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泡沫に神は微睡む  作者: 安田 のら
一章 華都奏乱篇
23/222

6話 鳳翼は夜空に舞い、月を衝くは一握の炎1

――時は少し遡る。


 衝撃が身体を奔り抜けた。

 その時の晶の記憶にあるのは、ただその事実のみであった。

 そこに詰めていた晶たちや分隊の防人たちごと、大鬼に蹴り飛ばされたというのは、後になって知った事実だ。


「がっ、ぁ、ぶっ」


 一瞬、記憶が途切れて、気付いた時には立つこともできずに二転三転、転がるようにして地面を舐める。

 胸を強打したのか息が詰まり、酸素を求めて宙を(あえ)いだ。


「な、にが――」


 ぐらつく視界を抑えながら、ようやっとの体で立ち上がる。

 散々な晶の状態だが、その周囲はもっと悲惨であった。


 大量の穢獣(けもの)と、入り混じるように防人と自身が率いていた班員たちが、そこかしこに転がっているのを視界に認める。


 直前までの記憶はある。

 狗の大群を楯を伏せながら耐えていたのだ。防人が放つ炎が狗と楯の表面を炙っていた所までは、明確に記憶に残っていた。


 目線を横にずらす。


 そこ(・・)には、何もなかった。

 晶が憶えている限り、住宅の板壁が数間に渡って伸びていたはずなのに、晶の視界に映るのは更地と瓦礫の山しか残っていなかった。


――()ンッ!!


 呆然と立ち竦む晶の背後を、轟音が衝撃を伴って揺らす。

 音の方向を振り返ると、赤銅の肌の大鬼が咲や諒太と戦っている光景が目に入った。

 大鬼が腕を振り回すたびに、まるで積木を蹴散らすかのように住宅が宙を舞う。


 咲や諒太が大鬼の隙を掻い潜り、距離を詰め、素早く退避する。

 その度に炎や雷光が大鬼を襲うが、遠目から見る限り、その効果が出ているようには見えなかった。


―――()()()()ァァアッッッ!!


 大鬼の咆哮が、夜闇を貫き晶にも届く。

 それが幸いしたか、自失していた意識が立ち直る。

 慌てて自身の装備を確認する。持っていた楯は木っ端微塵(こっぱみじん)に砕けたようで、既に影も形も無かった。

 呪符は、……腰元にある。

 身体はすり傷だらけであったが、幸いにも骨折は無いようであった。

 これだけでも運がいい。そう自嘲する。

 これまでも、すり傷は絶えないものの、病気や怪我とは無縁の人生だったから、なんとなしに有難味(ありがたみ)は薄かったが、今回初めて、自分の運に感謝した。


「――大丈夫だ。まだ、戦えるだろ?」


 声にならない声で、自身を鼓舞する。

 そうすると、心の奥底で今まで感じた事の無い衝動が湧き上がってきた。

 これは戦意か。生きてやろうという動機か。

 何故だろうか? 昨日までの晶であるならば、間違いなく感じた事の無い感情に戸惑う。


――力が欲しい。理不尽を跳ね除ける、何よりも強い力が。


 嗚呼、そうか。

 あの伽藍(記憶の裏)で、金色の髪の少女(朱華)が青の炎を宿した双眸を愛おし気に眇めて、晶を見ているからか。


――与えよう。其方が手にするは、他の追随を赦さぬ剛力じゃ。


 綻ぶ桜色の唇が、そう云ってくれたからか。


 既に楯は無く、代わりに震える右手は地面に落ちていた槍を掴んだ。


「――総員に告げる。全力で川まで大鬼をおびき寄せろ!!」


 その時、住宅の屋根に立った新倉が、そう命令を飛ばした。


疾走(はし)れ! 疾走れ! 川までで構わん、全力で鬼の気を引きつけろぉ!!」


 その言葉に従って晶も走り出そうとするが、その時に気付いてしまった。

 目の前の大鬼は、周囲には目もくれていない。

 咲と諒太にのみ注視して、しゃにむに攻撃を仕掛けている。


 一方の咲たちはと云うと、大鬼の猛攻を捌くので手一杯と見える。

 大鬼の揮う暴力の嵐は、見習いとはいえ衛士二人掛かりの猛攻をほぼ完全に押し止め、大鬼の皮膚は放たれる精霊技を完全に無効化していた。


 二人掛かりで攻撃に注力して、大鬼とようやくの拮抗だ。

 川に疾走るために転身した瞬間、大鬼の拳に二人は磨り潰される。

 咲たちもそれは自覚しているのか、新倉の命令は耳に届いているはずなのに、逃げるための行動に移れずにいた。


 新倉も大鬼を攻撃して、敵意を自分自身に向けようとしていたが、精霊技の威力が咲たちより劣っているためか上手くいっている様子はない。

 このまま晶が走ったところで、大鬼を川までおびき出せるとは思えなかった。


「――くそっ!!」


 晶の口から、知らずのうちに罵声が漏れる。

 だが、


「何やってんだ俺、何やろうとしてんだ俺――」

 それは、咲たちに向けたものではなかった。

 震える指先で、支給された火撃符を(つま)み出す。

「疾走るだけだろ、それだけで良いはずだ」


 その呪符を拾い上げた槍の穂先に刺し、逆手に構え、

「――なのに、何で鬼に挑もうとしてんだよ!!」

 自分自身への罵声をその場に残し、晶は大鬼目掛けて地を蹴った。


 怖くないと云えば嘘になる。と云うか、大鬼なんて強大な妖魔に挑んで、五体満足で生き延びられるなどと都合のいい未来を夢想できるほど、現実を知らない訳ではない。


 しかし、氏子になれたのだ(・・・・・・・・)

 あちらもこちらも、よく知りもしない少女(朱華)のお情けで、珠門洲(ここ)に居場所ができたのだ。

 だから、


――だから、せめて朱華の向けてくれた笑顔に恥じない行いを貫きたかったのだ。


「あ、あぁぁぁあああぁぁぁっっっ!!」


 耳元で唸る風切り音に負けじと叫びながら、大鬼目掛けて吶喊(とっかん)する。

 防人でも躊躇(ためら)うような、無謀な行い。

 晶程度なら、大鬼の拳が掠めるだけでも、そこ()に付いた血の染みになりかねないからだ。


 それは、晶自身もよく理解していた。

 だから、晶は大鬼に近づくつもりはあっても、接近戦を挑む気はさらさら無かった。


 大鬼まで、残り2間半(4.5メートル)の距離まで近づく。

 しかし、大鬼は晶に注意を払うことは無かった。

 当然だろう。大鬼は、より強大な瘴気に、より上位の精霊にしか注意を向けない。


 上位精霊どころか、精霊自体を宿していない晶は、大鬼にとって空気よりも軽い存在のはずだからだ。


――だから、こんな無茶ができる。


 晶は、大鬼に注意を向けられない事をいい事に、疾走りながら槍を大きく振りかぶり、

――投げた。


 投槍と云うものも、投擲術(とうてきじゅつ)と云うものも存在はするが、高天原に於いてこれらの技術は邪道邪流の一つとされている。

 理由は単純で、その後、必ず無手になる、つまり継戦能力が落ちるからだ。


 現在に至るまで、対穢レの戦闘は長時間のものと相場が決まっており、どの門閥流派も攻撃威力より継戦能力を重視している。


 投槍なんてやったことが阿僧祇隊長にバレた暁には、間違いなく血反吐の海ができるまでの特別訓練(シゴキ)が晶を襲う。


 それでも、大鬼に近づけない以上、晶が取れる選択肢はこれしか無かった。

 元々、戦闘をする気は無いのだ。

 大鬼に近づいて槍を投げ上手く当たって注意を引いたら、全速力で命令通りに川まで疾走るだけのつもりだったのだから。


 ひゅん。存外に鋭く空気を切って、大鬼目掛けて槍が飛ぶ。

 実際のところ、晶は槍が当たるとはあまり思ってはいなかった。

 投擲術を習った事は無いし、槍を投げたこと自体初めてだったからだ。


 上手くいけば、大鬼の注意を引き付ける事ができる、くらいの考えしか持っていなかった。

 だが、その考えが晶の想像のしなかった結果をもたらした。


―――()ッ!?


 とん。咲たちが粘っても傷を負わせることが(・・・・・・・・・)できなかった(・・・・・・)大鬼の振り上げた左の肘に、何てことはないとばかりに音を立てて槍が刺さる。


 大鬼の巨躯に対して、突き立った槍は晶が扱える程度の大きさしかなく、大鬼にとっては(とげ)が刺さった程度の違和感しか与えられていない。

 だが、初めて与えられた異質な不快感に、初めて大鬼の動きが止まった。


 その脇を、晶は全力で走り抜け、

――血走った大鬼の視線と、晶の視線がその時に交わる。

 そこに、してやった、と云う高揚感は一切なく、それでも、右手に結んだ剣指は、遠間にあっても槍の先に有る呪符の霊糸を斬り抜いた。


 朱金の輝きが槍の先に縫い止められた呪符に舞い、呪符から解放された轟音と爆炎が大鬼の左肘を襲った。


―――()ッ! ()ッ! ()()アアァァッッ!!


 今までの咆哮とは別種の、明らかに苦悶に彩られた叫びが響いた。

 剣を交えていた咲たちと事の次第を見ていた新倉も、大鬼の反応に呆然とする。


 咲たちがどれだけ精霊技を叩き込んでも平然としていた大鬼が、たかだか火撃符の一撃程度に苦悶の表情を浮かべたのだ。

 それはどれほどの異常なのか、攻め続けていた咲たちにはよく分かった。


 一陣の風が、大鬼の左肘に漂っていた煙を(さら)ってゆく。

 その後にあるのは、骨まで抉れた鬼の肘であった。


 その光景に、咲たちが唖然と目を見開く。

 たかが槍が大鬼の護りを抜いて突き立つのもそうだが、火撃符一枚が大鬼をここまで追い詰めるなどついぞ聞いたことが無いからだ。


 激痛に嚇怒を見せながらも、尚、戦意を失わないのか、大鬼が唸りながら川の方向まで逃げてゆく晶を睨む。

 そのまま、咲たちに目もくれずに、転身して晶を追い始めた。


「あ、お、追うぞっ!!」


 新倉は、あまりの光景にしばらく自失の(てい)を晒していたが、すぐに立ち直りそう(げき)を飛ばし始めた。

 咲たちも、新倉に急かされる形で疾走り始める。


 だが、大鬼の速度は尋常でなく速い、川に辿り着くまでに追いつけるかは微妙であった。




 晶は疾走(はし)り続けていた。


 既に10間(18メートル)近くを走り抜いているはずなのに、疲れは一切、感じることは無く、逆に何処までも続きそうな爽快な感覚が晶を包んでいた。


「は、ははっ!!」


 笑う。

 酸素を求めて喘ぐ肺腑(はい)の痛みさえも心地良く、体力は尽きぬほどに続くと理由も無く確信できた。


 だが、現実はあまり笑える立場にない。

 轟音と降りしきる木材の破片が、晶を追って大鬼が襲ってきている現実を伝えてくる。


 怖いのは怖い。だがそれよりも、こんな取るに足らない小者()を、大鬼なんて大妖魔が血眼になって追ってきている事実が、晶にはたまらなく痛快に感じられたのだ。

 呼吸をするのも忘れるほどに、感情が要求するままに晶は走った。


 晶が疾走る通りは、川まで一直線に続いている。

 遮るものの無い大通りの向こうに、舘波見川(たてばみがわ)に続く土手が見えた。


――舘波見川(たてばみがわ)まで、残り56間(約100メートル)


 この距離を疾走り抜けば、晶の勝ちだ。

 これまでには無い真剣さで、両脚に力を籠めた。


――その時、晶が走る通りの先で、轟音と共に住宅が爆ぜるように宙を飛んだ。


「嘘だろっ!?」


 驚くが、地を蹴る足の速度を緩める訳にはいかない。

 疾走る晶の視界の先で、住宅があった場所に立ち込める粉塵の向こうから、2匹目の大鬼が姿を現した。


―――()()()()ァァアッッッ!!


 既に晶を敵と認めているのだろう、咆哮と同時に晶目掛けて跳躍。


 宙を跳ぶ大鬼の軌道は、正確に晶を捉えていた。

 このまま行けば、大鬼に踏みつけられて大地の染みに変わってしまう。

 晶はそう確信して、前方に転がるように身体を投げ出した。


 大鬼の着地。

 道路が揺れて、地面を転がる晶の身体が、鞠のように跳ねる。


「ぐ」


 息が詰まり、そこに(うずくま)りそうになるが、気合で立ち上がり、再度、駆け出す。

 そして、晶を追う大鬼が2体に増えた。


――川まで残り28間(約50メートル)


 他に、大鬼の気を逸らしてくれる奴はいないのか、俺一人で逃げているだけなのか。

 そんな孤独感に満ちた疑問が晶の脳裏に過ぎるが、返答(こたえ)をくれるものも当然おらず、ただ、晶は走るだけに終始する。


――川まで残り12間(約20メートル)


 それでも走るしかなかった状況に、唐突に終わりが来た。

 どちらかの鬼が晶の背後で踏みつけたか、衝撃で晶の身体が前のめりに倒れる。

 無意識に顔面を守って横倒しに転がる晶の腹に、無視のできない衝撃が走った。


 大鬼に蹴られたのだ。

 ただ事ではない激痛と蹴球(サッカー)みたいに宙に浮く自身に、そう確信をする。

 ただ蹴られただけゆえか、回転が掛かっていなかった事だけが幸いだった。


 大鬼の脚力は凄まじく、舘波見川(たてばみがわ)まで残り12間(約20メートル)はあった距離を易々と飛び越えて、川に続く土手の向こう側まで晶の身体を持っていく。


 土手の傾斜に続く河川敷の中央まで、晶の身体は転がっていった。


「……あ、っっづぁ、は」


 そこまでボロ雑巾みたいな扱いを受けたにも関わらず、晶の意識ははっきり(・・・・・・・)としていた(・・・・・)


 衝撃に止まりかけていた呼吸を、酸素を呑むように無理矢理する。

 そうしてようやく止まった身体を、芋虫みたく動かしながらゆっくりと立ち上がらせた。


――足は動く、腕も動く。

 細かく関節を動かして、身体の動作確認を素早く行う。


 防具は外れ、隊服もボロボロ。何よりも、呪符の入ったポーチがどこかにいったのが何よりも痛い。

 だが、幸運な事に骨折も無ければ(・・・・・・・)身体が抉れている様子(・・・・・・・・・・)も無かった。


――本当に、生傷、()り傷の類は数え切れないほど負ったものだが、大怪我や骨折とは無縁の人生だったなぁ。


 そう埒も無く考えて、ふと、川の下流を見る。


 白い大蛇の怪異が、うねり、のたぐりながら暴れているのが見えた。

 あれが沓名ヶ原(くつながはら)の怪異か。


――戦っているのは阿僧祇隊長だろうか。


 大蛇の鼻先で剣を揮う人影をみとめる。

 流石にこの距離では判別がつかないが、それでも怪異相手に立ち回れる防人など阿僧祇隊長しか思いつかなかった。


――()ンッ!!

 その時、夜気を裂く轟音と共に、二匹の大鬼が晶を挟む形で河川敷に降り立った。


 上流の側に、晶が傷をつけた鬼、下流の側に無傷の鬼。

 どちらも怒り心頭といった形相で晶の逃げ道を塞いでいるが、動く様子は見せなかった。


――やはり、妖魔の中でも最強格。知恵は相応以上に回るとみえる。


 大鬼どもが同時に攻めてくることを期待していた晶は、内心で舌打ちをした。


 廿楽(つづら)にいた頃、稽古と称して竹刀で小突き回されていた時に、前後で同時に攻めて同士討ちをする馬鹿をよく見かけていたのに、大鬼が引っかからなかったことに苛立つ。


 傷を負っている大鬼が、晶に挑むかのように一歩、足を踏み出した。

 無傷の大鬼に後門を塞がれた状態では、晶の取れる選択肢は一つきりしか存在しなかった。


 ふらり。前のめりに倒れ込むように前傾姿勢を取り、大鬼の一歩に合わせるように駆け出す。

 狙うは、大鬼の碌に動かない左腕の直下。

 相手の腕に隠れつつ、脇をすり抜けて少しでも先へ。


――生き延びる機会を手にするまで、数秒でも生き足掻いてやる!


 大鬼が無傷の右腕を振り上げた瞬間を狙い、反対の左脇深くに潜り込む。


 抜ける。

 そう確信したのもつかの間、晶の眼前に赤銅の肌が迫り、晶は狙いが見抜かれていたことを悟らざるを得なかった。


 流石に、引っ掛け(フェイント)からの体勢で放つ蹴りは無理があったのか、先刻の威力とは程遠かったが、それでも晶は元の位置のさらに前辺りまで蹴り戻される。


「くっ、そっ!!」


 跳ねるように起き上がる。

 ちらりと後方を確認するが、そちらの鬼は動く気配を見せていない。


 致命的な隙を晒しているはずなのに、前方の大鬼も止めを刺そうとする気配が無かった。


「――嬲り殺すつもりかよ」

 そう考えたが、晶が起き上がると同時に前方の大鬼が一歩一歩、ゆっくりと確実に距離を詰めてくるのを見て考えを改めた。

 相手の大鬼は、油断も隙も与えずに確実に晶を一撃で仕留めるつもりなのだ。


 ここまで揺るぎなく確実に距離を潰されたら、晶には大鬼の攻撃を待つ選択肢しか残らない。

 大鬼の気迫に、山が迫るかのような圧迫感を幻視する。


 その気迫に動くことも出来ず、どこか諦観(あきらめ)をもって夜空を仰いだ。


 大鬼が晶の数歩先に立ちはだかる。

 手に武器は無い。呪符も無くしてしまったから、抗う術は最早、晶には残されていない。


――それでも、


 晶は、大鬼の眼光を真っ向から見据えた。


――それでも、生きろ。


 当然、敗けるだろうし、確実に死ぬだろう。


――地べたを這いずり回って生を繋げ。


 それでも最後まで大鬼に牙を剝くのだと、心の奥底に住む仔狼ががなり(・・・)たてる。


――そうだ、抗うのだ。

 ゆっくりと見せつけるかのように、大鬼が右腕を振り上げた。

 対抗するように晶は徒手のまま、刀を持っているかのように右手を左肩へと振りかぶる。


 仮令(たとえ)無駄であろうとも、どうせ死ぬなら、せめて一矢は報いてから死んでやりたかったからだ。

 それが最後の足掻きだと判っているのか、大鬼の顔面に嗜虐の笑みが浮かぶ。

 その嗤いに、全身が熱くなる。


 そして、記憶の底から朱華の声が鮮やかに蘇った。


――忘れりゃな、晶。


 忘れない。忘れるものか。

 氏子になれた。その恩義は、語り尽くせぬほどに高い。


――其方に与うは一切浄火(いっさいじょうか)断罪折伏(だんざいしゃくぶく)の権能ぞ。


 その言葉は記憶には残っていない。

 しかし、魂に刻まれた祝福であった。


――忘れりゃな、晶。


 それは、三昧真火(さんまいしんか)の精髄。

 寂しくも絢爛(けんらん)なる、一握の炎(・・・・)


 そして、大鬼が振り上げた右腕を振り降ろし、

――同時に、晶も動いた。


――その()は……。


 轟。晶を焼き尽くすかのような熱が、丹田から全身を駆け巡る。


 それを自覚する間もなく、晶は振りかぶった右の掌中に生まれたもの(・・)を掴んで、無我夢中で大鬼目掛けて振り抜いた。


寂炎(じゃくえん)、、雅燿(がよう)っっっ――!!!」


 その瞬間、晶の視界の全ては、朱金の輝きに塗り潰された。

TIPS:妖魔について。

 怪異と同様に、瘴気で身体の殆どが構成されている存在。

 怪異と混同されがちではあるが、れっきとした別ものである。

 怪異よりも弱いが、知恵は回るし何よりも歴史に縛られていないため自由度が高い。


 読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
最高!!!!
[一言] 晶氏の突然の技名ッ!
[良い点] たまんねえ
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