5話 憎悪の濁流、抗うは人の覚悟2
大急ぎで準備を整えて晶たちが迎撃の手はずを終えたのは、告げられた百鬼夜行の到来まで、後1刻を切った時だった。
「……静かっすね」
突貫で決められた配置についた晶の傍で、勘助に代わって繰り上がりで副班長の位置に就いた少年が、ぼそりとそう呟いた。
百鬼夜行に備えて、住民が家屋の奥に閉じこもっているせいだろう。
常は、生活の喧騒で人の熱が感じられる時間帯のはずだが、晶たちの眼前に広がるのは不気味なまでの静けさと先の見えない暗闇だけである。
「……ああ。
だが、気を抜くなよ。南の空が赤い。
直に、騒がしくなる」
とうの昔に太陽が落ちたはずの向こう側の空が、赤いというよりも暗褐色の輝きで満たされているのを見て、晶の警戒心が少年にそう忠告をした。
火事とかの分りやすい輝きではない。
余りにも濃密な瘴気が凝っているために、ここまで遠くであってもそれと判別できるほどの明るさになっているのだ。
その事実に、肩に力が入り過ぎているのを自覚する。
「――あれ? 君……」
無理矢理にでも身体を揺らすように動かして、少しでも緊張を解していると、背後から声がかけられる。
視線を後方に巡らせると、人当たりの好さそうな笑顔を浮かべた輪堂咲と、対照的にむっつりと不機嫌そうな久我諒太の二人組が近寄ってくるのが見えた。
「やっぱり。山狩りの時の人だよね?」
「はい。
輪堂のお嬢さま、先日はお世話になりました」
諒太の視線が険しいものになっていったため、晶は挨拶は軽く会釈するに止める。
しかし、諒太の放つ雰囲気を気にも留めずに、暗がりの中、咲は晶の顔を舐めるように見詰めた。
「………………あの、お嬢さま?」
常であるならば、はしたないと云われそうな咲の行動に、晶の口調に焦りが混じる。
……というか、諒太の視線が凄まじいものになっているので、早く止めて欲しい。
「……ねぇ、何かあった?」
しかし、周囲の戸惑いを余所に、咲は怪訝そうにそう訊いてきた。
何の事かと晶は首を傾げるが、彼女の真摯な視線に冗談を云っている様子はなく、姿勢を正して答える。
「……いえ、特には何も。
強いて挙げるなら、氏子になったくらいですが」
「ううん。そうじゃなくて、なんだか雰囲気が変わった感じがするんだけど。
……あ、でも、氏子になれたんだ。おめでとう」
「ありがとうございます。
――偏に、お嬢さまのおかげと思っております」
実際のところはどこまで効いたのかは知らないが、咲の一言が大きな後押しになったのは事実だ。
素直に感謝の意思を込めて、頭を下げる。
「うん、役に立ったのなら良かった。
――えっと、そういえば名前は?」
「晶と云います、よろしくお願いします」
1度、自己紹介はしたのだが、まぁ、十把一絡げの練兵班の班長なんてこんな扱いか。
特に憤りも感じず、晶は名乗った。
「晶くんか。
……うん、憶えた。今日はよろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
そう云って、自身の配置に向かって去っていく二人に、晶は頭を下げた。
瘴気が見えない圧力となって、こちらに吹いてくる。
「――久我くん。中範囲の精霊技、どれだけ使える?」
開戦の時刻が迫ってくる中、咲は諒太に向かって口を開いた。
戦闘に入る前に、咲には気にかかっている事がそれだった。
咲たちが配置されたのは、河川敷に沿って建てられている住宅街の大通りだ。
周囲には、住宅の区切りとしては一般的な杉板の壁が立ち並んでいる。
もっと上流の区画なら耐火性の望める漆喰壁なのだが、この程度の板壁なら火が燃え移ると、下手するとすぐに燃え広がるだろう。
こんな街中で火行の精霊技を行使するなど、本来だったら懲罰ものの失態である。
しかし、咲たちにそれ以外の有効な攻撃手段が無いため、取れる選択肢はかなり狭まったものとなる。
何しろ、咲の精霊は火に属しているし、支給された撃符も全て火行のものだからだ。
まあ、それも当然であろう。
南部珠門洲に君臨する大神は、火を司る神柱である。
その地に生きるものたちはその性質に強く引きずられるし、呪符や精霊技も火の属性と相性が良くなる傾向がある。
特に珠門洲の防人たちが修める奇鳳院流は、火行の精霊技で本領を発揮できるよう特化されているため、行使する精霊技もそれに準じたものになるからだ。
瞬間的な出力に優れる反面、持続力に欠ける火行の攻撃は、一対一を想定したそれらが多いため、中規模以上の範囲攻撃は数が少なく、修得難度も相応に高くなる。
事実、咲の修得している範囲攻撃は、使い辛いものも含めて4つしか無い。
「俺が使える範囲攻撃は5つ、状況に応じて使ってくしかねぇな」
咲より1つ多い程度、彼の性格からして、一対一の大物食いを中心に戦術を立ててきた結果だろう。
「私は4つだけど、内2つは範囲制御ができないから使えないと思って。
――久我くんは火事を起こす可能性が低いから、夜行の出鼻を挫いたら、派手なの以外は使っても良い」
「何だ。周囲の火事を気にしてんのか?
どうせ抗う力も無い平民の群れだろ、気にせず使えよ」
「馬鹿を云わないで、こんな街中で火に巻かれてどうすんの?
百鬼夜行の真っ只中じゃ、消火も覚束ないでしょ。延焼なんかしたら、目も当てられないわ」
「…………ち」
咲の鋭い視線から逃れるように、腕組みをして目を逸らす。
「隊長はいいよな、川の近くに陣取ってさ。
あれじゃ、穢レも狩り放題だろ」
「何度も説明は受けたでしょ、叔父様は百鬼夜行が余分に川から溢れないようにあそこにいるの。
夜行の核である怪異を刺激して、こっちに視線が向いたりしたらとんでもないことになるでしょ」
「どうだかな」
不機嫌そうな諒太の返しに、咲の危機感が際限なく募った。
駄目だ。全く納得をしていないことが、如実に態度に顕れている。
「……ねぇ、指示を無視して、英雄の真似事やらないでよ。
久我くんが一人で突っ走って、どうにかなるほど甘い状況じゃないことくらい分かるでしょ?」
「それは上流に詰めている奴らも同じだろ?
1番隊の奴らで、怪異を倒せんのかよ」
「1番隊には衛士も詰めているわ。
それに今なら、輪堂家の当主も詰めているわ。
ここまでの陣を敷いて、怪異を討滅出来ないなんて考えられない」
やはり、怪異を狩ることを諦めきれていなかったか。
思わず零れたのだろう諒太の本音に、咲が棘の混じった反論を返した。
「輪堂家の当主って、あれだろ?
臆病者とか、日和見主義とかの噂を聞くぜ?」
どこか小馬鹿にしたような諒太の口ぶりは、周囲の陰口を鵜呑みにしたからだろう。
そういった陰口を叩かれている事は知っていたが、諒太の口から出ると、実子である咲の内心にカチンとくるものがあった。
「お父様は確かに慎重論者だけども、実力は確かよ。
それに、お父様がいるということは、輪堂家に伝わる神器もあるという事よ。
あれの神域特性を解放すれば、川を遡って一直線に並んだ百鬼夜行なら、一撃で灼き尽くすことができるわ」
咲の気分を損ねたことを感じたのだろう。
それ以上、輪堂孝三郎を論おうとはせず、勢いを無くして肩を竦めるに止めた。
それに、咲の指摘は正しい。
上位の有力な武家諸侯の当主の証として与えられる神器は、精霊器の上位互換のような認識で捉えられているが、その実態は神柱が手ずから編み上げて鍛え上げた神意の結晶だ。
特に、封じられている神意を解放することで発現する様々な効力は神域特性と呼ばれ、ただ人の身で一時的な神意の再現すら可能とする驚異的な能力も有していた。
武家の頂点に立つ八家の神器ともなれば、その威力は推して知るべしと云える。
「輪堂の神器っていうと、確か名前は……」
「八塩折之延金。
私も直接は見た事は無いけど、遠目で一度だけ見たことがあるわ。
百鬼夜行ほどじゃないけど、かなり大きな穢獣の群れを一撃で消し飛ばしていた。
使用は限定されるけど、今回の状況には差し支えは無いわ」
「………………」
諒太は鼻を1つ鳴らして黙り込んだ。
口の減らない相手の口数を削った事で、咲は下らない満足を満たして前方に向き直る。
そのまま、暫しの沈黙が二人の間に流れる。
「………………なあ」
だが、沈黙も長くは続かず、諒太が口を開いて沈黙を破った。
「何?」
「……あーゆー奴が好みなのか?」
「はい?」
流石に突然の話題転換についていけず、咲は素っ頓狂な声で首を傾げた。
いきなり何を云い出すのかと、胡乱な視線を向けると、諒太は顎をしゃくるようにして5間向こうの通りに立つ晶を指し示した。
「晶くん? 何で?」
「随分と仲が良さそうだったろ。
以前から知り合いだったのか?」
「会ったのは一昨日が初めてだけど?
そもそも、私、華蓮にそんなに来たことは無いわ。
お父様の付き添いで来たことがあるくらいよ。
――って云うか、何でこんなこと訊くの?」
咲は、華族、そして武家の娘としての教育を受けてきている。
当然に上流階級の娘に恋愛の自由など無いことは、基礎知識として知っていた。
とは云え、年頃の娘という事に変わりは無い。
他人の恋愛相談は、学院での盛り上がる話題の不動の一位であるし、咲自身も友人と何度となくこの話題で盛り上がったクチだ。
――しかし、
「お、お前のためを思って忠告してやるが、あれは止めとけ。
平民だし、外様モンだぞ。
仮にも八家の末裔なら、一族の名声を貶めるような真似はすんな」
「久我くんこそ、何を云ってるの?
晶くんは、昨日会った時から何か違って見えたから、少し気になってただけだけど。
なんだったんだろ、雰囲気かなぁ。
何か、一昨日はそうでもなかったのに、今日は随分と馴染む感じがしたんだけど」
咲にとって、恋愛話は同性とするものであった。
家格は同じであっても異性であり、加えて云うなら興味が欠片も無い相手とする話題では無かったため、これがそう云った意図で交わされているものだとは、一切、思考の中には無かった。
「雰囲気? お前こそ何云ってんだよ。
別段、変わった様子も無かったろ」
「そう、なんだけどね……」
中々に丁度いい表現も無かったのか、咲は首を傾げながらも言葉を探すが、結局は適当な表現も見当たらず口の中で言葉が躍るだけに留まった。
咲の様子に勢いづいたのか、諒太はさらに踏み込もうと口を開きかけ……
――正面の暗がりを睨みつけた。
「咲」
「――うん、来てるね」
咲も、先ほどまでのどこか気の抜けた表情とは打って変わって、鋭い視線で同じ暗がりの奥を射抜くように見据える。
確認するように、同道していた分隊の隊長に視線を遣った。
その意図を正確に汲んで、無言で頷いて陰陽計を確認する。
「……瘴気濃度、急速に上昇しています」
「総員、傾聴。これより、戦闘に入る。
火撃符、用意。合図と同時に放て。
楯持ちは、次の撃符を用意しつつ、楯を伏せてその陰に隠れるように。
防人は、楯を支えつつ、範囲攻撃の精霊技を撃て」
「「「はいっ!!」」」
「……楯を伏せてしまうと、飛び越えられてしまいますが?」
「それで良いの。
少なくとも、速度は弱められる」
陰陽計を仕舞いつつそう問いかけてきた分隊長の方には視線を向けずに、咲は口を開いた。
「夜行の群れは、瘴気の浪だと考えなさい。
間違いなく、普段に見る穢獣の群れとは次元が違う。
正面から抗おうとした瞬間、弾き飛ばされて大路の染みに変わるわ」
「楯に隠れても、踏み潰されるだけでは?」
「真面に抗ったら、確実に死ぬ。
楯に隠れたら、運が良ければ生き残れる」
――どっちが良いと思う?
そう視線で問われて、分隊長は目を逸らして楯を伏せた。
生か死かどっちが良い? 等と訊かれてまで、抗弁する口を持っていなかったからだ。
相手の反応は大方に予想がついていたため、時間の無さも手伝ってそれ以上の追及をせずに矛を収めた咲は、隣に立つ諒太に視線を向けた。
「久我くんは、撃符の後に放射状に広がる精霊技をお願い。
確か、修得してたでしょ?」
「ああ」
「私はその後に、群れの中央に吶喊をかける。
前方に伸びる精霊技を行使うから、散らばろうとする穢獣を二撃目で叩いて」
「――判った」
不満気に何か云いたそうなのは、格下と見ている咲に指図されているのが気に喰わなかったからだろうか。
しかし、久我諒太の性格は独断専行のきらいが強く、集団を率いる器で無いことはこれまでの行いからも明らかであった。
諒太の振る舞いのしわ寄せが、彼と組んでいる咲に向く以上、咲は諒太の行動を細かく抑えるように動く必要があるのだ。
「楯持ちは、合図と同時に次の撃符を楯の隙間から撃ちなさい」
「狙いが付けられないと威力が落ちます」
「上手くいけば、穢獣を怯ませる事は出来る。
それで充分よ」
功を挙げる事に欲を出しても、徒に死亡率を高めるだけだ。
勝手な行動を制限するために、多くは理由すら語らずに、指示を出す。
それでも、
「後はその繰り返し、簡単でしょ」
「「「はいっ!!!」」」
与えられた明瞭な指示に、隊員たちは打てば響く返事を咲に返した。
分隊長は立場のお株を奪われた格好だが、見習いとは云え衛士の位に有るものからの言葉に抵抗なく受け入れる姿勢を見せている。
ちらりと咲は周囲に視線を巡らせた。
やや離れた位置にいる晶たちも同じ指示を出しているのか、楯を伏せてその陰に隠れる準備をしているのが見て取れた。
その時、前方から吹き付ける風が、独特の腐敗臭を運んできた。
風そのものが腐り堕ちる異臭。
先刻の山狩りとは比べ物にならない、濃密な瘴気の臭い。
――そして、地を揺らすほどの、穢レ共が行軍する気配。
「――総員、準備」
隊員たちが、緊張の面持ちで撃符を眼前に掲げる。
咲自身も精霊力を高めて、己が精霊器である薙刀に注ぎ込んでゆく。
慣れ親しんだ自身の精霊光が、瘴気に抗うように視界を薄く菫色に染め上げた。
そして、待つ。
――穢レの姿は、未だ闇の向こう。
待つ。
――されど、隠しきれぬ地の揺れが、穢レ共の狂奔の度合いを知らせている。
待つ。
――薄皮一枚隔てた闇の向こうは、狂気と悪意の濁流と化しているのだろう。
待つ。
「――…………っは」
緊張の果てに誰かが息を吐いた時、赤黒い闇の向こうから、更に昏い瘴気の塊が怒濤の勢いで雪崩れ込んできた。
ざっと見、狂乱した狗や鹿で構成された穢獣の群れ。
しかし、それを思考に浮かべる暇は無かった。
――想定以上に百鬼夜行の速度が速い。
「――――放てぇぇぇっっ!!!」
咲の号声に解き放たれた火撃符が、火の粉を撒き散らしながら業火と変じて夜行へと殺到した。
―――苦、婁、屡、悪乎ォォォオンンッッッ!!
狗の穢獣が、炎に巻かれて苦悶の啼き声を上げる。
啼き声が上がったのは僅かな間、業火は見る間に穢獣共を消し炭へと変えた。
狗の穢獣は足が速いだけの小物に過ぎないが、それでも群れ単位で焼き払えたのは大きい。
「久我くん!!」
狗の姿をした肉の壁が消し炭になり果てたことを見て取って、咲は諒太に合図を送った。
撃符では焼き祓えなかった鹿の穢獣が、狗の消し炭を踏み越えてこちらへと殺到する。
その押し寄せる狂奔の圧を物ともせず、大きく一歩、諒太が前に足を踏み出した。
同年代と比べて、平均よりもやや大きめ程度の体躯を包むのは、黄檗の輝きを宿した独特の精霊光。
それらが細かく弾けるたびに、彼の猛る心情を表したかのような紫電の輝きが周囲に奔った。
性格は兎も角、諒太が神童と謳われているのは伊達ではない。
精霊のもつ五行の属性のうち、最も希少で強力な属性。
土行の上位精霊を、己が身に宿しているからだ。
土気を宿す精霊は、ほぼ例外なく強力な精霊だ。
特に八家が宿しうる上位精霊ともなれば、云わずもがなの能力を秘めていると断言できる。
諒太が、己が精霊器である刀を大上段に構えた。
高く掲げられた白銀の刀身を萌黄の精霊光が包み込み、縛り付けるかのように極太の雷光が十重二十重にその表面を奔り回る。
月宮流精霊技、中伝――
「――陣中秋麗!!」
振り下ろされた刀身を起点にして、紫電が扇状に地面を這い回った。
敷かれた雷光の網に、鹿の穢獣が飛び込んでくる。
網に掛かった鹿の頭数は二十は下らない。その全てに、
鹿の直下、足元から突き上げられる雷の槍が串刺しにした。
―――喬、狂、凶ッッッ!!
しかし、たかが二十程度を足止めしただけで相手の速度が変わりはしない、さらに後から続く鹿の穢獣が、串刺しになった鹿の脇をすり抜けて諒太に迫ろうとする。
――それを待っていた。
ニィ。諒太の唇が嗜虐に歪んだ。
月宮流精霊技、連技――
「――鳴子渡しっ!!!」
――破ヅンッッ!!!
刹那、突き上げられた雷槍の間に新たな紫電が奔り抜け、脇をすり抜けようとした鹿の穢獣を悉くに灼き尽くした。
大気を裂け割る雷の熱量が、避けえない衝撃波となって大路を圧迫する。
民家を護る板壁が、その圧に耐えきれず一部だけとはいえ土台ごと宙を舞った。
――あいつッッッ!
余計な被害を出すな、と釘を刺した直後にこれか!
衝撃を制御する技なら他にもあったろうに。咲は内心で歯噛みをしながら、それでも己の職分を守るべく諒太のさらに前へと足を踏み出した。
過程はどうあれ、狗と鹿、脚が速いだけの小物は粗方に倒せて除けている。
その奥でやや脚の遅い猪が、それでも迫り来ようと圧を放つ。
速度は遅いものの、狗や鹿よりも大きな体躯が群れる浪が持つ圧力。
しかし、それを意に介することなく薙刀を構えて、前傾姿勢から一息に最大速度で加速する。
―――犠ィッ!?
現神降ろしで強化された身体能力任せに、数間はあった間合いを瞬時に詰めて先頭を走っていた猪の鼻面に薙刀を突き込み、
猪に怯む余裕すら与えずに、精霊技を放った。
奇鳳院流精霊技、中伝――
「――百舌貫きっっっ!!!」
薙刀の切っ先が朱に染まり、炎の螺旋がその猪を貫いてその先、3間ほどの間合いに火閃を徹す。
五匹程度の猪を団子刺しにして、それでも足りぬとさらに一歩、精霊力を薙刀に注ぎ込みながら足を踏み出した。
奇鳳院流精霊技、連技――
「――細波短冊!!」
瞬時に、生まれていた火閃が横に広がり、炎の刃を造り出す。
―――犠ィッ亜ァァ!!?
焼かれながら絶命する苦痛に叫ぶ穢獣を尻目に、群れの間合いから一気に逃れて楯班が造る防護柵の奥へと戻った。
未だ、猛る穢レどもの群れを抑え込むように、防人や諒太が放つ精霊技が叩いていく。
――思った以上に上手くいっている。
咲もその間に加わって、雪崩れ込もうとする穢レを倒しながら、頭の片隅でちらりとそう考えた。
穢レの量は桁が違うものの、質は山狩りで釣り出されるものとそう違いは無い。
濃い瘴気で強化されている節は見受けられていても、数の多さに追いついていないのか、強化の上限も高が知れていた。
――これなら、この場所は抑えきれる。
そう、少しだけ希望を持った時、轟音と地響きに似た揺れが大路を揺らした。
「なっっ!?」
何が!? そう叫ぶことも出来ずに轟音が響いた方向に視線を向けて、家だった大量の木材が宙を舞うさまを見て、今度こそ言葉を失う。
木材の破片と共に莫大な土煙が舞い上がり、その向こうに赤銅の肌と、それを盛り上げる強靭な筋肉が見えた。
幾つかの家を挟んですら見て取れる巨大な体躯。
大別して表現するなら、人間の姿に最も近いだろう其れは、咲をして初めて見るものの、最も有名な化け物の一体。
「大鬼!!」
―――餓亜ァァアッッッ!!
口腔に収まりきらぬほどに乱雑に生えた乱杭歯の隙間から雄叫びを吠え猛りながら、その大妖は、舘波見川向けて脚を踏み出してきた。
TIPS:神器について。
神性を得た存在から与えられる器物の総称。
精霊器と同一視されがちだが、器物といっても厳密には物質ではなく本質的には霊質に近い。
その正体は、神性が司る本質を言霊と神気で形にしたもの。極小の神域といっても過言ではない。
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