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急章:叶わぬ望み-11



『なあクートゥ。一つ提案しても良いかな?』


『スカビオサ、何度も言ってるだろう。これは私の旅なんだ。お前を巻き込むわけにはいかない』


『そうは言うが、既に割と巻き込んでいると思うよ? ここまで協力したんだ。最後まで付き合わせてくれ』


『うぅん……。はぁ……。分かった。なら明日の正午、いつもの宿屋で待っている。来るんなら好きにしろ』


『うん、ありがとうクートゥ。必ず行くよ』


『……ああ』






(……ああ、そうだ。そうだった)


 クートゥは思い出しました。


 それは彼女がまだ魔族であった頃。


 例の剣の情報を求めて人族の国まで足を運んだ際、誰も彼もがクートゥを敬遠する中、一人の青年だけが自分に親切にしてくれていました。


 最初は警戒していたクートゥでしたが、彼の親切心が本物である、と会う回数が増す毎に確信していき、最終的には淡い恋慕すら抱く程、心を許していたのです。


 ですがいよいよ剣の在処を突き止めた際、クートゥは彼の同行したいという願いを拒みました。


 しかし中々に頑固な彼を説得する事は出来ず、クートゥは嘘の集合時間を伝えて、自分一人早朝に出立し、剣のある神殿へと赴いたのです。


(忘れて、た……。自分の事で精一杯で、今の今まで、ずっと……)


 彼女の身に降り掛かった災厄を思えば無理からぬ事。数日という短い間で芽生えた儚い恋心など、押し寄せた混沌に容易く流されてしまっていたのです。


(でも……、そっか……。彼が……)


 クートゥは改めてスカビオサの顔を見ます。


 数十年という年月は青年であった面影を僅かに残しつつ精悍に成熟し、深みと生来の優しさが滲んだ渋みのある壮年へと成長させていました。


 当時から腕の立つ剣士でもあった彼の放つ雰囲気は、以前に比べて格段に凄味を孕んでおり、熟達した剣技を身に付けている事を容易に感じさせます。


 全てに()いて成長し、部下を想える優しさを失わないまま強さを身に付けていたスカビオサ。


 そんな彼を見て、感じて、クートゥの中に複雑な感情が渦を巻きます。


(いっそ、彼に殺されるなら……。でも、それじゃあこの子が……)


 自分の事など、クートゥは考えていませんでした。


 自分のような化け物など、死んでしまった方が良いに決まっている。


 数多の人を殺し、食い、また殺し……。そんな存在など居ない方が良いに決まってる。


 でもそんな自分に、死ねない理由が出来てしまった。


 スターチスがまだ子供である以上、拾って親をやっていた責任は果たさねばいけない。


 自分は殺されても構わない。


 死なない身で一生殺され続けても構わない。


 それでも、せめて……愛しの我が子が大人になる未来の為ならば……。それを見る事が叶わないとしても……。


『……む、来るか?』


『よし。皆油断せず、に……』


『……? おいどうした?』


『いや……。アレは、少し違うような……』


 クートゥは、最期のワガママを決行します。


 姿勢を低くし、両手を広げ、牙を剥き出しにし、四つ目で眼前の〝敵〟を見据えます。


『ごの子は____』


『なに……?』


『ごの子は、私が守るっ!!』


 そう叫び、クートゥは彼等の凶刃の中へ飛び込んで行きました。

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