1-8 試作型射手ゴーレム:前編
東から吹く強い風で砂漠の砂が街に舞い込んでくる、そんな夕方だった。
「すいませーん」
ホイールに油を挿している所に、工房の入口から若い、朴とつと言うよりはあまり礼儀を知らない感じの男の声が聞こえてきた。釣られたわけではないが俺も面倒そうに声だけで返事をする。
「奥に来てくれ」
ややすると、18くらいの日に焼けた田舎の青年と言った感じの男がやってきた。とはいえそこそこ使い込んだ感のある革鎧にバックラー、腰から下げた剣も動きになじんでいる所を見ると新米の冒険者と言う訳じゃないのだろう。青年は俺と顔を合わせると、ぺこりと頭を下げた。
「どうも、いいゴーレムを売ってくれると聞いてきました」
俺も工具を置き、革手袋を脱いで握手をする。
「ジュンヤだ」
「『青鹿の角』のジェフです」
そのパーティの名前だけは聞いた事がある。確か出稼ぎで近くの村からきている若者たちのパーティだ。
接客用の、簡素だが背もたれのある椅子を勧める。近くでボルトとナットの整理をしていたリティッタが気を利かせて茶を淹れにいってくれた。
「何か困り事が?」
「はい、実はうちの弓使いが実家の手伝いで少し帰らなくちゃいけなくなって昨日街を出たんです。けどさっきバーサ荒野の方に出たっていうログロバッファローの討伐依頼が回って来て……」
この街は冒険者は多いが、本業はみな迷宮潜りだ。その辺をうろついている魔物は放っておけば危険なのだが街から出る報酬も少ない為に討伐依頼を喜んで受けるパーティはいない。結果、ジェフのような中堅以下のパーティに仕事が回ってくる。
「悩んだんですが、ウチみたいなところはこういう仕事も受けておかないといろいろと……」
「なるほど、じゃあ弓が撃てるゴーレムが欲しいって事か?」
「そうなんです。バッファローは残ったメンバーでも倒せそうですが、バーサ荒野はヴァルチャーが多くて……」
「ヴァルチャーか……俺も旅の途中に何回か襲われたが、面倒な奴らだよな」
ヴァルチャー、すなわちハゲワシはこっちの世界でも大きさや姿はあまり変わりない。しかしひどく凶暴で生きている動物に集団で襲い掛かり殺して食うというかなり世紀末スタイルのモンスターだ。翼長3メートル近くある上に意外と連携を取って襲ってくるので一人旅の時は結構危ない目に遭った。
「そうなんです。できれば奴らを射落とせるようなゴーレムがあればありがたいんですが、恥ずかしながらあまり手持ちも無く……」
ジェフはそう言うと頭をポリポリ掻いた。こちらも最初からそう言ってもらった方が話が早くて助かる。リティッタがテーブルにお茶とクッキーを持ってきてくれたので、一口飲んでから聞いてみる。
「狩りは、何日くらいでやるつもりなんだ?」
「3日以内。できれば2日で」
きっぱりと言い切るジェフ。意外と自信があるのだろう。
「わかった。じゃあレンタルにするか。無事に返してくれれば一日銀貨5……いや、4枚でいい」
「本当ですか?助かります」
立ち上がって喜ぶジェフに一応釘を刺しておく。
「多少の傷は仕方ないけど、歩けなくなったり弓が撃てないくらい壊されたら修理代はもらうぜ。仲間の一人だと思って大事に使ってくれ」
「わかりました、ありがとうございます!」
ゴーレムのレンタルは初めてなので特に約款なんかは決めてなかったが、とりあえず簡単な契約書を書き、後でサインをしてもらう約束をする。
「さすがに今夜は出ないよな。明日出発するか?」
「はい、ゴーレムの方は頼めますか?」
「今夜中に何とかしよう。悪いが明日の朝またここに来てくれ」
わかりました、と答えてジェフは席を立つと暗くなり始めている街の方へまっすぐ帰って行った。きっとパーティの仲間と打ち合わせするのだろう
「大丈夫なんですか、ご主人さま」
心配そうに聞いてくるリティッタ。今すぐ出せる弓ゴーレムが無い事を知っているからだ。俺はあくびをしながら書類やペンを片付け始めた。
「まぁ、なんとかなるだろう。とりあえずメシ頼む」
「わかりましたー」
イワシみたいな焼き魚とパンという質素かつ食い合わせのあまり良くない晩飯をいただきながらいろいろと策をめぐらす。リティッタも流石に落ち着かないのかまた同じような心配を口にした。
「フレームはいくつかありますけど、今からすぐ戦える弓装備のゴーレムを作る時間は無いですよ?」
「実はな、弓ゴーレムはあるんだ」
「へっ?」
ごちそうさま、とナイフとフォークを置いて、作業台から魔操銃とカードベルトを取る。マナ・カードの一枚を挿入し俺は作業場の空いている所に向かってゴーレムを解放した。
「ホントに……あるじゃないですか、ご主人さま」
リティッタが嬉しそうにそのゴーレムに駆け寄る。確かにそれは弓を装備したゴーレムだ。右腕の肘から下がまるまる複合弓になっていて、左腕で矢を装填する。弦は機械仕掛けで引き絞り、自動的に標的を攻撃するコマンドを組んである。
装甲は薄めだが、間接攻撃をするのでそこは割り切った。出来るだけ省エネで安く売れるように作ったものだ。
「まだ試作品なんだ。それ」
「そうなんですか?パーツも全部組んであるし……すぐ動かせそうですけど」
俺は返事の代わりに魔操銃で弓ゴーレムにコマンドを送った。既に矢を装填してある右腕を奥の丸太に向ける。
バシュッ!と小気味よい音と共に発射された矢は、丸太に見事突き刺さった。この威力ならヴァルチャーも射落とせるだろう。
「おお!これ、そのまま貸し出しましょうよ!」
脳天気にはしゃぐリティッタさまに俺は、見てろ、とゴーレムの方を指す。弓ゴーレムは撃った弓に再度矢をセットし始めた。ゆっくりと手を後ろに回しゆっくりと矢筒から矢を出しゆっくりと矢を番える。弦もゆっくりと巻き上げられやっと射撃準備が整った。
「……遅い」
「そう、遅いんだ」
1射目から2射目の準備まで実に16秒。これでは戦力として買ってもらうのは難しい。
「人間の射手と同じような動きを再現する機構検討用のゴーレムだからな。実戦で使うところまでまだ改良出来ていないんだ。これをベースになんとか戦闘できる所までもっていかなきゃいけない……明日の朝までに」
二人で壁に掛けてある時計を見る。あと多めに見ても10時間は無い。
「何か案はあるんですか?」
「ない」
俺のあっさりとした返事を聞いて泣きそうになるリティッタを慌てて宥める。
「まぁまぁ、いくつかぼんやりしたアイデアはあるんだ。それのうちどれか使えればいいな……っていうのが現状」
「ううう……とにかく頑張りましょう!私も徹夜でお手伝いしますから!」
真剣な表情のリティッタ。しかし俺は冷静に考えた。
「リティッタ、徹夜は得意なのか?」
「……あんまり」
「早起きは得意だよな」
「はい!その辺のニワトリより早く起きれます!」
元気爆発してる小学生か。しかし、どちらかというとその方が俺にも都合がいい。
「いいか、二人して徹夜して万が一にでも二人とも寝落ちするのが一番ヤバい。それよりはリティッタが早起きして寝落ちしている俺を起こしに来てくれる方が助かる」
「なるほど!何時にくるのが良いですか」
「そうだなぁ。日の出とは言わんが、出来るだけ早起きして後サンドイッチとか作ってきてくれると助かる」
「わかりました!お任せください!」
びしっ!と敬礼するとリティッタはウサギのようなすばしっこさで夕食の皿の片付けを始めた。流しで洗った食器をタオルでふき取り、食卓も拭いてちり取りとホウキで掃除も済ませた。有能だ。俺が同じことをやっても3倍以上時間がかかる。
(何かしらやり方とかコツが違うんだろうなぁ)
「ではまた明日!大変ですけど頑張ってくださいね、ご主人さま!」
幼いなりに可愛らしい笑顔でリティッタは自分の部屋へ帰って行った。外は暗いがそんなに遠い道のりでもないし大丈夫だろう。
「残念ながら送ってやれる時間も無いし、な」
振り返り弓ゴーレムの所へ近づく。隣に小さな作業台を持ってきて、アイデア出しに良く使う黒板とチョークを乗せた。それから、火にかけておいたポットの湯でコーヒーを淹れる。
「馬鹿正直に手で矢を装填する事は無いんだよな。なんか別の動力で……それでこの巻き上げ機も速度を上げなきゃだから、ここのクランクを長くしてバネを二本に……」
考えていたアイデアをとりあえずスケッチに起こす。こうする事でただの脳内の考えが具体的な方針に移り始める。弓の方の改良は見えたので、一旦チョークを置き巻き上げ機に必要な部品のチョイスに移った。
クランクとバネを変えて、チェーンベルトもテンションの高い物に張り変える。これで巻き上げ速度はかなり改善するはずだ。チェーンベルトは高価な部品だがコイツはとりあえずレンタル品なので帰ってきたら他の安い部品に入れ替えよう。
ゴーレムは割と自律的に動いて敵を攻撃するが、場合によっては魔操杖での指示も必要になる。ジェフ達はゴーレムの操作や応急修理には当然慣れていないだろう。出来るだけシンプルに仕上げなければ。
「装填は……とりあえず試しにアレを作ってみるか……」
炉に向かい金属板を出してもらう。ボルト穴を空け、カドを溶接し、開閉する蓋をつけ……金属製の矢を入れるボックスを5つほど急造する。続いて大きめの半円のリングを二枚、その内径に合う歯車も出して強度が落ちない程度に肉抜き。昼間に吹いた暑い風がまだ冷えずに残っているせいで作業場はどんどんと温度が上がっていく。たまらず俺は作業着の上を脱いだ。
作った部品をゴーレムに乗せて、角度を調整したり幅を増したりしているうちに時間がどんどんと過ぎていく。このギミックがうまく組みあがらなかったらもう手遅れだな……と思いながらボルトを締めていく。
(ま、大丈夫だろう)
根拠はないが何となくそう考えて先を急ぐ。これでもゴーレム業界に足を突っ込んで二年目だ、大体の目算はつけられる。俺は一気に残りのコーヒーを胃に流し込み、矢筒ボックスを連結し始めた。




