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109.終焉

 ブランデンブルクに主権を。


 それはつまり、ブランデンブルクの事実上の独立を認めるということに他ならない。帝国から独立した国が生まれるということである。


 皇帝は何も言わず頷いた。


「感謝いたします」

 父は頭を下げた。


「それでは、私と妻は__務めを果たします」

 父は皇帝を一瞥し、その横を通り過ぎる。そして愛する人の手を取った。


「君は生きろ、そう言うべきだろうが。シロック、君は聞かないのだろう?」

 母は父の手を両手で包み込んだ。

「ええ、死んでもあなたと死ぬわ」

「どちらにせよ死ぬのだな」

「うん。だからあなたと」


 アマレットやサラと抱擁をし、両親は馬にまたがった。ジギルとハイド。俺が生まれた時から両親に仕えていた馬だ。もう老馬であり、彼らも死に場所を決めたらしい。


「バランタイン」

 母が俺に声を掛ける。

「ブランデンブルクは、もう大丈夫。気楽に生きなさい」


 そう言って、二人は聖なる息吹(ホーリーブレス)を持って南東へと馬を走らせた。その背中は瞬く間に小さくなる。ジギルとハイドの最期の仕事は見事なものだ。


 聖なる息吹ホーリーブレスが爆発しないかもしれない。そんな期待を抱いてもいいはずなのだが、これが今生の別れだと、皆知っていた。



 俺たちは帰路に就いた。家へ。俺たちのいるべき場所へ。


 帰り道、背中で巨大な何かが破裂した。風もない、轟音もない。だがその事実は間違いなく感じ取った。アマレットは皇帝の胸で泣き、サラは俺の手を強く握る。


 選帝侯戦争は終焉を迎えた。






「前ブランデンブルク選帝侯の功労に報い、ブランデンブルクの自治を認める。今後はバランタイン・ラムファード選帝侯の公国として取り扱う。尚、帝国への忠誠は未だ継続している」


  形骸化した文言を皇帝は述べた。傍らにいるアマレットに目配せをする。彼女のお腹も以前のサラのように大きくなっていた。



  何も言わず、傅く。だがそれは形式的なものであると、誰もが思っただろう。


 だが、俺と皇帝にとっては違う。これは帝国という力を追い求めた組織が、自分たちへ与えた運命との決別を意味する。


 何にも縛られず、自由意志の元で生きることへの覚悟。


 俺たちに、もう言葉は必要ない。




  神聖帝国は、ブランデンブルクの主権容認を皮切りに、それぞれの地域での分断が進み、皇帝の威光はかつての英華を失っていた。


  ブランデンブルクはその領地を広げ、その勢力を拡大させた。プロイセンと名を改め、帝国の列強の筆頭となっていた。無論、帝国と対立することなく、表面上は厚い忠誠を維持していた。



  プロイセンは王位昇格となった。皇帝にはなれなかったが、俺は王となり、皆が幸せとは言えないまでも、気楽に生きることが出来る国づくりをしている。


「おしり拭きましょうね」

 サラは男の子を1人産んだ。名前はマティーニ。誰よりも優しい俺の母親と、サラのファミリーネームをブレンドしたものだ。


  最も尊敬する、2人の女性から取った。


「俺やるよ」

  マティーニのおしめを取り替えようとする俺を、サラが弾いた。

「経験値が違いますから」


 サラは笑った。夫と息子、2人の尻を吹くというのは、どんな気分なのだろう。


 マティーニを産んだ後、サラは騎士に戻り、またあの時の強さを取り戻した。本人は衰えたとは言うものの、俺たちの理想の騎士である父と遜色ない強さである。


  家庭という空間が、こんなにも穏やかだとは思わなかった。

 



 「兄貴!バルト海から略奪行為を働いている奴らが居ます!守備隊は大損害っす!」


 俺はまだ、穏やかには生きられないようだ。俺はサラを見る。

 「行ってらっしゃい」


 サラは微笑を俺に向ける。愛する妻のその表情は息子は守っておくというメッセージだけではない。人々の暮らしを守るための責任を俺に突きつけてくる。


 人生はトラブルの連続だ。気が休まることなどない。だが、再度与えられたこの人生を、後悔したことは無い。


 「行ってくる」

 トロイエと共に、海の民の討伐へと向かう。敵はもちろん皆殺しだ。俺の手はまだまだ赤くなる。




 「敵は妙な力を使います。もしかしたら――」

 「大丈夫だ」


 魔力を巡らせ、来る戦闘に備える。禁忌でも祝福でもなんでもいい。この力は俺の大切なもののため。イデオロギーはそれで十分だ。




  俺は走る。風が潮臭くなっていく。敵はすぐそこだ。


 せっかく転生したんだ。今回は気楽に生きてやる。

せっかく転生したので今回は気楽に生きようと思います。


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