105.確定事項
-バランタイン-
アマレットの表情は、赤子がぐずる寸前のようだった。
サラの介抱のおかげか、立ち上がって歩けるようにはなった。アマレットに連れられ、俺とサラは母の元へと移動した。俺もサラも走る体力はなかったが、アマレットの表情がただ事ではないということをうかがわせていた。
「随分疲れているわね」
母は俺を見て開口一番そう言った。
「魔力を__奪われました。申し訳ございません」
俺は情けなさを感じつつ、自身の敗北を打ち明けた。母は首を振る。
「いいのよ。あなたが来てくれたから戦局は__だいぶ良くなった」
母の言葉に含みを感じ取った。アマレットの不安の正体が判明する。
「何かまずいことでも?」
俺の問いに、母は俯いた。
「あなたの力を奪った教会の神具が、限界を迎えるようなの」
「救いの息吹が?」
小さく母は頷く。
「マインツ選帝侯曰く、魔力を貯めすぎた物体は__」
「爆発する」
俺は母の話を遮った。今すぐここから逃げ出したいという恐怖が、一気に身体を駆け巡った。俺が牢屋から抜け出す際、俺の力を抑えていた皇帝の弟の骨は爆発した。あれと同じことが救いの息吹で起こるだと?
「今すぐ皆で逃げましょう」
「だめよ」
俺の提案は即座に否定される。
「ファルツ選帝侯は我々を逃がさない」
「じゃあ皆で倒せば__」
「いつ爆発するか分からない代物の中で?」
「じゃあどうするのですか」
進展しないやり取りに頭を掻く。
「残るの」
返答をしたのはアマレットだった。
「誰が」
アマレットは母を見た。母は優しくアマレットに微笑む。
「私と夫が残る」
母は穏やかに言い切った。
「どうして母上が!?」
俺は立ち上がって尋ねた。
「合理的に考えて」
母の口調はいつもと同じだった。
「何が合理的だと言うんですか」
俺は理解できずに尋ねる。いつもの冷静沈着な母の口調が、今日はやけに苛立たしい。
「言いたいことは3つ。まず、この状況でファルツ選帝侯を相手取れるのは、私の夫だけ。あなたは魔力切れで皇帝はボロボロ、今彼を抑えられるのはあの人しかいない。そうしなければ戦闘は長引き、全員が死ぬ」
俺は何も反論できない。
「2つ目はブランデンブルクのため。皇帝のために戦場に残り犠牲になれば、ブランデンブルクの選帝侯としての地位は確実になる。バランタインは忠実な選帝侯として世間にも認められるし、アマレットが皇帝と婚姻を結ぶことに世間は何も言わない」
俺とアマレットは目を合わせた。この期に及んで、母は未来を見ている。
「そして3つ目、私たちの愛する者を守るため」
母は言い切った。そして、俺とアマレットを抱き寄せた。
「ごめんね。でもこれが最も確実で納得できる方法なの。バランタイン、あなたには最期まで辛い思いをさせるわ」
母の声は震えていた。
「お母さんも__残るんだよね?」
アマレットの問いに、母は細かく何度も頷く。
「アマレットもサラも__同じことをするでしょ?」
母の問いにサラもアマレットも返さない。無言の問いが、肯定を表していた。
「バランタイン」
母は俺の名前を呼んだ。戦場ではなくブランデンブルクにいる時の母の声だった。
「あなたのその力。私が背負わせたの」
遂に来たか、母の独白は俺に何かを言わせる雰囲気ではなかった。
「あなたとアマレットは私の最も愛する存在。でもそれは私のエゴでもあるの」
母はうるんだ瞳の奥に強い感情を滲ませていた。
「私__シロック・ラムファードと、夫__コルネオーネ・ラムファードは、双子だったの」




