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17.動機

前回のあらすじ

宴会の席で客人の1人であったサラに対し、サイシェ・ヴェルムトという男が無礼を働く。事情を知らぬバランタインに対しザクセン選帝侯はサラの過去について話してくれるという。

「長話になるわ。私の部屋にいらっしゃい。」


ザクセン選帝侯の部屋はメルヘンな、そんな部屋だった。絨毯も寝床もピンク色だ。居心地が_悪い。

「座りなさいな。」

俺とザクセン選帝侯は椅子に座る。彼は温めたミルクを渡してくれた。

「夜更かしは体に毒なんだけどね。」

「今日のようなことがあって、ぐっすり寝ることなんてできません。」

「それもそうね。さて、どこから話そうかしら____」



---ザクセン選帝侯の語り---


サラ・ベルモットは身寄りのない子供だった。親が誰か見当もつかない。ある日修道院の前に捨てられていたそうよ。

 修道院は赤ん坊のサラを温かく育てた。他の孤児と同じように。サラは無事に問題なく育った。サラは当時から頭がよく運動能力も高かったから、拾ってくれた恩に報いるため一生懸命に働いていたそうよ。

 

 ザクセンの領主は世襲制ではなく、ザクセン軍の軍団長が繰り上がりで務めることになっているの。ザクセンが長らく内戦状態にあったのは次期領主になるために騎士同士が軍団長の座を争っていたからなの。

 

 私はそれが嫌でねえ。当時私は軍団長だったんだけど、何度も毒を盛られたり、寝込みを襲われたわ。まあ私は夜這いと勘違いしちゃって可愛がっちゃったんだけどね。でも夜中に部屋に忍び込むってそういうことよねえ?全く、紛らわしいことしないでほしいわよね。


 まあ、それはそうとして、私はザクセンの内政を安定させるために、かわいい坊やたちを集めて騎士を育て、その子らたちから軍団長を選出しようと思ったの。身分関係なく実力主義の下でね。それが今日紹介したあの子たちよ。その中にサラもいたの。最年少だったわ。

 大変だったんだから。どんないい暮らしになるかを説得してもあの子、修道院に恩返しするんだって全然聞かなかったのよ。でも、修道院に毎年一定額給付するって言ったら、彼女は受け入れたわ。いい子よねえ、恵まれた出自ではないのにあれだけ利他的になれるんだもの。


 その後、私はあの子たちにいろんなことを教えたわ。戦争における戦術から靴の磨き方までね。優秀な子が多かったから苦労なんてなかったけれど、その中でもサラは飛びぬけていたわ。特に剣なんて私の幼少期とは比にならないくらい速くて重かったわよ。彼女は自分の剣で悪いやつを倒すんだって、そういっていたわ。



 だけど実力主義って残酷よね。誰にでもチャンスがある分、実力の伴わないものは追いやられる。子供にとってはプレッシャー以外の何物ではないわよね。頑張っても報われない子は特につらいと思うわ。


 サラは周りの子供から距離を置かれるようになった。それどころかいじめの対象になっていった。親がいないなんてお前は娼婦の子だとか、女なのに騎士になろうなんて騎士への侮辱だとかね。彼女は孤立していったわ。

 何もするにも一人。でも彼女は強かった。彼女は人一倍努力した。親の顔も知らない自分に与えられた千載一遇のチャンスだって。



 辛かったと思うわ。でも、彼女に親身になってくれる人が一人だけいたの。それが当時使用人をしていたナイルズという若い女性よ。彼女も貧しい家の出で、一生懸命勉強して領主の使用人となった。自分とサラを重ねていたのね。

 彼女はいつもサラの話相手だった。15歳の使用人と5歳の少女、姉妹のようだったわ。



でも、事件は私が帝国外に遠征を行っている時に起きたの。

 宴会のあの男が当時のザクセン選帝侯にささげた献上品が盗まれるということがあってね。その時に犯人として挙げられたのがサラ。献上品を当時の選帝侯に引き渡すという大抜擢だった。選帝侯は軍団長の任命権があったから、子供たちの代表として選帝侯に会うことは次期軍団長になるための大きな一歩だった。


 彼女の昇進を受け入れられない人がいた。それが今の軍団長第一候補、シェリー・ヴェルムトよ。あの子も真面目に私の教えを学んでいたわ。豪商の息子ということに甘えず、立派な騎士になろうとしていた。サラのいいライバルになると思っていたのだけれどねえ。でも彼は挫折を受け入れる器量はなかった。親もいない年下の少女に劣っていることが受け入れられなかった。それに父親からのプレッシャーもあったんでしょうね。父親からしたらザクセンを経済的、軍事的に影響を与えられるまたとないチャンスだもの。


 そこでサラを排除しようとした。自身が献上する物品を盗んだという濡れ衣を彼女に着せた。シェリーも他の見習い騎士や使用人にサラの味方をしないように根回しをした。豪商の息子だしその辺は何とでもなったんでしょうね。

 サラの無罪を主張できる人なんていなかった。そこでナイルズは自分が盗んだと主張した。罪を被ることにしたわけね。でもナイルズとサラのどちらが犯人かは分からない。事件は迷宮入りになった。


 妥協案として豪商はサラに商売敵の暗殺を提案した。そいつを殺せばサラにやナイルズへの嫌疑をなかったことにすると。サラは最初断ったけど、ナイルズが使用人の中でいじめにあっているのを知って実行に移った。サラにとっての初めての殺し。彼女は完遂したわ。

 豪商は約束通り、窃盗の嫌疑を晴らしたわ。もちろん、サラのナイルズの立場は多少悪くはなったけど、盗まれた本人が2人を許したことは大きな意味があった。


 ただ、サラは殺害した相手のことをよく調べていなかった。彼女が殺したのは帝国でも有数の奴隷商人。外国からの奴隷の輸入であったり、帝国内での身寄りのない子供たちの支援もしていたわ。もちろん、支援した子も奴隷として商品にしていたのだけれどもね。

 

 

  サイシェ・ヴェルムトはサラの生まれた修道院を人質にサラを意のままに操った。聞き分けのない奴隷を殺したり、商売敵を殺したりね。でも、サイシェ・ヴェルムトはサラが望むように、多くの修道院を支援し身寄りのない子供たちを多く受け入れた。サラにとって剣を振る理由は自分のような境遇の子供を出来るだけ助けることだったから、一応の望みは叶っていたわけね。


 ただ、彼女に指示を出していた男は騎士や牧師ではなく、商人よ。サイシェ・ヴェルムトが支援した修道院では、私が騎士見習いの子供たちに与えたノウハウを転用して、受け入れた子供たちを軍人として育てるようになった。彼女自身をモデルケースとして。


 サラは苦悩した。彼女は恵まれない子供たちに幸せになってほしいがために、自分を押し殺して、多くの人間を殺した。その努力の帰結は自分と同じように剣を振って人を殺す子供たちを生み出すこと。でも、そうでもしなければその子供たちは野垂れ死ぬしかない。


 そして、彼女が剣を持たなくなった決定的な事件が生じた。ナイルズが恥辱された。それも修道院によって軍人としての教育を受けた子供たちに。彼女は心を患って自ら命を絶ってしまった。8歳くらいの少女が姉を失った。それだけでもショックなことよ。でもサラは___自分のせいだと思い込んだ。自分が剣を持ったことが、自分の大切な人を傷つけたのだと。


 サラはザクセンから去った。剣を握るのをやめた。彼女は一人でも生活出来ただろうけど、私はコルネオーネに頼んで彼女をラムファード家に引き入れてくれるように頼んだ。ブランデンブルクは森の民という共通の敵がいるから、彼女は彼らと戦うことで自分の存在意義を維持できると思ったの。その後はあなたの知っている通りよ。彼女はラムファード家の使用人として、ザクセンに戻ってきた。ミドルネームに彼女の戒めの名前を入れて。



---バランタイン視点---

「そんなことが。彼女は剣は苦手だと言っていました。」

俺は何といえばいいか分からなかった。彼女がザクセンに来たがらなかった理由がよく分かった。


「そうね。あんなことがあったんだもの。嫌いにもなるわよ。」

「僕はどうすればよいのでしょう。」


「あなたは彼女が間違っていたと思う?」

「いいえ。彼女は今と同じように、目の前のことに全力で取り組んできたのだと思います。彼女が自分を責めるのは___違う。」

 それを聞いたザクセン選帝侯は口元を緩めた。


「サラはいい主を持ったわね。」

「僕_?サラの主は父です。」

ザクセン選帝侯は首を振った。

「あなたのお父さん、サラを自身の使用人とはしなかったわ。もしかしたらサラはザクセンに戻るかもしれない。そう思ってサラを正式に使用人とは認めなかった。」

「でも、彼女はラムファード家の使用人だと__。」

「そう言うに足る理由が出来たんじゃなくて?」

ザクセン選帝侯はこちらを向きウインクする。





「私は出来ればああいういい子ににザクセンを継いでほしい。でもそれは彼女が決めること。さあ、坊やあなたはどうする?」

 

 


 

 

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