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1-90 進軍:後編


迷宮を進むにつれどんどんと空気が悪くなる。気温が低下し、湿度を含んだそれは体にまとわりついてそれだけで体力が消耗させられるようだ。俺は隣を歩くリティッタに声をかけた。


「大丈夫か、リティッタ?」


「はい……なんとか……」


気丈にそう答えるがやはり顔色は良くない。冒険などしたことも無いリティには過酷すぎる強行軍だ。と、ユアンがリティッタの肩に手を置いて短く呪文を唱えると彼女の体が一瞬緑色の淡い光に包まれ、少し顔色も良くなった。


「何だか楽になりました。ありがとうございます!」


「ユアンは回復魔法が使えるのか」


「専業では無いから全快とはいかんがね。もっと修行しとくべきだったな」


少し恥ずかしそうに言うユアンは暗い闇に溶ける迷宮の通路を見た。先行のケインやラドクリフ達とは随分離れてしまっている気がする。


「残念だが休んでる暇が無い。体力は私がだましだまし回復させるから頑張って進もう」


「わかりました!」


魔物との小規模な戦闘も増えてきている。できれば急いでみんなと合流したいところだ。


「今、何階くらいだ?」


「90は過ぎたはずだ。私たちもここまで来るのは初めてだから自信はないけど」


ロパエが先行隊の残すチョークの印を見ながらそう答える。あちこちに折れた剣や焼け焦げた跡があり、印が無くても彼らの戦った痕跡を追うことができそうなくらいだ。


「……明かりが見えるぞ」


プレクが足を止めみんなを制止した。確かに彼女の肩越しに炎のような明かりが見える。


「魔物のブレスとか幻影じゃないのか?」


「眼鏡」


ロパエから望遠鏡を受け取ったプレクが三秒ほど前方を観察する。


「……群青騎士団の連中だ。10人くらいで警戒している」


「間違いないか?」


「あの髭の隊長は見覚えがある」


眼鏡を返したプレクは一応斧を手に持って進み始めた。俺達も順にその後に続く。半分ほど距離を詰めたところで騎士達が誰何の声を上げた。


「誰だ!?」


「ノースクローネの冒険者だ。ゴーレム職人のジュンヤもいる!」


ロパエは大声でそう答えると意識してゆっくりと進みお互いの顔が見える距離まで近づくと、やっと向こうも警戒を解いた。


「やっと来てくれたか。三日くらい待った気分だ」


「大げさだな、群青騎士団の名が泣くぜ」


弱音を吐く若い騎士の肩をバンバンといつもの調子で叩くプレク。騎士達のうち三人は重傷で倒れており、二人は立っているものの腕や足をケガしている。彼らの気持ちもわからなくはない。


「恥ずかしながら、ここまで魔物たちが強いとはな……この先の階段の入り口を確保するのがやっとだった」


髭の隊長のイーサンが苦々しい顔で呻く。王家直属の騎士団がこうも苦戦するとは思わなかったのだろう。


「ラドクリフ達はこの先に?」


「ああ、結構前にな。ここからは下に降りる大きな螺旋階段が続く……魔物もまだ出るはずだ。気をつけて進んでくれ」


「わかった、ありがとう」


それぞれ携帯食料にリティッタのジャム入りのドリンクを口に入れ栄養を補給してから騎士達に別れを告げ階段の方へ進む。……ォォォオオと音を立てて風が渦巻くその縦穴はまるで魔人の唸り声のようにも聞こえた。


「立派な階段だなっす」


ジョアンの呑気なコメントが今は逆に有り難い。直径20メートルはありそうな穴の壁に沿って手すりのついた階段が螺旋を描いて下に延びている。幅は三メートルほど。ジョアンの言う通り王宮にでもありそうな階段だ。


「おそらくこの下に封印の間があるはずです」


ソフィーヤが緊張の面持ちで階段の底の方を見つめた。当然ながらその先の方は全く見えないが、怨念のような重い気のような何かが立ち昇ってくるのを感じる。


「ケイン達が先に進んでいる。俺達も進もう」


「ああ」


プレクから順に階段を下る。俺はリティッタの手を握りながらジムマの後に続いた。カツン、カツンと石畳を踏む靴の音が広い空間に響く。


「……これじゃあ何階辺りを降りてるのかわからないですね」


「ああ、一本道だから迷わないですむけどな」


結構な距離を進んだきたが下を見ても上を見ても同じような景色が続くため時間と空間の感覚がわからなくなる。


(師匠も俺がこんな目に遭うなんて想像もしなかったろうな)


そんな事を考えながら視線を上から戻そうとした時、暗闇の中に何か動く物を見たような気がした。


「何かいる?」


「!?」


俺の言葉に全員が戦闘態勢を取った。同時にギィッ!という耳障りな声と羽ばたき音が聞こえる。


「“桜雪の光明”!」


ジムマの呪文が上空に魔法の明かりを生み出す。大きな影がいきなり現れた強い光を嫌って階段の陰に逃げて行く。


「ヴァンパイアエビルプか!?」


「エビルプにしちゃデカイぞ!」


「知るかよ!武器構えろ!」


前にディルクローネで見たアッシュエビルプに角とかトゲとか生えた見ただけでヤバそうな魔物が10以上。明かりに慣れたのか階段から飛び出してこちらを威嚇するように吠えながら滞空している。


ロパエが弓で、ジムマとジョアンが魔法を飛ばすがどれも効果が薄い。動きが速くて急所に当たらないのだ。


(ならば!)


俺はベルトから、“最後の”宝玉ゴーレムのマナ・カードを抜いた。


「我が命により界封の楔を解く!出でよ、『ステルギア』!!」


ギュゥォォォォ!


空中にオレンジに輝く魔法陣が広がる。それを破るように一機のゴーレムが飛び出した。


挿絵(By みてみん)


黄金色の翼を持つ鳥形ゴーレム『ステルギア』。宝玉を片翼に持つ、『ガルー』系で培った技術を詰め込んだ新型飛行ゴーレムだ。可変翼ウィングと宝玉のエネルギーを推進力に転換するブースターを備え、『リヴァンガルー』の三倍の速度で飛行することができる。


 ヴァンパイアエビルプが新たに現れた黄金の鳥に狙いを定め格闘に持ちこもうとするが『ステルギア』の速力は奴らよりさらに速い。襲いかかるエビルプの攻撃を躱し、嘴や爪で蹴散らしていく。


「ご主人さま、敵が多すぎます!」


彼我の能力はこちらが優っていても数で包囲されれば捕まって潰されるかもしれない。俺は頷いて魔操銃のスイッチを押し込んだ。


バリバリバリッ!


『ステルギア』の両脚に仕込まれた連射ライフルが火を吹く。加えて口からも電撃の矢を吐き、周囲を飛ぶヴァンパイアエビルプを一匹ずつ戦闘不能に陥れた。


「流石ジュンヤ!やるー!」


「浮かれてる場合か!階段から別のが来るぞ!」


ユアンの警告に全員が周囲に視線を走らせる。見ると階段の下から紫色の鱗に身を包んだ二本脚のトカゲみたいな魔物が群れで迫ってきた。大きさは俺以上、頭には凶悪なシルエットの長い角が生えている。


「グールケロスだ!」


「ええい、前に出る!」


単身、みんなを守るためにプレクが斧を振り回しながら前に出る。二匹ほど勢い任せにグールケロスの首を撥ね飛ばすものの多勢に無勢、後ろから死骸を乗り越えてきた奴の角がプレクの脇腹に突き刺さった。赤い鮮血が階段の石畳に散る。


「ぐうッ!!」


「プレクさん!」


「リティッタ、『エゥオプロ』を出せ!」


俺の指示に弾かれるようにリティッタがポーチから出したマナ・カードを魔操杖にセットする。


「わ、我が命により界封の楔を解く!出でよ、『エゥオプロ』!」


白銀の魔法陣がプレクの前に広がり、中から現れた宝玉ゴーレム『エゥオプロ』が武器を振り回した。ソフィーヤも『レガリテ』を召喚しその隣で戦わせ、ゴーレムが魔物を抑えている隙にみんながプレクを引っ張ってくる。


(リティッタは予想以上に『エゥオプロ』を使いこなせているな……!)


俺の使い方を見ていたのだろう。期待以上に上手く戦闘をこなしている。


「プレク、大丈夫か!?」


 「離れてくれ!」


 ユアンが治療魔法を唱えプレクの傷を塞ぎ始める。しかし一瞬でというわけにはいかずプレクは苦しそうに体を横たえていた。


 「とにかく敵を倒さないと!」


 俺は『ステルギア』の操縦に専念することにした。飛行ゴーレムはしっかり見ていないと壁にぶつかったり墜落したりしてしまう。こんな狭い所ではなおさらだ。


 ともかく性能差の前にヴァンパイアエビルプ達は全滅した。グールケロス達もゴーレムの前に敗走したようだ。


 「プレクは……出血が酷いわ。すぐには動かせなさそうね」


 「私が残って手当てしよう」


 「じゃあアニキと一緒に……」


 残ろうとする相方のジョアンを制するユアン。


 「今はジュンヤ達を先に進めるのが先決だ。お前は一緒に行け」


 「で、でもようアニキ……」


 「何も今生の別れという訳でもあるまい、しっかりみんなの力になれ」


 「……わかったっす」


 ジョアンが渋々従うのを見てジムマとロパエも頭を下げた。


 「すまない、プレクの事よろしく頼む」


 「任せてくれ、必ず後から追いかける」



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