1-92 切り札
ズゥゥゥ……ン!
黒い巨大な手……俺が両手で抱えきれないほどの太さの手が石畳を割り下から“伸びあがって”来る。続いてその左肩が、そして邪悪なシルエットの角が生えた頭。燃える溶岩のような赤い眼、大きく裂けた口が唸り声だけで壁を、床を激しく震わせる。その姿を睨みつけソフィーヤが叫ぶ。
「魔人グァルデ!!」
「こ、攻撃だ!」
回復魔法で辛うじて動けるようになったラドクリフが大声を上げた。現れた魔人の威容に硬直していた冒険者達がその声に弾かれるように弓や魔法を撃ちこむ。俺もゴーレム達に攻撃させたかったが直前の戦闘で宝玉のエネルギーが低下してしまっていた。少しの間チャージをしなければ動かすことができない。
仕方なく『剛龍』を召喚する俺の前でポルタ爺さんの次元魔法やジムマの電撃魔法、そして爆発魔法に動きを遅くする時空魔法など多彩な高等魔法が絨毯爆撃だと言わんばかりに浴びせられる。しかしそのどれもが致命傷にならない……それどころか鋼鉄のようにも見えるその体に傷一つつけられていない。
「おいおい、これで力を抑えられているだって?」
横にいたケインさえいつもの余裕を失い、後ずさりしながら声をうわずらせた。俺も流石にこの防御力を見せつけられて足がすくみそうになる。
(まさか、防御力だけ高いってわけじゃあるまいし……)
そうしている間に黒い巨人、魔人グァルデは上半身をあらわにした。封印の魔法陣はもう完全に破られバラバラになっている。うねり曲がる四本の角に大きな翼を持ったその姿は悪魔そのものと言っていいだろう。下半身を引き抜く前に周りからドンパチ撃ちこまれる攻撃をうっとおしく思ったのか、グァルデは無造作に両腕を振り、口から暗黒のブレスを吐いた。
「うぉああっ!!」
「ぎゃあっ!?」
ブレスを受けた者は纏いつく黒霧に苦しみ、腕で不幸にも直接薙ぎ払われ壁まで吹っ飛ばされる者以外にも、風圧で転がされる者もいた。角から発せられる蒼い稲妻が次々と逃げた冒険者を焼き、まるで生き地獄のような光景が広がる。その魔人の巨大な腕が今度はリティッタに向けられた。
「きゃぁぁぁあっ!?」
「『剛龍』!!」
『剛龍』を走らせ、リティッタの前でズラリと太刀を抜く。劫火殲刀、『瀑龍』譲りの必殺剣を起動し、迫りくるグァルデの手を斬り払……。
バキィィィン!
不快な高い金属音が唐突に響く。炎を纏った『剛龍』の刀が、グァルデの掌に弾かれて真ん中から折れたのだ。
(う、嘘だろ!?)
『剛龍』の刀はウーシアが三日をかけて打ち鍛えた業物だ。ただ手を斬りつけて折られるなどと目の前で見てても信じられない。が、現実はさらに厳しい展開を突き付けて来た。
「『剛龍』が!?」
そのまま繰り出された魔人の一撃を受けた『剛龍』は地面と平行に吹っ飛ばされた。右腕は衝撃でもげて脚のフレームもひん曲がっている。辛うじてリティッタの逃げる時間は稼げたものの、その代償としては大きすぎた。
魔人の攻撃で冒険者達の戦線は一気にボロボロにさせられてしまった。こちらの攻撃が収まったのに満足したのか、グァルデはその両脚も床の下から引きずり出す。
ズゥゥゥ…ン。
「大きい……」
誰かがその姿に圧倒され、呟く。確かに巨大だ。そしてこの戦闘力。ジグァーンとは比較にならない、まさに“強大な者”と呼ばれるに相応しい存在だった。そのグァルデの両眼がカッと輝く。
「おい、なんか出てくるぞ」
魔人グァルデの背後に、異界の文字で構成された魔法陣がいくつも浮かぶ。その中からゆっくりとさっき戦ったデーモンの仲間が現れ始めた。ざっと七、八匹、さらにその後から次々と姿を見せる。一気に俺達を殲滅させて地上の破壊に向かおうというのか。
「くそ、ここまでなのか」
地面に伏せるラドクリフが石畳を叩く。ソフィーヤも毅然な表情が絶望に塗りつぶされそうに震えていた。
「ジュンヤ様……」
だが俺は不敵に笑い巨大な魔人を睨みつけた。魔操銃のクリスタルに表示されるゴーレムのパワーは最大値近くまで回復している。“問題”は無い。
「心配いらない、ソフィーヤ」
「えっ?」
「こんなこともあろうかと……」
博士キャラここ一番のセリフをかみしめるように口にする。そしてリティッタから魔操杖を受け取ると、ベルトから白金色に輝くマナ・カードを抜き魔操杖にセットした。
「用意していたこの切り札……!!」
杖のスイッチを入れ、五体のゴーレムに向けて振りかざす!
「行くぞ、聖玉合体!!!」
マナ・カードが眩く輝き始める。それに呼応してゴーレムも五色に発光し始めた。暗い大広間に真夏の陽光以上の眩しい光が満ち広がり、グァルデやデーモン達を退かせた。
「おお、ゴーレム達が!?」
宝玉ゴーレムがゆっくりと宙に浮き始めた。それだけでは無くそれぞれが姿を変え始める。『レガリテ』と『エゥオプロ』は両腕を収納して柱のようなシルエットになった。その上に『ラオドゥース』が移動しながら左腕の大砲を背面に回す。空いた左腕に、こちらも柱状に変形した『ボルディア』がドッキングした。
ギュゥォォォォン!
残る『ステルギア』が高く上昇したところで、翼と胴体に分離した。翼と尾羽は『ラオドゥース』の右腕を覆うように移動した。最後に『ステルギア』の胴体が反転し鳥の頭部が折り
た畳まって『ラオドゥース』の上に乗った。
「何だ、ゴーレムが……一つに?」
「そうだ!」
バリバリバリバリッ!
輝く五体のゴーレムが一つになった瞬間、その体から落雷のような電光が封印の間を焼いた。発光の中から現れるのはグァルデに匹敵する大きさを持つ巨人機。
「ジュンヤ様……これは………!!」
「これが宝玉ゴーレム、真の姿!その名も『グランゼリオ』!!!」
「『グランゼリオ』……」
そう、俺は最初から五個の宝玉を使用したゴーレムを構想していた。しかし一気に作ることが難しい事、そして迷宮の中での使いやすさを重視して五体のゴーレムに分離させておいたのだ。
宝玉のパワーを増幅器で循環させることで、そのエネルギー圧は17倍まで高めることができる。正真正銘、俺が手掛けたゴーレムの中でも文句なしに最強の一機だ。
『グランゼリオ』が、『ラオドゥース』が握っていた斧を展開しその先に光の剣を出現させた。俺は魔操杖をソフィーヤに投げ、自分の魔操銃を握り直す。
「ソフィーヤ、これが貴女の使命を果たすゴーレムだ。存分に戦え!俺も援護する!!」
「!わかりました!!」
ソフィーヤの瞳に希望の輝きが戻った。魔操杖を握り魔人グァルデに向き直る。
「行きます、私はこの時のためだけにここにいるのです!」




