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急章:叶わぬ望み-3

 


『ゴァァァ……』


 低く唸り声を上げる魔物。


 かなりの巨体で全身を分厚い毛皮で覆い、手足には太く鋭い爪が覗いています。


 眼光も鋭く血走り、剥き出しの牙の隙間からは興奮から来る唾液が滴り落ちていました。


(クマの魔物……。並の剣士じゃ厳しい……)


 魔物は目の前の標的から目を逸らす事なく正眼し、ジリジリと間合いを詰めていました。


 対するは重傷を負った剣士は片膝を着き、自慢の剣を地面へと突き立て杖代わりにしながら、ゆっくりと迫り来るクマの魔物を、ただただ見詰めるしか出来ていません。


『ハァ……ハァ……。オレはなんて馬鹿なんだ……。チキショウ……』


 剣士は元々行商人の護衛として雇われた人族でした。


 近頃周辺に現れるという〝未知の怪物〟に襲われる事を懸念した行商人に多額の報酬をチラつかされて雇われ、安請け合いをしたのです。


 そして中々現れない怪物に焦れていた剣士は、ある時たまたま横切った森の中に魔物を見付け、雇い主である行商人に『あの魔物に違いない。今の内に退治する』と言い放ち、意気揚々と魔物を追い掛けて森へと入りました。


 彼が冒険者や魔物と戦闘経験がある者であれば、このような愚行は犯さなかったでしょう。


 ですが彼は帝国にある闘技場でチマチマと賞金を稼ぎ、細々と生計を立てていたに過ぎない二流剣士。魔物の事を侮っていたのです。


 結果、剣士は魔物に一太刀浴びせはしたもののその一撃は極めて浅く、それどころか魔物の逆鱗に触れてしまい返り討ちにあってしまいました。


 それが、今の現状なのです。


『こんな……こんなところで終わりか……。食い散らかされてコイツの糞になって……。金に目が眩んで、なんて惨めなんだ……』


 剣士は嘆き、震えます。


『助けて……だれかぁ……。たのむよぉ……。死にたくねぇよぉぉ……』


 間近に迫る明確な死を前に恐怖し、剣士は身体中からありとあらゆる液体を漏らしながら恥も外聞もなく助けを乞います。


『ああ、あぁぁぁ……、い、いやだ……いやだぁぁあぁぁ……』


 クマの魔物の獣臭が鼻腔を触り、低く響く唸り声が鼓膜を撫で、喰い殺す事を嬉々とする双眸(そうぼう)が剣士を舐めます。


『ゴァァァァァァァッッ!!』


『ヒィィィィィッ!?』


 クマの魔物は後ろ足で立ち上がり、優に四メートルはあろうかという体長を剣士へと見せ付けながら両前脚を掲げます。


『死ぬ死ぬ死ぬっっ!? いやだいやだいやだぁぁぁぁっっ!!』


『ゴァァァァァァァッッ!!』


 そして魔物の全体重が乗った両手の爪による一撃が、動けずにいる剣士に向かって振り下ろ____


『だんじょうびには、ぢょうどいい』


 ____グシャンッ


『ゴァァァッッ!?』


 瞬間、どこからともなく現れた黒い影が、一瞬にしてクマの魔物の両前脚を抉り切りました。

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