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泡沫に神は微睡む  作者: 安田 のら
三章 巡礼双逢篇
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13話 逆しま霊道、辿り目指すは神域行6

「晶!」


 顕神降(あらがみお)ろしを行使しているのだろう。

 嗣穂(つぐほ)の後背から覗く朱華(はねず)の声が、歓喜を満たして晶に届いた。


 少女の信頼に背中を押されるが侭、朱金(あけこがね)の精霊力が猛りを上げる。


()!」「―――卑ッ!!」


 吐息が交差し、晶は八相から袈裟斬りに斬り落とした。

 同時に踊るような歩法。能面の鉈が(ひるがえ)り、晶の放った剛の一撃を容易く弾く。


 撃音。金属の爆ぜる音に、互いの斬道が明後日の方向へと向かった。

 当然の結果に晶は、小動(こゆるぎ)も臆さず足を踏み込む。


 斬撃が幾重にも放たれ、刃鳴る唸りが晶へと響いた。

 間抜けとも見える能面とは裏腹の、踊るような歩法。その斬撃は悉く、晶の斬閃が叩き落す。


 流派すら不明の剣技に最初こそ戸惑ったが、剣を交える事は既に3度。

 ぬるり(・・・)と防御の奥に忍び寄るような独特の戦術も、これだけ重ねれば剣理の一端程度は晶の理解に及んでいた。


 自身に届く斬撃だけを弾いて、更に一歩。

 巍々と揺るがぬ晶の前進に、小兵の足が後退の気配を覗かせる。

 ――逃す心算(つもり)は、毛頭に無い。莫大な精霊力を落陽(らくよう)柘榴(ざくろ)の刀身に猛らせて、晶は斬撃を水平に振り抜いた。


「勢ェイッ!!」「むぅっ」


 地を蹴る能面の咽喉(のど)が、戸惑うように吐息を漏らす。

 気付いても遅い。唸る落陽(らくよう)柘榴(ざくろ)の切っ先に、幾重もの影が生まれた。


 晶の斬撃は疎か、斬断する決意よりも速く落陽(らくよう)柘榴(ざくろ)の権能が迸る。


 ――斬。

 防御を無為と帰す斬撃に撫で斬られ、樹々が地響きを立てて幹から落ちた。


 樹々が滑らかな断面を曝す光景に、身体()を沈めて矛盾の刃を潜り抜けた能面の男がぼやく。


「防御を厭わぬとは、恐ぅものですな。

 それなりに干戈を交えた仲、刃に語らうのも雅と思いましょうか」


「好き放題やってくれた貴様に、悠長を赦すかよ!」


 能面越しに投げられる戯言を吐き捨て、晶の足が地を蹴った。

 一足一間。未だ拙くも晶の縮地が、彼我の距離を溶かす。


 大上段(火行の構え)から袈裟斬り、胴払い。重ねられる斬撃は、しかし(ひるがえ)る鉈が難なく捌いていった。


 ――硬い!

 能面が覗かせる嘲笑の気配を敢えて無視し、晶の足が更に一歩を踏み込んだ。


 相手の鉈は、晶が半ば断ち切っている。

 間合いは晶が有利であるのに、手数を封じる斬撃からその事実を実感できずにいた。

 せめてもの抵抗で放った斬り払いも、僅かな神気の爆発と併せて滑瓢(ぬらりひょん)に後退を赦してしまう。


「若いですなぁ。御坐(みくら)どのと云えど、剣の実力は必要なのでは」


「くそっ」


 踏み込んで攻勢に入れても、相手が圏外に逃れてしまえば無意味となる。

 強力な神気の一撃だが、過ぎる威力を晶は持て余していた。


 悔悟を罵倒ごと吐き捨てる。もう一度間合いを詰めるべく、落陽(らくよう)柘榴(ざくろ)を――。


「晶さん」「っつう」


「―――卑ッ!!」


 脇から踏み込んだ嗣穂(つぐほ)が、滑瓢(ぬらりひょん)の鉈を狙った。


朱金(あけこがね)に彩られた刺突が鉈の腹と噛み合い、火花を交えた神気が爆ぜる。

 足元に落ちる残炎を踏み潰しながら、嗣穂(つぐほ)は揺るがぬ攻勢を畳み掛けた。


嗣穂(つぐほ)、晶へと降りる。援護しやれ!」


「申し訳ありません、あか(・・)さま。

 ――それを赦してくれる相手ではないようです」


 近くに立てば同時行使も可能な顕神降(あらがみお)ろしであるが、神柱を降ろした器に加護の優先権は存在する。

 神器を持つ晶へ朱華(はねず)が降りれば戦局が一変するのは道理だが、巧緻を極める滑瓢(ぬらりひょん)の技量にその機会を見出すことは叶わなかった。


 何しろ、精霊技(せいれいぎ)を繰り出す余裕すらないのだ。

 ここで顕神降(あらがみお)ろしなどと、悠長も良い所である。


「巫と御坐(みくら)どの。2人掛かりを凌げるとは、身共の技量も捨てたものではありませんな」


「――いいや。お陰で充分に、神気を練れた」


 嗤う能面を遮り、晶と嗣穂(つぐほ)の体勢が入れ替わった。

 その掌中に猛るは、朱金(あけこがね)の神気を臨界まで込めた神器の一撃。


 ――威力を持て余すならば、それ以上の火力を以て一帯ごとを圧し潰せばいい。

 奇鳳院流(くほういんりゅう)精霊技(せいれいぎ)、止め技、――焙烙鶫(ほうろくつぐみ)


 幾重にも爆ぜる神気の衝撃が、空間を飽和して能面の身体を呑み込んだ。


 如何に強靭な(ケガ)レであっても、真面(まとも)に受ければ無傷で済まない一撃。

 周囲から圧壊する爆炎はしかし、滄溟に揺れる輝きによって奥から塗り潰された。


「これを防ぐかよ。厄介だよな、神気ってのは!」


「残念ながら身共に神気が赦されている限り、御坐(みくら)どのの炎と云えど、及ぶ熱量ではありませんぞ」


 青白く燃え散る呪符を指から弾き飛ばし、嗤う能面が渦巻く炎から抜け出る。

 大抵の化生を消し飛ばす一撃はしかし、無傷の相手に晶がぼやいた。


 神柱そのものでもある神気は、そのものから象を宿す。


 神気はそこに在るだけで、神柱にも侵しがたい堅牢な領域となる。

 攻めあぐねて後退しそうになる晶の足を、嗣穂(つぐほ)の叱咤が喰い止めた。


「戯れはそこまで」

 嗣穂(つぐほ)の放つ斬閃が踊り、迎え撃つ能面に一方的な防戦を選ばせる。

 神柱が神気に護られていたとしても、晶や嗣穂(つぐほ)も同じ土俵に立っているのだ。

 玖珂太刀山(ここ)朱華(はねず)の神域。敵が見せる海底の輝きよりも強く、朱華(神柱)の加護が晶たちを護っているのだから。

「ここはあか(・・)さまの神域、私たちの方が有利です。焦らず、確実に防御の上から圧倒すれば、私たちに敗北の理由はありません」


「応!!」


 冷静に追い詰める嗣穂(つぐほ)の後背を、晶も負けじと追いかけた。

 少女と肩を並べ、自然と呼吸(いき)を合わせる。


 匕首と落陽(らくよう)柘榴(ざくろ)。刃金と臙脂(えんじ)の刀身が、同じ朱金(あけこがね)の輝きに彩られて牙を剥いた。


 人数の差は、そのまま手数の差である。

 朱金(あけこがね)の斬撃が花と咲き、次第に能面の対応が遅れ始めた。


 交互から繰り出される斬撃に、次第に足から後退の気配が覗き始める。

 形勢が完全に傾いたその瞬間、繰り出す鉈の勢いが衰えを見せた。


 決壊は刹那の内に。

 刃渡りが半分から無い鉈が嗣穂(つぐほ)の匕首に弾かれ、がら空きとなった能面の咽喉(のど)奥へと落陽(らくよう)柘榴(ざくろ)の切っ先が吸い込まれた。


 ――山ン本殿の加勢で凌ぐ予定であったが、どうにも遅れている様子。

「……仕方あるまい」


 九法宝典を正式に破壊するためには、神柱と強く縁を結んだ火気を以て正面から相対する必要がある。

 嘗て己が成し得た偉業の、忠実な再現。


 だが、この時点で敗北する予定は、山ン本五郎左エ門であったはずなのだ。

 その到着が遅れている今、ここで能面が敗北する訳にはいかなくなってしまった。


 策の進行が速すぎるためか、別の要因があるのか。

 迫る致死の斬撃に、能面の奥で歯噛みを一つ。それ(・・)は、用意されていた切り札を懐から引き抜いた。


 能面の掲げた剣指に挟まれ、数枚の界符が海色の神気を放つ。

 真言を瞬時に組み上げ、能面は強固な結界の檻を編み上げた。


「「!」」


 完全に止めと確信していた二人は、爆ぜる神気に対応が遅れる。

 水克火。火気に対して優位にある水行の神気が、落陽(らくよう)柘榴(ざくろ)を結界へと封じた。


 掌中から柄の手応えが消え、落陽(らくよう)柘榴(ざくろ)ごと斬閃が消え去る。

 その感触は、晶の記憶にも新しい。


「神器の封印!?」


「然様。波国(ヴァンスイール)への策動を謀った折り、神器の神域特性を模倣いたしました」


 瞬転。手数が無為と散った晶の眼前に、嘲弄する能面が迫った。


 退き足で後退しようにも、攻め足を踏み込んだ晶の初動は致命的に遅れる。

 胸ぐらを掴まれ、晶の身体は霊道の入り口へと押し込まれた。


「――火行に属するものを対象に数秒が限界ですが、それで充分」

 爆ぜる音と共に結界が消え去り、――掌中に返る落陽(らくよう)柘榴(ざくろ)の手応え。

 考えるよりも早く切っ先を突き立てようと、


「晶!」「晶さん!!」

 朱華(はねず)嗣穂(つぐほ)の指先が向かう先を重ね、神域に縛られた朱華(はねず)ごと嗣穂(つぐほ)の身体が霊道の境界から弾かれる。


 ――晶の抵抗も遅く、その身体は能面と共に霊道の奥へと落ちた。


 ♢


 神籬山の麓では、戦況が混乱の一途を極めていた。

 戦場となった平地の其処彼処から精霊力が弾け、その度に鈍く土煙が立ち昇る。


 土煙の狭間から垣間見える赤銅の肌。


 大抵の精霊技(せいれいぎ)を無為とし、類稀な暴力を以て戦場を蹂躙する存在。

 化生(中位の穢レ)でも脅威と知られる大鬼(オニ)の群れが、今まさに平地を蹂躙しようとしていた。


「防衛線、突破されました!」


「何としてでも持たせろ。前線は深く切り込むな、後退させて防衛に固めろと通達――」


 飛び交う指示も焦りが先立ち、若いそれが目立つ。

 近衛の衛士も軒並みが大鬼(オニ)の暴力に蹂躙され、残っているのは学院の衛士見習いだけであった。


 守勢の足並みすら乱れる中、指揮に用意された拠点へと影が落ちる。


「!? 退ひ――」


 暫定で指揮権を持つ衛士の一人が頭上を見上げた。

 影の正体に愕然と警告を叫び、地響きを立てて落ちる大鬼(オニ)の巨躯に踏み潰される。


 ―――()()ァッ、()ァッアアァァァッ!!


 壁樹洲(へきじゅしゅう)の隊列が半壊したと理解したのか、乱杭歯を剥き出した大鬼(オニ)が喜悦に染まった。


 逃げ惑う衛士たち(エサども)を睥睨し、その巨腕を振り上げる。

 周辺を薙ぎ払うべく、振り下ろし――。


「お通りよ、」

 それよりも速く、大鬼(オニ)の正面へ女性の影が差し込んだ。

 虚空に差し伸べる掌が、心奧に納刀められたその一振りを抜き放つ。

「――非時之逆波(ときじくのさかなみ)


 その一撃は、初動からの一切を見透すことが叶わなかった。

 残心から漸く、刺突だと判る程度。


 しかしその威力は、絶後の一言に尽きた。


 遅れて轟く衝撃が地肌を捲り上げ、精霊技(せいれいぎ)すら跳ね返すはずの大鬼(オニ)の胴体へと大きく孔を穿つ。

 玻璃院流(はりいんりゅう)精霊技(せいれいぎ)、中伝、――雪割一華(ゆきわりいちげ)


 ――貫く衝撃は大鬼(オニ)を体内から圧し広げ、耐え切れず巨躯が粉微塵に弾け飛ぶ。


 巨大な化生から飛び散った臓腑が、地面を(まだら)に染めた。


「何だい、何だい。鉄火場と愉しみに来てみれば、大鬼(オニ)一つ(ひぃ)二つ(ふぅ)の……。と云うか、小粒(生成り)ばかりかい。

 ――数ばかり揃えてもねぇ、一寸(ちょい)とばかり喰いでが少ないよ」


 笑う女性の左眼を覆うのは、朱と青で鮮やかに染められた刀の鍔。

 ――八家第四位、方条(ほうじょう)家当主である方条(ほうじょう)誘である。


「ほ、方条(ほうじょう)御当主さま!! 到着早々に不躾ではありますが、前線の崩壊が著しく。ご助力を願いたくあります」


「ああ、判っているよ。総員即刻、退避。

 ――大鬼(オニ)はあたしが喰い尽くす。前線の撤退を急がせな、巻き込まれても知らないよ」


 軽く返るその口調に、衛士見習いの表情に気力が戻った。


 方条(ほうじょう)家当主の実力は、戦を好む性格と併せて夙に有名だ。

 ――前線に出張りたがる性格も、今は迷惑より有り難さの方が勝つ。


 短く謝辞を残して、衛士見習いは身体を(ひるがえ)した。

 安全な後方へと退避する意味もあるが、それよりもこの場に残る方が不味いからだ。


 巻き込まれても知らないは、嘘でも誇張でもない。

 内功に秀でる玻璃院流(はりいんりゅう)は、その反面に外功を苦手とするからだ。


 特に威力の調節が難しい。


「さぁて、――雨月の坊やが到着するまでは、保って四半刻(30分)が精々かね。

 一撃気張って、処理をするとしようか」


 襲い来る大鬼(オニ)の群れを睥睨して、誘は全力で精霊力を練り上げた。

 元より手加減する気など、――毛頭から無い。

 玻璃院流(はりいんりゅう)精霊技(せいれいぎ)、止め技――。


下野弾(しもつけはず)み」


 地面で炸裂する衝撃が、見える範囲の大鬼(オニ)を足元から浚った。


 威力ではなく、足止めを主目的とする珍しい止め技。

 ――当然、本命は次撃である。


 起き上がろうと藻掻く大鬼(オニ)の只中へと、誘は躊躇う事なく身体を躍らせた。

 玻璃院流(はりいんりゅう)精霊技(せいれいぎ)、中伝――。


残照楓(ざんしょうかえで)


 その手に掲げる直刃の太刀が大鬼(オニ)の胴体へと吸い込まれ、

 ――抵抗を見せないまま刀身が振り抜かれた。


 虫の羽音に似た騒めきを刃筋に纏い、まるで舞うかのように大鬼(オニ)の間を(なぞ)り抜けていく。

 (ろく)な抵抗も出来ないまま、そこに残されたのは大鬼(オニ)だった残骸が殆ど。


 残った一匹が漸く立ち上がり、理解できない惨状に逃げ腰を見せる。


「最後の一匹、逃がさないよ!」


 ―――()()ァッ!?


 大鬼(オニ)の巨腕へと刃が突き込まれ、初めて覚えた痛苦に悲鳴が上がった。


 しかしそこが限界であったか、精霊技(せいれいぎ)の勢いに衰えが生まれる。

 次第に消える、羽音と振動。


「おや?」


 ―――()()アアァァァッ!!


 そこに乾坤一擲の勝機を見出したか、大鬼(オニ)が反撃に吼え猛った。

 振り上げられる大鬼(オニ)の巨腕を見上げ、それでも誘は不敵に嗤う。


 ――衛士見習いならその膂力は猛威だろうが、本来の玻璃院流(はりいんりゅう)に回避など必要無い。

 玻璃院流(はりいんりゅう)精霊技(せいれいぎ)、中伝――。


 轟音と共に叩き落された拳を顔面から受け止め、無傷のままに女傑は告げた。

「五劫七竈」


 その精霊技(せいれいぎ)を行使すると、玻璃院流(はりいんりゅう)は人の(なり)をした塞と化す。

 近距離最硬を誇る防御の精霊技(せいれいぎ)で拳を圧し除け、誘は神器を振り翳した。

 残るのは、大鬼(オニ)を処理するだけの単調な作業だ。


 神器の権能は、敢えて行使を控えている。

 弓削(ゆげ)孤城の戦果へと迫るために、それは彼女が己に課した傲慢な覚悟の1つ。

 大鬼(オニ)の防御ごと、誘は次々とその巨躯を斬り伏せる。


 大鬼(オニ)頭数(かず)が元の3分の1まで減った頃、やがて大鬼(オニ)も相対するだけ無駄と理解したのだろう。

 頭数の差に任せて誘を足止めしつつ、数体が神籬山へと足を向けた。


 脅威となるのは精々が誘だけで、残りは(ろく)な抵抗もできない未熟者。

 ならば神籬山の結界だけでも破壊して、せめてもの意趣返しを目論む。


 大鬼(オニ)の拙い思考で立てた戦術は、誘の目から見ても明らかだ。

 死兵として押し寄せる大鬼(オニ)を捌きながら、ちらりと視線を神籬山へと向ける。


 ――だが、足を向けようと考えることもなく、軽く肩を竦めて迫る大群へと。

 相手に届いているだろうと確信した呟きだけが、女傑の口元を彩った。


「遅かったねぇ。ま、物足りないだろうけど、その残りで我慢しておくれ」




「――どうせ、そう言い訳する心算(つもり)だろうさ」


 山の結界を護るよりも、大鬼(オニ)の頭数を削る方が面白いから優先したんだろう。――そうに決まっていると確信して、参道から麓へと降りた玻璃院(はりいん)誉は誘を睨んだ。


 誉の後背で、壁樹洲(へきじゅしゅう)の大神柱である青蘭が拳を振り上げた。

 当たりもしないのに、意気軒昂と正拳突きを繰り返す。


「征くのじゃ、誉!!

 この切羽詰まった難事に面倒を起こしてくれよって、滑瓢(ぬらりひょん)とかいう戯けは速やかに磨り潰せぇっ!!」


「……あお(・・)さま、少しは落ち着いてください。

 神気が揺れて、うまく制御できません」


「莫迦もの、儂は充分に落ち着いておる。

 悠長に構えておらんで、さっさとあの程度、――うにょうっ!?」


 僅かに宙を泳ぐ青蘭の身体が正拳の勢いに負けたか、くるりとそこで1回転した。

 どういう理屈か、勢いのまま更に2回転。


 泳ぐ腕で誉へと抱きついて、漸く止まる。


「ふみぃぃぃい……」


「云わん事じゃない。

 ――結構、そのまま落ち着いていてください」


 後背の青蘭に言葉を残し、男装の佳人は虚空へと手を差し伸べた。

 自身の心奧に納められた、その一振りを掴む。


 ――それは生きとし生ける繁栄の証にして、民草の栄光を讃える燈火の(ほて)り。


 何処までも青く、蒼く、碧く。澄み(わた)るほどに深い紺碧の神気が、誉の掌中に凝った。

 銀の枝葉がその拳を覆い、更に長く伸びる。


「咲き誇れ、――華燭銀木(かしょくぎんぼく)


 刹那の後に顕れたそれは、銀色に輝く一振りの木刀であった。

 大鬼(オニ)を相手に斬るは疎か、殴るにも頼りないそれを、気負う事なく振り払う。


 誉の眼前で籠められた神気が波濤と化し、先頭の大鬼(オニ)へと向かった。

 頼りないだけの神器が生んだ一撃はしかし、方条(ほうじょう)誘にも匹敵する威力でその進行を足止めする。


「――うん。まぁまぁかな?」


 自身が最も好む神器を一瞥し、誉は薄く満足の呼吸(いき)を吐いた。


 日天が僅かに傾きをみせた頃。

 ――青く澄み(わた)る神気が猛りを上げ、神籬山の戦況は漸くその転換を迎えた。



今週、漫画の3話が更新されました。

咲の魅力が、躍動感たっぷりに描かれています。

楽しんでいただければ、嬉しく思います。


読んでいただきありがとうございます。

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[気になる点] > 大上段火行の構えから逆袈裟 大上段からなら逆ではなく袈裟斬り 何話か前にも天から地へ昇るような逆であろう表現ありましたね [一言] 華燭というと、結婚または灯火、木刀が木行表して…
[気になる点] 滑瓢が山ン本が負けた事を知らないこと。咲(偽)は気付いてたのに。実は本体ではない? 玖珂太刀山に来たのが晶くんだけな点。他は別の要山に送られてる? [一言] 息合ってて追い詰めてたの…
[良い点] うーん、これはまさに女傑ですね。男の衛士よりもよっぽど頼りになっているのが面白い。 晶君のお祖母様も、壁樹州出身ではないことが不思議なほどの女傑でした… [気になる点] 山ン本が滅びたこと…
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