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20.計画通り

前回のあらすじ

ラムファード家の常備軍設置の主導権は、サラとシェリー・ヴェルムトのフェーデ(決闘)により決定されることとなった。

 フェーデ(決闘)が決定し、ヴェルムト親子が部屋から出る。ザクセン選帝侯は壁に耳をつける。

「大丈夫、行ったわ。」

母はふうっと息を吐く。

「やったわね。」

ザクセン選帝侯が拳を差し出す。母も拳を突き出しグータッチをする。


「これでフェーデに勝てば私たちの思い通りに事が運ぶ。」

先ほどの緊張感は消えうせ、もうやるべきことは終わったような物言いに俺はいらだった。

「何を言ってるんですか?」

俺は2人に疑問をぶつけた。

「サラにこんな辛い役目を押し付けて、何が良かったっていうんですか?」

サラの方を向く、彼女はうつむいたままだ。


ザクセン選帝侯は俺を窘めるように言った。

「言いたいことは分かるわ。でもあなたのお母さんシロックはこの交渉において最もいい条件を得たのよ。」

「どういうことですか。これが最善だったと?」

俺は食ってかかった。すると、サラが立ち上がり俺の肩を掴んだ。


「ええ、最良です。私が_私さえフェーデに勝てれば、ブランデンブルクは常備軍をなんのしがらみもなく設置することが出来る。こんなにいい条件はありません。」


サラは部屋の者に頭を下げ、自室へと戻ってしまった。



マスクが付け加える。

 「シロック様は、常備軍の設置においてどうすればヴェルムト家の干渉を受けないで済ませられるか、考えておられました。その結果、商人の彼が食いつきそうな儲け話を話題に出し、彼を釣りだしました。そこで彼らの自尊心を刺激し、フェーデまで持ち込みました。勝てばラムファード家はヴェルムト家の影響なく常備軍を運用できます。」


「領主が自由に運用できない常備軍なんて、ないほうがましよ。」

母は言った。

 確かにブランデンブルクの内政まであのくそ野郎の干渉があるなんて、たまったもんじゃない。前世でいう、”モノをいう株主”というやつだ。サラがフェーデに勝てばあいつらとは何の関わりもなくブランデンブルクに常備軍をおける。最高の状態だ。


 だが、だが___


「ではサラをシェリー・ヴェルムトと決闘させることは最初から計画していたのですか。サラの気持ちを無視して!」

俺は声を張り上げた。俺がサラの過去を知っていることがここで明かしてしまったことに気づいたのは口から出た後だった。母は気にすることなく頷き、返答した。

「私は彼女の気持ちではなく、勝率に基づいてこの計画を立てた。」

「ですが、心理的不利を持っている相手では勝率など当てにならないのではないですか?」

「私はサラがそれ如きで不覚を取るような人間ではないと信じています。」

「それ如きって_」


「サイシェ・ヴェルムトの言うことは気に障りますが、過去の事柄一つで戦闘に差し障りがある人間など、選帝侯の一族には不要です。」

「いくらなんでも、失礼では。」

「私はサラのことを見てきました。息子のあなたよりも長く。大丈夫、あの子を信用なさい。」

母の声は優しかった。言っていることは残酷なまでに合理的だが、それはサラに絶対の信頼をおいているからだ。理屈では分かっていても、感情がそれを受け入れられない。



「でも、バランタイン。サラをよく見てくれてありがとう。あなたは自分のやるべきことをなさい。」

母も自室へと戻った。俺は椅子に座り、じっくり考える。


ザクセン選帝侯もまだ部屋から出ていない。

「同じことを、言うのですね。」

 ぼそりと呟く。

母もザクセン選帝侯も俺のやるべきことをやれと言う。さも俺には重要な役割があるというような_。何が出来るっていうんだ。サラはここに来てから俺とまともに会話していない。

「結構似た者同士なのよね。コルちゃんも同じことを言うと思うわ。」

ああ、言いそうだな。ほんとに。

「正しい悩みよ。将来の騎士として、領主として。サラもこれで過去と向き合わなくちゃならなくなった。若いあなたたちへの試練ってやつね。」


俺は別に若くないぞ。なんて言う訳もない。




 翌日の午前中、ある裁判に俺たちは参加した。ザクセン選帝侯、マスク、サイシェ・ヴェルムトもいる。

 罪人は奴隷市場で詐欺を働いた男。ザクセン選帝侯が馬車の修理代の代わりとして捕まえてきた奴だ。



「これより、被告人フランツ・オルテンシュタインに対する裁定を開始する。


被告人は、ザクセン法典の以下の条項に違反した罪により、本法廷に召喚されている。


第一に、奴隷取引において虚偽の情報をもって契約を結び、購入者に金銭的損失を与えた詐欺罪。被告の行為は市場の信頼を根底から損ない、取引の公正さを破壊するものである。


第二に、奴隷の健康状態を偽るために薬物を用い、その自然な状態を歪めた罪。これにより、取引対象である者の生命を危険にさらし、また市場全体の秩序を混乱させた。


第三に、不正取引の発覚後、責任を果たすことなく市場から逃亡を図った逃亡未遂罪。これは法の裁きから逃れようとする悪質な意図を明確に示すものである。


被告フランツ・オルテンシュタインよ、これらの罪状はザクセン公領における経済秩序と社会倫理を著しく侵害するものである。本法廷は、ザクセンの民と市場を保護する立場から、この行為を断じて看過することはできない。


本法廷はこれにより、被告に対しこれらの罪状を告知し、弁明の機会を与える。被告よ、これらの罪状に対し、何か申し立てることはあるか?」


 前世では裁判所にお世話になったことも、拝聴したこともない。しかしこれは前世の裁判とあまり大きな差がないように思われる。この裁判の見学は母がザクセンにおける法整備や裁判を実際に見たいと要請したために行われた。

 被告人が口を開く。


「いえ、私のしたことに間違いはありません。ですがこの商売は、事業に失敗し路頭に迷っていた私にサイシェ・ヴェルムト様が融資とともに提案してくださったものです。死にそうな奴隷に薬物を与え、一時的に状態をよくする手法もヴェルムト家の方に教えていただきました。」


「薬物の仕入れ先もヴェルムト家から?」

裁判官は淡々と尋ねる。

「はい。そうです。」


参加者の集中が被告人からサイシェ・ヴェルムトへと向かう。

「話しても?」

サイシェ・ヴェルムトは裁判官に告げる。裁判官は数秒考え、ザクセン選帝侯らを一瞥した。

「どうぞ。」


被告人は脇へと移動し、サイシェ・ヴェルムトは落ち着いた足取りで、先ほど被告人が弁明を行っていた場所へと立つ。

「確かに私は奴隷市場にはある程度精通しておりますし、被告人とも面識があります。しかしながらヴェルムト家は誠実に事業を行っており詐欺まがいなことも薬物の売買も一切行っておりません。この男が述べていることはすべて事実無根であります。」

白々しかった。合理的に彼が何の関わりもないと主張できる根拠は一切ない。サイシェ・ヴェルムトはそれだけ言い、元の席へと戻った。


裁判官は被告人に判決を下す。


「被告フランツ・オルテンシュタイン、本法廷はザクセン法典に基づき、すべての審理を終え、評決を下す。


あなたは以下の罪状において有罪と認められた。


第一に、奴隷市場における詐欺行為。

第二に、薬物を用いた健康状態の偽装による市場秩序の撹乱。

第三に、帝国及びザクセンの信頼に対する重大な背信行為。


これらの行為はザクセン公領の法秩序と道徳を著しく損ない、市場の信頼を崩壊させるものである。その罪は極めて重大である。


本法廷はザクセン法典第62条『アハトの規定』に基づき、以下の判決を下す。


被告フランツ・オルテンシュタインを、ザクセン公領およびその統治下のすべての領域から追放する。

これにより、あなたはザクセンの法と庇護を永久に失い、ザクセン領内での再入国は死罪に値するものとする。


被告には猶予として三日間を与える。三日以内にザクセン領から立ち去らなければ、あなたの行為はさらなる罪とみなされ、迅速かつ厳格な処罰を受けることとなる。


なお、被告のすべての財産および資産は、被害者への補償および市場の信頼回復のために没収される。あなたにはこの土地で生きる権利も、富を享受する権利も、もはやない。


フランツ・オルテンシュタインよ、これはザクセン公領があなたに与える最後の猶予である。三日以内に立ち去り、二度とこの地に足を踏み入れることのないよう命じる。これがザクセンの法に基づく最終判決である。」


 アハト、事実上の追放処分。「生ける死体」と呼ばれる状態だ。死刑ではないが、その人間を人間として認めない、グロテスクな判決が下された。


「またサイシェ・ヴェルムトについては、本件と一切関係ないものとする。」


「なぜです!あいつは家族を人質に俺にあんなことをさせた!あいつも同罪だ!」

被告人が叫ぶ。裁判官は冷たく、言い放つ。


「裁判は以上。罪人を連れていきなさい。」

すると兵士が罪人の両側から腕を固め、叫ぶ罪人を連れ去った。




「ね。法に基づく秩序って、素敵でしょ。」

隣に座るザクセン選帝侯が苦笑いしながら話す。

歪んだ裁判だった。こんな裁判よりも、まだサラに戦わせた方がましだと母やザクセン選帝侯が考えたのが今ならわかる。


するとサイシェ・ヴェルムトがこちらに向かって寄ってきた。

「全く、近頃は理不尽に濡れ衣を着せられることが多くて困ったものですよ。」

彼は手を広げ首を捻る。俺たちは何も答えなかった。サイシェ・ヴェルムトはサラの方を見て続ける。

「フェーデのように公平かつ平等な手段に訴えられること、心から感謝いたします。」

トラウマを持つ相手と戦う時点で平等もクソもないだろ_。そう思ったところで、俺に出来ることなんてない。




サラはブランデンブルクから持参した弓を強く握った。その身体は注射の順番を待つ子供のように、怯え、震えていた。





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