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1-89 進軍:前編


地下75階を突破した。魔物たちとはほぼ遭遇せず進めている事からラドクリフや騎士団も健在でいてくれているのだろう。暗い通路をユアンの持つランプの明かりだけが照らし、俺たちの長く伸びる影がゆらゆらと意思の無い自動人形のように揺れて後ろからついてくる。


 狭い階段を降りながら俺は後ろを歩くソフィーヤに問いかけた。


「ソフィーヤ。その封印されている奴の事、もっと詳しく教えてくれないか?」


俺達は正直“強大な者”と呼ばれていることと古代神聖王国で大暴れしたということしか知らない。ソフィーヤはこくりと頷くと懐古と憂鬱さを織り交ぜた声で静かに話し始めた。


「魔人グァルデ……神聖王国でも指折りの魔術師が異界から呼び出してしまった巨大な魔人です。魔法学院の院長に自分の力を見せつけて学院を乗っ取ろうという目論見だったようですが、全く制御できずに呼び出した直後に魔術師はヴァルデに殺されました」


「迷惑な話だな」


「……魔人ヴァルデはそのまま王都を破壊し始めました。魔人と呼ばれていますが破壊が本能のような存在で、その動きには知性的なものは見当たりません。大きな腕で城壁を崩し、炎の息で民を焼き、異界の魔術で天空から星を落とし……一日で王都は半壊。昼夜休まず暴れまくるヴァルデの前に王都の人間の半分が殺されました」


ソフィーヤの話に全員が押し黙る。これからケンカを売りに行く相手がそんなキ○ガイレベルの奴とは思っていなかったからだ。


「王国の千人の騎士、そして大神官や貴族連盟直下の魔法戦士達全員が身を投げうって魔人に挑みました。戦いは三日三晩に渡り続きようやく弱ったヴァルデですが殺すことも送還することもできず、やむなく魔法学院長が全ての魔力と命を引き換えに五つの宝玉を作り出し封印したのです。戦いが終わった時には生き残ったものも僅かで王都は廃墟になってしまいました……」


「その宝玉とこの迷宮で魔人の復活を防いでいたって訳っすか」


ジョアンが暗い迷宮を見回しながら呟いた。どこまでも続く石組みの通路を組むだけでも相当の労力が必要だったろうと思わされる。


「はい。しかし長い年月が経ち迷宮も劣化で崩壊が進んだのでしょう……魔物が住み付いたり地震が起こったり、それで宝玉の位置もずれてしまい封印が弱まったのだと思います。こうして近くに宝玉がある限りヴァルデの力も抑える事ができますが一度崩れた封印は弱まる一方なのでもう一度しっかり封印を施さなければなりません」


 黙って話を聞いていたプレクが伸びをしながら呆れ顔で愚痴を漏らす。


「やれやれ、こんなことなら地元で親の言う通り見合いでもしてりゃ良かったな」


「プレクが出てきたら相手の男が逃げちまうんじゃないの」


「うるせー!」


ジムマのツッコミにみんなが思わず笑いを漏らした。おかげで緊張と疲れで固まっていた体が少しほぐれる。


「ま、結婚したって死んじまっちゃ意味無いからな。婿探しは帰ってからゆっくりやるか」


「そうだな、結婚相手は慎重に考えた方がいい」


ユアンも真面目な顔で相槌を打ち、暗くなり始めたランプに油を注ぎ足した。その間みんなが足を止め静かになった所で。


……キン……キン!


遠くから微かに金属音が聞こえた。みんなも同じ方を見ている所を見ると俺の聞き間違いでは無いらしい。


「剣の音だな」


プレクが斧を担ぎ直し戦闘準備に入った。


「ご主人さま……」


「大丈夫だ、俺から離れるなよ」


不安がるリティッタの手を握り音の方へ進む。近づくほどに剣戟の音は大きくなり戦いの様子も見えてきた。


(騎士団と……骸骨戦士か!)


王国の群青騎士団7人。戦っている相手は鎧と武器を装備した骸骨の戦士達だ。向こうの方が数が多く中には腕が四本や六本の骸骨もいて騎士達はかなり圧されている。魔法使いのジムマが横で顔をしかめた。


「骸骨相手じゃ電撃や冷気が通じにくい……爆発魔法じゃ騎士達を巻きこんじゃうし」


「わかった!」


緋色のマナ・カードを抜き魔操銃にセット。騎士団の後ろに向けトリガーを引く。


「我が命により界封の楔を解く!出でよ、『ラオドゥース』!!」


挿絵(By みてみん)


紅の魔法陣が回転しながら展開し、中から巨大なゴーレムが出現する。かつて作った『ロゼンラッヘ』以上の大きさ、角ばったフォルムに太い右腕、そして二本の長大な大砲を左腕につけているのが特徴的だ。


 ドスドスと重たげに両足を開き構えると『ラオドゥース』は二門の大砲を敵の方へ向けた。


「な、なんかヤバげなのが出てきたな」


「群青騎士団、伏せろ!」


ロパエのコメントは無視して大声で騎士達に叫ぶ。反射的に全員がバッと伏せたのを確認し、魔操銃のボタンを押す。


ドゴドゴォォン!!


宝玉のパワーで圧縮された、黄金に輝く魔力弾が二発。屈んだ騎士達の上を抜けて前衛の骸骨戦士を数体まとめて消滅させた。さらに続く『ラオドゥース』の砲撃がその周囲の骸骨達も壊滅させていく。


「す、凄い」


「まだ動いている奴らを頼む!」


「了解ッス!」


弾が強力すぎるために壁際の敵は攻撃しにくい。プレク達は左右に分散し残っている骸骨戦士に立ち向かった。ソフィーヤも『ボルディア』を召喚し魔力弓で攻撃、体勢を立て直した騎士達もそれに協力し、20体以上いた敵はあっという間に全滅した。


「助かった、ありがとう……君が名誉騎士を授与されたというゴーレム職人か」


髭が印象的な騎士が兜を脱ぎ汗を拭きながら俺の方にやってきた。俺も歩み寄って握手を交わす。


「ノースクローネのゴーレム職人、ジュンヤだ。乱暴な助け方で悪かった」


「いや、おかげで全員無事のようだ。流石だな」


他の騎士達もゴーレムを物珍しそうに見ながら俺に礼を言った。


 「本隊と一緒に進んでいたんだが、急にそこの壁が開いてこいつらが出てきたんだ。我々が足止めして本隊には先に進ませたんだが危うくやられる所だった」


 騎士の一人が指す先の壁には確かに隠し通路のような窪みがあった。侵入者対策のトラップだろうか。後ろではジョアンが何本かのポーションを騎士達に手渡している。


「譲れる回復のポーションはこれだけッス。すまないけど分けて使って欲しいんだなッス」


「ありがたい、大事に使わせてもらう」


若い騎士が礼を言いながらポーションを仲間に使った。冒険者と騎士が協力しているのは何だか不思議な光景だ。髭の騎士も部下に右腕の傷にポーションをかけてもらっていた。鎧を貫通して突き刺さった刃物の傷が塞がり出血が止まる。


「我々は砂漠迷宮側を降りて地下80階で戦っている連中の応援に行く。この先は本隊が先行しているから大丈夫だと思うが君らも慎重に進んでくれ」


「わかった、そちらも気をつけてな」


騎士達を見送ってからソフィーヤが『ラオドゥース』をまじまじと見つめて嘆息した。


「凄いゴーレムですねジュンヤ様」


「全く、城でも攻めるのかって威力だな。まだ耳がキンキンしてるよ」


苦情混じりにロパエがボヤいた。


「あんまり連射ができないのが弱点だけどな。さっきくらいの連中ならすぐに片つけられる」


「これなら魔人もやっつけられますよね!」


「はい、きっと勝てますよ!」


キャッキャと嬉しそうにしているリティッタとソフィーヤ。俺はゴーレムを収納して移動の用意をする。


「ほら、他の魔物が出ないうちに先に行くぞ」


 「そうだな、魔物の気配は相変わらずあちこちから感じる。長居は無用だ」


 「わかりました」


 先はまだ長い。俺たちはお互い装備を確認してまた先を急いだ。

 


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