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22.剣

前回のあらすじ

サラは剣を握った。将来の主君、バランタイン・ラムファードを理由として。

時は少し遡る_____


裁判の後、俺はザクセン選帝侯に連れ出された。彼は「デートよ。」なんて言っていたが、何か魂胆というか目的に沿って動いているのが感じ取れた。父もそうだが彼も案外分かりやすく、情が深い人間なのだと気づいた。


連れていかれたのは墓地だった。前世の日本とは違い、墓と墓の間隔が広い。火葬か埋葬かの違いだろう。ザクセン選帝侯が足を止める。墓標にはナイルズと書かれている。

「この方がサラと仲が良かった_?」

ザクセン選帝侯が頷く。


俺は手を合わせた。


「なにしてるの?」

ザクセン選帝侯が尋ねる。

しまった。合掌の文化は東洋特有のものだったか。

「墓参りをする際はこのようにする癖がついてまして。」

俺は焦って弁明とも言えない返しをしてしまった。

「どういう意味があるの?」

「いろいろありますが、まあ故人への敬意ですね。」

そう言うと、ザクセン選帝侯も俺の真似をして合掌する。



俺が目を開くと墓石の横に刺さる剣が目に入った。

「ザクセン選帝侯。」

「ペルでいいわ。せっかく仲良くなったんだから。」

「はい、じゃあペル様。その剣は?」

「これはサラがずっと使っていた剣よ。」

長い_1メートルほどのロングソード。両刃の真っすぐな剣。騎士の剣と言ったらまずイメージされるのがこれだろう。今も少女だが、小学校の低学年くらいの女の子がこれを振舞わせるとは到底思えなかった。

「最初は背伸びをしていたのだと思うのだけど、いつも間にか上手に振れるようになってねえ。」


 サラがちゃんと剣を振っているのは見たことがない。いつも弓だ。ブランデンブルクに来てからも過去の傷は癒えていない。子供にとって嫌な思い出はずっと心に残るものだ。


 でも父や母、そしてザクセン選帝侯はサラに前を向いてほしいと思っている。俺もそうだ。それにサラが心の底から剣を嫌っているようには見えなかった。

俺にできること。俺の立場、それを用いてやるべきことは__

 俺は息を大きく吸い、地面に刺さる剣を抜いた。もしかしたら、これが必要になるかもしれない。


「あら、不謹慎ね。」

ザクセン選帝侯は取ってつけたように言う。

「これはサラのものなんでしょ?」

 にやりと笑って言う。

「まあね。」


「死人に口なし、です。」

前世の慣用句を述べ、墓石に向かって会釈をする。

(ナイルズさん、これはサラに渡しておきます。次はサラと来ます。)

そう告げ、剣を持って決闘の行われる広場へと向かう。



---



 勝敗は一瞬だった。

剣を手にしたサラは、シェリーの方へ一直線に向かう。シェリーは左手で盾を構える。その表情は晴れやかだ。サラは右手側から大きく振りかぶる、シェリーが盾を持っている側だ。シェリーは左手の盾で剣を受け止めと同時に、右手の短刀でサラを刺そうとする。

 

 サラはそれを確認すると、振り上げた剣を地面に掠るくらいまで下ろした。振りかぶる剣を受けようとした盾の下側に剣が滑り込む。そして下から上へ、シェリーの喉元へ剣を突き立てた。シェリーは右手の剣を限界まで伸ばしていたが、剣のリーチの差が勝敗を分けた。


「そこまで!」

審判役のマスクが試合を終わらせた。俺と母はサラに駆け寄った。


「サラ、よくやったわ!ほんと、すごいわ。」

母がサラを抱擁する。目が少しだけ赤くなっていた。

「ありがとうございます。」

「辛い思いをさせてごめんね。」

「いえ、こちらこそ、ご迷惑をおかけしました。もう、大丈夫です。」


母との抱擁を終え、サラは俺の前に立つ。母の顔を伺う。母が頷く。俺は置いてけぼり。

そして真剣な表情をして言った。

「バランタイン様、ありがとうございました。私に、剣を振る理由を与えてくれて。」

俺は自分が言ったことに少し恥ずかしさを感じつつも、笑顔で返した。

「こちらこそ、ありがとう。サラが前を向いてくれて。うれしかった。俺も君の主として、頑張る。付いてきてくれ。」

「はい、もちろんです。一生お供させていただきます。」

サラが赤い顔をして小さく誓った。後ろで母が咳払いをする。



「お母さん、それはちょっと早いと思うなあ。」

冷やかすような言葉を言う。しかしそれが本心ではないことは分かり切っている。

「なんか、勝手にこんなことになって申し訳ないです。父上にあとで怒られますかね?」

「そんなわけないじゃない。サラは形式上使用人として雇ってるだけよ。忠誠を誓っているわけじゃない。ああ、もちろん永遠を誰かに誓ったわけじゃないわよ。」

背中を母が強めに叩く。


「ませた子たちねえ。」

ザクセン選帝侯がこちらに寄ってくる。

「サラ、一応聞いておくけど、こっちに戻る気はない?」

サラは首を振る。

「ペル様には感謝しております。ですが、私はラムファード家に、バランタイン様に仕えます。」

「はいはい、そうだと思ってました。イッツ・ジェラシー。どうぞお幸せに。」

ザクセン選帝侯_ペルは拗ねながらそう言い、酒を売っている屋台で酒を飲み始めた。



「サラ・ナイルズ・ベルモット。」

フェーデに負けたシェリーがサラに近づく、俺は警戒したがサラは気にすることなく応じた。

「俺の負けだ。お前にはどんな手を使っても勝てないらしい。今までの無礼、本当に申し訳なかった。」

「あなたは大丈夫なのですか?」

サラが尋ねる。大丈夫、というのはフェーデに負け、面子をつぶしたヴェルムト家は今後どうなるかという話だろう。

「なに、ヴェルムト家はこんなことでは揺るがない。俺の立場はないだろうがな。でも、これでいいんだ。俺には騎士になる資格なんてない。きっぱり諦めるさ。でも最後にお前と本気で勝負できたこと、誇りに思う。ありがとな。」

2人は握手する。幼少期の大事な時間を2人は切磋琢磨したのだ。結局彼は勝負に勝つためからめ手を使い、サラをザクセンから追い出した。俺にとっては許せないことだが、2人にとってはある程度分かりあえる部分があるのだろう。



 サイシェ・ヴェルムトが息子のシェリーに怒号を浴びせている。ヴェルムト家にとってはビジネスチャンスを失っただけでなく、次期ザクセン軍団長の立場も危うくなってしまった。公衆の面前で年下の少女に負けるような男が軍団長になることは難しい、そう思われても仕方ない。彼らの計画は止まってしまった。


 しかし、サラはラムファード家に仕える。サラがザクセンに戻ることはないわけだ。世間体では相応しくないかもしれないが、実際シェリーは俺からみても弱くない。シェリーは騎士にはならないと言ってはいるが、もしサイシェ・ヴェルムトが今まで通り将来の軍団長候補に投資を続ければ___。




 




俺にはまだやるべきことが残っている。俺を慕う少女の主として。ブランデンブルク_俺の新たな人生の故郷。その領主として。尊敬する父親の後継者_次の選帝侯として。






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