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終章:そして少年は怪物に憧れた

語り口が違うのは仕様なのでお気になさらず。

 


 ポツポツと、空から雨が降り始める。


 青空はすっかり厚い雲に陰り、乾き切っていた地面や空気を湿らせ始め、生暖かった温度を落ち着かせた。


 辺りに漂うのは()せ返るような血の香り。


 濃厚で、新鮮で、温い、生き生きとした香り。


 その芳しくもグロテスクな空気の真ん中で、少年は一人血に塗れながら雨雲を仰ぎ見ていた。


 彼に降り注ぐ雨粒が頬にベッタリと着いた浅黒い血を洗い流し、(さなが)ら血涙を流すように滴り落ちる。


 少年の周りには無数の死体。


 全身を頑強な鎧で身を包んだ複数の重装備兵士と、そんな彼等を指揮していたであろう身形(みなり)がしっかりした二人の男。


 片方の男は死ぬ間際まで『救わなければ』と嘆き、もう片方の男は不甲斐ない自分の結末に悔し涙を流しながら逝った。


 そんな彼等からは(おびただ)しい血が絶えず流れ、雨水と一緒にただただ地面へと虚しく浸透して泥と化していくばかり。


 少年の手には剣が握られていた。


 余程強引に、そして滅茶苦茶に振り回したのだろう。


 刃は欠け、歪み、軸が完全に折れてしまい最早剣の形をギリギリ保っているような、そんな崩壊寸前の剣が握られていた。


『…………お母さん』


 少年は小さく最愛の母を想い呟くと、握っていた剣を放り捨ててから歩き出す。


『……疲れた』


 血の滲んだ地面を、泥を、死体を踏み、少年は歩を進める。


 彼に目的地などはない。


 ただあの場に止まっていたくなかった。


 少年の心は既に擦り切れ荒み、少しの刺激だけでその場に崩れ落ち、二度と起き上がれなくなる事を彼自身で悟ったのだ。


 故に少年は一つの事だけに頭を使い、使い倒し、残酷な現実に目を背けながらただただ歩き続けた。


『……もう一度』


 少年は考える。


『お母さんに、もう一度逢いたい』


 壊れ始めた感情で考えるのは、決して叶わぬ願い。


『ボクもお母さんみたいな怪物になって、もう一度逢いたい』


 戯れ言だと、不合理だと理解している。


 けれどもそれ以外の事に、少年の心は興味が向かなかった。向けたくなかった。


『お母さん……お母さん……。ボク、頑張るから』


 これより永劫にも思える時を過ごす少年の、途方もない人生設計。それを、今、少年は自分の至上命題に据え置く。


『頑張って、お母さんみたいな怪物になって……死ぬから』


 破滅の道。少年はそれを嬉々として選んだ。


『そうしたらボク、またお母さんに会えるよね』


 少年は再び空を見上げる。


 降り止む気配の無い空に向かって、少年は愛くるしく微笑んだ。


『見守ってて。なるべく早く、そっちに行くから……』


 魔天に呟くその言葉は、四つの瞳で見守る母への、最期のワガママだった。


 これはとある怪物と少年の物語。


 そして母親と、怪物になりたい少年の物語。


 ──完──

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