反乱を起こした___殺す。部下が命令に違反する___殺す。簡単で明確な方法よ。」

確かに俺は今回の交渉において相手の命を天秤にかけた。命という尊いものは交渉の強い材料になり得る。それは俺が力があるからできたことで、ザクセン選帝侯も同じだろう。

 俺は黙って話を聞く。


「でも、その物事の決め方には限界がある。恐怖政治は悉く失敗している。だからザクセンは法律を作った。武力による統治はもう流行らないわ。」

 そう、彼は俺が今回行ったことを察して、糾弾しているのだ。自身の利益のために暴力を使ったことを責めている。

「分かっています。暴力は許されない。でも、まだ使い道は残っている。」


俺は一歩前に出る。

「僕はヴェルムト家の持つすべての資本を継承しました。財産もビジネスも。それを全てお譲りします。」

 彼は意外そうな顔を作った。俺は続ける。

「僕は暴力が利益になるのなら、それを厭うつもりはありません。僕の一族や善良な人のために、選択肢から外すことはしません。」

「なぜ、私に譲るのかしら?」


「あなたが良い人だからです。」

 彼は良い人だ。俺に気を遣ってくれる。サイシェを殺した理由はサラに関する復讐と、ラムファード家の邪魔になる存在の排除。そしてもう一つ、彼への恩返しだ。現実問題としてザクセンの政治においてサイシェは厄介者でしかない。彼にとってもサイシェがいなくなることは好ましい。


「読めないわ。」

「恩を売ったという捉え方をしてもかまいませんよ。」

そういうとザクセン選帝侯は笑った。

「血は争えないわね。」

「どういう意味です?」

「いいえ。こっちの話よ。両親を大切にしなさい。」

「ええ。では失礼します。」



俺は一礼をし、自室へと戻る。



広い城で自室へと向かうと、サラが奥に見えた。

「おかえりなさいませ!」

彼女が寄ってくる。

「ただいま。」


母もこちらにやってくる。

「遅かったじゃない。何してたのかしら。」

母がわざとらしく尋ねる。

「僕のやるべきことをやってきました。」


「そう。後悔はない?」

「はい。なにも。」

俺はサラをちらと見る。

「そう、それならいいわ。今日はゆっくり休みなさい。明日、帰りましょう。」

「はい。」

そう言い母は自室へと戻った。



 もう一度サラを見る。肉を切ったあの感覚が思い出される。俺は彼女をきっかけとして地下室で一線を越えた。前世ではどれだけ感情が高揚しても遠くに引かれていたその線を、俺はいとも簡単に超えた。社会がそうさせたのか、魔力がそうさせたのか。いずれも作用しているのかもしれない。




 社会のルール?倫理?知ったことか。俺は与えられた才能を使い、自分のやりたいようにやる。それが他人にどれだけの悲劇を及ぼそうが俺には関係ない。自分の大切なものを大切にする。それだけだ。気負うことなどない。

 せっかく転生したんだ。今回は気楽に生きてやる。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ