98.正面衝突
-サラ-
私とバランタイン様の想い出の地は、廃墟と化していた。
マインツ選帝侯とともに、私たちはビザンティウムに到着した。皇帝やアマレット様が仕切るヨハネ騎士団と、シロック様やコルネオーネ様が仕切るテンプル騎士団がこの地で防衛線を敷いている。ここが、戦争の最前線だ。
ヨハネ騎士団の防衛力により、ファルツ選帝侯の得意とするゲリラ戦は無効化され、戦争は膠着状態に陥る。しかし、この日戦局が一変することは誰の目から見ても明らかだった。
マインツ選帝侯の合流。それは神聖帝国における聖界諸侯の背反を示している。帝国は空中分解間近だ。そして、消耗が進むこの戦いにおいて、マインツ選帝侯の合流は二つの騎士団にとって絶望以外の何物でもない。騎士団の士気は最悪だとの噂もある。戦局は客観的に最悪と言える。
だが、ラムファード家の一族は、決して諦めない。
マインツ選帝侯は到着後直ぐにファルツ選帝侯と合流し、ヨハネ騎士団とテンプル騎士団の陣営に和平交渉を持ちかけた。反皇帝派には勝利のムードが漂っている。
交渉の場には皇帝、アマレット様、シロック様、コルネオーネ様、ファルツ選帝侯、マインツ選帝侯、そして私が出席することとなった。私はいわば人質だ。交渉の場の過半数を占めるラムファード家の子息を妊娠している私を脅しに使えば、交渉が優位に進むであろうという魂胆が透けて見える。
「戦争は終わりだ。皇帝。今なら殺さないでやるよ」
ファルツ選帝侯は足を組んで最初に口を開いた。緊張感。選帝侯が3人と皇帝が1人、睨み合っている。ひとたび剣を抜けば街は跡形もなく消える。
「戦争の終結には賛成です。しかしながらファルツ選帝侯とマインツ選帝侯、あなた達が降伏するのですよ」
すると、ファルツ選帝侯は腹を抱えて笑い、マインツ選帝侯もクスクスと笑う。
「なあお前、自分の状況分かってんのか?皇帝らしく振舞ってる場合じゃないんだぜ?」
ファルツ選帝侯は馬鹿にする。
「いえ。僕はこれからも皇帝です。帝国の裏切り者はここで始末します」
「ほう?」
ファルツ選帝侯の眉がピクリと動く。
「ファルツ選帝侯、マインツ選帝侯。あなた方をアハトといたします。明朝までに消えろ。さもなくば敵として排除する」
アハト、つまりは帝国からの追放処分だ。
「交渉は__決裂だな」
ファルツ選帝侯とマインツ選帝侯は立ち上がる。
「お前らもよくそんな泥船に乗るな」
ファルツ選帝侯は、ラムファード家の人間を一瞥した。
「ブランデンブルクは、皇帝に忠義を尽くす」
父が言い放った。
「馬鹿だな。お前んとこの子息もいないっていうのによ。なあマインツ」
「ええ。素直に降伏すべきだと思いますがね」
アマレット様、シロック様、コルネオーネ様は何も答えない。
「後ろには気を付けなさい。マインツ選帝侯」
シロック様が言い捨て、交渉は決裂した。
私はラムファード家の人と一言も言葉を交わしていない。だが、何を考えているのか手に取るように分かった。
「あっ」
お腹を蹴られた。鍛えていても最近は腰が痛い。そろそろお父さんに会いたくなったきたよね。もう少し、待ってて。
「体調は大丈夫ですか」
トロイエが心配そうに声を掛ける。
「平気」
「それで、おいらに会わせたい人とは?」
彼は畏まって尋ねた。
「あっちよ」
私は目線を寄こす。その方向はヨハネ騎士団の陣営だ。
「敵__ってことすか?」
私は頷く。
「マインツ選帝侯やファルツ選帝侯にとってのね。あなたにとってはまだ分からない」
「おいらが、そんな簡単にブランデンブルクに戻ると?」
「それはあなたが決めること。あなたがその人に会って、その後決めなさい」
トロイエは斜め下を向く。彼は未だに迷っているらしい。
「明朝、戦闘が始まる。分かっていると思うけど、マインツ選帝侯とファルツ選帝侯は真っ向からやり合うつもりよ。その人に会う瞬間は一瞬だけ」
あれだけ望んでいた戦場は、今の私にとっては恐怖だ。トロイエのためとはいえ、正直、こんな場所にはいたくない。
「会って、なんと伝えれば?」
私の不安をよそに、トロイエが尋ねる。
「何も。あなたの悩みをそのまま打ち明ければいい」
あの方はそれだけで分かってくれる。
「それだけ?」
「それだけよ」
「随分と、信頼してるんすね」
トロイエは相変わらず下を見ながら言う。裏切った自分と信頼されるその人を比較しているに違いない。
「私の夫の、友人だから」
彼は何も答えず、小さく頷き、その場を立ち去ろうとする。
「あなたも、友人よ」
トロイエの背中に語り掛ける。彼は一瞬立ち止まり、去った。
翌朝、戦いは始まった。商業により発展したビザンティウムは、戦闘によりその栄華を失いつつある。選帝侯戦争の火ぶたが切られた。だが__
役者はまだ、揃っていない。




