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1-84 三つ首の魔獣と二本の剣:後編


武器は手に入ったが、いくら俺のツインエンジンのゴーレムでもこんなデカいグレートソードを二本振り舞わすのはいろいろと無理がある。重い武器を振り回せば大きな遠心力が発生するため頑強な下半身が必要になり、肩の関節も頑強にしなければならない。それが二刀流ともなれば基礎研究だけで数か月かかりそうだ。


(それに、正面から一機で挑ませても不利になりそうな相手だしな)


「で、どうするんだ?ダンナさま」


「仕方ない、またバーラムを頼るか」


「鍛冶ギルドを?」


俺の答えにウーシアは少し眉根を上げた。鍛冶ギルドに出来る事なら自分にも出来るという自信があるからだろう。


「怒るなよ。力仕事になりそうだからな。それにウーシアはゴーレム本体の方で忙しくなる……19番の歯車を錬鋼加工で8枚、作っておいてくれ」


「8枚?二台分になるぞ?」


「そうだ、頼むよ」


ウーシアにそう頼むと俺は荷物持ち用のゴーレムに二本のグレートソードを担がせて(一応街の人の目を気にしてグルグルと布でくるんだ)鍛冶ギルドに向かった。相変わらずそれほど仕事は無いらしく、玄関前を掃除していた若手がすぐにこちらに気づいてバーラムを呼んできてくれた。


「おうジュンヤ、随分デカイモノを持って来たな」


「また仕事を頼みたくてね」


ギルドの中にグレートソードを持ち込み包みを剥がすと、バーラム以下その場にいた職人がおおっと声をあげた。


「こりゃあ執紅鋼と殲碧鋼じゃないか」


「あの武器屋で売っていた剣か。まさかジュンヤ殿が買うとはな」


「で、コイツをどうしたいんだい?」


聞いてきたベテランの爺さんに俺はニヤリと意地悪い笑みを見せた。


「それぞれ二つに割って、四本のロングソードにしてくれ」


「何いっ!?」


俺の依頼にその場にいたほぼ全員が飛びあがった。ビビらなかったのは事情がわからない若手連中だろう。


「やっぱり難しいか?」


「難しいか?ってお前……こいつらはその辺の鉄とは訳が違うんだぜ」


「おそらくドワーフに伝わる秘伝の技術で鍛えているはずじゃ。これだけの長い刀身なのに、見ろ、全て鏡のような美しい刃じゃろ」


爺さんがそう言いながら刀身を指で撫でる。他のベテラン連中も一様にうんうんと頷いていた。しかし俺も腰に手を当ててみんなの前で胸を張る。


「じゃあアンタらは、一生ドワーフ以下の武器しか作れなくていいのか」


「……」


穏やかでない沈黙が部屋の中を支配した。


「俺がこの街に来てから一年ちょっと。毎日無茶な依頼を持ちこまれたが、諦めたことは一度もない。それはノースクローネの冒険者がどんな魔物と出くわしても諦めなかったからだ。ノースクローネの鍛冶屋はドワーフの技の前にはこれからずっと、永遠に負けたままなのか?」


俺の煽りに、中年のギルド員が腕を振り上げた。


「黙って聞いてりゃ、言ってくれんじゃねえか名誉騎士サマよぉ!」


「ああ、やってやろうじゃねぇか。真っ二つにしてやんよ!」


「いくぞ野郎共!」


中年の言葉に引っ張られるように若手が盛り上がる。やがて爺さん連中も気勢を上げて、二本のグレートソードを作業場の方に運び込んでしまった。


「ジュンヤよぅ……」


バーラムが一人、勘弁してくれよという顔で俺の肩を叩いた。


「いやー、あんな簡単にやる気になってくれるとは思わなくて」


「ここんとこ大口の仕事が無くてみんなクサってたからな……まぁいいや、久々にやり甲斐のある仕事になりそうだ。金はしっかりもらうぞ」


「ほどほどにしといてくれよ」


俺もバーラムの肩を叩き返してギルドの玄関を出た。









「さて、武器だけで随分と金を使ってしまうな」


「本当ですよ。ご主人さまは全然儲けの事を考えて無いんですから」


財務大臣のリティッタがぷんぷんと怒っている。ラドクリフには少し無理を言う事になりそうだ。特殊な武器を購入したのでその分は素直に上乗せさせてもらおう。


「すまんすまん。赤字にはならないようにするからさ」


「頼みますよ、もう」


稼ぎの話も肝心のゴーレムが出来なければ意味がない。図面用紙を広げて俺はざくざくとゴーレムの設計を始めた。


「今回は二機作るんですよね」


「そうだ、ラドクリフの話からすると攻め手が多い方がいいみたいだからな」


「でも、一機を二機にしてそんなに変わりますか?」


「1+1は2じゃないって事さ」


ベースにするのは剣士ゴーレムの『ケルフ』フレーム。それぞれを二刀流にするため盾が持てない分回避能力を重視する。武器屋の説明によると、あの二刀を上手く使えば合成生物にもダメージが通るとのことなので腕のパワーはベース状態からそんなにかさ上げする必要は無いだろう。


「前面装甲は火炎に強い金属を使うことにして……後は自動戦闘回路だな。これは面倒そうだ」


「マナ・カードの入力ならわたしでもできますよ」


リティッタが少しドヤ顔で胸を張る。確かに最近は『ラッヘ』ゴーレムなどの単純なプログラムなら打てるくらいには勉強していてくれていた。


「結構難しいぞ?大丈夫か?」


「わたしもユーヴェンス・シマノ・ゴーレムファクトリーの一員ですからね」


いい心がけだ。俺はリティッタの頭を撫でてから『ケルフ』フレーム用の基本プログラムの写しを渡した。


「31行と87行の所にスペースを開けといてくれ、後から追加で書き込む。二枚同じように、間違い無くな」


「わかりました!」


写しとマナ・カードを受け取ったリティッタが楽しそうに入力機の前に座った。これでうちの工房もいい感じに仕事が分担出来るようになりそうだ。新しい社員雇用も本格的に考える時期か。


(でもリティッタには料理に全力を出してほしいしな。それに今のノースクローネの状況を考えると、これ以上ゴーレムの売り上げが上がるかどうかは……)


その問題を考えると手が止まりそうだ。不安は横に置いておいてゴーレム作成に集中する事にする。下半身部分の設計は難しい部分は無いので四本の脚の図面をウーシアに預ける。


「こんな感じで頼むよ」


「……いつもより可動部に余裕を持たせる感じか。膝と足首の装甲はつけられなくなるぞ」


「仕方ない。プログラムで回避能力は強化するよ」


「わかった。重くならないように気をつける。胴体の図面もよろしくな」









三日後、バーラム達が台車で剣を持ってきてくれた。


「随分と速かったな」


「ほとんど全員で取り掛かったからな。しかし苦戦したぞ。流石ドワーフの仕事は凄かった」


そう言いながら台車の上の布を剥がすバーラム。その下には暗い紅と緑青色の剣が二振りずつ並んでいた。それぞれ鋭利な刃を備え、装飾のついた柄がつけられている。知らない人が見れば一本のグレートソードを割って作られたとはとても思わないだろう。


「悪いが鞘まで用意する時間はなかった」


「いや、構わない。しかし予想以上の出来だ。流石だよバーラム」


「俺達にもプライドがあるからな。で、お代なんだが……30でどうだ?」


「そんなんでいいのか?」


俺は驚いて聞き返した。材料は持ちこみとはいえ、随分と無茶ぶりをしたからその倍は吹っ掛けられると思っていたのだが。


「なに、暇だったし勉強にもなったからな。サービスだよ」


「感謝するよ。リティッタ、支払いを頼む」


「りょーかいです」


バーラムが持ってきてくれた剣、そして二機のゴーレムの本体はほぼ完成した。ウーシアには装甲の仕上げを頼みつつ俺はリティッタとプログラムの入力に励む。


それからまた二日が過ぎた。


「ジュンヤ、調子はどうだい?」


依頼主が手土産に、屋台でグレノ鶏の丸焼きを買ってきてくれた。


「ああ、いい匂いだな。ここんとこうちのシェフもゴーレム作りで手が離せなくてロクなもん食っていないんだ」


これは比喩ではなく本当のことだった。リティッタがこっちの仕事に集中していると掃除も洗濯も食事も一気に滞る。メシに関しては三人とも昨日から硬い黒パンだけを齧ってしのいでいる有様だ。


「確かに三人とも酷い顔をしているな。手を洗って、食いながら話をしよう」


「かたじけない」


三人とも手と顔を洗い、鶏に齧りつきながらラドクリフに説明を始める。


「ほぼほぼ完成状態だ。あとはバランスと燃料の消費具合の調整だな」


「あれがそうか?」


テーブルから少し離れている作業場、工具やら鉄板やらチューブやら俺のシャツ(普段ならリティッタが真っ先に怒鳴りながら洗濯カゴに放りこむ奴だ)の乱雑している中に、騎士風の鎧を着込んだ二機のゴーレムが立っていた。それぞれ紅と緑青の刀身を持つ剣を左右に握り同じポーズで並んでいる。


挿絵(By みてみん)


「双子みたいだな」


「『グルンケルフ』だ。そのほうがケルベロスも戸惑うだろ?」


「なるほど」


立ち上がってゴーレムの近くに行きまじまじと見回すラドクリフ。


「この剣は?」


「異国の鉱石で作られたとか言う合成生物に効く剣だ。武器屋で買ったから結構値段が張っちまった」


「そうか、でもケルベロスに有効な武器はありがたい。こっちは結局ロクな情報も集められなかったからな」


「実力が気になるか?」


ラドクリフが頷いたのを見て、俺は食い終わった鶏の骨を皿に置き『グルンケルフ』を連れて“試験場”に出た。ラドクリフに剣を抜かせると、その少し前に二機のゴーレムを並ばせる。


「そのポジションでいいのか?」


「ああ、準備はいいか?」


「……いつでも」


いつでも真剣なところは彼の良いところだ。抜き身の剣を構え腰を落としたラドクリフがスウッと目を細めるのを見て俺は『グルンケルフ』に戦闘指令を出した。


ガシャッ!


ゴーレム達は連なってラドクリフに接近をかけた。先頭の『グルンケルフ』が剣を振り上げ、ラドクリフを切り裂こうとするのに対しラドクリフも剣を横から打ち付けるように振り抜く。


しかし。


「!?」


ラドクリフの剣は虚しく空を切った。『グルンケルフ』が直前で攻撃をやめて左側に飛んだからだ。その後ろの『グルンケルフ』は反対の右に飛ぶ。


「チッ!」


今度こそゴーレムは剣を振り下ろした。しかも二機いっぺんに。空振りで硬直した身体を無理やり地面を前転するように転がらせ二本の剣から逃れたラドクリフはすぐに振り返り反撃に移ろうとしたが、それより間髪速く『グルンケルフ』の突きが襲いかかる。ギリギリで躱したラドクリフの身体にもう一本の剣をクロスさせるように斬りかかる『グルンケルフ』……。


「参った!降参、降参だ!」


早口で叫ぶラドクリフの声に俺は魔操杖の緊急停止スイッチを押した。ビタッ!と動きを止めて気をつけの状態に戻るゴーレム達。ラドクリフの額には珍しく汗が浮いていた。


「くそ、全く同じタイミングで斬りかかってくる。おまけに速い。イヤな連中だ」


「苦労したんだよ。攻撃タイミングを完全に一致させれば、ケルベロスとは言え簡単に避けられないだろう?それにラドクリフ達が攻撃を合わせればさらに効果は上だ」


「確かにな……流石だよジュンヤ。君に頼んで正解だった」


ラドクリフは立ち上がり剣を鞘に戻すと、汗を拭いながらやれやれと首を振る。随分と肝を冷やしたようだ。


「すぐリベンジに行こう。いくらで売ってくれる?」


「武器コミコミで一台180」


「二台で360か」


頷く俺の前でラドクリフは素直に荷物から大銀貨を取り出した。


「全く、こんなに金を払ってるんじゃ何のために冒険者やってるかわからんな」


「その分稼いでくりゃいいのさ」


「簡単に言ってくれるなよ……今は20枚しかない。残りは帰ってからでいいか?」


「ああ、気をつけてな」









一週間後、包帯まみれのラドクリフが杖をつきながら俺の工房にやってきた。ここのところ包帯姿でやってくる冒険者が多い気がする。


「大丈夫ですかラドクリフさん!」


慌てて椅子を玄関まで持っていくリティッタ。いつもの紳士らしい余裕は無く、よろよろと椅子に腰を下すラドクリフ。


「そんな体で急いで来なくても良かったのに」


「支払いを延ばすのは主義に反するんでな」


残りの大銀貨と小さな宝石をいくつかリティッタに握らせると、ウーシアから水を受け取り一気に飲み干した。


「『グルンケルフ』は役に立ったか?」


「ああ、この迷宮に入ってから一番大変な戦いだった。ケルベロスが本気で怒ると石柱は叩き折るわ炎で鉄は蒸発するわで……『グルンケルフ』達が率先して斬りかかってくれなかったら俺達は全滅していたな」


「そりゃあ恐ろしい目に遭ったな」


俺の呑気な返事に落ち着いたのか、ラドクリフの顔に笑みが戻った。


「素晴らしいゴーレムだったよジュンヤ。君の目論見通り『グルンケルフ』は左右から何度も果敢に攻め込んで遂には首を二つ切り落とした。おかげで俺達は残った一つの首に攻撃を集中して討伐することができた。『グルンケルフ』達は残念ながら壊されてしまったが」


「そうか、まぁ目的が果たせて生きて帰ってこれたんだ、良しとしよう」


「そうだな」


愛用の剣を杖代わりにゆっくりと腰を上げるとラドクリフはまた真剣な目を見せた。


「ここからは封印がどうのこうのに関わらず、恐ろしい強さの魔物しか出てこなくなるだろう。ジュンヤも頑張ってくれ」


「ああ、覚悟してるよ。よく休んで早く傷を治してくれ」


「ありがとう。世話になった」





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