21.誰が為に
前回のあらすじ
ヴェルムト家とのフェーデが決まったラムファード家一行は、奴隷市場で詐欺を働いた男の裁判を見学する。裁判を通じてバランタインたちは、法の秩序が持つ矛盾と難しさ、そしてザクセンにおけるヴェルムト家の圧倒的な権力を目の当たりにする。
フェーデは昼下がりに行われる。ルールは簡単、殺し合いを行う。
しかし、命を奪う必要はなく、ある程度勝敗が決定した時点で、審判役のマスクが試合を止める。
この審判を行う者は騎士であることが条件であり、中立の立場であることを宣言しなければならない。騎士にとっていかに契約とか誓いが重いものか、改めて感じる。中東の笛のようなものは考えなくていいわけだ。
代表者である母とサイシェ・ヴェルムト、そして決闘を行うサラとシェリー・ヴェルムトが握手をする。俺はザクセン選帝侯の隣で、野次馬と一緒に観戦をする。結局、サラには何もしてあげられなかった。唯一話したことは、試合前に頑張れって言ったくらいだ。サラは笑顔ではい、といった。しかしその笑顔は普段俺と話している時とは違う、作られたものだった。
試合前の時点で、ラムファード陣営は苦戦を強いられることを確信していた。サラは弓を持ち、鎧などは一切つけていない。すばしっこい彼女の長所を最大限生かしたものだ。
しかし相手のシェリーの装備は大きな盾、短い剣、そして全身を覆う鎧であった。いくら彼女の弓術が優れていると言っても、あの重装備を突破することは難しい。唯一の攻略法は顔を覆うヘルメットと胸鎧の隙間をしかない。
「勝ち目は?」
隣にいるザクセン選帝侯に質問する。
「相手はあれでも騎士見習いたちの筆頭よ。そんな簡単なはずがないわ。」
母が俺たちが座るところへ来た。若干顔が強張っている。さすがに緊張しているのだろう。
こうなったら母でも信じるしかないのだ。彼女にとってやれることはすべてやった。
そして俺にとっても___
フェーデが始まった。
サラは威力が出る長い弓を選んだ。限界まで引き絞り、最大限の威力を発揮させる。サラと一緒に訓練してきた身からすると、サラの腕力は成人男性の比ではない。安物の弓を使うと大体弦(紐の部分)が切れるか、弓幹(弓の本体部分)が折れる。
サラの弓は東方から輸入した竹の弓だ。武士が使っている弓と非常に似ている。7尺3寸の弓を機敏に動きながら限界まで引く、その威力は全身を鎧で纏う人間ですらよろめかせる。
しかし、大きな盾と鎧をまとうシェリーの牙城は崩せない。40キロくらいの板金鎧をつけているのにも関わらず、サラの動きに翻弄されることなく目線を切らしていない。サラが少しでも隙を晒すと、見逃さず斬りつけてくる。しかし、装備の差もあり躱される。
消耗戦_悪く言えば塩試合が続く。サラが肩で息をするようになってきた。シェリーも動きが鈍る。野次馬が騒ぎ出す。
「女!いつまで逃げ回ってんだ!!」
「弓なんて使いやがって、恥さらしが!」
神聖帝国における騎士は基本的に騎兵だ。馬に乗り敵陣へと駆ける姿こそが騎士であるという共通項があり、対して弓や弩は卑怯者が使うという認識があるのだ。逆に言えば、森の民の対策として弓矢が農民にも与えられるブランデンブルクは、その価値観がほとんどない稀有な地域という訳だ。
これらの罵声がサラの精神に影響を及ぼしているのかは分からない。しかし、サラは次第に距離を詰めていく。トラの時のように懐に一瞬だけ入り、当てて離脱する。トラの時と違うのは、相手が鎧を着ているため矢の衝撃を受けざるを得ず、負傷を受け入れカウンターに転じれない点だ。
一回でも攻撃を受ければ終わる、危険な戦い方___
「変わらないのね。」
隣でザクセン選帝侯がぼそっと呟いた。何がですか、と聞こうとしたとき、シェリー。ヴェルムトが叫んだ。
「ふざけやがって!」
彼は顔を覆う兜を脱ぎ、地面に叩きつけた。サラは何が起きたか分からないといった感じで、その場で止まっている。
「なんで、てめえはそうなんだよ!」
彼の激昂は止まらない。
「なんでじゃあ、お前は逃げたんだよ___」
シェリーは頭を掻きむしりながら苦しそうに叫んだ。
「俺はお前に勝てないって分かってた。だから俺は父親の力を使って二度と剣を持たないように追い詰めた。なのに。」
彼はすうっと息を吸った。
「剣を握らない腰抜けを選んだんだったら、それらしく逃げ回りながら弓でも何でもやってろよ。」
シェリーもサラも動きを止めてしまった。野次馬が騒めく。
「まあ、それはそうねえ。」
「どういうことですか?」
ザクセン選帝侯に尋ねる。
「あんな感じの戦い方はサラが騎士になろうとして剣を握っていた時に得意としてたの。」
確かに、弓兵が距離を詰めてるような動きは矛盾している。
シェリーは剣と盾をその場に落とた。
「何をしているんだ!シェリー!」
父親のサイシェ・ヴェルムトの声が聞こえる。
「うるせえ!黙ってろ!」
彼は叫び、気が抜けたように膝をついてしまった。
「俺は__才能ある癖にてめえの勝手な思い込みで逃げ出した裏切り者を斬りたかった。心が折れて、まともな戦いになんてならねえと思ってた。なんで__こっちに向かってくるんだよ。」
彼の言葉は悲痛だった。
隙だ。圧倒的な隙をさらしている。しかし、サラも動けないでいた。
なぜこのような行動に至ったか、今でも不思議だ。
俺はフェーデの場に入る。長い剣を抱えながら。そしてサラに差し出す。
「使って。」
「いえ、私は_。私が剣を振っても誰かが不幸に__。」
「サラの剣には力がある。幸せにも不幸にもする力が。」
「だとしても、私のせいで大切な人がいなくなってしまった。私は不幸しかもたらさない。私のせいで_ナイルズお姉ちゃんは__」
サラの目には涙が溜まっていた。罪悪感。
「それが責任だと思う。力を持つ者の。だから、」
俺はサラの目を真っすぐ見て言う。
「ラムファード家の次の主の俺が、一緒に償う。サラの才能が不幸しかもたらさないって言うのなら、それでもいい。俺のために、不幸をもたらしてくれ。」
サラは剣を受け取った。サラが騎士見習いの時に使っていた、ロングソード。
「用意がいいんですね。」
「それがお前の主だ。」
サラは晴れやかに笑う。
俺はシェリーの方を向いた。年下の少女に勝てず、親の威厳を借りて彼女を剣の道から引きずり落とした人間。サラとともに暮らした俺からすれば、憎むべき存在だ。しかし、親からのプレッシャーそして自身が次期軍団長になるという野望、様々な要素が彼を下衆へと追いやった。どんな手を使っても一族の務め、自身の望みをかなえると。
それはひどく利己的とも言えるが、俺はある種の尊敬を抱いていた。
彼に必要なのは、挫折だ。どんな手を使っても駄目だと思わせる、彼を絶望へと追いやることが救いとなるのだ。
「サラ。あいつを不幸にしてやれ。」
「はい。仰せの通りに。」
サラが剣を構える。そしてシェリーに呼びかける。
「シェリー・ヴェルムト。ここからは本気で行かせていただきます。」
それを聞いて、シェリーの曇った表情が晴れた。彼は鎧を全て脱いだ。そして剣と盾を持ち、サラに呼び返す。
「サラ・ベルモット。望むところだ。」
「サラ・ナイルズ・ベルモットです。」
サラが訂正する。
「そうか、サラ・ナイルズ・ベルモット。いざ。」
サラは一気に相手の懐へ飛び込んでいった。




