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1-91 崩壊


階段を降りるたびに底の方から重苦しい“気”が漂ってくるのがわかる。何も知らなければ勝手に体が回れ右するほどの、殺意に似た邪悪なオーラだ。


あたりには多数の魔物の死体が転がっており、ラドクリフ達が激戦を繰り広げながら道を切り拓いてくれたのがわかる。


「……みなさん、無事なんでしょうか」


「今のところ、冒険者の死体にはお目にかかっていないからな。大丈夫さ」


根拠の薄い言葉でリティッタの不安を流す。魔物に丸ごと食べられたり跡も残らないほどの豪火で焼かれたりした奴もいるかもしれないが、それをここで言っても意味がない。


「ゴールは近いようだな」


ロパエがそう言った瞬間、下の方、10メートル先位の通路入り口に爆炎魔法の赤い光が広がった。続けて怒声と剣戟、魔物の咆哮がいっしょくたにおり混ざって鼓膜を揺らす。


「誰か戦っているんだなッス」


「行こう!」


階段を駆け下り通路に踏み込むと、そこでは冒険者達と黒い大きな魔物が戦っていた。


「デーモン!こんなに!?」


ジムマが驚きの声を漏らす。黒い巨体に翼、山羊のような頭部を持つ異界の住人であるデーモンがざっと見て10以上。強靭な肉体による打撃だけでなく暗黒魔法の数々が冒険者達を苦しめている。


俺は『剛龍』を、ソフィーヤとリティッタもそれぞれゴーレムを召喚しデーモンの群れに突撃させた。その隙にジョアン達が傷ついた味方を救出する。


「ジュンヤさんか、助かった!」


冒険者側の先頭で戦っていたのはケインだった。ここにいるのは『月光一角獣』を中心としたチームか。俺は『剛龍』に次々とデーモンを斬り刻ませてケインの所まで道を作った。


「良く生き残った!ラドクリフ達は?」


「先に行っている!俺達はジュンヤさん達が来るまでここの確保を任されてたんだけど、コイツらがいきなり沸いて出てきたんだ!」


「沸いて?」


ソフィーヤがケインの一言に引っかかった、しかし今はそれどころじゃない。


「とにかく今はコイツらを片づけよう!ラドクリフ達も心配だ」


「了解!行くぜ、月光双剣・奥義!ダブルムーンクライシス!!」


ケインが両手に剣を握ると、凄い勢いで振り回しながらデーモンの群れに飛び込んだ。滅茶苦茶な攻撃に見えるが無数の剣筋が銀色の網のようにも見え、ケインの前に立ったデーモンは次々と細切れになって死んでいく。俺は少し驚いて隣にいたハーフエルフのルゥシャナに聞いた。


「すげえな、なんか剣術の達人とかに習ったのか、アレ?」


「いえ、我流です」


「あ、そう」


「ちなみにただスタミナを消耗しながら滅茶苦茶に剣振り回してるだけです」


「……」


その身もふたもない言葉に詰まったがそれであの戦闘力なら大したものではなかろうか。ケインの体力がゼロになる前に俺も『剛龍』に周りのデーモンを叩き潰していった。


リティッタもゴーレムの扱いに慣れてきて、怖がりながらも上手く操作してくれている。


(一気に決める!)


とにかく時間が惜しい。黄色のマナ・カードを抜き、魔操銃にぶち込む。


「疾く来たれ天の稲妻。我に集い塵壊の剣となれ!……『裂空雷刃』!!」


バリバリバリバリッ!!


『剛龍』の太刀から稲妻の刃が伸び、デーモン達を横薙ぎに斬り払う。高電圧の衝撃は異界のデーモンでも耐えられず、次々と黒い粉上になって霧散していった。


「何とかやっつけられたな」


「すみません、助けていただいて」


ルゥシャナや他のメンバーが俺にとっても頭を下げた。リーダーのケインは少し離れた所で四つん這いになってハアハアと息を切らしている。


「いや、俺たちこそここまで最小限の戦闘でこれた、ありがとう」


そこでマナ・カードにゴーレムを戻したソフィーヤが確認するようにケインに訊ねた。


「……さっき、デーモンが“沸いた”とおっしゃいましたか?」


「ん?ああ、そうだ。ここでクソデカイヒドラをやっつけて一息つこうと思った瞬間にな」


「全く前触れもなくあたりに黒い霧が広がって、その中からデーモンが次々と出てきたんです」


ケインとルゥシャナの返事にソフィーヤの顔色がどんどんと悪くなる。


「本来異界のデーモンは何も無い所に急に現れるものではありません。魔術師が魔法陣を描いて邪悪な手続きによりこちらの世界に来るものです」


その言葉に魔法使いのジムマも頷く。


「そうね。狂った精霊の類ですら全く何も無い所から現れることはない。異界の者がこの世界に現出するには物理的なり魔術的な作用が必要になるはず」


「じゃあコイツらはなんなんだ?」


ケインが不満そうに魔法のレイピアで倒れているデーモンを突っついた。それらは徐々に黒い塵のように分解して消えていっている。もしかしたら生まれ故郷の異界に還っているのだろうか。


「……もしかしたら魔人ヴァルデの目覚めが近づいたために、その体から漏れた力がデーモン達を呼んだのかもしれません」


「寝てるのに仲間を呼ぶのか」


「迷惑な奴だなッス」


「だとすると、先に行ったラドクリフ達が危ない」


全員が通路の先を見る。これまでと同じように真っ暗な闇に包まれ、彼らの気配も感じられないのが逆に俺達の不安を煽った。


「急ごう」


「ああ、行くぞみんな!」


それぞれ重い荷物を下し武具だけを持つ。決戦に向けて俺達は走り出した。










ビシャアァツ!


暗い石組みの通路の先に紫電が疾った。そして続く人の悲鳴、爆発音。


「ラドクリフ達か……ウッ!?」


戦いの場、通路の先の広間に出た。俺達はその光景に息を飲んだ。


そこは広大な空間……ジグァーンと戦った時のような大広間だった。違うのは装飾された巨大な石柱や階段、手摺等があり劇場やダンスホールのように見えることだ。そしてその広間のあちこちで先ほど戦った奴よりも大きなデーモンと激闘を繰り広げる冒険者達。


(あれは……!?)


広間の中央に巨大な魔法陣が見える。直径は20メートル近くはあるのでは無かろうか。赤紫色に光るその魔法陣はあちこちが欠けており光が弱まっているように見える。それを指してソフィーヤが叫んだ。


「あれがグァルデを封じている封印です!」


「宝玉があればあの封印を直せるのか!?」


「はい、でも先に周りのデーモンを排除しないと……!」


ラドクリフ率いる先行隊はざっと見てもその半数が倒れている。残る戦士達も圧倒的なデーモンの力に圧倒されていた。俺が魔操銃を抜こうと腰に手をやったところに一人の冒険者が血まみれになって吹き飛ばされてきた。


「ぐうう……ジュ、ジュンヤか……?」


「ラドクリフ!大丈夫か!?」


あのベテラン冒険者のラドクリフが半死人のように呻いている。立とうとしているが腕が折れているのか全く動かせず、体を起こすことも出来ない。


「まったく……こんなバケモノ達とは……俺たちがまるで子供扱いだ」


「無理するな、後は任せろ!」


倒れているラドクリフの前に立ち、俺はマナ・カードを一気に引き抜いて魔操銃を構える。


「我が命により界封の楔を解く!出でよ、『ラオドゥース』!『ボルディア』!『ステルギア』!」


続けざまに三つの魔法陣が広がり、三体の大型ゴーレムが出現する。リティッタも『エゥオプロ』を、そしてソフィーヤが『レガリテ』を召喚し、五体の宝玉ゴーレムが立ち並んだ。


「みんな後退しろ!デーモンを撃退する!」


ドォォォォン!!


『ラオドゥース』の二門の大砲が火を吹き、間近にいたデーモンの胸板を灼く。直撃を受けたデーモンは封印の魔法陣の方まで吹き飛んだが、まだ絶命してはいなかった。


(一撃では倒せないのか!!)


思わず歯ぎしりをしながら『ボルディア』と『ステルギア』に追撃させる。魔法弓と『ステルギア』の雷撃でようやく吹き飛んだデーモンを沈黙させることができた。


『ラオドゥース』の火力には誰より俺自身が自信を持っていた。その自信が、一撃で倒せない魔物の出現にグラリと揺らぐ。


(しかし、ここは何としても押し切らないと!)


敵はまだ多く『レガリテ』と『エゥオプロ』だけではみんなを守り切れない。数を削っていかねば。


「みんな、ジュンヤのゴーレム達を援護するんじゃ!」


ノースクローネ一の攻撃魔法の使い手のポルタ爺(先発隊に入っていたらしい)に従い魔法使い達が火炎や真空刃でデーモン達の肉体を削る。多少でもダメージが入れば『ラオドゥース』の大砲で倒しやすくなると見切ったのだろう。


「ありがとう、ポルタ爺さん!」


「礼より先にデーモンじゃ!ワシらももう魔法力に余裕はない!」


そもそもが、もう戦える魔法使いが少ない。残る魔法使いの火炎や氷結、稲妻といった魔法もみるみるうちに細く弱弱しいものになり始めた。前衛で壁役に加わったケイン達もじりじりと後退させられている。自慢の魔法のレイピアもこの強いデーモンには通用しないようだ。


(急がないと……!)


各ゴーレムの火力を最大限に開放し、近い順に砲撃をぶち込んでいく。一人一人と倒される冒険者達の姿に焦りながら俺達は必死にゴーレムを操った。


「これで……ラストじゃあ!」


「おう!」


ドォォォォォ……ン!!


ポルタ爺の爆発魔法と『ラオドゥース』の大砲が同時に最後のデーモンに炸裂する。鎖骨から上を吹き飛ばされたデーモンはゆっくりと仰向けに倒れて黒い塵となって崩れ始めた。


「ハァ、ハァ……今度こそあの世に逝ったばあさんのとこに行くかと思ったワイ」


ポルタ爺さんが笑えないギャグ(?)を言いながら床にへたり込んだ。他の連中もみな満身創痍だ。まともに回復魔法を使えるのは一人しかおらず、全く手が足りて無い。


「とにかく、またデーモンが沸いてこないうちに封印を……ソフィーヤ!」


「ハイ、すぐに!……アアッ!?」


封印の魔法陣にソフィーヤが駆け寄ろうとした瞬間広間が、否、迷宮全体が激しく揺れ始めた。石柱にはヒビが入り階段は崩落し、俺達は立っていられなくなって床に四つん這いになる。


「じ、地震か!?」


「ご主人さま、ふ、封印が!」


「何っ!?」


リティッタの悲鳴に前を見ると激しい振動で封印の魔法陣が崩れはじめていた。辛うじて繋がっていたか細い線が寸断されて光が失われる。


「そ、そんなッ!もう少しなのに!!」


ソフィーヤの懇願するような叫び。それを残酷にも無視するように魔法陣は消失し……その下から石畳を割って巨大な黒い“手”が飛び出してきた。



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