急章:叶わぬ望み-20
『……』
ロドデンドロはただ、塵と成り果てたクートゥに縋り付くスターチスの背中を見て、黙っている事しか出来ませんでした。
どんな悪党にせよ、どんな化け物にせよ。そこにそれらを心から愛し、慕う者が居る事があります。それは友人か、恋人か、はたまた家族か……。
いずれにせよ、ただ化け物を倒しただけで何もかもが幸せな方向に向かうというわけではありません。
世間では化け物と騒がれていたクートゥに最愛の息子が居た……。それは何をどう取り繕おうと変わる事の無い事実なのです。
『……け、なきゃ』
『ん?』
これからどうするか、と思案し始めたロドデンドロの耳に、ふと小さな声が届きます。
『助……なきゃ……』
その声に恐怖とはまた別の感情から来る寒気を感じたロドデンドロは、嫌な予感を覚えつつ隣で俯いていたスカビオサに目線を向けます。
『助けなきゃ……。あの子を、僕が……』
そう正義感溢れる言葉とは裏腹に、彼の目はスターチスに向けて完全に据わり、瞳孔も限界まで開いている状態でした。
(マズいっ!!)
ロドデンドロはその症状に心当たりがあるのか、慌ててスカビオサに掴み掛かろうとしました。しかし──
『痛っ……!!』
彼は思わず伸ばした両手を引っ込めてしまいます。
それもその筈。ロドデンドロは先程クートゥの動きを止めるべく自身すら巻き込んで《氷雪魔法》を使い、その全身は凍傷まみれになっていたのです。
本来であれば《氷雪魔法適正》などの魔法適正スキルを所持していれば、例え何千度の炎であろうと、マイナス何百度の氷であろうと何ら自身に影響は与えません。
しかしロドデンドロそんな《氷雪魔法適正》などというスキルを未修得なまま《氷雪魔法》を使っていました。故にその代償として全身を凍傷だらけにしてしまったのです。
そして今、ロドデンドロはその凍傷から来る激痛に耐えかねてしまい、正気では無いスカビオサの暴挙を許してしまいました。
『助け、なきゃ……彼を……』
『おい馬鹿、待てよっ!!』
必死で叫びスカビオサを止めようとするロドデンドロですが、彼の耳にはそんな友人の声も届きません。
(ダメだ……。完全に《救恤》が暴走してやがる……っ!!)
《救恤》とは他者を助け、恵みを与えるという性質を持ったスキル。
困窮する者に施しを与え、救う事……。それが美徳スキルであり、所持者の精神、人間性に非常に強い影響を与える「勇者」のスキルです。
その渇望はそう、クートゥが苦しみ続けた《暴食》に勝るとも劣らないものなのです。
そしてそんな誰かを助けたいという渇望の矛先は今、母親を殺されたばかりのスターチスの肩へと優しく置かれるのでした。




