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16.在り方

前回のあらすじ

ザクセン選帝侯の城、ヴァルトブルク城に招かれる。そこでサラはザクセンの見習い騎士であるシェリー・ヴェルムトに裏切り者の罵られ、斬りつけられそうになった。

 その夜、城ではパーティーが催された。上座にザクセンが座り、客人の俺たちはそこにほど近い席に座る。先ほど紹介された騎士見習いを含め、ザクセンにおける有力貴族や豪商も招かれる。

 いずれの人々もまずザクセンに挨拶をし、その後決まって母の所へ行く。母の手の甲に口づけをする者、ゴマをする者もいた。俺も母ほどではないがそれなりに位が高いものとして扱われた。



辺境伯の夫人に過ぎない母がこのような扱いを受けているのに驚嘆していると、母はこちらにウインクをした。

「お母さん、割とやるでしょ。」

母はドヤ顔をして、誇らしげに言う。それを言わなければ完璧なのだが。


 一通りの挨拶を終える。最後に小太りではあるが髪や髭がきれいに整えられた男が母と握手をした。差し出した右手のすべての指に派手な色の指輪が嵌められていた。

「サイシェ・ヴェルムトです。お見知りおきを。」

他の貴族たちと同様に彼は俺にも挨拶をする。それを終えると隣に座るサラを見る。



「お嬢さん、お名前は?」

 サラはびくりと体を震わせる。拳を強く握りながらサラはその男を見上げた。

「サラ・ベルモットです。」

サラは震える声で名乗った。隣に俺がいるのだが、このような社交場でどのように振舞っていいものか俺はまだつかめていない。それに先ほど彼女に余計なことはするなと釘を刺されたばかりだ、俺は何も言わないことにした。


「ええ、知っておりますとも。」

男は蔑んだ、気味の悪い話し方でそう言った。

「現在は何をされているのですかな?」

「ブランデンブルク領にて、ラムファード家の使用人を行っております。」

サラは青白い顔をして何とか返答している。

「はっ!使用人とは心労甚だしいでしょうねえ。」

「いえ、ラムファード家の方々にはよくして頂いておりますので。」

「そうでしょうとも。一使用人をこのような席に座る許可を出しているのですから、ブランデンブルク辺境伯の方々は何と懐が深いのでしょう。」

 男は仰々しくこちらを向き、へりくだった。



「しかし、ここはザクセン領。辺境とは違うのです。私のような立場のものが申し上げるのは出すぎているかとは思いますが、使用人がその席にいるのはいささか問題があるのでは?」

 度重なるサラへの侮辱に苛立った。俺はこいつのことが嫌いだ。見た目も言動も下品な男だ。しかし、それでも俺は何も言わなかった。


「父上、おやめください。」

間に入ったのはシェリーだった。先ほどサラに切りかかった奴だ。こいつら親子だったのか。

「ペル様はサラ様も客人として扱えとおっしゃいました。例え彼女が無礼者でも、娼婦の子であっても丁重に迎えるのが騎士としての義務です。ここは僕の顔を立ててください。」

シェリーは芝居がかった口調で言った。

「そうか、息子よ。それならば私も抑えよう。仕方ない。この様なふしだらな娘でさえ敬意を示せるとは、私の息子ながら誇らしい!」


繰り返される茶番に俺は我を失いそうだった。別に騎士道を信仰しているわけではないが、それをサラの侮辱の道具にされたこと、そして何よりサラへのあまりの無礼さに今にも手が出そうだった。母は他の人には見えないように、俺の腕をつかんでいた。余計なことはするなという意思が伝わる。


 だが、いいのか?サラは家族同然じゃないか。母は許せるのか?俺にはできない。こんな侮辱を受け、何もせずにいられるわけない。



「梨はいかが?」

俺たちの方に近づきながら果物を差し出してきたのはザクセン選帝侯だった。俺は素直に受け取り、口に放り込んだ。

「おいしいでしょ。」

確かにとてもうまかった。みずみずしくひんやりとしたフルーツが俺を少し冷静にしてくれた。俺は椅子に座り、大きく息を吐いた。


「私、少し体調が芳しくないので自室に戻ってもよろしいですか。」

サラはザクセン選帝侯に尋ねる。

「ええ。長く馬車に揺られていたものね。構いませんよ。」

サラは自室に戻っていった。

「では、私どもも。」

サラに無礼を働いた2人も退室しようとする。

「ええ、久しぶりの再会ですものね。親子水入らずの時間を楽しんで。」

2人はザクセン選帝侯に頭を下げ、去っていった。俺はその背中を見ながら先ほどの怒りが再燃してくるのを感じていた。



「とりあえず、それを収めなさい。」

ザクセン選帝侯は俺に呟いた。

「なにがです。」

俺の言葉は自分が思った以上に刺々しかった。

「その魔法とやらです。」

 俺はここで客観性を取り戻した。気が付かなかった。俺は自身が持つ魔力を最大出力で放出していた。剣には手をかけていなかったが、俺の無意識は臨戦態勢だったのだ。ここにいるものでは、ザクセン選帝侯のみが魔力を感じ取ることが出来る。そのため他の人は気づかず、宴はたけなわのまま終えることが出来た。






 客人には一人につき部屋が一つ与えられた。俺はサラの部屋をノックする。

「サラ、大丈夫?」

「ええ、余計な心配をおかけして申し訳ありません。」

「なにか、話でも聞けたらと思ってきたんだけど。」

「私は大丈夫です。」

「でも、サラ震えてたし。」

「本当に大丈夫です!一人にしてください。」

 サラは本気で俺を拒絶した。扉の奥でサラが泣いているのが聞こえる。俺は何もできず、その場から去った。



 俺は冷静になるため、城を歩き回った。暖房などないこの時代において、夜風は身体を芯から凍えさせる。しかし、今の俺にはそれが心地よかった。

 俺はどうすればいい。サラを何とかしてやりたい。しかし、首を突っ込むことはサラの意思に反するし、ザクセンに常備軍を設置することの交渉も難しくなるかもしれない。俺たちは領主である以上、領民の安全を最優先にしなければならない。森の民との経験を通して、この身分にのしかかる責任を痛感した。


 歩いていると主塔が見えた。塔の上部はもっと寒いと考え、上ることにした。らせん状の階段を一段ずつ上がる。まだまだ一段を飛ばすには身長が足りない。しかし、塔の頂上にはあっという間についた。そこには先客がいた。

「なんとなく来ると思ったのよねえ。梨食べる?」

 ザクセン選帝侯はまた梨を渡してきた。俺は受け取った。

「さっきのパーティー、どうだった?」

嫌味を言っているのか?一部始終を見ていただろうに。


「おもてなしの心は十分すぎるほど受け取りました。」

最大限の皮肉を込めておいた。

「うふふ、いいわね。大事な人のために怒れるって大切よ。その上で状況を考えて自分を律することが出来る。偉いわ。」

皮肉ともとれる彼の言葉だが、彼に対しては不思議と苛立ったりはしなかった。



「先ほどの男、そしてあなたの見習いの騎士はいったい何なんですか。」

また怒りがふつふつと湧き上がってくる。

「あの男はザクセン随一の豪商よ。以前のザクセンはちょっとした反乱や遠征が多くてねえ。彼らの一族に援助してもらってたのよ。」

「だから、客人をが侮辱を受けるのを見て見ぬ振りしたと。」

すこし煽るように言う。

「私も心苦しかったわ。だけども、それなりには理由があるのよ。」


「あれだけのことをされても、それを正当化できるだけの理由があるのですか?」

俺は強めに言い寄る。ザクセン選帝侯は息を吐く。そして俺に向き直った__




「いいわ、サラのこと話してあげる。」

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