1-80 ゴーレム談義と弓騎士
更新が遅くなりましてすみません
秋口に差し掛かり少しは暑さが和らいできたとある日。俺達はチェルファーナの家でメシを食いながらゴーレムとか商売について語り合っていた。
「最近はやっぱり耐久型のアイアンゴーレムが売れてますね。チェルファーナさんの開発した積層装甲ゴーレムを最近売り出したんですが、ほとんどこれしか売れてません」
助手が板についてきたウェインが台帳をめくりながら言うのを聞いてその雇い主はやれやれと肩をすくめた。
「材料費がかからない割に装甲を強化できるのはいいんだけど、アレ作るのすごく時間がかかって商売としては結局効率悪いのよね。ストーンゴーレムをドカッと買ってくれる裕福な商人でも来ないかしら」
「そんな都合のいい話があるか」
チェルのボヤキを一蹴してオレンジベースの果実酒を飲む。
「でもまぁ少しはチェルも商売人っぽくなってきたんじゃないか」
「ウチの工房も同じ感じですよ。ここのとこ重装甲のゴーレムばかりでたまに支援の射撃型が売れるくらいで……皆さん下層の魔物に随分苦戦させられているみたいです」
ラドクリフあたりの話を聞いていても、地下80階から先は相当の魔窟らしい。大ヒドラやグレートジャイアントゾンビなんてのがうろうろしていて、数時間かけてディルクローネから進んだのに81階の最初の魔物で即後退させられるなんて事はザラだそうだ。このところはいろいろなパーティに突進力のある盾ゴーレムを売っている。これで敵の陣形を崩して各個撃破するのが一般的らしいが、だいたい修理に帰ってくると魔物にボコボコにされたり魔法使いに敵ごと丸焦げにされてたりして、ゴーレムの宿命とは言え少し悲しくなる。
「ダンナさまもこの頃はより火力のある支援ゴーレムを考えているけど、難航しているな」
「人生山あり谷ありって奴だな……でもいい加減何か形にしたいなぁ」
支援型の強いゴーレムが安定して作れれば、各パーティの火力もそれだけアップさせる事ができる。しかし間接攻撃のできるゴーレムの弾数、攻撃力、射程、コストのバランスを取るのはとても難しい。攻撃力が無いのは論外だしかと言ってコストが高すぎても売れない。他の要素も無視は出来ず普通の戦士型ゴーレムや盾ゴーレムと比較しても難しい商品だ。
「初心者の客とかは来ているの?」
「たまーにな。でも話を聞いてると地下30階までの財宝はほぼ無くなっているから新しく冒険者登録をする人は激減しているらしいぞ」
「という事は、今後はお客さんが増えないって事ですか?」
ウェインが俺の言葉に少し青ざめた。せっかくゴーレム屋に転職したのに無収入になると思ったのだろうか。
「そこはこの騎士勲章のご威光よ。これのおかげで他の街からも買いに来てくれてる人がいるでしょ」
「そ、そうでした。でもノースクローネでの売り上げが減るのは不安ですね。市長もいい顔はしないでしょうし」
「そうだろうなぁ。ここからは怪我したり引退する人も増えそうだし、冒険者不足って問題も出てくるかもな」
良くも悪くもこのノースクローネは迷宮探索で成り立っている都市だ。冒険者にとって魅力がない迷宮など文字通りマズい定食屋も同じ。他に特産物も無いこの街が将来寂れずにやっていけるのかは不透明なところである。
「宝がなくなれば、金の出なくなった鉱山みたいに人もいなくなるだろうな」
「そうなったら……他の町に行くんですか、ご主人様?」
リティッタが不安そうに俺の顔を見た。俺よりはノースクローネに愛着があるのだろうか。
「そうだな……ここの迷宮がもう潜れる所が無くなってみんないなくなったら、他の街でやり直さなきゃいけないだろうけど、それはまだ先の話だ。みんなが迷宮を制覇して、ついでに“強大な者”とやらをまた封印するのを信じよう」
「そうね、今からそんな先の事を心配しても仕方ないわよ」
俺とチェルファーナの能天気な言葉に、リティッタも元気な表情に戻る。
「そうですよね。とにかく今を頑張らないと!」
陽も傾いてきたので三人ともおいとまする事にする。家への短い帰り道すがら街の方を見ると、真っ赤な夕陽をバックに黒くそそり立つノースクローネタワーが見えた。もう少しすれば宵闇が深まり月がタワーの上に現れるだろう。
「今夜は三つかな」
「二つですよ。“赤”と“緑”、二つとも半月。ご主人さまはいつまでたってもお月さまが読めませんねえ」
この世界には三つの月が夜を巡る。全ての月が消えるのが一年に一度。あとは満月と三日月とか半月が三つ並ぶとか実にバラエティ豊富で簡単に覚えられるものじゃない。
「地球と違って組み合わせが難しいんだよ」
「月が一つってのは、なんだか寂しいな。夜も暗そうだ」
確かにウーシアの言うとおりかもしれない。こちらの世界は街灯も無いのに月さえ出ていれば夜でも出歩ける明るさだ。
(でも俺は……やっぱり夜は暗い方が落ち着くな)
工房につくと、ポストに小さな包みと手紙があった。家に入り俺が包みを開ける間、リティッタとウーシアが手紙の中を確認する。
「あ、ソフィーヤさんからです」
「いない間に来ていたのか、悪い事したな」
「ええと……『先日作っていただいた『レガリテ』は大変強く頼りにさせてもらっています。先日もう一つ宝玉を発見できたのでまたゴーレムをお願いできますでしょうか。近いうちにまた伺います』……急いでいたのか、走り書きだな。それになんかクセのあると言うか、古い字体を使う人だな」
聞きながら包みを解くと中から金貨や宝石、そして『レガリテ』に使ったのに似た宝玉が出てきた。今度のはイエローグリーンの炎が中で揺らめいている。
「まぁ字は人それぞれだろう。さてどんなゴーレムにしてやろうかな」
「ソフィーヤさんを待たないで作り始めるんですか?」
少し驚いた顔をするリティッタに諭すように俺はゆっくりと言う。
「こうやって大事な宝玉を置いていったのはソフィーヤ自身、時間が惜しかったからだろう。確かに話し合ってからちゃんと仕様を決めた方がいいが彼女もこちらを信用してくれている。大丈夫だ、ソフィーヤが欲しがっているゴーレムはだいたいわかっている」
「どんなゴーレムですか?」
「前衛型の次に必要なのは支援型ってな」
翌日から俺はソフィーヤのための新たなゴーレム開発に入った。その間にウーシアには他の客からのゴーレム修理を対応してもらい、リティッタには部品の発注や接客をやってもらっている。
(なんとか二日くらいでめどを付けなきゃならんな)
宝玉を使った魔導力炉は以前のものをそのまま流用。搭載位置を胴体に戻し(結局中央部分が一番安定する)『レガリテ』に組み込んだ“ギミック”をこちらにも組み込みながら手足を設計し、そこに装甲を貼りつけて行く。
武器に関しては、かねてから研究を進めていた魔鉱石のエネルギーを圧縮し指向性を持たせ放射する魔力砲を採用することにした。普通の魔鉱石だと二、三発で弾切れになるがこの宝玉のパワーがあればよほどの長期戦にならない限り弾数の心配は無いだろう。
「……その肝心の圧縮と射出機構をまとめるのが大変なんだけどな」
宝玉からのパワーを左腕の回転式圧縮器に誘導し四倍までエネルギーを高める。これを一度に放出すると爆発の危険があるので五か所から外に出してそれぞれを収束させて目標の投射するのがこの武器の仕組みだ。収束レールを螺旋状にすることで直進性と破壊力を上げる。最初は銃型で設計を進めていたものの、トリガーの安全性が不安定になりそうなので弓型にして確実性を上げることにした。
二日寝ずに設計図を書いてそのまま製作に入ろうとしたところでリティッタに怒られたので風呂に入り半日寝る。
「肩から内側を経由してエネルギーを圧縮器に……ここからプラチナターミナルで誘導、収束レールに投入。やっぱり一度テストしないと不安だな」
試しに組み立てた魔力弓を見下ろして俺は呟いた。とりあえずこれに魔導力炉を繋げば射撃だけは出来る。俺は少し悩むとそれらを台車に積んで再びチェルファーナの工房へ向かった。
「ちわー」
「なぁに、また来たの?」
気だるそうに主人のチェルファーナがドアを開けてくれた。ウェインはどうやらお使いで出かけているようだ。
「ちょっと急ぎで頼みたいゴーレムがあるんだ」
「同業者割引とかは無いわよ」
胡散臭そうに俺を見るチェルファーナに違う違うと手を振る。
「ストーンゴーレムを一台、今作ってくれないか。本当はアイアンゴーレムがいいんだがあまりカネが無い。できるだけ頑丈で硬いのがいい」
「うーん、じゃあ銀貨で40枚。どう?」
「仕方ないな、やってくれ」
少し割高に感じるがお互い商売だ。時間の無い俺が大銀貨4枚をテーブルに並べるのを見てチェルファーナは満足げに頷くと棚から一個のマーブル状の色をした石を取り床に置いた。そして長い魔法の杖を取り、踊るように杖の先で魔法陣を描いていく。ピンク色をした彼女の魔法の光が床に複雑な陣を完成させると、部屋中に光があふれその次の瞬間には魔法陣が消え、代わりにマーブル柄のストーンゴーレムが立っていた。
「ずいぶん……ムキムキだな」
ゴーレムはなぜかウェイトリフティング選手のようなマッチョスタイルだった。
「こういうのが好みなのか?」
「?カッコイイでしょう」
全く気にもしない様子でスカートからゴーレム錬成の時に巻き上がった埃をはたき落とすチェルファーナ。まあいいか。
「しかしずいぶんスピーディに作れるんだな」
「何のひねりもないゴーレムならね。魔法陣の記入を複雑にするだけよ、後はそれを素早く綺麗に描くだけ。慣れないうちは私もゆっくり慎重に描いてたから同じものでも二日かかったりしてたわ」
「そんなもんなのか。随分レベルアップしたんだな」
「えっへん。……で、この子どうするの?」
「ちょっと実験台になってもらおうと思ってな」
一応気を使って玄関からゴーレムを外に出す。すみやかに台車の上の魔力弓と宝玉で動く魔導力炉を接続しその銃口をゴーレムに向けた。
「え、ちょっと」
「いくぞ……魔力弓、ファイア!」
チェルファーナの事は無視をして仮スイッチを押す。導力炉から解放されたエネルギーは圧縮器から複数の回路を経て弓の中に集まり、その銃口からまばゆいグリーンの光の矢となって発射される。
ビュゥゥゥゥ……ドオォォォォォォン!!
矢はチェルファーナの作ってくれたゴーレムに突き刺さると爆発するように閃光をまき散らし、そして消えた。……ゴーレムもろとも。
「こんなもんか。もう少しパワーを上げてもいいかな」
「ギャアアア!私のジョーニアスが!!?」
俺の背後でストーンゴーレムの短すぎる一生を見届けたチェルファーナが絶叫を上げた。
「何するのよ!鬼!悪魔!ゴーレムごろし!」
「すまん、許してくれ」
「アンタの謝罪にはいつも誠意が無い!」
酷い非難の声を背中に受けながら俺はすぐそこの自分の工房へと戻った。
(メインウェポンはこれで大丈夫そうだ。後は本体フレームを仕上げればいい)
それからまた二日、ウーシアに協力してもらいながら“特別な”仕掛けを組み込んだ本体部分ができた。そこに慎重に魔導力炉と魔力弓を搭載する所で、依頼主のソフィーヤが顔を出す。
「ごめんください」
「ああ、ちょうど良かった。もう完成ですよ」
俺はそう言って彼女に、碧色の細いボディを持つ新たなゴーレムを披露した。
「射撃用ゴーレム『ボルディア』です」
「素晴らしいです。『レガリテ』の心強い味方ですね」
両手をパンと合わせて目をキラキラさせるソフィーヤ。この娘は高貴な生まれだと思っているのだが時々凄く子供っぽいところを見せる。そんな彼女にウーシアが椅子を用意した。
「ありがとうございます、ウーシアさん」
「ソフィーヤさん、宝玉探し大変じゃないですか?ちゃんと休憩は取ってますか?無理しちゃだめですよ」
「リティッタさんも、ありがとう。約束します」
二人にも丁寧に頭を下げる。それからソフィーヤは腰のポーチからまた新しい宝玉を取り出した。今度のは中で白銀の炎が揺らめいていた。
「ジュンヤ様の作ってくださった『レガリテ』のお陰で三つ目の宝玉も回収することができました。この『ボルディア』があればあと二つも近いうちに手に入れることができるでしょう」
「あと二つ……」
俺の呟きに、はいと答えるソフィーヤ。その顔は疲労もあるが悲願成就を前に気力も漲っているようだった。
「わかりました。また新しいゴーレムを用意します。今度は……防御型がいいですかね」
「はい、細かいところはジュンヤ様にお任せしますので。では私はまた迷宮に向かいます。よろしくお願いします」
『ボルディア』を収納したマナ・カードを受け取ったソフィーヤは一礼すると足早に外へ出て行った。その様子を見たウーシアが深い溜息をつく。
「全く慌ただしい娘だな」
「仕方ないさ、街の安全がかかってるからな。彼女にそれをおっかぶせるのは心苦しいけど」
か弱い女の子に迷宮の奥深くに潜らせて大の大人が地上でゴーレムを作っているだけというのは肩身が狭い。しかしこちとら剣術も魔法も知らない地球人なのだ。理性で感情を抑え自分の仕事に徹する事にする。




