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泡沫に神は微睡む  作者: 安田 のら
一章 華都奏乱篇
22/222

5話 憎悪の濁流、抗うは人の覚悟3

「……ふん、思ったほどじゃあ無かったな」


 迫る穢獣の群れを、舘波見川(たてばみがわ)の方に流れるように適当にあしらいながら、阿僧祇厳次は呟いた。

 穢レとしての量は確かに無尽とも思えるほどに莫大ではあるが、襲い来る穢レの大半が小型の穢獣であり、層としてはそこまで厚いものでは無かったからだ。


 見渡す限りの穢獣が小型であるのに対して、流れてくる瘴気の濃度が異常に高いのが気にかかるが、それでも危機感をこれ以上高くするのには役に立つことは無かった。


 己の精霊器たる脇差(わきざし)を油断なく構えて、住宅街に続く小路の奥から走り出てきた狗の一群の頭上を、その見た目にそぐわぬ軽やかな動きで一息に飛び越す。


―――()()()ォ!?!!??


 ごくごく自然な所作から滑らかに地を蹴る。

 静かな跳躍は、群れの先頭を走る狗の意識の死角を突いたらしく、厳次の姿を見失ったらしい狗が戸惑った様子で吠えた。


 音も無く狗の群れの背後を取った厳次は、跳躍ですら、そよ、とも崩れなかった構えから、素振りをするかのように下から上に切り上げる。


 奇鳳院流(くほういんりゅう)精霊技、初伝――


「――鳩衝(きゅうしょう)


 切り上げる剣先に沿って放たれた衝撃波のうねる奔流が狗の背後を襲い、足元を浚うように一群を一纏めに舘波見川(たてばみがわ)川縁(かわべり)へと押し流した。


 残心からの納刀。


 ひどく静かな精霊技であった。

 精霊技を放つ瞬間でさえ、凪いだ湖面のごとく揺るがぬ精霊力が、無駄に精霊光を見せることさえ許さなかったのだ。


 武骨一辺倒然とした阿僧祇厳次の見た目にそぐわぬ、清冽とした技の冴え。

 諒太が見せる苛烈さも、咲が垣間見せる華やかさも無い。

 ただ、一振りの刃の閃き。


 何処までも自然体(・・・)の放つ精霊技、それが何よりも怖ろしい。

 これが、珠門洲十本の指に入ると謳われた、阿僧祇厳次の実力であった。


「お疲れ様です。隊長」


「新倉か。

――お前、隠形が下手だったろ。あまり、川には近づくなよ」


 小路の暗がりから姿を現した副長の新倉信に、さほど驚きもせず納刀からの構えを崩さず厳次は応じた。

「下手と云っても、隊長ほどではないという意味ですよ?

 並みの穢レに後れは取りません」


その程度(・・・・)だから云ってるんだ。

 あれを見ろ。……隠形は高めておけよ」


 電信柱と板壁の間にある暗がりに身を潜めながら、舘波見川(たてばみがわ)の方に向けて顎をしゃくって見せた。


――ず、、ずず、、、ず、、、


 砂地で頭陀袋(ずだぶくろ)を引きずるかのような音が、河川敷の方から響く。

 厳次に倣って板壁の隙間から川を覗き見た新倉は、視線の先にある光景に思わず息を吞んだ。


 そこに居たのは、事前に説明を受けた通りの白い鱗の巨大な大蛇であった。

 元来、神聖と謳われる白蛇であるが、目の前のこれ(・・)は醜悪の一言に尽きた。


 鎌首を(もた)げたその高さだけでも2間(3.6メートル)に渡り、野晒(のざら)しのしゃれこうべを思わせる白い鱗は、引き連れた無数の青白い鬼火に照らし出されて、染み一つないはずの輝きもどこか濁って見えた。


 両眼はそもそもない。

 かわりに双眸に収まっているのは、(あか)い鬼火であった。


―――(ジャ)(ジャ)、、


 蕭々(しょうしょう)と、瘴々(ショウショウ)と、河川敷を進みながら大蛇が怨嗟を啼き上げる。

 見ているだけで吐き気を催すような、白蛇の大怪異。


 呆然と、あまりの姿に我を忘れた新倉を、ちろり、と大蛇が()め上げた。

 視線は無い、そもそも、視線を生むための眼球が無いはずだ。

 それでも、眼球の代わりに眼窩に灯る赫い鬼火が、確かに新倉を捕らえたのだ。


「――っっつつ!!??」


 息を呑んで、相手を刺激しないように厳次と同じ暗がりに潜む。

 大蛇は、視線を向けただけで興味が失せたのか、侵攻の速度を緩めることなく悠然と河川敷を遡っていった。


―――()()()()


 隠れるだけで何もできない無象どもを嘲るように、嗤う声を新倉の耳に残しながら、大蛇の気配が遠のいていく。

 それを確認してから、全身の力を弛緩させるように抜いていった。


「……見逃してもらえたようです」


「興味がないんだろう。余計な刺激さえ与えなければ、奴は舘波見川(たてばみがわ)から離れることは無い。

 だが、これ以上は近づくなよ。蛇の穢レは、感覚が鋭いことで有名だ。

 蛇の姿を模している以上、奴の嗅覚は間違いなく鋭い」


「――思い知りました。

 こうなってくると、隊員たちを川から離したことは間違いではなかったようですね」


「あぁ、坊主(久我)とお嬢もな。

 特に坊主の精霊技は派手だ。無駄に興味を惹かせるような真似をせずにすんだ」


「川を遡る奴らを無視して、逸れた穢レのみを討つ、ですか。

 今のところは、上首尾で事は進んでいますね。

 山狩り程度の負担で済むから我々としては助かりますが、その分、上流に詰めている衛士の方々の負担が増えるのでは?」


 被害が少なくなることは歓迎できるが、事がすべて終わった後、功罪論功で万朶総隊長の突き上げが激しくなるのが目に見えて予想できる。

 おそらくは阿僧祇の排除、または発言力の低下を狙っているのだろうが、これならば必要以上の損耗を心配する必要が無い。


 だが、一定の安全を確保できた新倉には、この後の出来事を心配する余裕が生まれていた。

 間違いなく、総隊長の狙いは阿僧祇に絞られているのだから、総隊長やその周りを固める上層部の目にこの作戦は阿僧祇の怠慢と写るはずだ。


「気にするな。

 先ほどお嬢から、輪堂の御当主が上流に詰めたと聴いた。

 色々と云われちゃあいるが、御当主の実力は本物だ。

 特に、輪堂の神器を行使すれば、川に沿って一直線に並んだ百鬼夜行など良い的程度に過ぎなくなる」


八塩折(やしおり)()延金(のべがね)、ですか。

 私も神域特性は知りませんが、そこまでの威力なのですか?」


「有名な特性だからな。知っておいた方がいいぞ。

 八塩折(やしおり)()延金(のべがね)の神域特性は、一撃を八倍にするというものだ」


「……は?」


「因果も条理も無視して、八倍だ。

 おかげで手加減も効かんと、御当主殿から愚痴を聴いたことがある」


「それはまた、とんでもない」


「全くだ。だが、今回の状況なら川から寄り道をさせん限り、周囲への被害は考えなくていいだろう。

 俺たちは、あの大蛇を川より外に出さない事だけに専念すればいい」


「判りました」


「――さて、もうひと働きするか。

 新倉、周囲の穢獣どもを川に誘導するぞ」


「了か………………っ!??」


――()ゥンッッッツ!!!


 新倉の首肯に被さるように、轟音が住宅街の向こう側から響く。

 驚いて振り向く二人の視界に、半壊した家だったもの(・・・・・・)が宙を舞う姿が映った。

 大量に巻き上がる木材の破片と粉塵の向こう側で、赤銅の肌とそれを盛り上げる強靭な筋肉が支える巨躯が垣間見える。


大鬼(オニ)、だと!?」


 流石に予想もしなかった大物の出現に、厳次が呆然と呻く。


 大鬼は、山間部の最深部たる瘴気溜まりに棲む妖魔の種類でも、最も有名な種族の一角だ。

 呪術、妖術の類を繰るものは少ないが、1間半(2.7メートル)に及ぶ巨躯に、それを支える堅牢な骨と強靭な筋肉。そして、精霊技に対する高い抵抗を持つ肌。


 その見た目に見合う重量と筋肉から弾き出される膂力は、相対するものにとって砦が意思を持って迫りくるかのような錯覚さえ与える絶対的な脅威である。


「一体、何処から」


 新倉の疑問も無理はなかった。

 幻や幽霊などではないのだ、いきなり現れるなど、それこそあり得ない。

――だが、それよりも、


「そんなのは後だ!」


 厳次が怒号でその疑問を封殺した。

 そう、そんな事を考える余裕はない。

 大蛇の気配が、侵攻の歩みを止めたのだ。


 このまま、大鬼が暴れる気配に惹かれて、大蛇が河川敷から外れたらそれこそ目も当てられない被害が出る。


「新倉! 穢獣(けもの)(ヌシ)だろうがもう捨て置け!

 集められるだけの守備隊を引き連れて、大鬼を出来る限り早く川まで誘導しろっ!!」


「隊長は!?」


 厳次は、掌中にある精霊器を握り直した。

 大蛇が、大鬼の方に完全に興味を向けている。


 選択肢は、もう無かった。


 自身の精霊力を余すことなく、一段階、高める。

 ぼやり。灰青(はいあお)の輝きが、手首と刀身を覆った。

 わざと(・・・)精霊光を目立たせて、大蛇に対する誘蛾灯の代わりにするのだ。


「大蛇を川に釘付けにする。

 その間に、何とか大鬼を川に引きずり込め。

 大鬼さえ川に到達すれば、奴が街に注意を払う理由がなくなる」


「了解しました!!

――お気をつけて」


 大蛇に対する疑似餌()となる。

 新倉は、死地に向かうという厳次が見せた覚悟を悟り、それでも、何も云うことなく、ただ、承諾のみを持って返答とした。


「――お前もな」


 厳次が呟いた言葉を聞いたかどうか、それはもう判らないまま、新倉は背を向けて大鬼の方へと駆けて行った。

 死地に向かうのは、お互い様だ。


 沓名ヶ原(くつながはら)の怪異ほどではなくとも、大鬼は間違いなく強大な妖魔である。

 そんなもの(・・)を川まで釣り出さねばならない新倉も、厳次と同じく命を賭ける事には変わりはないのだから。


 現神降(あらがみお)ろしを行使して、河川敷に一気に飛び出す。

 大蛇は、河川敷より、川の中ほどに佇んでいた。

 華蓮の水事情を多く引き受ける舘波見川(たてばみがわ)と、その両岸に渡る河川敷も相応以上に広く、多少、派手に暴れた程度では住宅街に被害が出る事は無いだろう。


 そう目算をつけて、脇差(精霊器)を構えた。


 大蛇は未だ、動こうとはせずに大鬼の方ばかりを見ている。

 動かなければ、出来る限り時間を稼ぎたい厳次(こちら)も、敢えて仕掛ける必要は無い。


――厳次には気付いているのだろうが、あえて注意を払う必要も無いと思っているのか、ちらとも視線を向ける事は無く、


 それを幸いとばかりに厳次も、じり、じり、と派手な動きを控えて、にじり寄るように構えを崩さずに大蛇に近づいていった。


 呼吸ごと肺腑を腐らせそうなほど濃密な瘴気を、精霊力を賦活させることで防ぎながら、長大な大蛇の攻撃圏のぎりぎり外側に自身の身体を置く。


――ここからは、純粋な我慢比べだ。


 大蛇が大鬼に痺れを切らして動き出すのが先か、厳次の精霊力が尽きて倒れるのが先か。


 最も効果的な瞬間に、先制の一撃を叩き込む。

 それだけに集中して、厳次の意識は細く鋭く研ぎ澄まされていった。


 瘴気の赤黒い輝きの中に、無数の青白い鬼火が飛び交う。

 厳次を護る精霊光の表面に鬼火が触れるたび、ちり、ちり、とそれらが灼け爆ぜた。


 そう云った一切に厳次自身は反応せずに、ただ無心になってその時を待つ。


――待つ。


 大鬼が引き起こす轟音と地響きが、次第に近づいているように感じられる。


――待つ。


 刀の鯉口を切り、僅かに腰を落とす。

 居合抜きに似た、水平に斬り抜く抜刀術の姿勢。


――()ォンッ!!!


 然して離れていない場所で、大量の木材が吹き飛ぶさまが見える。

 もう、大鬼がそこまで来ていた。


 厳次の意識も僅かにそちらに揺れたその時、大蛇の身体が大きく波打つ。

 彼我ともに動こうとしない状況に痺れを切らしたのだろうか、ずざ、と音を立てて大鬼の暴れる方向へ頭が向いた。


「――――疾ィィッッ!!!」


 鋭く食いしばった歯の隙間から、裂帛の気合を呼気とともに吐き出しながら、厳次は大きく地を蹴る。


 奇鳳院流(くほういんりゅう)精霊技、中伝――


「――隼駆(はやぶさが)けっっ!!」


 身体強化に分類され、特に速度を激甚に跳ね上げる精霊技を自身に掛けて、刹那の勢いで大蛇の脇腹に肉薄した。

 その勢いで身体を捻り、巻き上げるようにして抜刀。

 刀身に籠めた精霊力が唸りを上げて、灰青の精霊光が舞うような軌跡を虚空に刻んだ。


 奇鳳院流(くほういんりゅう)精霊技、連技(つらねわざ)――


「――乱繰(らんぐ)糸車(いとぐるま)ぁっ!!」


 水平に薙ぐ斬撃から乱裂くように、脇腹に幾条もの傷痕を刻みながら駆け抜ける。


―――(ジャ)ァァアアッッ!!


 苦悶からか、大蛇がこれまでとは異なる啼き声を上げた。

 仄青(ほのあお)い刀身が強固な鱗に守られた大蛇の表皮を食い破り、蛇特有の細かな鱗を撒き散らす。


――何だ、手応えが甘い(・・)


 宙に散る鱗を浴びながら、揮う精霊技から返る手応えに、厳次が内心で首を傾げた。


 強固な鱗を大蛇の体皮ごと食い破った感触は確かにある。

 だが、その中身を斬った感触がほとんど無いのだ。

――例えるなら、中身のない卵を斬った(・・・・・・・・・・)かのような……


 そこに思考が辿り着くよりも早く、厳次の背筋に冷たいものが流れた。


―――(ジャ)(ジャ)(ジャ)ッ、(ジャ)()()ァァアア!!


 大蛇の啼き声が、厳次の頭上より降ってくる。

 感情の読みづらい今までのそれと違い、明らかに嘲りを含んだ声。


 怪異や妖魔は難敵である。

 そう云われる最大の所以(ゆえん)は、強靭な膂力や堅牢な骨格もそうだが、穢獣と違い人語を解するほどの知性にこそある。


 つまり、勝利するための最適手、敗けて勝つ(戦略的勝利)を思考することができるのだ。


 大蛇に刻んだ傷痕が膨れ上がり、その(うち)から瘴気を含んだ毒炎が噴き出てくる。


――退路を断ちやがったかっ!!


 これで、後退は最悪手となった。

 迷うことなく、さらに一歩。大蛇の懐深く潜り込む。


―――(ジャ)アァァアッッ!!


 流石にこれ以上、懐に潜り込まれるのは嫌ったのか、大蛇は威嚇の声を上げながら裂けよとばかりに口を大きく開けた。

 その口腔のさらに奥、滑吐(ぬめつ)くような闇の中央に、ぽつ、と青白い炎が灯る。


「ぬううぅぅぅっっ!!」


 最大級に回避を叫ぶ己の第六感を信じ、独楽(こま)が回るようにその場から逃げる。

 その直後に、瘴気に(こご)った毒炎が、厳次の頭上からつい先ほどいた場所に落ちてきた。

 大蛇の吐く炎だ。


 辛うじて直撃は避けたが、隊服の肘から袖口にかけて炎が舐めた。

 ちりり、と腐れて()け崩れる隊服にかまわず、精霊力を高めて身体を護り、

――轟音と共に、その空間を大蛇の尾が通り過ぎた。


 毒炎では厳次に届かないと気付いていたのか、大蛇が周囲の土ごと一帯を薙ぎ払ったのだ。


―――(ジャ)ッ、()()ッッ!


 茫漠と巻き上がる土煙に勝利を確信したのか、大蛇の哄笑が周囲に響いた。


――それくらいは、予想して(読んで)いた。

 嘲り笑う蛇の頭上。二つ上の高さまで跳躍して、厳次は蛇尾の一撃を避けていたのだ。


 空高くに脇差を掲げ、精霊力を限界まで高める。

 それは、落下の勢いと精霊力の爆発で敵を叩き潰す、威力にすべてを割り振った必殺の一撃。


 奇鳳院流(くほういんりゅう)精霊技、(とど)(わざ)――


「――石割鳶(いしわりとんび)!!」


 灰青に輝く刀身が、けたたましく猛りながら轟然と振り下ろされた。

 激突、爆砕。


 咲の膂力をして大地を裂き割る一撃が厳次の技量をもって放たれ、大蛇の額を波打つように歪めて(たわ)ませる。

 それでも尚、吸収し切れなかった衝撃が、大蛇の頭蓋を大きく砕いた。


――否。


 先程と同じく、返ってくる手応えがあまりに甘い(・・)


 白鱗を散らしながら大きく抉れた頭蓋の奥にあったのは、骨でも脳みそでも無く、ただ青白く燃える、膨大な数の鬼火であった。

 その全てが、風も無いのに奥から外へと息をするように大きく揺らぎ、厳次を睨めつけた(・・・・・・・・)


「!?」


――直後、割れた大蛇の頭から天に向かって青白い業火が噴き上がり、厳次のすぐ脇を掠める。


 厳次は、辛うじて直撃を避けて、地面に転がるようにして衣服が腐り爛れるのを防いで、素早く立ち上がった。


 次撃を予想しての行動だったが、それに反して二撃目は襲ってこない。


―――()ァッ、()()()ァ。


 大蛇の哄笑に、その頭があった場所を見上げる。

 大きく開いた頭部の空洞(あな)に、無数の鬼火が群がってゆくさまが見えた。

 鬼火が埋まり、かさかさと鱗が空洞を塞いでゆく。


 まるで時間を遡るかのような異様な光景。

 それを認めて、厳次は知らず脇差の柄を握り締めた。


 頭を潰した程度(・・・・・・・)で止めを刺せたとは、微塵も思ってはいなかった。

 この程度(・・・・)で死んだのなら、歴代の防人たちが苦労している訳はないからだ。

 だが、頭を潰しても、何ら痛手を負っていないというのは想定していなかった。


 完全に大蛇の頭部が元に戻り、(ショ)ゥ、と満足気に口の端から細長く毒炎が吐き出される。


「……なるほど、しぶとい訳だ。

――大蛇なのは外見(ガワ)だけで、本性は鬼火の群体とはな」


 鬼火は、一体一体はひどくか弱い妖魔であるが、群れ集う数で指数関数的に脅威が上がる存在だ。

 その上、瘴気が一定以上あれば、瞬く間に殖える存在でもある。

 倒すには、大蛇の身体を構成する鬼火の大半を、一度に消し飛ばす必要がある。


 それが可能なのは、確かに神器の一撃くらいであろう。


「……さあ、我慢比べといこうか」


 倒すには厳次では力量不足、なら、残る選択肢は決まったも同然だ。


 大鬼を釣り出すのが早いか、厳次が力尽きるのが早いか。

 やっと敵と認めたか、厳次を睥睨する大蛇を、気迫では負けじと見上げながら、厳次は腰を落として脇差を構えなおした。

TIPS:怪異について。

 その姿は様々だが、単純に言うなれば正体は瘴気によって身体が構成された怨念の塊。

 過去に、莫大な怨恨を抱えたまま死んだものが、土地の瘴気溜まりに溶ける事で発生する。

 いわば、土地に焼き付いた歴史が穢レになったもの。


 読んでいただきありがとうございます。

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