急章:叶わぬ望み-21
スカビオサの手が、スターチスの肩へと置かれます。
しかし当のスターチスはそれに対して一切反応を見せる事なく、変わらず塵に成り果てた母親に縋り続けていました。
そんなスターチスに対しスカビオサは徐に彼の側へとしゃがみ込むと、どこか正気ではない目の色のまま語り掛けます。
『少年……僕達と一緒にこの森を出よう』
『っ……』
それはある種、狂気を孕んだ言葉でした。
『君は幼く、今は独りだ。このままではきっと君はマトモになど生きてはいけないだろう』
自分の所業を棚に上げ、自分の過ちから目を逸らし、自分の後悔から逃げ出し、スカビオサは縋りました。
この子を助ければ贖罪になる……。そんな自身の奥底で胸糞の悪く都合の良い解釈を口にする〝内なる自分自身〟の言葉に縋り、彼は救いを求めました。
かつて愛した人を殺めたという現実を、埋めてしまう為に……。
『君は彼女の……クートゥの忘れ形見だ。そんな君を放っておくなんて僕には出来ないっ! だからどうか、頷いてはくれな──』
『いい加減にしろボケがぁッ!!』
突如、スカビオサの顔面に硬く冷たい何かが強い衝撃と共に飛来し、その強力な一撃に思わず彼は地面を転がります。
『な、にを……』
『ふんっ! 約束果たしてるだけだクソボケが……』
スカビオサの顔面に飛来したのは、ロドデンドロの拳でした。
《氷雪魔法》の代償により重度の凍傷に塗れ冷え切ってしまった手で拳を作り、それを激痛に耐えながら持てる力の限りを使って彼を殴り飛ばしたのです。
『約、束……』
『ああそうだ。テメェが暴走したら殴ってでも止める、ってな』
『ああいや、しかし僕は……』
『自分の目の前で親殺した張本人が助けてやるって手ぇ差し伸べんのは異常だろうが。同情とか憐れみとか、そんな次元じゃねぇぞ分かってんのかッ!?』
『ぼ、僕はただ、彼を……』
『助けたいって? 馬鹿言ってんじゃねぇッ!! この世で一番助けちゃいけねぇんだよ俺達はッ!!』
そう叫ぶロドデンドロですが、それでもスカビオサの表情には戸惑いばかりが広がり、尚も救いたいという想いが彼の心を支配します。
『違う……違うッ!! 僕が助けなきゃ……救わなくちゃいけないんだッ!!』
『ッ!? テメェまだ……』
『だってそうだろッ!? 僕が彼女を殺したッ!! クートゥを殺したんだッ!!』
『ん? テメェ、何で名前なんか……。しかも彼女って……』
『僕が救わなくちゃ……。じゃないと彼女に顔向けなんて出来ない……彼女を救わなくちゃ……クートゥを救わな──』
『……ねぇ』
『『ッッ!?』』
それは、とても小さな声でした。




