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破章:暴食と小さな幸福-6

 


 とあるなんでもない日。


 一人の赤ん坊が産まれました。


 街外れの娼館で働く一人の娼婦が湯船の中で産み落とし、産声を上げたのです。


 そんな赤ん坊は、生みの親にすら望まれぬ子でした。


 誰の子かも判らぬ子供を孕んだ娼婦は、基本的には生活、商売の邪魔になるからと身篭って直ぐに堕すのが、その娼館では常識となり、赤ん坊の母親もまた、そのつもりでいました。


 しかし彼女の身体に現れた変化は極めて緩やかで、自身が身篭っていると判った時には既に堕ろせる段階を過ぎていたのです。


 仕方なく、娼婦はその子を産む事にしました。


 最初の内は良かったのです。


 いざ自分から産まれて来た我が子を見て、母親は多少なりとも母性が芽生え、初めの頃は仕事の合間を縫って甲斐甲斐しく面倒を見ていました。


 ですが次第に、母親は我が子を疎ましく思い始めたのです。


 理由は我が子の泣き声。


 ただの泣き声ならば彼女とて我慢出来たでしょう。しかし産まれ落ちて初泣きをして以降、赤ん坊は寝る時以外はずっと泣き続けていました。


 母乳をあげても、歌を歌っても、あやしても、笑って見せても、赤ん坊は一切泣き止みません。


 それどころか赤ん坊は日増しに激しく泣くようになり、そんな泣き声を四六時中聞き続けていた母親は、嫌気がさしました。


 丁度その頃。母親にとある幸運が訪れました。


 それは昔彼女を娼館で指名した一人の客。その客が、母親と共に暮らしたいと申し出したのです。


 母親は飛んで喜びました。


 こんな惨めな生活に、漸く終止符を打てる、と。


 しかし、そんな喜ぶ母親の耳に、あの忌々しい泣き声が響きます。


 一瞬でその喜びが霧散した母親は、赤ん坊が眠る揺り籠へ歩み寄ると赤ん坊を抱き抱え、怒りすら通り越して無感情となった顔で、赤ん坊に告げます。


『お前は……私とあの人の邪魔なんだよ』


 それは口実でした。


 (てい)よく赤ん坊から解放されたいという身勝手な願いが生んだ、悍ましい口実。


 母親はそのまま我が子を布で適当に包むと、彼女は娼館近くの森へと分け行ったのです。







 赤ん坊は特別な子でした。


 産まれついてのスキル持ちで、名を《心情感知》という、他者の感情が五感全てで理解出来る権能を有していました。


 そんな赤ん坊が産まれ落ちて直ぐに感じた感情は、強い強い嫌悪感でした。


 自分を産んでくれた存在が、自分に対して激しい嫌悪感を抱いている……。


 まだまだ自意識を確立出来ていない筈の赤ん坊は、そんな自分に向けられた強い嫌悪感に対し、本能的に泣き叫んでしまったのです。


 それからは少しだけ、向けられる嫌悪感に別の感情も混ざり始めはしましたが、赤ん坊は純真無垢な存在。どうしても感じてしまう母親からの嫌悪感に、赤ん坊は更に大きな声で泣き叫びました。


 赤ん坊は、この世で一番、産まれてはいけない親から産まれて来てしまったのです。


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