急章:叶わぬ望み-19
よろよろと、頼りない足取りで最愛の母の元へ歩み寄るスターチスは、まばたき一つする事なくただ〝それ〟を見つめ続けます。
『お母さん……お母さん……』
彼女の元に辿り着くと、スターチスはいつも優しく歪んだ眼差しと温かな嗄れた声を聞かせてくれる顔を見上げ、呼び掛けます。
『お母さん……おかあ、さん……』
だらりと力無く垂れ下がったゴツゴツした手を握り、冷え切って朽ち果てた枯れ木のようにボロボロな脚に縋り付きます。
『お母、さん……おかぁさん……』
スターチスは何度も何度も呼び掛けます。
受け入れたくない、分かりたくない、認めたくない、信じたくない、理解したくない……。
目の前に突き付けられた決して変わる事の無い結末に抗うように、スターチスは必死で呼び掛けました。
すると──
『っ!? だ、ダメっ!!』
木々を抜ける生暖かい風が緩やかに吹いたと思えば、その風はクートゥの朽ちた身体を少しずつ少しずつ塵として攫い始め、スターチスは慌てるように吹かれていく母の欠片を捕まえようとします。
しかし塵と化した母の一部は無惨にも彼の指の隙間から抜けていき、その内肉眼で視認する事すら困難になってしまいます。
『あぁ……あぁ、ああぁぁぁ……』
己が力ではどうする事も出来ないと悟ったスターチスは振り返り、再び母の元へ歩み寄ります。
そして自らが身に付けている衣服を脱ぐと、これ以上塵となって飛んでしまわぬようそれを母へと被せました。
ですがそれでも身体の崩壊は止まらず、小さい衣服の隙間に吹き込んだ風が結局身体を吹き去ってしまい、遂にはその重さに堪えかねて両腕両脚が崩れてしまいました。
『お母さんッ!!』
スターチスは地面へと転げた母の身体に慌てて寄り添うと、これ以上崩れてしまわぬように優しく、ゆっくりと母の首元へ抱き着きます。
『いやだ……いやだよお母さん……』
『……』
『ボクまだお母さんが居なきゃダメだよぉ……。何も出来ないよぉ……』
頬擦るスターチスの顔に、一筋の涙が流れます。
それをきっかけに涙は箍が外れたように彼の目から止めどなく溢れ出し、母の顔を濡らしました。
『お母さん……やだ……やだぁぁ……』
すると──
『…………スタ……チス……』
『っ!?』
スキルが抜け、最早一片の力も残されていない筈のクートゥの口から絞り出したような嗄れた声が漏れたのです。
『お母さんッ!! ねぇお母さんッ!!』
『……スタ……ス……ご、め……ね……』
『そんなのいいッ!! そんなのいいから起きてッ!! ねぇえッ!!』
『……ごめ……ね……。あい……し、て……』
『お母さんッ!! お母さんッ!!』
『愛……して、る……。スター、チス──』
瞬間。心の底から愛していた母の身体は、まるで最期の力を使い果たしたように一斉に塵と化し、スターチスの懐からサラサラと崩れてしまいました。
『……お母、さん……』
スターチスが最期に見たモノは、
もう二度と目にする事が無いような、
それはそれは美しい、
母からの無限の愛の色でした。
書いててちょっと涙腺に来たのは初めてでしたね……。




