10話 日々の終わりは突然に、微笑みが告げる1
黄金に色付いた刈り入れ時の田圃を脇に、晶たちは急ぐでもなく歩を進めていた。
足の向かう側道の先で、落穂狙いの雀たちが戯れに地面を突いている。
捕まえられない絶妙の距離。なんだか馬鹿にされている気分に、晶は態と地面を踏み鳴らした。
――じゃり。砂と小石が鳴りあい、田圃棲みの太った小鳥どもが一目散に散って去る。
無論、それで空くような胸でもなく、こびりついた不満を自覚するだけに終わったが。
「雀を虐めてやるなよ、後輩。
田圃を護る為にこんな処まで足を運んだ訳じゃないだろ」
「それはそうだけど。
――今頃、長屋の前ではお祭りの真っ最中だろうと思えばね」
肩を並べる奈切迅が、晶の所業を苦笑いで諫めてくる。
それでも燻る不満に唇を歪めて、晶は年に一度のお祭りを逃した後悔を口にした。
晶の呟きが風に乗ったのか、やや後方を歩く久我諒太がつまらなそうに会話へと混じる。
「祭り? 田圃は刈り入れの最中だぞ、秋祭りにはまだ早いだろうが」
「残念ながら、都会育ちの御曹司には縁のない祭りだよ。
――確かにな。今年は雀も多いと聞くし、雀追いも盛り上がるだろうな」
諒太の疑問を、迅は肩越しに応えた。
小魚であろうと田圃回りは自分の資産。そう云い切る農民も、米粒を狙う雀相手に容赦することは無い。
周辺から参加を募って雀を網で追い立てる雀追いは、高天原の田舎なら何処でも見られる秋の風物詩だ。
参加自体は自由の無報酬。しかし捕まえた雀が晶たちにも分けられるため、非常に魅力的な催し物である。
年間を通しても、存分に鳥肉を食べられる機会など此処にしかない。
長屋連中もこの日ばかりは仕事の手を止めて、雀を追い立てるのに夢中となる。
夜には分けられた雀を焼いて、長屋で宴会が行われるのが常であった。
持ち寄った味噌や塩で食うそれは、晶たち長屋暮らしにとって祭りの一つ。
今年の参加を見送らねばならない事実に口惜しさを覚えつつ、晶は迅に視線を遣った。
「先輩は雀追いを知っているんですか。
華族の方には縁がない気もしますが」
「華族って云うか、田舎か都会かの違いだろうさ。
奈切領は山に囲まれているからな、雀追いは華族も総出が基本だ。
因みに、一番の旗頭が師匠でな。こっそり精霊技まで使って、大量に集めてくれる」
「迅。毎年増えてくれる雀に遠慮や慈悲が必要だとでも?
――確かに残念だが、今年は領に帰れそうもないね」
晶たちの半ばを歩く弓削孤城が、笑いながら晶たちの会話に混ざる。
嘘ではない。だが、弓削孤城の好物が焼いた雀だと聴けば、本音は推して知るべしか。分かり易い建前に、晶たちからも押し殺した笑いが漏れる。
田圃の畦道を行く足取りも和やかなもの。輪堂咲の代わりに諒太を交えた晶たちの一団は、央都南西にある鐘楼山へと足を運んでいた。
「今更だがよ。俺が参加する必要があるのか?」
「南西の奥にある瘴気溜まりに浸透するんだ、距離からしても二日は掛かる。
不寝番なら未だしも、咲お嬢一人を日越の男所帯と一緒に連れて回る訳にはいかん。
――不満か?」
「……現状、数合わせが必要なのは理解しています」
最後尾につく阿僧祇厳次は、瘴気の気配を感じない長閑さに目を細めながら諒太の疑問にそう応える。
少なくとも、諒太から返る声音に不満は見えない。厳次はそれ以上の追及をすることなく、沈黙で話題を終わらせた。
近年の瘴気溜まりに探りを入れていた阿僧祇たちの元へ、その一報が届いたのは数日前の事。
――曰く。裏鬼門の塞道である鐘楼山の向こうで、瘴気溜まりの一つが緩やかな移動を見せている。
この一報自体は、奇妙に思うものの前例がない訳では無い。
小規模の瘴気溜まりは、様々な理由で生まれて消えるを繰り返すものだからだ。
だがその一報は、数多くの瘴気溜まりの報告から一際の異彩を以て厳次の注意を惹いた。
五行結界に於ける侵入経路は、北北東の鬼門か南南西の裏鬼門に限定されるよう設計されている。
世界でも有数の神域である央都へ本当の意味で侵入するためには、正規の手順を踏むしか方法は無いからだ。
これは百鬼夜行であっても変わりはない。
加えて、土行の霊地となる鐘楼山は三宮の直轄。
裏鬼門を襲うのは、2重の意味で理に適っている。
「央都守護方。……近衛や央都守備隊の指揮系統を越えて、臨時の俺たちが哨戒に入って問題無いんですかね?」
「先行して百鬼夜行の警戒を促した実績は、奇鳳院家の口添えもあってか三宮で周知されているようだね。
……鐘楼山鎮護に立たれている雅樂宮からの直々、断ることは難しいさ」
「おかげで出立に時間が掛かりましたけどね」
幾ら正規の依頼であると云え、央都守備隊からすれば主家から信用されていないと公言されたも同然の流れである。
依頼を受け取る際に央都守備隊総隊長が口にした嫌味を思い出し、孤城は苦く首肯だけを返した。
守備隊経由で三宮からの依頼が下ったのは、数日前の事である。
当初、総隊長である二曲輪は見ぬふりを決め込もうとしていたのか、主家からの依頼であっても難癖をつけて時間稼ぎに走り回っていた。
無論、だからと云って現実が変えられることは無い。
数日と引き換えにして、晶たちは鐘楼山を経由した少数での哨戒任務へと出立していた。
「守備隊からの圧力に関しては、今更だと諦めるしか無いな。
――見えたぞ。鐘楼山だ」
厳次の声に、晶たちの視線が漸く前を向く。
その先には鳥居が一つ。その向こうには、登頂までに一時間も要しないような小山が聳えていた。
「見えていたから想像はしていたけれどさ、こう、何て云うか。
……五行結界の要って云う割には」
「まぁ、確かに。御世辞にも霊峰とは云えないよな」
肩透かしの見た目に、諒太と迅から本音が転び出る。
二人の意見に同意するかの如く、鳶の啼き声が頭上を過ぎて行った。
長閑な光景。しかし肩を並べる晶は、緊張が崩れないままに言葉を捻りだす
「……確かに見た目だけはそうだけど、山としての霊格は出鱈目だ。
この一帯、既に神域に近い」
違う。言葉にしながら、晶は内心で否定の声も上げた。
ともすれば、央都よりも神域としての格が高い。周辺の地形には手が入っていないようなのに、晶たちを取り巻く清浄な空気は一段と澄み渡って感じられた。
「晶くんの云う通り、五行結界の要山は龍穴に斉しい規模の風穴だ。
見えただけの光景に囚われていたらいけないよ」
「……序でに云うと、警備も相応だ。
物理的にも霊的にも、これを突破するのは至難の業だろうな」
孤城の注意に、厳次の同意が飛ぶ。
見える範囲の田畑に、農民の姿が2、3人。それが、この側道に入ってからは、常に視線が追っている事に厳次は気付いていた。
晶たちの到着も把握されていたのだろう。
歩む足の向こうで、既に出迎えの女性が頭を下げている姿が目に飛び込んだ。
「――早の御到着。感謝申し上げます。
雅樂宮さまより、面会の許可は既に下りております」
「陣楼院、奇鳳院両家許可の元、主家三宮の下知を享けて御地へと罷り越しました」
晶たちの一団で最も位の高い弓削孤城が、代表として前に進み出る。
「弓削孤城と阿僧祇厳次を代表として、雅樂宮へ伺いますが宜しいか?」
言葉を続けながら、孤城は晶へと視線を巡らせた。
晶が神無の御坐である事実は、奇鳳院にとって寸前まで隠しておきたい手札のはずだ。
神無の御坐と看破可能であるのは神柱だけとはいえ、雅樂宮と直に顔を会わせるのは下策。
――ここは、少しでも恩を売っておくか。
素早く方針を決めて、孤城は如才なく微笑みを浮かべた。
孤城の言葉に疑いを持っていないのか、女性の返事にも淀みは見えない。
「はい。お連れの方々に於かれましては、麓に軒を用意しております。
――後に案内が参りますので、ここでお待ちください」
♢
央洲北部と央都の呪符組合に電話線が引いてあったのは、玻璃院誉にとっても幸運な事であった。
――……いや。玻璃院翠に顎で扱き使われている事実を見れば、幸運とは云い難いか?
央都経由で玻璃院に電話を繋ぐ。交換手が当主を呼び出す待ちの間、無駄でしかない思考に耽る。
実際の時間は数分も無かったであろう。暫くの後に、受話器を取る気配が誉の耳に届いた。
『――組合の調査は終わった?』
「山の八合目ってところ。北部の支部と云っても結構な数に及んでいるんだ、一朝一夕には終わらないさ。
央都からの招集は聴いているよ。――その件だよね?」
詳しく云えるほど情報を持っていなかったとはいえ、中途半端な行き先だけ残して出向したのが災いした。
電報と電話線が飽和するほどに誉の行き先を探られた挙句、同じ用件で彼方へ此方へと引っ張られたのだ。
最後に届いた呼び出しが、行き先の詳細を把握している筈の玻璃院翠であるのが皮肉な程である。
『仕方ないじゃない。貴女を呼び出そうとしても、既に出たか、未だ到着していないの、二つしか聴いていないのだもの。
所在を追いかけるのにも苦労したわ』
「まぁ、電話と云っても、移動する相手に掛けるなんて想定していないか。その辺りは技術革新に期待だね。
用件がそれだけなら、夕刻の汽車で向かう予定。夜行の汽車だから、明日の昼には央都に着くよ」
『お願い。百鬼夜行が央都を襲うなんて、初めて聞いたわ。
冥府に堕ちた悪神が画策しているって聞いているけど、五行結界を越えるなんて可能なのかしら?』
疑問に満ちた翠の呟きは、誉をして至極納得のいくものである。
成立から4千年。五行結界は高天原の龍穴を護る象徴として君臨してきた。
穢レがおいそれと近づくも不可能な存在のはずであるが、情報を寄せてきた奇鳳院を軽く扱う訳にもいかない。
「まぁ、考えても仕方は無いね。主家から回ってきた正式な勅旨、僕らに従う以外の方針はない。
話題がそれだけなら、こっちの途中報告だけ上げて帰還の準備に入るけど」
『……聞くわ』
誉の口調から望みは薄と察したか、呼吸を半拍遅らせて翠が誉を促した。
確かに碌な情報は持っていない、……だが、無収穫と云う訳でもない。内緒話をするように、本機に直接接続されている送話器へと誉は口元を近づけた。
「結論からだけど、玄生という雅号の少年は存在しなかった」
『そう』「だけど、玄生という老人なら見つけたよ」
『――はい?』
「正確にはその噂、だけど。
珠門洲で汚職が露見して、央洲の北部まで逃げてきた小役人と知り合いになったんだ」
『……何時も思うのだけれど、貴女のその理解できない人脈、何!? どういう流れかも、想像がつかないのだけれども』
受話器の向こうで姉が頭を抱える。容易く想像できるその光景に、誉は笑い声を堪えた。
優秀なことは間違いない。
だが、成績よりも何よりも、その四院らしからぬ俗世じみた性格こそ、翠をして理解できないと云わしめる要因であろう。
「大したことは無いよ。溜め込んでいた呪符を売って自棄になったか気が大きくなったか、僕の泊まっていた高宿に足を向けてね。
一見さんお断りってされそうになった処を、僕が口添えしたんだ」
『口上詐欺も寸前じゃない。お止めなさい、宿にも当人にも迷惑でしょうが』
「泊めたのは宿の決定、泊まると決めたのは本人。僕の責任じゃないからね。
それに、感謝していたよ。宿も相手も」
『有難迷惑って知っている? 貴女は先ず、その意味を学ぶべきよ』
誉が宿泊するほどの高宿だ。
間違いなく円札が束で飛んでいくし、小悪党と云えど、一時の夢で破産するなど悪夢でしかない。
「何。食事の代金だけは僕が支払ったさ。
しこたま酒も振舞った。上質の酒精を選んだから、嘘を吐けるほどの余裕も無かった筈だよ」
破産するまでは絞り尽くしていない。その台詞だけを免罪符に、誉はちょび髭だけが記憶に残る小悪党の末路を嗤う。
隷属の言霊は行使しなかった。最低限の礼儀というよりも、使う価値を見出せるほどの存在ではなかったからだ。
「玄生はそこで聞いた名前さ。珠門洲で、玄生を名乗る逸れの符術師が回生符を売りに来たと。
――聞いている分には老人だし、時期も場所も違うから人違いじゃないかな」
『老人程度、子供なら変装できるんじゃない?』
「それだけなら、ね。だけど、雅号の法則で気になることが一つある」
『……嵩が雅号でしょう?』
「陰陽省に届け出された正式なものに限るけど、同じ雅号は同一時期に正式登録は出来ないんだ。
主に銘押しなんかの関係で、偽造品を防ぐための処置らしいけれど」
『時期が違うというのは?』
「小役人殿の云い分が確かなら、華蓮の支部に長月の上旬まで姿を見せていたそうだよ。子供が文月に没したのが確実なら、偽名が華蓮で活動するのは無理がある」
翠の指摘通り、雅号は字に過ぎない。
名乗ろうと思えば偽造は可能だし、逸れの符術師なら幾らでも動機に説明がつく。だが場所まで同じだと、活動に制限が付くため避けるだろう。
「まあ、小切手で酒代を支払うくらいには良い情報が貰えたと思うよ。
――彼の末路までは知ったことでは無いけれど、幸多からんと願っておくとしようさ」
請求された高宿の値段に真っ青となっていたから、寿命自体が明日も知れないものとなるだろうが。
そこまで責任を負う心算も無い誉には、意外な情報の収集源という印象しか残っていなかった。
『そうね、珠門洲が違うと知れただけ、一歩だけ前進と思いましょう。
貴女は、央都に急ぎ戻ってちょうだい。
――玻璃院としても、応援に八家を出向する事を決めました』
その言葉に、ざっと地理を思い浮かべる。
――央都に近い領地と云えば、
「出不精の不破家が重い腰を上げたの? 姉さん、随分と強く突いたね」
400年前に神無の御坐を発端とした内乱騒ぎを引き起こして以来、不破家は立場の弱さから高邑領を出ようとしない事で有名だ。
一族の結束は堅く、内実が表に見える事は殆ど無い。
『現在、不破家は動かせないの。
――代わりと云っては何だけど、洲都に滞在していた方条の当主を送ったわ』
「あの、オバ……。方条の当主!?
寄りにも依って、面倒な相手を。次期当主とか、指名できる相手は幾らでもいるでしょ」
方条の当主は、誉をして苦手と云わしめる一人だ。
性格的に合わず、夙に避けてきた過去がある。
勅旨に応じたものの、決定を下した玻璃院当主には苦言の一つも入れねば、誉としては気が済まないのも本音であった。
『仕方ないじゃない、本人が乗り気になったもの。
――現在、央都に弓削の当主が滞在しているって聞いたから、貴女は本音の二の次でしょうね』
「だから嫌なんだよね。
――別に敬意を払えとかは思わないけれど、制御の効かない単細胞なんか相手にしたくないよ」
『そこは何とかしてちょうだい。
弓削孤城に擦り付けるとか、貴女なら遣りようは幾らでもあるでしょ。
……殊、戦闘に関しては、全幅の信頼を置いて良いのだし』
誉の不満を理解しても尚、翠の決定が崩れることは無い。
意見をぶつけるだけ無駄と理解して、誉も言葉を引っ込めた。
「まぁ、何とかするさ。
だけど、そうなったらあれ、貸してくれるでしょ?」
『云うと思ったわ。あれは現在、方条の当主に預けています。
加えて央都に於ける玻璃院の全権も、一時的に貴女へと移譲しています。
――上手く活用してちょうだい』
「流石、姉さん。話が分かる。じゃあ、僕も行動に移るとするよ」
この辺りは、勝手知ったる姉妹の遣り取りか。阿吽の呼吸で会話を締めて、電話は切れた。
はあ。吐く息に僅かな慨嘆が混じり、それでも表情に浮かべることは無い。
誉はただ準備を進めるべく、会話の切れた受話器を本機へと戻した。
♢
先導に立つ女性を追う。
長く延びる通廊は、薄く差し込む外の明かりを受けて柔らかく浮かび上がっていた。
ぎしりと啼く床の軋みに、何時の間にか晶は独りになっている事に気が付いた。
――我に返る。
「何が」
「あら、気付かれました?
陰陽術に高い耐性を持っているとは聴いていましたが、此処までとは思いませんでした」
くすくす。微笑む少女が肩越しに振り返る。
その面立ちは、先刻まで記憶にある女性とは別人のものであった。
背格好は似ているが、晶と同じ年齢程度の少女。肩で切りそろえた黒髪に、目元を覆う白い眼帯の偉容が大きな違和感を誘う。
眼帯の中央に染め抜かれている模様が、一際に目立って視線を惹いた。
――陰陽に鈴。
家紋だろうか。見覚えのないそれに、否応なく警戒が呼び起こされる。
「貴女は」
「雅樂宮亜矢と申します。年齢回りが近いので、貴方の相手を仰せつかりました。
――ああ、ご安心を。彼らと別れてはいません。
夢渡り法の応用で、貴方の意識を幽玄の狭間に遷しているだけです。
彼らからすれば、貴方は普通に廊下を歩いていると見えるでしょう」
目に映る容姿とは裏腹の明るい口調に僅かだけ救われて、晶はその背中を追う歩みを再開させた。
ぎしり、ぎし。床板が啼く度に、通廊の果てが遠ざかる感覚に襲われる。
うつら。歩む度に、晶の意識が揺れた。
「――その眼、視えないのですか?」
「初めて訊かれました。
大抵の方は私の肩書に気後れするようで、この目に関しては腫物扱いなのです」
「済みません、不躾とは思いました。
何しろ、貴女が誰かも知らないので」
気にはしていません。頭を振ってそう呟き、少女は艶めくように微笑んだ。
「生まれつきこうなので、違和感は無いのです。
――視え過ぎるが故の処置なので、日常も不便はありませんし」
「そう、ですか?」
幾ら視え過ぎると云っても、使わなければ視えず不便なのは変わらないと思うのだが。
思考に浮かぶ疑問を楔替わりに、遠ざかりかける意識を必死に繋ぎ止める。
「随分と手のかかる分断をされたのは判りますが、
俺だけをここに呼んだ理由は何でしょうか?」
「それは、」
「――私が、其方を喚んだのだ」
更に問い詰めようとした晶の視界を、差し込む日光が明るく満たす。
暗いだけの通廊は何時の間にか終わり、晶は中庭に面した渡り廊下で立ち尽くしていた。
「余り、亜矢を責めないでやっておくれ。この子たちは、私の意向を全て叶えようとしただけ、なのだから」
――誰だ。
背中から掛けられた声にそう問おうとするも、声すら上げられない。
艶めいたその囁きは記憶になく、――しかし、どこか懐かしい声音。
努めて冷静を保ち、晶は振り返った。
ふわり。晶の鼻腔を満たす、金木犀の甘い香り。
視線の先には、渡り廊下から中庭へと爪先を下ろす金髪の少女。
年齢16程度の彼女が、不相応な程に落ち着いた笑顔を晶に向けていた。
朱華によく似た。そして、遠く記憶に残る童女をも想起させるその面影。
ただ人には有り得ない、金無垢の輝きを宿した瞳が晶を射抜く。
「初めまして、神無の御坐。
――そうさな。ただ人に倣って、私の事は高御座と呼んでおくれ」
高天に座す尊きの少女が、晶の前で微笑んだ。
読んでいただきありがとうございます。
よろしければ、ブックマークと評価もお願いいたします。





