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泡沫に神は微睡む  作者: 安田 のら
二章 聖教侵仰篇
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8話 斜陽は沈み、狼よ牙を剝け3

「トロヴァート卿!」「五劫(ごこう)七竈(ななかまど)!!」


 その身を案じるベネデッタの叫びと共に、力尽きて膝をつく少女2人に向けて法術の杭が虚空を疾走る。


 咲を護るべく埜乃香(ののか)がその前に立つが、足りない精霊力を無理に振り絞ったため精霊技(せいれいぎ)の強度が攻撃に及んでいない。

 敗ける! その確信に覚悟を決めた刹那、埜乃香(ののか)の視界に諒太の陰が差し込んだ。


「やらせるかよぉっ!!」

 障壁の拘束を振り払い自由を取り戻した諒太の太刀が、埜乃香(ののか)に迫る杭に追いつく。

埜乃香(ののか)。足手(まと)いだ、一旦下がれ!」


「……大丈夫です」


 振るわれた一刀に砕け散る精霊力の残滓の中、諒太の指示に頭を振り、埜乃香(ののか)は回生符を励起した。


「そうか。

 ――なら、咲と一緒に女の処理を頼む」


「はい」


 青白い癒しの熾火に身を委ねる埜乃香(ののか)に、逡巡もせずに諒太はその選択を受け入れた。

 実際問題、戦力を()けるほどの余裕は諒太たちには無い。


「貴っっ、様らぁぁぁっっ!!」


「ちっ」


 アレッサンドロが撃破された怒りからか、サルヴァトーレが夜闇を裂いて諒太に迫る。

 舌打ち一つ。サルヴァトーレの進撃を阻むべく、諒太が咲たちの前に立った。


 サルヴァトーレの射線上に諒太の放つ火撃符2つが宙を舞い、瞬きの後に衝撃を撒き散らして燃え上がる。


 肺腑を焼き焦がすほどの熱波がサルヴァトーレを呑み込むも、僅かな精霊力が生み出す火焔にどれほどの効果も期待できない。


 それでも火撃符が稼いだ刹那を糧に、諒太は右足を引いた八相の構え(木の構え)で、迫りくるサルヴァトーレを迎え撃った。


 八家にも劣らぬ莫大な精霊力の威風が炎を吹き散らし、その向こう側から一直線にサルヴァトーレが大剣を振り翳して躍り出る。


「はあぁっ!」


「疾ィィィイッ!!」


 構えにすれば大上段(火行の構え)からの一撃。大柄なサルヴァトーレの上背も相まって、押し潰さんばかりの威圧を(まと)って放たれる。


 高天原(たかまがはら)ならば下策、禁じ手とされている構えだが、攻撃圏外から明らかな上背の差に任せて放たれた斬撃は、諒太が採れる対応の選択肢を否応なく削りにかかった。


 それでも敵の威圧に怖じることなく、鋭い呼気と共に諒太は八相から一撃を(ねじ)じり込み、


 ――交差。


 喰い合う大剣と太刀が、刃鳴る衝撃を残響と刻んだ。


 しかし、斬撃は合を重ねることなく、一方的に諒太の太刀が競り負ける。

 ぎゃりりっ。精霊力で強化された諒太の太刀が、火花を散らして衝撃波と共に金属質の悲鳴を上げた。


「なにぃ!?」


 サルヴァトーレの精霊力を揺らすことすらなく一方的に刀身の表面が大きく削られる様に、諒太の咽喉(のど)から吃驚が漏れた。


「神域特性が行使できないと軽んじたな。

 馬鹿め。神域が解放できなくとも、権能の行使は可能なのだよ!」


 神器とは神柱の象を鍛造したもの。詰まるところ、神柱に至るための神話の精髄(・・・・・)だ。

 神域特性(奇跡の体現)は無くとも、其処に至るための逸話を再現する事ならば所持者にも可能だとサルヴァトーレは勝ち誇る。


 サルヴァトーレの所有する左に羽撃(Huitzilo)く蜂鳥(pochtli)は、敵対する英雄の城壁を啄んだ逸話を持つ。

 晶の加護を大幅に削り落とした事実、莫大な精霊力を対価にこの大剣は加護ごと物質を削っていくのだ。


「クソがっ!」


 それでも流石に武家筆頭たる八家の嫡子というべきか。神器の特性を瞬時に悟った諒太は、己の精霊器に過剰な精霊力(ちから)を注ぐことで続く斬撃に対応した。


 ぶつかり合う意地と意地の合間に、削られる精霊力が火花と散る。

 その度に霧散する膨大な精霊力が武力の拮抗を保っているが、その現状も何れは諒太が敗北するであろう時間稼ぎにしか過ぎない事実を物語っていた。




「くうぅっ!」


 一方で咲たちも、ベネデッタの護りを相手に攻めあぐねているのが現状であった。

 防御の硬さも()ることながら、絶え間なく降り注ぐ法術の杭が接近を赦さないのだ。


 斬りつければ諒太と同じ結末を辿ることは明白(あからさま)であり、それは咲とても許容はできなかった。


埜乃香(ののか)さん、精霊力の余裕は?」


「申し訳ございません、それ程は……」


 八家直系でも連続行使が難しい杜鵑草(ほととぎす)を放ったのだ。回生符で回復したとしても、節約が強いられるのは仕方がないだろう。


「いいわ。なら、私が前に出る。

 埜乃香(ののか)さんは露払いをお願い」


「承知しました」


 埜乃香(ののか)の肯いを受けて、咲が前に出た。

 踏み出した足の先から、ベネデッタの落ち着き払った声が降ってくる。


「トロヴァート卿を陥落して、趨勢を決した気になっているのならば大きな間違いです。

 教会騎士はその一人一人が一騎当千を赦された精鋭揃い、彼一人抜けたところで私たちに譲る理由は生まれませんよ」


「抜かせ!」


 相手の指摘を一息に吐き捨てて、咲は埜乃香(ののか)の護りを背に隼駆(はやぶさが)けで間合いを詰める。


 刹那に溶ける彼我の距離。収束しきれなかった隼駆(はやぶさが)けの残炎を(まと)いながら、咲は掬い突きで薙刀を障壁に突き立てた。


 それは、咲が習得した中で最も威力の高い突き。


 奇鳳院流(くほういんりゅう)精霊技(せいれいぎ)、中伝――。


「――啄木鳥徹(きつつきとお)し!!」


 幾重にも重なる爆炎を刀身に(まと)い、焦尽雛の切っ先がベネデッタを護る障壁に喰らいつく。


 ――轟ゥ!!


「無駄なことを。

 ……あら?」


 爆炎に揺れる障壁。咲を絡め取るべく障壁を閉じようとしたベネデッタは、拮抗に抗う障壁に(ひび)が入る現実(さま)に瞠目した。


 圧して返る爆炎の波に護られて、焦尽雛を絡め取ることができないのだ。

 薙刀の切っ先が障壁を圧し割り、遂には侵入を赦してしまう。


 僅かにも吃驚に染まったベネデッタの瞳と咲の瞳が、紫電の照り返す中に互いを射抜く。

 それは確かに、ベネデッタの想定を超えた一撃を咲が届けた瞬間。


「――鉢冠(はちかぶ)せ!」


 止めの爆発が契機となって、表層の障壁が千々に欠片と舞い散った。

 障壁を構成していた精霊力が衝撃と舞い踊り、咲とベネデッタの間合いを再び圧し広げる。


「……驚きました。

 真逆、私の法術を破るとは。流石は、音に聴こえた(・・・・・・)武家八氏族の末裔と云うべきかしら」


「私たちを知っているの?」


 ベネデッタが漏らした素直な賞賛に、咲は驚きを隠せなかった。そうであるならば、彼女は知っていて咲たちに謀略を仕掛け、戦いを挑んだということになるからだ。


「勿論です。八家第5位、輪堂(りんどう)家の咲さま。

 ――大陸でどれだけ名が知られているのか、皆さまはもう少し気を配れば宜しいかと」


 ベネデッタの掌にある西方の祝福が大きく頁をはためかせ、杭の驟雨がさらなる勢いを増した。

 捌く許容を超えて殺意を増した輝く杭に、咲たちは防戦一方を強いられる。


 呻く余裕も奪われて、剣戟を重ねる諒太の方へ杭を流さないだけが精一杯となった。




 ――正直なところ、思ったよりもやってくれた(・・・・・・)


 一方、優勢に見えるベネデッタも、それほど余裕があるわけではない。

 文武ともに、咲が優秀過ぎたからだ。


 ……このままでは、戦闘の流れを調整する余裕がなくなってしまう。

 それでは駄目だ。圧倒的な勝利はこの戦いに良かれど、この未来(さき)の破滅を早める可能性がある。


 ちらり。アンブロ―ジオが神器を引き抜いている後方に、視線を(かす)め巡らせた。


 作業は順調に進んでいる様子だが、干渉している神気の揺れ具合からしてあと2分は保たせる必要がある。


 多彩な法術を行使せずに貫通術式だけで単調な牽制に終始しているこちらの事情を、相手の誰かが把握してくれるならば有り難いのだが、このままでは望み薄だろう。


 ――やはり、鍵となるのは……。


 焦りから一縷の望みを賭けて、崩れ落ちた土壁の向こうに視線を向けた。

 瞬後、漆黒に輝く神気が瓦礫の隙間から吹き上がり、青く燃え立つ焔へと変わる。


 静寂なる神柱(くろ)の威圧は刹那に消え失せ、音もなく煌々と燃立つは紛れもなく癒しの炎。

 回生符では賄えないはずの、常識ではありえない大規模術式の発露にその場にいた全員が立ち竦んだ。


「何ですか、これ……?」「晶くん!?」


 少女2人の呟きが重なるその時、瓦礫を搔き分けて晶が立ち上がる。


 傷を負った痕跡は有れど、その動きに支障の翳りは一切窺えない。

 晶の完全回復を確信し、咲は安堵に大きく息を吐いた。


「ちぃっ。まだ呪符を隠し持っていたか!」


 舌打ちを残して、サルヴァトーレは短銃の狙いを晶に向ける。


 約2間、精密射撃にはやや距離が遠いか。

 照準の精度に難がある短銃だが、この距離ならば足に中てる程度ならばサルヴァトーレの技量でも対応は可能だ。


 その確信の元、充分に狙いを定めてサルヴァトーレは引き金を引いた。

 必中の意思が乾いた炸裂音に変わり、常人では対応できない速度で弾丸が虚空を貫く。


 ――()ィン。


 呆気なく響く、小さな金属質の轢音。

 軌道は確かに晶の太腿を捉え、直後に臙脂(えんじ)よりも昏い輝きが一条、小粒の鉛球を容易く弾き飛ばした。


「な」


 その結末に、サルヴァトーレは絶句した。

 彼の、否、西巴大陸の常識に()いて、精霊の加護はただ(・・)人の身体能力を基礎として成立している。


 つまり、与えられている加護だけでは(・・・・)、常人が弾丸の速度を超えることは叶わないのだ。


 この常識を超えるためには、与えられている加護が奇跡(神柱)の領分に踏み込んでいなければならない……!


 続けて2射、3射。己の目で認めても信じることができずに放たれた弾丸は、焼き直しのように昏い赤色(せきしょく)の輝きが必中の弾道を絡めとる。


 これ以上は弾丸の無駄と割り切り、サルヴァトーレは加護殺したる己の神器を晶へと向けた。

 晶に銃痕を穿ち得るほどに加護を削り落とした先刻の再現を狙い、男は威勢を叫ぶ。


 ――如何な奇跡であろうと、加護殺しで護りを削れば攻撃の通らぬ道理は無い。


「させるかぁっ!!」


「くそっ!」


 しかし直前まで対峙していた諒太が晶を庇う形で、サルヴァトーレの一撃を受け止めた。


 振り下ろされる大剣。

 そこに籠められた加護を殺す逸話が、真っ向に抗う諒太の精霊力を削ぎ落す。


 強化を削ぎ落されれば、精霊器もただの金属棒に過ぎない。

 きぃん。二つに断たれた諒太の太刀が悲しげな悲鳴を上げて、夜天に高く断面を晒してくるり(・・・)と舞った。


「――だから、どうしたぁっ」


 それでも、諒太が敗北に折れることは無い。理由も無い。

 己の精霊器であったものを投げ捨てて、気迫を叫び諒太はサルヴァトーレとがっぷり四つに組み合う。


 その身から吹き上がる精霊光が、不退転の意思を精霊技(せいれいぎ)へと昇華させた。

 それは、身体強化を重ねる精霊技(せいれいぎ)


 月宮流(つきのみやりゅう)精霊技(せいれいぎ)、中伝――遍路踏(へんろとう)


「ぐぅっ」


「これで神器は行使(つか)えねぇだろ、三下ァ。俺と一緒に、我慢比べに付き合ってくれや!」


 膨れ上がる剛力に思わず呻くサルヴァトーレに、諒太は勝ち誇ってそう告げた。


 その視界に過ぎるのは、晶の身を案じる咲の眼差し。

 それが自身に向けられたことも無く、また、向けられることも無いと、薄々とは諒太も気付いていた。


 ――その事実を認めたくはなかった。

 幼い頃の大輪に綻ぶ咲の笑顔が、最早、己のものにはならない。


 ぎり。眼差しを伏せて、歯を食い縛る。

 黒く燃え立つ妬心(としん)を覆い隠し、諒太は漸く幼い自分に別れを告げた。


「……行けよ、()ァ。

 手柄はお前にくれてやる!!」


 叫ぶ諒太の背中を、幾条もの赤い闇が莫大な精霊力と共に駆け抜ける。

 滅多に感情を露わにしない己の精霊がその(いさおし)を高らかに謳い上げ、

 諒太は勝利と敗北に大きく(わら)って顔を上げた。


「退け、雑兵っ!

 私の背には波国(ヴァンスイール)百万の民が預けられているのだ、貴様如きに圧し止められて堪るものかぁっ!!」


 諒太よりもさらに頭二つ高い場所から、波国の男(サルヴァトーレ)が見下しに怒鳴りつけてくる。

 焦りに満ちたその口上が何よりも滑稽で、諒太はがつりとその顔に頭突きをお見舞いしてやった。


「退けるかよ、退けるものかよ、三下ァッ!

 俺の背には鴨津(おうつ)の地と民が預けられてんだ。手前ェこそ、勝手にやってきて勝手を吼えてんじゃねぇ」


 額が()れたか伝う血と痺れる痛みさえも心地よく、負けじと諒太も吼えてみせる。


波国(ヴァンスイール)が大事ってんなら、故郷の奥に穴熊でも決め込んどけ。

 高天原(たかまがはら)くんだりで駄々捏ねんのはお門違いだろうが!」


「よく吠えたわ、野良犬(クソガキ)!」


 その言葉が癇に堪えたか、サルヴァトーレの両腕にも熱が入った。


 じりつくほどの速度で、左手にある短銃が諒太の額に銃口を向け始める。

 その威力は先ほどの晶で証明済み。流石に脅威は理解したのか、諒太の表情にも焦りが浮かんだ。


「こ、の、おぉぉぉぉっ!」


「諒太さん!!」


 あと少しで射線が重なる。その刹那に、諒太の後背から飛来した匕首が銃に突き立つ。

 何よりもありがたい援護に、万感の想いで諒太は背中に立つものへ感謝を叫んだ。


「でかした、埜乃香(ののか)!!」




 熱い。


 咲たちの戦いを余所に、晶は熱に浮かされたかのようにそれだけを考えていた。


 身体が、思考が、煮え滾るように沸き返り、それでいて思考はどこまでも澄み(わた)っていく。

 その感覚に、それまで手放したくなかった余計なものが熔けて流れていく様を晶は実感した。


 奇鳳院(くほういん)から与えられた落陽(らくよう)柘榴(ざくろ)は、既に弾き飛ばされて此処(ここ)には無い。

 呪符も無く、両腕は空しく空気を握るだけ。

 抗う術も奪われたまま、晶はただそこに突っ立っているだけだ。


 ――否。抗う術ならある(・・)


 嗚呼、どうして気付かなかったのだろう。

 熱の籠る嘆息を吐き出し、己の間抜けぶりに思わず(あざけ)りが口元を彩った。


 脳裏を過ぎる光景は、サルヴァトーレが身体から神器(・・)を引きずり出すそれ。


 誰も彼もが指摘もしなかったし晶自身も何故か当然のことと思い込んでいたが、そもそも、希少な霊鋼を使用していたとしても精霊器は物質だ(・・・・・・・)

 金物を身体から引きずり出すなど、ほんの一ヶ月(ひとつき)前まで晶は聴いたこともなかった。


 ……一ヶ月(ひとつき)前、晶が寂炎雅燿(じゃくえんがよう)を与えられるまでは。

 そう、気付きだ。気付けば簡単な事だった。


 ――……寂炎雅燿(じゃくえんがよう)と同じ位階に属する器物にてございます。


 嗣穂(つぐほ)の言葉が、今になって蘇る。

 それ(・・)は、サルヴァトーレの一撃でどこかに弾き飛ばされたっきりだ。

 それでも胸の奥に灯る燈火が、臙脂(えんじ)よりも昏い刃が失われていない事実を明確に知らせてくれた。


 虚空に手を差し伸べる。

 其処にはまだ虚ろのみが握られるだけ。だが、記憶(こころ)に刻まれた刀の柄を確かに握って見せた。


 ――それは、日輪を蝕む影。落日に願う再生の焔。

 ――紅蓮の柘榴(ざくろ)が沈むは、斜陽が見せる刹那。


 掴む。そこに己の神器があると確信を以って、晶はただその銘を叫んだ。


「斜陽に沈め――落陽(らくよう)柘榴(ざくろ)!!」


 晶から湧き立つ朱金の精霊力が、臙脂(えんじ)よりも昏い闇の輝きに染まる。


 幾条もの尾を引いて、赤い闇が刀身を編んだ。

 己の深奥から滾々(こんこん)と満ち溢れる精霊力を有りっ丈に練り上げて、晶は現神降(あらがみお)ろしを行使した。


 莫大な神威が晶を中心に世界を歪め、その重みに地面が爆ぜた。

 その現実すら追いつくことを赦さじと、小柄な晶の体躯が加速する。


「――行けよ、()ァ。

 手柄はお前にくれてやる!!」


 サルヴァトーレを抑えた諒太の何処か晴れ晴れとした咆哮が、更に前へ征けとばかりに晶の背中を後押した。


 ――加速する。


 朱金の輝きを一粒も取り残さじと燃やし尽くし、落陽(らくよう)柘榴(ざくろ)から延びる灼闇の帯がより一層に猛った。


 対抗に見せ付けんばかりに、ベネデッタの放つ杭が波濤と襲う。

 虚空をうねり躍る灼闇の帯がその粗方を防いで見せるが、幾条かの輝きがその隙を掻い潜って晶に牙を向けた。


 だが法術の射線に割り込んできた咲の振るう薙刀の軌跡が、隼の翔ける速さそのままに(ことごと)くを叩き落した。

 一見不規則にも見える斬撃の舞いは、彼女の守り役だった男が得意とした連技(つらねわざ)

 奇鳳院流(くほういんりゅう)精霊技(せいれいぎ)連技(つらねわざ)――、乱繰り糸車。


「咲!」


「晶くん、往けぇっ!!」


 砕け散る精霊光に照らされた少女の()いが交差して過ぎるも、その向こう側で更に畳みかけんとベネデッタの精霊力が一層に輝いて牙を研ぐ。


 ――これ以上はさせるか。


 決意を胸に、晶は落陽(らくよう)柘榴(ざくろ)を袈裟斬りに滑らせた。


 ベネデッタとの距離、目算で凡そ4.4間(8メートル)

 未だ、彼我の間合いは遠い。


 だが、心の中で狼が確信を叫ぶ。


 ――この程度の距離、(おれ)のこれまでを思えば何するものぞ。


 落陽(らくよう)柘榴(ざくろ)は、天を泳ぐ鳳が日輪に落とす影を象とした神器だ。

 陽気を切り取る影、それは陽気の極致たる火気に在る陰気の焔。

 その神話が(なぞら)える権能は、一切の護りを無視する斬影の閃きだ。


 幾条もの赫い闇を束ねて刃と鍛え上げ、縦に振り抜く。

 落陽(らくよう)柘榴(ざくろ)の切っ先が夜天よりも昏く、虚空を三日月の姿を焼き刻んだ。


「破ぁぁぁっっ!!」


 放つ。


 灼き断つ闇が夜闇を奔る。

 鳳が落とす日輪の影が一条。4.4間(8メートル)の遠間を、ベネデッタの脇を刹那に翔けて抜けた。


 閃光は無い。音も無く、衝撃すら無い。

 だがその斬撃は確かに、異国の少女が全力で(・・・)構築した障壁を無為なものと斬り落とした。


 微風に舞っていたベネデッタの金色()が一房、虚空に散って熔ける。

 否。


「な――!!」


 ずず。重く鈍く地摩(じず)れる揺れが、ベネデッタの耳朶を撃った。

 ちらりと遣った後方の視線。その向こうで、源南寺(げんなじ)が本殿ごと半身に(おろ)されていく光景が、何よりもベネデッタを驚嘆させる。


「アンブロージオ卿!」


 その奥に立っている男に安否を叫んだ。

 いけ好かない男性だが、アンブロージオの目的が完遂できなければベネデッタの目的(希望)も潰えてしまうからだ。


 だがその刹那。障壁の向こうに迫る気配から意識を外してしまう。

 少女が晒してしまったのは、瞬きの、しかし致命の隙。


 横に逸れた思考を慌てて晶に戻す。


 何時の間に近づいたというのだろうか。

 障壁の向こう側。ベネデッタの懐近くで、晶が脇構えに落陽(らくよう)柘榴(ざくろ)を少女の胴に狙いを定めていた。


 如何なベネデッタと云えど、ここまで近接を赦せば法術の展開も侭ならなくなる。

 思考する余裕も僅か。回避を願う本能を振り払い、己の精霊力の総てを障壁に注ぎ込んだ。


 水平に振り抜かれる晶の斬撃。


 ――激突。


 臙脂(えんじ)よりも昏い刃と輝きを増した障壁が、相食む衝撃を火花と散らした。

かなり読みにくい回です。

恥ずかしながら、大反省です。

後日、ストーリーの整理を兼ねて改訂を入れさせていただきます。


読んでいただきありがとうございます。

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[一言] 読みにくい
[一言] 諒太かっこええな
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