13話 逆しま霊道、辿り目指すは神域行2
寂炎雅燿。それは、晶が意識して手にした、初めての神器の銘だ。
日輪を泳ぐ鳳の玉体を象に鍛えた、浄滅の象徴。
大陸の造形に由来を持つであろう柄と鍔。
――そして天空の如く透徹と澄み渡る、3尺6寸もの両刃造りの剣身。
歴史の表舞台に顕れる事の多い神器の1つで、神器と問われて誰しもが思い浮かべるほどに分かり易い権能を持っている。
其の真なる剣身。朱金に編まれた神意を解き放ち、視界に在るその総てを灼き祓う。
寂しくも絢爛なる。そう讃えられるほどに壮麗な焦熱の顕現は、数多の戦場を終結に導いた史実を誇っていた。
百鬼夜行のほぼ半分が炭と変わり、蠢く有象無象が混乱に陥る。
その無様を歯牙にもかけず、晶は寂炎雅燿を残心に移した。
莫大な神意を蕩尽し、朱金の色彩を失った切っ先を軽く払う。
ただそれだけ。地に渦巻いていた火気は、寂炎雅燿と共に朱金の瞬きと霧散した。
此処は金行の地。相克の関係にある火気が席捲するのは、致し方なくとも相手にとっては暴虐でしかない。
僅かに埋める炎の気配が燻るだけの中、晶は慎重に自身の身体に残る神気の残量を確かめた。
央都に到って初めての、本格的な権能の行使。
覚悟はしていた。しかし、自身の裡に宿る神気の軽さに驚きが隠せない。
権能の行使に要した精霊力は、体感で三割ほど。
使いどころを間違うと即座に底が尽きる危機感を、晶は背筋を舐める悪寒と共に実感した。
――考えなしに振るえない現実、玖珂太刀山へと赴く前に知れて良かった。
珠門洲の地に立っていない現在、玖珂太刀山以外で朱華の権能に頼ることが出来るのは、その他の戦闘も鑑みて残りの一度のみ。
回気符の青白い炎に慰撫されながら、これまで以上に制限のかかる戦闘を晶は覚悟した。
「後輩、あいつ……」
――あの莫迦が、誤魔化す方の身にもなれってんだ。
出番を奪われ呆然と呟く奈切迅の背中越しに、諒太は内心だけで愚痴を吐いた。
晶の意図は理解できる。
央都にいる現在、玖珂太刀山という例外を除けば晶に珠門洲の加護は望めない。
それは精霊を宿している常人以上に、晶の能力に制限が掛かっている事実を指し示していた。
玖珂太刀山を臨む直前。恐らくはこの瞬間が、権能を試行できる最後の機会なのだろう。
晶として見れば、今のうちならば目撃するものも少ないだろうと踏んだ末の決断。
だが、目撃してしまった相手をするのは、久我諒太の役目でもあるのだ。
どう誤魔化そうかと、内心でぼやきながら口を開く。その背後から灰青の精霊力を纏う火閃が鋭く徹った。
♢
奇鳳院流精霊技、中伝、――百舌貫き。
炎の螺旋が、焦熱に高鳴る突きと共に槍の如く数間を渡る。
爆散する炎が眼前の穢獣を雑多とばかりに吹き飛ばし、厳次は体勢を変えて斬り上げる二撃目に繋げた。
奇鳳院流精霊技、連技――。
「緋襲!!」
鋭く重い呼気が精霊力を交えて散り、鍛えた攻め足が大地を踏み抜く。
背中から支える強靭な筋肉が跳ね上がり、紅蓮の炎を纏った強大な刃が残る百鬼夜行を只中までへと切裂いた。
晶の威力を目にするのは、厳次もこれで2度目。
驚きは無かったが、改めて見るとその威力の異常性は群を抜いていた。
何しろ、百鬼夜行の半分を消滅させたのだ。
厳次が知る限りそこまでの真似は、これまでにただの一人しか成し得なかった偉業である。
しかし、言及は後だ。
今は未だ、鉄火場の熱が昂る混乱の最中。
「孤城どの、後は恃む」
「――ああ、頼まれよう」
投げた声が、背中から返る。
今まさに厳次を追い抜いた弓削孤城こそ、権能に迫る偉業を以て最強へと躍り出た武人であった。
――神器の権能、此処で抜刀くか。
朱金の炎。ちらりと垣間見えた剣の造形からして、珠門洲の大神柱より与ったのは寂炎雅燿か。
顕現した莫大な熱量に驚いていたのは、弓削孤城も同じである。
だがそれを加味しても、威力は充分に予想の範疇であった。
「……これは、負けていられないかな」
苦笑のうちに、独り呟く。
神無の御坐が最強足るのは必然だ。
己が奉じる神柱の領域であれば無尽蔵を約束された加護、龍脈に対する絶対的な親和性。
――そして、沈黙していても与えられる、精霊に依る無条件の合力。
ただ人を逸脱した絶対的な権力を前にして、その他の雑多は天を見上げるしか赦されはしない。
だが、その一端なりしも己の掌中で揮いたい。そう願うのもまた、人間の業と云うものだろう。
視界の向こうで、一際に大きく地面が隆起した。
土塊が噴き上がり、裂ける地面の奥から鈎爪が湧いて突き立つ。
支えるように爪が引き起こすのは、牛頭に蜘蛛の躯。
海淵に住まう、蝕毒の主。
「牛鬼? 此処は内陸だぞ、どこから流れてきた」
―――愚不、仇、孚腐ゥ!!
仲間の肉壁、加えて地面に潜ることで晶の権能を遣り過ごしたのか。然したる損傷も見受けられないまま、牛の頭が長い舌を見せつけて陰湿に嗤う。
仲間であった炭を蹴崩しながら、のそりと鈍重に藍黒の巨躯が孤城を向いた。
ちっぽけな。――だが、莫大な精霊力を宿した美味そうな肉が、怖れることなく強大な化生へと向かってくる。
滅多に見る事も無い馳走を目の当たりに、牛鬼は地も水も蝕む毒を吐いた。
ぐずりと音を立てて、液状に変わる岩と炭。この酸毒を前にしては、化生であれ人間であれ、変わりなく牛鬼の食餌となる。
涎混じりに腐蝕の毒を吐きながら、それまでの鈍間な所作と裏腹に鋭く迅い爪の一撃を振り下ろした。
剛ゥ。瘴気すら割いて、如何なるものも貫く強度を誇る爪が孤城を襲う。
狙いは過たず。胴体から上下を腑分けする直前、孤城の身体はするりと爪を掻い潜った。
―――愚!?
牛鬼の長い生に於いても初めて見る現象に、牙の隙間から驚愕が漏れる。
回避には届かない間合いでの、緩急すらも完璧な一撃だったはずだ。
鈍重な見た目で相手を釣り出し、牛鬼の間合いで漸く見せる最速。
この技術を拙い知性で理解したからこそ、この年降た化生はこれまでの討滅を免れてきたのだ。
――莫迦な。否、偶然だ。次は無い。
一撃が避けられたとしても、牛鬼には肢が8本ある。
躯を支える4本を除いても、攻めに続ける爪が3本は残っているのだ。
禍風を捲いて、残る3本が孤城へと牙を剥く。
懐に潜り込まれようが、可動域の広い蜘蛛の躯は隙が薄い。
眼前にまで潜り込んだ孤城に向けて、3本の爪がその顎を閉じた。
爪で構成された檻が閉じる、牛鬼が持つ必中の策。
後は腐蝕毒を注ぎ込んで、肉の汁へと調理すればいい。
勝利の確信に、空ろが残るだけの腕の内を牛鬼は覗き込んだ。
――その頭上。死角の更に外側で跳躍する弓削孤城もまた、牛鬼を見下ろして嗤う。
「賢いとはいえ、所詮は穢獣風情に毛が生えた程度か」
陣楼院流精霊技、――戦風。
それはただ、身体の周囲に風を纏うだけの精霊技だ。
攻防に僅かな勢いを加えるだけの、難易度とは裏腹に伝すら与らなかったくだらない精霊技。
だが孤城にしてみれば、この精霊技を極めてこそ金行の極みに至る過程が開く。
纏う風は戦ぐだけであっても、至る攻撃から行使者の身体を自在に回避へと導くのだ。
攻防に於いて金行の精霊遣いを支援する、盾と在れる精霊技。
虚空に高く一時の飛翔を得た孤城は、懐から火撃符を4枚引き抜いた。
四方へと、等間隔に投げる。
青白く励起の炎へと呪符が消え、首魁である牛鬼を中心とした百鬼夜行全域が熱波の只中へと包まれた。
次いで土界符が空間を分け断ち、
更に上空へと水撃符が青白く励起の炎を上げて消えていった。
孤城によって書き換えられた水撃符の術式は、天空に近い高高度を急激に冷やすだろう。
木撃符が術式の芯に徹り、春の雷渦が天と地を繋げる。
目に見える変化はない。
――だが大気は明確に、その重みを臨界まで増進させた。
総計16枚もの呪符総てを統御しながら、弓削孤城は伝すらない戦風を天から地へと叩き落す。
―――愚ッ、 、不。
孤城の切っ先は狙い違わず、物の序でに牛鬼の頸部を貫き捻じる。
苦悶が一つ。速やかに死ねた牛鬼は、もしかすると倖せなのかもしれない。
質量を増した大気が、戦風に釣れて熱波が生む戦場へと雪崩れ墜ちた。
高高度から急速に勢いを増した大気は、孤城の落とした切っ先を追って視界総てを渦と変える。
衛士であり、陰陽師。その両方に精通する孤城だけが為し得る、権能にも勝ると称された。
――それは高天原最強が誇る、天禍の一撃。
陣楼院流精霊技、異伝。
「――天籟」
地を這う穢レの抵抗を嘲笑う大気の渦動が、地に在る総てを薙ぎ浚う。
木撃符の雷渦を呼び水に、荒れ狂う衝撃波がその総てを粉微塵に砕き尽くした。
永遠とも思える刹那の後、やがて戦場に静寂が戻る頃、
――地に犇いていた穢れの悉くは、その大半が原形を留めることなく地に撒き散らされていた。
「――ふむ。
まあまあかな?」
穏やかな声がその中央に降りる。
暴虐の限りも想像に就かない静かな微風が渡る中、孤城は残心から納刀へと移った。
――その総てを、晶は目の当たりにしていた。
事前に説明を聞いていても、まだ理解が難しい。
間違いなく断言できるのは、神器の権能であっても天籟の再現は不可能であるという事実のみ。
個々の術式はそれほど難解でも無い。
晶の技術をしても、火撃符の術式だけなら再現は可能だ。
木、土、水行も又、誰かに問うても同じ答えが返るだろう。
だが、総ての術式を連結し統御する技量が、その精緻を極めていた。
練達した陰陽師であっても、同時制御できる術式は3つが精々。
精霊技を含めて、系統を異にする5つの術式を同時に統御するなど、軽く見積もっても異能の域に達している。
精霊の位階に依らない、――制御された術式の暴力。
「晶くんも無事かな?
――と訊くのは野暮か。神無の御坐には、過ぎた心配だろうしね」
「いいえ。自分は未だ至らぬ身です。
弓削さまの一撃には感服しかありません」
これまで、勘づかれている可能性は晶も察していた。
だが寂炎雅燿の抜刀に気付かれた以上、確信を持たれたのは間違いない。
明け透けに告げられたその単語を、晶は努めて反応しないように応じた。
「神器の権能がどれだけの神気を蕩尽するのか確かめる。
――先刻の百鬼夜行が、その最後の機会である事は理解しているよ。
……厳次には誤魔化しを入れておく、後背は心配せずともいい」
「感謝します。弓削さまは?」
「神楽の周衛を固めないといけないしね。
金行は攻めに強いが、護りに拙い。動員した学生だけでは、残党でも心許ないだろうしね」
「近衛も動員されていたはずですが」
「結界に護られ呆けたあれへと期待を向けるほど、私も腑抜けてはいないさ。
それに娘の安堵を護ってやらないと、男親の立つ瀬も無い」
「親、ですか」
晶にしてみれば遠いだけの将来。微笑んで語る孤城を、同意も出来ないまま形だけの肯いを返す。
その気持ちは孤城も覚えた幼い頃の感情。心構えの芽すらない少年の表情をからりと笑い、孤城は眼前の三津鳥居山を見上げた。
「玖珂太刀山へと向かう前に、神楽と少し会話をしてやってくれないか。
精進潔斎で接触を極力に断っている最中だ、娘も少しは退屈紛れをしたいだろうしね」
「応諾したいですが、現状は難しいかと。
特に先刻の一撃。百鬼夜行を潰せても、滑瓢に届いた感触もありません」
「まあ、一帯を更地にしたからね。
お互いに、手応えもあったものじゃないな」
晶の権能と孤城の精霊技。周囲を無慈悲に殲滅する威力を誇るが、それだけに敵の一切を区別するなど考慮すらしていない。
晶と孤城の一撃は、確かに一帯の殲滅に届いただろう。
――だが、ここまで周到に用意を重ねてきた滑瓢の策動が、この程度で掣肘できたと晶も確信には至れなかった。
「特に滑瓢の神器は他者を演じる権能です。
どんな姿恰好をしているのか、それが判らないと――」
「既に守備隊の中へと紛れ込まれた可能性があるか。
三津鳥居山の結界は健在だが、相手の思惑が見えない以上、可惜、近づけるのも愚策だな」
苦く衛士見習いたちを一瞥する。
生き残った穢獣へと止めを刺して回る衛士見習いたちの騒めきは、その最中へ滑瓢が紛れ込まれても孤城に判別の術はない。
たったの一柱と云えど、堕ちた神柱だ。三津鳥居山の結界を突破できるとは思えないが、結界への接近を赦せるほどに楽観視できる相手では無い。
孤城の心配に同意はできるが、それよりも晶には根強く疑問が残っていた。
「あかさまの御言葉では、滑瓢の目的が央都の神域を奪う事だと。
……それでしたら要山を陥落させることは意味が無いと思いますが」
要山を除いた五行結界の守護は、ほぼ失われている。
この時点で、滑瓢が謀った策動の前提条件は達成している。
要山が龍穴の最本地でない以上、滑瓢に固執する意味は無くなったのだ。
――極言、百鬼夜行は要山を無視して、央都への侵攻を優先した方が効率も良いはずである。
弓削孤城は軽く微笑んで、三津鳥居山へと向かう足を少し早めた。
晶が追従する気配に、言葉を続ける。
「そうでもないよ。高天原の要である央都の神域へと至るためには、決められた道程を経るしか方法は無い」
重要なのは、要山が何のために聳えているのかと云う認識だ。
「決められた霊地を経る巡礼行は、単純だが強固な祭祀だ。
五行運行を基礎に据えた要山巡りを経る事で、龍穴の主である高御座へ至ることを可能とする」
央都は世界でも有数の規模を誇る神域だが、人が住んでいる部分は神域の最表層を覆っているだけに過ぎない。
龍穴を基点にして存在する本当の神域へは、要山を結ぶ霊道を巡るしか方法は無いのだ。
「滑瓢が龍穴を目指すなら、要山の霊道から潜り込むはず。
結界の内部に侵入する方法が不明だが……」
「俺なら、滑瓢の偽装を看破できます。面通しをしますか?」
衛士見習いが刀を振るう喧騒の狭間を摺り抜け、結界の外縁へと二人の脚は辿り着いた。
高く山道が続く入り口で、衛士の喧騒を睨む。
――見える範囲に、滑瓢の影はない。
「魅力的な提案だが、奇鳳院家に恨まれたくもない。
晶くんは玖珂太刀山へ向かう事を優先し給え」
「――其方ならその判断を下すと、期待はしていたぞ、孤城。
神無の御坐と神楽を逢わせてくれたことも、重ねて礼を云おう」
期待が外れた事に僅かな落胆を覚えた晶の背中に、玲瓏な艶を含んだ女性の声が響いた。
驚きに振り返る晶の視界で、純白が山道に振り落ちた。
先日に遇った陣楼院神楽。その総てが、純白く輝きに包まれている。
純白を写す幼い肢体を包むのは、巫女衣装によく似た白衣。
肩口で切りそろえられた白銀の髪が、清かなる耳元でさらりと踊る。
その前髪から垣間に覗く金睛が、幼い見た目に反する悪戯な輝きを宿して晶を睥睨した。
「しろさま、本殿を出ても宜しいのですか?」
「我の本体が詰めておる。神楽の肢体を借りるだけには問題もない。
――それに其方の背にある、霊道の入り口。此処を護らずして何処を護る?」
「ご賢察、感服いたします」
「ここまで初手に色気を出されたら、我でなくても敵方の策に想像はつく。
神域への入り口代わりにされるのは業腹だが、護りに拙い金行の弱みを突くのは道理でもあるか」
顕神降ろし。受けて返る少女の応えに、その正体が見知った相手では無い事を晶は理解した。
先日の嗣穂と違い、より深く神柱にその肢体を委ねているのだろう。
金色の輝きが、さらりと晶の向こうへと視線を向けた。
「逆に言及すると、残りの要山に向けているのは囮であろう。
百鬼夜行に到るほどの規模を5つ、囮と盛大に使い捨て。仕込みの手間は数百年で効かんだろうが、
――のう?」
「全く、苦労いたしましたなぁ。
ここで看破されるとは、口惜しいばかりに御座いますが」
晶たちの会話に、第三者の声がぬるりと割り込む。
背筋を逆撫でる自然な返答に、晶と孤城は柄へと手を掛け振り向いた。
気配もなく。何時の間にか其処に佇む、小兵が一人。
口元へ蓄えたちょび髭が小者然とした印象に残るだけの、冴えない中年の風貌。
――その特徴を精巧に写す木彫りの面で、相貌を覆い隠した男性の姿。
見覚えもない面だが、その自然なほどに思考を侵す囁きは晶の記憶に新しい。
「滑瓢。どんな小細工を弄してここに接近するかと思っていたが、結局は此処で策も打ち止めか?」
「―――卑、非、然り然り。如何に身共と云えど、瘴気を纏ったまま要山の結界を越える事は叶わぬものでしてな。……しかし後は、霊道に侵入して神域までを巡るだけ」
肩を揺らして、特徴の窺えない面が笑いに揺れた。
その手に握られた、太刀とも見えない幅広の鉈に似た刀がゆらりとその切っ先を泳がせる。
――一見するだけには、遊びの多い構え。
だが眼前の相手は、守勢を侵すようなその剣技を遣う。それを知る晶は、油断する事無く相手の隙を探り続けた。
「神柱の護りが揃っている今、貴様に結界を越える事が可能だとでも思っているのか?」
「だからこそ今が好機なのですよ、神無の御坐どの。
五行結界が大きく揺らいだ今、要山への一撃を阻むものは存在しない。
――身共の瘴気を以てすれば、結界を破ることも叶うと見立てていますが如何?」
嘲る問い掛けに、応える口を持つ者はいない。
沈黙が何よりも真実を雄弁に証言していると、木彫りの能面が嗤いに陰影を深める。
嗤う能面が指摘するように、晶たちが護りを固める足は僅かに遅かった。
三津鳥居山に於ける最後の結界を崩す訳に行かない以上、晶たちは精霊技の行使に制限が掛かるからだ。
――転じて、滑瓢は瘴気の汚染を気にせずに行使できる。
圧倒的な不利を打破すべく、晶は大きく一足を踏み込んだ。
慣れた攻め足。晶が最も錬磨した、大上段からの気迫を籠めた一撃。
唸る刃金が大気を断ち割り、能面の翳した刀と噛み合った。
「ここで決着だ、滑瓢。
霊道を臨む前にここで死ね」
「無駄ですよ、神無の御坐どの。精霊力が行使に難しい今、貴殿はただの及ばない小僧でしかない」
決意と嘲笑が交差し、舞い散る精霊力が炎と変わる。
剣閃が幾重と飛び交う中、三津鳥居山に於ける決戦が此処に始まった。
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