101.準備
-バランタイン-
サラのことが気がかりではあるが、今、油断をすれば俺は殺される。ファルツ選帝侯は片手間で相手できるような相手ではない。こいつは、格が違う。
「お前と戦ってみたかったんだよ」
ファルツ選帝侯は嫌味なく笑った。以前あった時の敵対的な目ではなく、単純に戦闘を楽しんでいるのが見て取れる。先ほどまで皇帝と戦っていたとは到底思えない。
ファルツ選帝侯はこちらに切りかかると見せて、剣を地面に立て、棒高跳びの要領で飛んだ。俺を飛び越え、背後から斬ろうとするが、俺の反射神経の範疇だった。俺は横に躱す。
「こっちとしては勘弁願いたい所ですけどね」
彼の剣はその性格と一致せず、技巧的だ。変則的で読めない。強者ほど敵を観察し、癖などを見抜くのが早いが、この男の剣は、予想と尽く別の動きをする。
ひたすらに強者と戦ってきた、彼の過去が伺える。
だが、俺の戦績もまた、人とは違う。
上空から自分が見える。そこにいるのは紛れまなく自分で、自らの意思に基づいて剣を振っている。しかし、そこに映る自分は他人のようだ。
「やっぱ、てめえは化け物だ」
俺はファルツ選帝侯の剣を難なく交わしていく。読みや心理戦はそこには無い、ゲームのように上から見る自分自身を操作するだけだ。
散々俺の足枷となった、”感情”はもう無い。
「お前をここで殺さなかったら、俺の未来はねえな」
ファルツ選帝侯は右手で剣を逆手に持つ。
「そもそも、皇帝に背いたものに未来なんてありませんよ」
何か仕掛けてくる。俺は脱力しながらも、神経を集中させる。
「ほざけ」
ファルツ選帝侯は地面を蹴る。一般人から見れば、急に人が消え、水気の無い地面が風に吹かれ、砂が待ったと思うだろう。
剣が衝突する音がする、しかし手応えはない。俺はファルツの斬撃を迎え撃った。俺の身体能力はその剣を捉えた。だが、剣がいや刀がそれに耐えられなかった。
父からもらった脇差は、ぽっきりと折れる。
「ちっ」
渾身の一撃をいなされたファルツ選帝侯は追撃しようとするが、直後、肩に一撃を食らう。
俺は折れた刃に回し蹴りをし、刃はファルツ選帝侯へ届いた。
「終わりだ」
俺は肩に刺さっていない方、つまり手に持つ剣で心臓を一刺し__
「惜しかったな」
俺は膝から崩れ落ちる。俺から離れていた”感情”、それが一気に押し寄せる。恐怖。
「マインツのことは腰抜けだと思っていたが、なるほどな__。確かに準備ってのは大事だ」
「なんで__それを」
俺はファルツ選帝侯を見上げる。
「これか?マインツの野郎に渡されたんだよ。皇帝は何とかなるだろうが、”お前”を相手にするとき必要になるってな」
ファルツ選帝侯の手には、聖なる息吹が握られていた。俺の魔力を根こそぎ奪ったそれは、その十字架の線を膨らます。
「くっ」
ファルツ選帝侯は肩に刺さった刃を抜き、地面に落ちる。その刃の側面に自分が反射して見えた。
マインツ選帝侯にも、ファルツ選帝侯にも及ばない情けない自分がそこにいた。




