24.一線
前回のあらすじ
バランタインはフランツ・オルテンシュタインとともにヴェルムト家への復讐を計画する。バランタインは妻を誘拐し、それを人質にサイシェ・ヴェルムトと息子のシェリー・ヴェルムトを誘い出すことに成功する。
※このエピソードはR15の域を超えている可能性があります。お気を付けください。
サイシェ・ヴェルムトは一瞬たじろいだが、冷静さをすぐに取り戻した。
「これはこれは、奇妙な方々がいらっしゃる。ザクセン軍団長に、ブランデンブルクのご子息様まで。いったいどうなっているか説明していただきたいものですね。」
俺とマスクは何も答えない。
フランツ・オルテンシュタインが代表して返答する。
「この方々は今回の件で協力をしていただきました。」
そういうとマスクが動き出した。
彼は素手のまま用心棒の2人へ攻勢を仕掛ける、一人は剣を抜く前に目をつぶし、もう1人が剣を振るもひらりと躱して後方へ回り込み首を折る。音はしないが用心棒は膝から崩れ落ちた。そして剣を拾いその後目をつぶした男の心臓を貫いた。風圧を感じる突きで、血が殺された男の後方へと飛び散った。
「お騒がせしました。部外者に話を聞かれては困るのでね。」
サイシェ・ヴェルムトは交渉の余地などないことを悟ったらしい。大粒の汗が額を流れる。息子のシェリーは尻もちをついていた。
「シェリー。醜態をさらすな。」
そうだ。シェリーにとってマスクは直属の上司であり、自分が目指す姿なのだ。格の違いは素人目でも明らかだが、それはシェリーが身に染みて感じていることなのだろう。
シェリーは体を震わせながら立ち上がった。
「潰すのか。俺たちを。」
サイシェ・ヴェルムトがマスクに尋ねる。
「私は貴方たちに手を下すつもりはありません。もちろん、ペル様も。あなた方はザクセンに多大な貢献をして下さった。感謝しております。」
マスクは普段のかしこまったしゃべり方をする。しかしこの場においてそれは狂気を感じさせるような異質さを持っていた。
「では、なぜ。」
「それはバランタイン殿に説明していただくつもりです。私は中立の立場として同席させていただく次第です。」
中立、という言葉を聞いて、サイシェは狼狽から自分を取り戻した。
俺は話を振られ、発言する。声が震えそうになるのを抑えながら出来るだけ淡白に話す。
「あなたの奥様と交換に、あなたの今までの悪事を白日のものに晒して頂きたい。」
そういうと、彼は鼻で笑い、見下すように言う。
「それに応じたとして、あなたになんの利点があるのですかな。」
俺は意識して声色を変えずに話す。
「あなたが昔貶めたサラは、正式に僕に忠誠を誓ってくださったんですよ。」
俺はシェリーの方を見た。彼は驚いていた。てっきり彼女はザクセン軍の軍団長を目指すと思ったのだろう。
「それが、何か。」
対してサイシェは落ち着いている。相変わらず見下すような、軽蔑した言い方で尋ねてきた。
「あれだけ優秀な部下を持ったのです。僕も主として器を示さないといけなくなりましてね。」
これから起こることに恐怖を覚えながら、俺は努めて堂々と振舞った。
「なるほど、ヴェルムト家の社会的地位を地に落とすことで、サラに対して行ったことへの復讐を果たそうという訳ですな。しかし、あなたは状況を把握していないようだ。こちらのマスクは中立の立場を取ると宣言した。つまり、この交渉はあなたとオルテンシュタインに対して、私とシェリーが行うということ。いくら妻を人質に取っているとはいえあなたは不利な状況にいるのですよ。」
サイシェは声高らかに言う。サラに負けたとはいえ、シェリーという存在がいればいつでも俺たちを殺せるという脅しだろう。
緊張はしているが頭は冷静だ。その脅しは効かない。
「だから、どうしたというのです。」
俺は交渉をあえて遅らせている。冷静なサイシェといっても縛られ、血を流す妻を見ていつまでも口上の争いをしていられないだろう。
「私はあなたたちの交渉に応じる気はないということです。殺されたくなければ妻を開放しなさい。」
シェリーが前に出て剣に手をかける。脅しを強めてきた。
「後悔しますよ。」
俺は魔力を放出し、ニュートラルな状態にしておく。そして交渉を続ける。
「ほう、どうなるのだ?」
サイシェが煽る。
「下品な一族はここで死にます。」
俺はオルテンシュタインに目配せをする。彼はサイシェの妻の首にナイフを当てた。サイシェの眉がぴくっと動く。さすがに腹が立ったようだ。
「やれ。」
サイシェの指示でシェリーが俺に切りかかる。しかし遅い。サラの時とは違い、殺す気がないようだ。俺は剣を交わし、腹へ蹴りを入れた。シェリーは後方へと吹き飛び狭い部屋の壁に激突した。
シェリーは立ち上がらなかった。気を失ったようだ。
戦闘が一瞬で終わる。サイシェは取り乱す。半ばパニックになりながら、短刀を抜いてこちらに向かってきた。しかし、それはシェリーのやる気のない剣よりもさばきやすいものだった。俺は剣を逆手に抜き、サイシェの片足の膝から下を切り落とした。
男の叫び声が聞こえ、床が赤く染まる。俺は汚らしさを感じながら壁にかかる松明を取り、切断面に押し付けた。男はまた大きく叫んだ。しかし、俺は何も取り乱していない。自分にこんな残虐性があったのかと自分自身に驚くほどに冷静だった。
「譲歩していたんですよ。それをあなたが不意にした。残念です。」
俺は呻くサイシェにそう言い、妻の縄を解いた。そして妻が座っていた椅子に次はサイシェを座らせる。
「な、なにをするつもりだ。」
サイシェはかすれた声で話す。
「ナイルズはあなたが支援した傭兵に乱暴されたうえで殺されたそうですね。部下の恨みは主の恨み。あなたにも同じ思いをしてほしいと思いましてね。」
俺はオルテンシュタインから受け取った鍵で牢屋のカギを開ける。ガコン、と武骨な音がする。
奴隷は逃げようとするが俺が刀をちらつかせると動きを止めた。薬物漬けでも勝てない相手に向かうことはないらしい。いや、薬物の影響によってより本能的に動くようになったからか。まあどうでもいい。
俺は衰弱した妻の髪を引っ張り、扉へと連れていく。奴隷たちはよだれをたらし妻を見ていた。心底気持ちが悪いと感じたが、彼らに対する不快感がこれからする復讐の質を上げることに気づき、ある種の感謝のような感情を抱いた。こいつらが下劣であればあるほど、この女は汚れていく。NTRは汚らしいおじさんの方が需要がある。
「やめろ、やめてくれ。」
サイシェが懇願する。サラに対して無礼を働いた男。高揚感が俺を支配する。
「では、交渉の条件を変えましょう。あなたの有する商いのすべての権利を僕に譲ること。」
「わかっ___」
「遅い。」
俺は妻を牢屋の中に投げ入れた。ラリった奴隷たちが群がる。甲高い悲鳴が聞こえる。さすがに申し訳なさを感じるが、それ以上に高揚感が俺を支配する。前世で夢にまで見た、力のある者に成れた、そう感じた。
「やめてくれ!なぜだ!!!」
サイシェ・ヴェルムトは交渉の条件を承諾するのに一瞬だけ悩んだ。即答ではなかった。この期に及んでも、彼は自身が積み上げた功績を捨てきれなかった。それはあの一瞬の葛藤によく表れていた。だから俺も気持ちよく妻を投げ入れられた。
俺たちは一人の女性が破壊されていく様を1時間ほど見ていた。




