23.転生
前回のあらすじ
サラはフェーデ、そして自分自身に打ち勝った。これによりラムファード家はヴェルムト家の干渉なく選帝侯への道を歩むことになる。選帝侯へを目指す中でラムファード家次期当主のバランタインは、自身の立場を見つめなおす。
俺にはやるべきことがある___
サラは自分に打ち勝った。あんな少女が年下の俺に忠誠を誓った。もう、気楽になんて生きてはいけない。俺は決闘の後ある人物に会いに行こうとする。
「何を考えているのかしら?」
広場から離れようとする俺の背にザクセン選帝侯が呼びかけた。
「いえ、何も。」
俺はとぼける。ザクセン選帝侯はいやらしく笑う。
「連れないわねえ。ろくでもないこと考えてるんでしょ。」
見抜かれている?いや、そんなことはないはずだ。探りを入れてみるか。
「なぜそう思うのです?」
「だってあなた、魔力とやらがまた漏れているわよ。」
そういわれ客観的になる。またやってしまった。俺は観念する。
「まあ、考えていることはあります。ペル様にとっても悪いようにはしませんので、サラや母上には黙っていてくださいませんか。」
ザクセン選帝侯は顎に手を当て、考える。そして何かに気づき、尋ねる。
「あなたにとって、それは重要なことなのね?」
俺は頷く。そうだ、俺はこの世界で本気で生きていこうと思った。サラの姿を見て、俺も覚悟が決まった。本当の意味で、この世界に転生するときが来たんだ。
俺の探している人間の居場所はマスクに教えてもらった。その者はとぼとぼと、生気を失って歩いていた。
フランツ・オルテンシュタインという名だったか。奴隷市場で詐欺を働き、追放処分を食らった男だ。
「こんにちは。」
彼に近づき、声を掛けた。彼は急に挨拶をしてきた少しいいものを着ている子供に軽く会釈だけして、そのまま歩を進めようとする。
「ヴェルムト家に復讐をしませんか。」
俺がそう尋ねると。丸まった彼の背中が伸びた。そして勢いよくこっちを振る。しかしガキの俺の顔を見て表情はまた曇ってしまう。
「冗談を言うもんじゃないよ、ぼく。」
「いいえ、冗談ではありません。あなたの罪を軽くすることなどは出来ませんが、僕も彼には恨みがあります。協力していただけませんか。」
年齢と合致しないしゃべり方に困惑の表情を隠せていないが、彼は頷いた。人生をどん底に追いやった存在、それに復讐する機会。藁にもすがる思いだったのだろう。
彼の顔には血色が戻っていた。
ヴェルムト家の屋敷はとてつもなく大きい。使用人は多いし、警備も重要だ。しかし、森の民との戦闘を経験している俺にとって、ただの傭兵など取るに足らない。俺は正面から警備の人間を倒し、屋敷に潜入する。目につく使用人を無視して進んでいく。するとひときわ派手な女性がいた。けばけばしてはいるが、高価なものを身に付けた女性だ。
俺は彼女を見つけ連れ去ろうとする。周りに兵士もいるが相手にならない。永久歯も生えていない子供に大の男が武力で勝てない気分はどんなものなのかと想像しながら、俺は女を連行した。抵抗されるが、魔力を纏う俺とは力の差が歴然だ。しかし対格差によって運びにくい。俺は彼女の髪を握り、引きずって歩くことにした。足や背中が削れ悲鳴を上げる彼女に多少同情しながらも、俺は彼女をある場所へと連れて行った。
ヴェルムト家の使用人に伝言を残しておいた。フランツ・オルテンシュタインという単語だ。それだけで十分だからだ。予定通り、奴隷市場にサイシェ・ヴェルムトが来た、息子のシェリーと数人の傭兵を連れて。
サイシェ・ヴェルムトとフランツ・オルテンシュタインが相対する。最初に口を開いたのはサイシェ・ヴェルムトだった。
「妻はどこだ。」
「私の店におります。」
「何が目的だ。」
「あなた様がこの詐欺に関わっていることを含め、あなたの悪事を全て白日の下に晒して頂きたい。」
「なめたことしやがって。お前もお前の家族もどうなっても知らないぞ。」
「構いません。しかし約束は守っていただきたい。」
サイシェ・ヴェルムトは舌打ちする。
「とりあえず妻のいる場所へ案内しろ。」
フランツ・オルテンシュタインは彼らを案内する。階段を下り、地上と隔絶された部屋に。そこには縛られた女、魔女の力を使う幼児、ザクセン軍団長マスク、そして薬物漬けにされた栄養失調の奴隷が牢屋に数人いた。
俺は震える手を何とか抑えながら魔力を高める。
俺は今日、人を殺す。




