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27、俺の身柄を取り合うな

 第一皇子派と、皇甥派。

 

 周囲に潜む兵たちは、おそらく互いの存在に気づいている。バルコニーで見下ろすディリートには、どちらも動くタイミングをはかっているように思われた。


 どれぐらい状況を把握しているのかわからないが、イゼキウスは殺気だった(いびつ)な笑顔で憎しみを吐き出している。

 

「第一皇子は、俺を哀れんだ。それが何よりムカつく。ママのせいで俺が可哀想だって言ったんだ、ママを悪く言ったんだ!」


 ああ、歪んでいる。イゼキウスは、歪んでいる。

 

 では自分はどうだろう? 

 

(イゼキウス。私、ずっと父の愛を欲しがっていた。愛を注がれるフレイヤが妬ましかった)

 

 自分も歪んでいる。

 ドロドロした醜い感情を身のうちに抱いている。その点についてイゼキウスと似ている……ディリートは、そう思った。

 


 寂しかった。

 愛されたかった。


 羨ましかった。

 (ねた)ましかった。

 


(私は、フレイヤをひっぱたきたくなった。でも、我慢した。それは私が善良だからではない。もっとちゃんとした形で不幸にしてやるんだ、ひっぱたいただけで私は満足しちゃダメって、そう思ったから……)


 イゼキウスは、そんなディリートの心に寄り添うように声を響かせた。


「俺がお前を肯定するから、お前も俺を肯定するんだ。それが愛ってやつじゃないか? なあ、俺の聖女ディリート」

 

 ディリートの中で、イゼキウスとの思い出がいくつも思い出される。

 

 過去、何度も何度も、この男はディリートを励ましたり、親身になったりして――最後に裏切ったのだった。

 ディリートはそれが悲しくて仕方なかったのだった。

 

(可哀想な人だと思ってたわ。皇帝としての資質に疑問はあるけど、人間らしくて、安心したわ。憎めないって思ったのだったわ)

 

 ディリートは過去の情に瞳を揺らしながら、首を横に振った。


 イゼキウスはそんなディリートに「お前は俺の味方だろ」「神は俺に味方するんだろ」と確認するように首をかしげている。


 その様子が憎めないと思ってしまう自分がいる。

 過去の未練のような情がじくじくと胸を苛んでいて、現実の自分の足を引っ張ろうとする。

 

 目の前の男が好きだっただろう、共感できる部分があるだろう、自分だって同じような生き物だろう……そんな風にささやく悪魔の声から耳を背けて、ディリートは未来を選んだ。


 

「……殿下、星が綺麗ですね。ごらんになって。月も、あんなに美しいのです」


 

 頭上で雲が風に流されて、隠れていた月がちょうど露わになる。

 月あかりにふわりと微笑むディリートの姿は幻想的だった。


 たおやかな白い腕があがって、ほっそりとした指先が天を指すと、イゼキウスは天使に導かれるような顔で星空に視線を移した。


 ディリートは一瞬の隙をついて魔法を使い、イゼキウスの足元へと透明な水の球体を無音で放り投げた。そして、足と地面を凍り付かせた。

  

「うわっ!? なんだ!?」

 ピキピキと音を立てて真っ白に凍り付いた足と地面に、イゼキウスがぎょっとする。


「今です!」

 凛とした声で言えば、潜んでいた敵味方の兵が一斉に動き出す。


「グレイスフォン公爵を捕縛せよ!」

 

 騒然となる場に、イゼキウスは驚愕の声をあげてディリートを見た。


「ディリート……!? そんな……まさか」



 驚き、疑い、裏切りを悟った声。

 ショックを受けた目。


 ……かつて、処刑される直前の自分はイゼキウスにこんな表情を見せたのだ。復讐に、彼にも同じような顔をさせてやりたかったのだ。

 

 そんな感傷の中で、ディリートはまつげを伏せた。


「あなたはご存知でないことですが、水を氷にできたらもっと役に立つぞ、と、あなたが教えてくださったのです」


 彼は、思い出を共有する彼ではない。けれど。


「私の発音も、所作も、礼儀作法も、かつてはとても酷かったのです。でも、あなたは親切にしてくれて、私にいろいろなことを教えてくださったのです」


 何を言っているのかわからない、という顔で、イゼキウスが自分を見ている。そんな顔を見ていると、どうしようもなく感傷が込み上げて、泣いてしまいそうだった。


「私は、感謝しています。あなたのおかげで、今の私がいるから」

 

 ランヴェール公爵家で、初対面の皇子や公爵に上流の所作や話し方をして、好印象を与えることができた。

 水の魔法も、精霊獣が怖くないのも、……今現在、こうして過去に戻って人生をやり直し生きているのも、イゼキウスのおかげと言えるのだ。

  

「そして、私は申し上げましょう。私は、あなたを憎んでいます。あなたがエミュール皇子殿下を憎むように、私はあなたをずっと憎んでいました。最初から、あなたを騙して、こうして絶望させてあげたいと思って近づいたのです」

 

 見下ろす地上では、イゼキウスを守ろうとする皇甥派の兵が次々と倒されて、第一皇子派の兵たちがイゼキウスを今にも捕らえようとしている。



(……終わりね)



 ディリートが勝利を確信したとき、背後に人の気配を感じて、肩に手が置かれた。

 気付くと、ランヴェール公爵が傍にいた。


「あっ……」

 ランヴェール公爵は無表情のままバルコニーに並んで立ち、ディリートの肩を抱き寄せた。

 

()()()()()は、揃って夜更けに我が家の庭で何をなさっておいでですか」


 イゼキウスは、堂々と肩をそびやかした。

 

「……ランヴェール公爵。思ってたより早く釈放されたんだな?」

「南側の時計が19時を指す時間に私は親睦会に参加していたので、潔白だと証明できました」

「?」


 ランヴェール公爵は無感情に時計塔を示した。

 

「時計塔は、北側と南側に別々の時計を掲げています」

「よし。よくわからんが、お前がまた妙なことを言い出すことだけはわかったぞ。まあ、さえずるがいい」

「時計塔の時間に皇都中の家々の時計が合わされているのは、殿下もご存じでしょう。実はこのアシル、先日妻とデートをした際に時計塔を衝動買いいたしまして」

 

 公爵は淡々と告げた。まったく悪びれずに告白した。

 

「ちょっとしたイタズラ心とでも申しますか。時計塔の北側の時計と南側の時計の時間を3時間ずらしてみたのです」

「なんでそんなことするんだよ……」

「これが運よく無実の証明につながりました。北側の時計が19時のとき、南側の時計は22時だったのです」

「……もういい。お前と話してると、頭が痛くなる」

 

 イゼキウスは眉を寄せて面倒な話を切り上げつつ、好戦的な笑みを見せた。

 

「ランヴェールのお澄まし野郎。俺は第一皇子も嫌いだが、お前も嫌いだ」


 皇甥派を倒した第一皇子の兵がイゼキウスに殺到し、縛り上げて担ぎ上げる。

「身柄は確保しました。第一皇子殿下にご報告を!」

 そこへランヴェール家の兵士が近づき、イゼキウスの脚を持って「当家で預かりますので」と引っ張る。第一皇子の兵は「いえいえうちで預かるので」とイゼキウスの腕を引く。

 そこにタックルをかますのは「我々は皇帝陛下の命により殿下を保護いたす!」――なんと皇帝派が混ざっているではないか!?


「保護とはなんだ!? どこからどう見ても罪人なのだぞ!」

「陛下はまだ罪人ではないと仰ったのです!」

「現在進行形で不法侵入して公爵夫人を拉致しようとしているではないか!」


 庭は大混乱に陥っていた。


「おいっ、引っ張るな! いてぇ、いてぇ! 俺の身柄を取り合うな!?」


 イゼキウスの悲鳴が響く庭へと2枚のメッセージカードを捨てて、ランヴェール公爵は残念そうな声を返した。


「皇族の方々には、いつか申さねばならぬと思っていたことがございます」


 イゼキウスはなりすましカードを見て「なんだこれ」と呟いた。その鼻先でカードが燃えると、ディリートはびくりとした。



 ――火は、苦手なのだ。



「ディリートは殿下たちの聖女ではなく、このアシルの妻なのです。世の中には、神も奇跡もありません」


 ランヴェール公爵はそう言って妻の頬にキスをした。


 

「夫は妻に『ただいま』と言いましょう」


 何かを期待する眼差しが注がれる。ディリートは夫の求める言葉を恐る恐る返した。


「お……おかえりなさいませ、旦那様?」

「聞きましたか。妻が『旦那様』と呼びかける相手は、夫だけなのです」


 

 ランヴェール公爵が勝ち誇るように視線を巡らせる先には、謎の三つ巴状態で取り合いされて揉みくちゃになるイゼキウスがいる。


「ハア……ハァ……もう、どうでもいい……」

 しばらく経って皇帝直属の騎士団が現れると、ボロボロのイゼキウスは皇帝に『保護』されて行くのだった。


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