急章:叶わぬ望み-13
〝アレ〟と聞いたロドデンドロは、目を剥きます。
そしてクートゥの前にも関わらずスカビオサの方を振り向いて胸ぐらを掴む上げました。
『テメェ……約束破る気か?』
それは静かな怒り。失望を根源としたその感情を受けたスカビオサは自分の胸ぐらを掴むロドデンドロの手を上から重ね、彼の目を真っ直ぐ見据える。
『僕だって破りたくないさ。でもだからってこのまま撤退なんて出来ないだろっ!!』
『ああ確かにそうだっ! だけどなぁ──』
『今コイツを逃せば次いつ見付けられるか判らないっ!! そしてボク達がコイツを今この場で倒せなければまた多くの犠牲者が出る……。たった一つの約束を守る為に、君は多くの命を犠牲にするって言うのかっ!?』
『ぐっ……それは……。だけどお前……また呑まれて……』
『僕なら大丈夫。でももし、また僕が暴走した時は……遠慮なく殴ってくれ』
『……チッ。そのイケメンが歪んだってしらねぇからな!?』
『うん。ありがとう』
二人の会話が終わり、スカビオサとロドデンドロは改めてクートゥへと武器を構え直します。
『た、隊長っ! 俺達はどうしたら……』
二人の背後に居た鎧の集団が未だ整わない息でロドデンドロに問い掛けると、彼は振り向かないままに怒号を飛ばします。
『テメェ等は下がってろっ! 邪魔だっ!』
『は、はいっ!!』
それは彼なりの優しさでした。
今からする攻防は、長年連れ添った二人だから出来る複雑な連携。そこに一兵卒の入る隙など無く、居ても巻き込まれてしまうだけです。
クートゥがスターチスを傷付けないよう攻撃に転じない理由と同じ……。奇しくもこの戦いは、弱者を庇い合う戦いになっていたのです。
『行くぞロドデンドロっ!!』
『指図すんじゃねぇっ!!』
叫ぶのと同時に、二人がクートゥへと飛び掛かります。
『お゛お゛ぉりぁぁぁッッッ!!』
ドスの効いた声を上げながら振り下ろされたロドデンドロの大剣は、しかして最初よりも鈍速で威力が乗り切っていませんでした。
それ故にクートゥはそんな大剣を真正面からアッサリ掴み取り、刃を握ります。
『ごんなんで、私を──』
『まだまだっ!!』
間髪入れず、今度はスカビオサの刃がクートゥに向かって横薙ぎに振るわれます。
ですがコチラの剣も元々の剣速に比べて遅くなっており、四つ目の化け物の視力はそんな刃を空いたもう片方の手で難なく受け止めてしまいます。
『なんの、づもりだ……』
今までに比べれば余りにも貧弱な攻撃。元剣士としての違和感を覚えたクートゥは訝しみます。
が、その違和感の正体に、彼女は足元から伝わるヒヤリとした冷風で気付かされました。
『な゛っっ!?』
クートゥが足元を見ると、そこには氷土が広がっていた。
透明度が無く、密度の濃いその氷はクートゥとロドデンドロの両足を巻き込み、そして徐々に上へ上へと広がって行きました。
『ご、れは……』
『へっ。攻撃に気を取られて油断しやがったなっ? ざまぁねぇぜっ!!』
『お、前が……?』
『人は見掛けに寄らねぇって言葉、化け物は知らねぇかっ!? こんなナリしちゃいるが、俺ぁ魔法使えんだぜっ!!』
それは《氷雪魔法》と呼ばれる上位魔法。近年その存在が解明されたばかりの魔法であり、まだ習得者の数も片手で数えられる程度しか居なません。
『スカビオサぁぁぁっっ!!』
『ああっ!!』
叫ぶロドデンドロに呼応するように、スカビオサはクートゥに向け手を伸ばし、彼女の身体に触れます。
『なにを……』
『今に分かるさ。お前を不死身で無くす、必殺技だっ!!』
『っ!?』
『さあ、応えてくれ……僕の《救恤》っ!!』




