18.交渉
前回のあらすじ
ザクセン選帝侯からサラの過去について聞いた。彼女は自分が剣を学んだことで不幸が訪れたと自分を責めていた。
翌日、訪問者3名は、領主ザクセン選帝侯とザクセン軍団長との交渉に挑む。
「ブランデンブルクに、常備軍の設置ねえ。あなたたちの領主さんなら必要なさそうだけどねえ。」
ザクセン選帝侯は伸びをしながら話す。しかし会談には緊張感があった。昨夜の彼とは違い、言葉に温かみのようなものがない。
「彼らは例年とは異なり計画的に村を襲撃するようになってきました。恐らく、彼らに社会性が生じたのではないかと。」
シロックが主に応対する。
「なるほどねえ、ラムファード家だけじゃ戦略的な襲撃に対応できなくなってきていると。」
少し嫌味のように言う。俺は少しむっとした。
「実際、彼らはコルネオーネ様に対し集団で攻勢を仕掛け、その間に村に原生生物を放ってきました。」
サラが冷静に付け加えた。
俺とサラがトラを撃退したときの話だ。もしあの時俺たちが対応しなかったら、村の人間に死傷者が出ていたに違いない。
「そうねえ、体は1つしかないものねえ。」
ザクセン選帝侯は顎に手を当て考えている。
「でも、森の民に脅かされて危ないってだけじゃ理由として弱いのよね。」
俺は訝しんだ。人命より優先すべきものがあるような言い草だ。それを見たザクセン選帝侯が軍団長のマスクに目配せした。マスクは説明をした。
「領主には治安維持を行う義務の代わりに、傭兵を雇う権利があります。森の民の対応にはそれで十分なのではないかと、ペル様はそう考えているのです。」
「そういうこと、でもラムファード家はあくまで常備軍をおきたい、そういう訳でしょ?」
ザクセン選帝侯がシロックを向く。シロックは頷く。
マスクは続ける。
「傭兵と常備軍の違い。それは金と忠誠という大きな差があります。傭兵は金で雇った者たち。常備軍はコルネオーネ殿を長としてブランデンブルクに仕える者たちです。」
なるほど、用心棒を雇うか軍も持つかという差か。確かにこれは大きな違いだ。
「別に私は常備軍を持つことに反対はしていないわ。ただ常備軍を持つって簡単なことじゃない。でしょ?」
ザクセン選帝侯はマスクの方を向き、マスクは頷いた。お互いザクセン軍の軍団長を経験している。通づるところがあるのは当然だ。マスクが話す。
「ええ、国外で戦争があった場合には遠征に行く必要がありますし、給与も払わなくてはなりません。維持するだけで相当の予算が必要です。日々の訓練を行わなければなりませんし、駐屯させるためのインフラ整備も必要です。」
聞くだけで大変そうだ。前世では行政が多くの人数をかけて行っていたことだ。
「その点に関して言えば私が対応するつもりです。」
シロックが声高に主張する。ザクセン選帝侯が返す。
「でしょうね。別にそこも心配してないわ。」
この男は何が目的なんだ。話の先が読めずむず痒い。
ザクセン選帝侯はそんな俺を見て意地悪く笑った。
「ごめん坊や。意地悪だったわよね。じゃあ単刀直入に言うわ。」
ザクセン選帝侯は椅子に座りなおし、声を抑えてしゃべる。
「常備軍を設置するには条件がある。それはね、あなたのお父さん_コルネオーネ・ラムファードが選帝侯になる必要があるの。」
選帝侯_今話すこの男と同じ立場になるわけか。
話は続く。
「選帝侯になるってこと。それは国王選挙に立候補_つまり次期皇帝になる権利を持つ者たちの仲間入りってわけ。」
ザクセン選帝侯は背もたれにもたれ掛かった。
「傭兵を雇えば対応できるだけの力はあるのに、なぜわざわざ手間をかけてザクセンに来て、私に皇帝への進言をお願いするのか。それが分からないのよねえ。」
ザクセン選帝侯は軽蔑ともとれるような冷ややかな目線をシロックに向ける。シロックはにやりと笑った。
「あなたたちの両親は何を考えているのかしらね?」
「私は、ただ故郷を守りたいだけですよ。」
シロックは顔色を変えることなく、淡々と返した。
ザクセン選帝侯は切れ者だ。だが俺の母は動じていない。このような交渉の場において己の無力さを痛感するのと同時に、母がいれば何とかなるという安心感もあった。
数十秒の沈黙の下、ザクセンが選帝侯が口を開いた。
「まあいいわ、そういうことにしましょう。でもブランデンブルク選帝侯夫人になるためには、森の民だけでは理由が弱いわ。」
母が待ってましたと言わんばかりに、前のめりになり話し出す。
「では、一つ目。ブランデンブルクの東には大森林が広がっております。森の民はそこから生まれ、我々を悩ませているわけです。しかし、その領土を我々が支配したとなれば、帝国における人口の増加問題の解決策となるのでしょう。そしてそこで新たに発生した経済圏は隣接するザクセンにも利潤をもたらすのではないでしょうか。いつまでも豪商に頼っていてはあなた方もつまらないでしょうしね。」
母は大げさに、彼らを煽っていた。ザクセンは何も言わず、耳を傾けていいる。
「そしてもうひとつ。」
彼女は俺の方を向いた。
「私の息子、バランタインは彼らが用いる”魔女の力”を行使できます。これを研究すれば森の民への対応も立てられます上、我らの軍事力強化にも繋がる。覇権国家として君臨することも可能となる。いかがでしょう?」
母のプレゼンは強烈だった。ザクセンとしても有益である上に、ブランデンブルクを重要地域として父を選帝侯に推薦する理由も十分すぎるほど用意されていた。俺の能力が出汁に使うことはできれば先に言ってほしかったのだが、まあ別に俺に言ったところで何かできるわけじゃないしな。どちらにせよ、交渉はこちらの優位だ。
「あなたにはかなわないわ。」
ザクセン選帝侯が両手を上げ、降参のポーズを取った。そして右手をシロックに差し出そうとした、その時だった。
「いい話を聞かせてもらいましたなあ!」
現れたのは息子のシェリーを連れた、豪商サイシェ・ヴェルムトだった。




