1-81 巨大スライム掃討作戦:前編
依頼されていた『ライア』ゴーレムの修理を終えて客に引き渡す頃にはもう夕方になっていた。デススコーピオとかいう巨大な獰猛サソリに盾を切り裂かれた上に頭も尻尾の針で貫かれ酷い有様になっていて、修理というより強化改装という感じになって時間も随分とかかってしまった。
「ありがとうございましたー!」
リティッタが丁寧に客をお見送りするのを見て工房を閉めようとしたところで、街の方から夕陽をバックに見覚えのある男がやってくるのが目に入る。
「ご主人さま、あの人……」
「ああ、ダリオだな」
ガタイのいい筋肉質に獣のようにツンツンとハネている黒髪は見間違えようが無い。俺がドアの前から手を振るとダリオも大きく振り返してきた。ウチに用事があるのは間違いないみたいだ。
「やれやれ、今日はまだ休めそうにないな。リティッタ、コーヒーを頼む」
「わかりました」
あの大手パーティ『巨人の槌』のダリオの依頼となれば一筋縄で行く仕事では済まないだろう。ため息をこらえて俺は笑顔でダリオと握手を交わす。
「元気そうだな、大将」
「ジュンヤもな。悪いがまた力を貸してくれねぇか」
「入ってくれ、話を聞くよ」
応接テーブルにダリオを招いて俺も椅子に座る。本当ならワインに魚のフライでもやりたいところだが仕事の話に酒を入れるのはあまりよろしくない。
「今はどのくらいを潜っているんだい?」
「地下86階だ。80階以降はガチ魔境でな、ウチのパーティもエースが半壊してる。お陰で俺の率いるチームも最前線に行かなきゃならん。元々エースが通った後の見逃してる宝や隠し通路を探す担当だから本当に苦労してるよ」
「そりゃご愁傷さまだな。で、今度は何だい?ヒドラか?デーモンか?」
「いや、スライムだ」
「またスライムかよ!?」
肩をすくめながら苦笑いするダリオの答えに俺だけでなくリティッタやウーシアも目を丸くした。この前のダリオの依頼もスライム退治のゴーレムだったからだ。
「スライムは大変なんだよ。武器は通じない再生力は高いおまけに壁から天井からどこからでも出てくる……もしかしたら俺が一番苦手な魔物かもしれん」
以前よりもさらに貫禄のついたダリオがいやだいやだと首を振る。確かに俺もスライムと正面から戦えと言われたら『剛龍』をもってしても苦戦しそうだなと思う。
「前に作った『キーライア』じゃダメなのか?」
ウーシアが俺の後ろで竿をしまいながら聞いてきた。午後から釣りに行っていたのだがボウズだったようで少しだけ機嫌が悪い。
「『キーライア』ももちろん必要なんだが……とにかく相手がデカイ上に魔法も効きにくくてなぁ」
「デカイって……どのくらいですか?」
「まあ軽くここの工房いっぱいくらいだな」
「はぁ!?」
ダリオの前でまたも目を丸くする俺達。なんだかんだ俺の工房は床面積20平㎡に高さも3メートル強ある。こんな部屋を埋め尽くすスライムなど聞いたことがない。
「ブラークスライムとか言うらしくてな、突然変異種らしい。デカすぎて部屋から出てこないんだが子スライムを分離して獲物を消化させて本体に栄養を持ち帰るっつー滅茶苦茶厄介な奴だ」
はぁー、と深刻なため息をついて説明を続けるダリオ。
「子スライムはなんとか俺達や『キーライア』で倒せるが数が多い。『キーライア』もあと二台は欲しいんだ。それから本体を倒せるゴーレム」
「口で言うのは簡単だけどさ……なんか弱点とかないのか?」
髪の毛をぼりぼり掻きながら俺も眉根を歪ませる。武器も魔法も効かない、おまけに巨大な魔物では対抗策が思いつかない。
「実はスライムってのは核があってそれを破壊されると再生できずに死ぬらしい。普通のサイズのスライムは核の色が薄い上に小さいからそれを狙って潰すのは難しいんだが、ブラークスライムは超巨大化したせいで核がはっきり見える。ここを一気に破壊できれば……」
「でも、その周りを大量の“皮”が取り囲んでいるんだろう?」
「そうなんだ」
ウーシアのツッコミに力なく机に突っ伏すダリオ。相当悩みこんで俺のところに来たようだ。
「正直もう少し弱点とか教えられればいいんだが、俺の持っている情報はこれくらいなんだ。なんとかならないかジュンヤ」
「うーん……子スライムはその本体と同じ性質なんだよな?小さければ『キーライア』で吸入乾燥できる?」
「ああ、でも本体丸ごと吸い込むには『キーライア』の10倍の大きさのゴーレムが必要だと思うぞ」
「俺もそんな単純に解決しようとはしてないよ。とにかく対策を考えてみるし、『キーライア』も二台増産する。しかし相当に金はかかるぞ?大丈夫か?」
俺の心配にベテラン中年はひらひらと手を振った。
「パーティの首脳部会議で決めたことだ。これ以上人的被害を増やすなってな。だから支払いはウチのパーティ全体で支払う、心配しなくていい」
「大所帯パーティだからできる技だな……わかった、一週間くれ。なんとかしてみよう」
「よろしくな、期待してるぜ名誉騎士サマ!」
「と、おだてられても急になんかいいアイデアが出てくる訳じゃないんだよなぁ」
翌朝、リティッタの作ってくれた若鶏のサラダサンドイッチをむしゃむしゃ食いながらボヤく。あれから一晩寝ながら考えたが『キーライア』以上に冴えたアイデアは出てこない。そもそもアレも自分の中ではけっこう傑作だと思っている。
「『キーライア』の後ろにパイプを繋いでどんどん後ろの方に吸い込んで行けばいいんじゃないか?」
と、ウーシアの意見。
「一つのアイデアではあるけど結局どこかで釜を用意して乾燥圧縮をかけなきゃいけない。そのスライムを吸い込みきる前に『キーライア』の回転ファンがオーバーヒートして爆発するだろうな」
「そうか……」
残念そうに肩を落とすウーシアに俺は申し訳なく思いながら仕事の指示をする。
「とりあえずウーシアは例のファンを二台分作ってくれ。大変な数になるけど、丁寧にな」
「わかった」
やれやれと腕を回しながら作業場に向かうウーシア。何せ『キーライア』の吸入ファンは大小含めて百枚近く使うのだ。憂鬱な気持ちになるのは良くわかる。
(ウーシアがいてくれて本当に助かるよ)
鍛冶ギルドのバーラムに彼女を紹介してもらったのも、もう一年近く前になる。思えばあれからいろんなゴーレムを作ってきたものだ。最初はシンプルな戦士型や盾持ちを量産して売ればいいとか思っていたけど、迷宮の魔物討伐はそれほど単純な仕事ではなかった。
「そういえばしばらく鍛冶ギルドの方はご無沙汰だったな、暇そうなら仕事を頼んでみるか。リティッタ、悪いけどちょっと買い物がてら様子を見て来てくれるか?」
「いいですよ」
過酷な労働環境だったせいで、うちに移籍してからも近寄るのも嫌がっていたリティッタだが最近はようやくしがらみも無くなったのか二つ返事で引き受けてくれた。
「サンキュー、さて本題に入るか」
図面台の前に座りスケッチブックを手に取る。この街にはいわゆる紙を作る店は無いのでノートはだいたい王都かムトゥンドラからの輸入品だ。高価だけど現代人としてはやはり紙にペンで描くのが手っ取り早くて手に馴染む。
(『キーライア』と同じ吸収乾燥ってのは、やっぱり現実的では無いだろう。部屋一杯にいるスライムなら壁全体から電撃攻撃をするとか……しかし壁に効率よく電撃を伝わせられるか?うーん……なんかこう、圧縮魔法とか次元転送魔法とかでやっつけられないのかなぁ)
困ったら魔法とか考えるのも、俺も相当異世界に馴染んで来ているなと自嘲しつつアイデアを考え続ける。
(スライムも生物なんだから低温にも弱いだろうな。シャーベット状にすれば後はグラインダーやサンダー(雷ではない)的な武器で削り殺すこともできるか?しかしこの大きさのスライムを凍らせる方法が……)
アイデアを描いてはその上に×を引いて行く作業をしているうちに、もう昼過ぎになってしまった。リティッタの作って置いていった昼飯をウーシアと食べながらお互いの作業の進捗を確認する。リティは今日は市場の特売日なので夕方まであちこちで奮闘しているはずだ。
「ダンナさまの方はどうなんだ?」
「まだまださっぱりだな、ウーシアは?」
「大ファンがやっと16枚。今日中に30ってとこ」
「こっちも鍛冶ギルドに振るか。連中暇してるといいんだが」




