1-79 竜と槍使い:後編
翌日。
俺はちょうど街に帰って来たケインとルゥシャナをとっ捕まえてディルクローネにやってきた。実際どんな魔物が襲撃に来るかの実地調査だ。なにせ少なからず恩があるから二人も快く引き受けてくれた。
「んだよー、早く帰ってバーでこないだ知り合ったダンサーの姉ちゃんと呑もうと思ってたのに」
ガンッ!と重い何かがぶつかる音がしてケインは沈黙した。ルゥシャナがニコニコと後ろ手に何かを隠しながら振り向いた俺に微笑む。
「冗談ですよ、冗談。ジュンヤさんは命の恩人ですから、もう喜んでお手伝いします!」
「まぁいいけど、使い物にならないようにはしてくれるなよ」
頭のふらついていているケインとルゥシャナと暗いディルクローネの街を歩いていると、前触れもなく人ならざるモノの奇声が響き渡った。続いてガンガンと鳴り出す安っぽい鐘の音、男たちの怒鳴り声が続く。
「魔物だ!羽付きが七……いや八!多いぞ!」
「クソ、一昨日来たばかりじゃねえか!」
上を見上げれば暗い空間の中にうっすらと大きな蝙蝠のようなシルエットが見える。群れで旋回をしながら奇声を上げ、まるで何処を標的にするか狙い定めているようだ。
「いきなり出てきたか」
「アッシュエビルプですね」
弓を構えながらルゥシャナが呟いた。
「強いのか?」
「40階辺りで現れる魔物です。そこそこの腕前の冒険者なら敵ではないですけど、ここで働いているような人達には脅威ですね……引きつけます!」
ルゥシャナが上空に向け、まず一射。矢には笛のようなものが付いていて、ヒュゥ!と鋭い音を引きながら暗闇に消えた。鏑矢みたいなものだろうか。
ともかく、その音に気づいたアッシュエビルプが旋回を止め縦列で飛び込んでくる。ケインが豪奢なマントを翻しながら魔法のレイピアを抜いた。
「出来るだけやっつけるけど、自分の面倒は自分で見てよジュンヤさん!」
「わ、わかった!」
魔操銃を抜きながら下がる俺の前で、ケインは早くも戦闘の魔物を切り裂いた。その向こうから来る次の魔物もルゥシャナの弓が射貫く。転がったその死体は、くすんだ紺色の剛毛のマントヒヒのような身体をしている。
(羽根も角もあるからマントヒヒではないんだろうけど)
俺がそんな無駄な感想を覚えている所に、ケインが珍しく緊張感のある声を発した。
「ジュンヤさん、後ろ!」
「!」
振り向けば一頭のアッシュエビルプが牙を剥き俺の頭を齧ってやろうと襲い掛かってきていた。慌てて地面に向け魔操銃のトリガーを引きながら、叫ぶ。
「『剛龍』!!」
まだ新しい石畳に大きな光の魔法陣が広がる。その中からぬっ、と現れた太い機械の腕が俺に迫るアッシュエビルプの顎をひっ掴み、そのまま近くの店先の壁に叩きつけた。魔物は哀れにも顔面がグシャグシャに潰れてプルプル震えている。
そのまま魔法陣から姿を現した『剛龍』に左の太刀を抜かせ、続けて襲い掛かってくるアッシュエビルプを迎え討つ。
ザクッ!と生々しい音を残し、翼付きの大猿が両断され地面に落ちた。緑色の体液がまだ新しい石畳に広がり隙間に染み込んでいく。
(先に“出して”おくべきだったな)
内心冷や汗を拭いながらケイン達に苦笑いを送る。二人も俺が大丈夫そうだと判断し、それぞれ残りを討伐する。所詮、地下40階程度の魔物では歯が立つ訳もなく、10分足らずでアッシュエビルプの群れは全滅した。
リヤカーに積み上げられて地上へのエレベーターに運ばれていく魔物の死体(ディルクローネは地下のため大きな焼却炉が使えない)を見送りながら、俺はケインに聞く。
「あのくらいの魔物がしょっちゅうやってくるのか?」
「もっと強いのが来ることもあるよ。最近は頻繁だね」
「酷い時は三日に一度とか、いっぺんに30くらいの群れとか出ることもあるんです」
それはかなり厄介だ。ディルクローネは冒険者の他にも食堂や道具屋、宿屋で働いている者も多い。中にはリティッタと変わらない年頃の子もいる。こんな魔物に襲われたらひとたまりもないだろう。
(エディオに飛ぶゴーレムを作ってやるのも、あながち無駄ではないという事だな)
ケインの他にも自警団が出てきて戦っていたのだがどうにも飛んで回る魔物に翻弄されている感じだった。一人でも空中から敵の群れを乱す戦士がいれば自警団に有利になるに違いない。
「それもエディオが自爆して怪我しなければ、だがな」
「何か言いましたか?」
俺の小さな独り言を聞きとったのか、ルゥシャナが振り向いた。流石ハーフエルフ、耳がいい。
「いや、今日はありがとう。疲れてる所悪かったね」
「すぐ用事が終わって良かったよ、さぁーてどこの酒場に行こうかな……」
ケインの軽口が急に止まったので視線をやると、彼の身体を何本ものツタが縛りつけていた。口の所には大小の葉っぱが集まり塞いでいる。もごもごと何かを言いながら悶えているがツタが解ける気配はない。ルゥシャナが冷めた目で見ているところを見ると彼女の精霊魔法か何かだろうか。
「迷宮から帰ったらゆっくり休む。冒険者の基本でしょ」
「モガモガモガ!」
「はいはい、宿屋に帰りましょうね。じゃあジュンヤさん、お疲れ様でした!」
「お、おう。今度メシでもおごるよ。気をつけてな」
「モガモガモガモガモガ!」
ケインをあのまま放置して帰ってきたのはやや心が痛むが、俺も遊んでる時間はない。工房の図面台に座り大きな設計用紙を広げる。
(エディオの体重は俺より10㎏は重い。それに鎧や槍を持つとなると下手したら100㎏は荷重がかかるな)
そんな荷物を一気に上昇させるとなると生半可なパワーでは足りないだろう。
「仕方ない、魔導力炉を二つ使うか」
「またですか?赤字にならないように気をつけて下さいよ!」
後ろで備品を片つけながらリティッタが厳しく釘を刺してきた。彼女にはダブル魔導力炉の印象は酷く悪いらしい。
「人ひとりを飛ばそうってんだから仕方ない。ちゃんと代金は支払わせるよ」
半分くらいはツケになるかもな、と思いながらざくざくとラフを描く。『剛龍』ほどの出力では無く、もう少し小型の炉を使い重量も軽減させる。前は苦労したが一度完成させてしまえばそれはもう俺の技術だ。どんなゴーレムにでも応用して搭載する事が出来る。
『ファンガルー』のファンを流用して両翼に配置。エディオが乗りやすくなる足場やハンドルを配置していけば、思ったより迷いなく完成形が見えてきた。
「話を聞いた時はどうなることかと思ったが……普通にドラゴンだな」
設計図を見たウーシアがふむふむと納得したように頷いた。翼が丸いローター状になっている以外はメジャーなドラゴンの姿をしていると思う。
「結構大きくなりそうですね。工房に入りますか?」
「計算ではギリギリだな。横寸法は3メートルちょっと……まぁなんとかなるだろう。ウーシアはまずこの羽から頼む、根本と先の方で角度が変わってくるから気をつけてくれ」
「わかった」
俺からメモを受け取ったウーシアがホットパンツの下から肉付きのいい下尻を見せながら作業場へ行くのを横目で追っていると、リティッタに力一杯頬をつねられた。
「あにすんだよ!」
「従業員をスケベな目で見ているからですよ!」
いかん、セクハラで訴えられれば会社が倒産しかねない。この街に裁判所があるのかは知らないが。
「ご主人さまはエロいのに、女の人とデートとかしないですよね……隠れてしてるんですか?」
「忙しくてできないんだよ。それに俺は遊び人じゃない。ちゃんと愛する人以外には気軽に手を出したりはしないんだ」
「ふぅん」
不意にリティッタが俺の胸元に滑り込むように身を寄せて、顎の下に鼻先をつける。まるで西部劇の悪党が銃を突き付けられたように俺は上向きになって動けなくなった。
甘い匂いが、鼻腔の中をくすぐった。
「な、なんだよ」
「私は、ちゃんと待ってますからね」
「へ?」
フフッ、とどこか歳下の子供をからかうような目で俺を見てから、リティッタは身体を離し二階の方へ上がっていった。
「なんなんだよ、もう」
顎の下に残るリティッタの温度を指で撫でてから、俺も作業場に入った。小型とはいえ、二つの魔導力炉を同じ出力にするには時間がかかる。ウーシアに作業の指示を出しながら急ぎ目で仕事を急いだ。魔導力炉から増幅機を通して出るパワーを無駄なく可動するウィングに回すのは結構な手間がかかり、またエディオと連携しての戦闘プログラムもかなりの分量を書く事となった。
バタバタした一週間が過ぎた頃、その依頼主であるエディオが工房にやってきた。
「どうも、ゴーレムの方はどうスか?」
ワクワクと子供のように期待の目を向ける彼の前で、ウーシアと二人でゴーレムに掛けてあったシートを勢いよく剥がす。
「うおお!?」
ゴーレムを見たエディオがその異様に動きを止めた。その前には彼の希望したドラゴンゴーレムの巨体があった。
「ドラゴンゴーレム、『リヴァンガルー』だ」
「『リヴァンガルー』……」
銀色の装甲に包まれた、流麗なシルエットを持つ竜の姿。大きく広がる翼に長くうねるように延びる尾、敵を威圧する獣に似た頭部。自分で言うのもなんだがかなり趣味に走ったデザインに仕上げてしまった。
「か、カッコイイ!これこそオレの欲しかったゴーレムですよ!」
「気に入ってもらってよかったよ。早速外で試運転してみよう」
ウキウキしまくっているエディオと共に裏の実験場に出る。一度マナ・カードにしまった『リヴァンガルー』を出し、俺は専用に作った小さな魔操杖を渡した。
「腰のベルトにでも差しておけばいい。持ち手の考えに反応して上昇したり急降下してくれたりするはずだ」
「すげぇ便利っスね」
「……とりあえず乗ってみろ」
ウス!と体育会系な返事と共に『リヴァンガルー』の背中に飛び乗るエディオ。ハンドルを握ると両翼のファンが回りだし砂埃を巻きあげた。
「う、と、飛べるんスか、コレ?」
振動に揺れる『リヴァンガルー』にビビっているエディオに俺は黙って頷いた。それを見て覚悟を決めたのかエディオは歯を食いしばり空を見上げると、ハンドルを握り直す。
「行け!『リヴァンガルー』!!」
ヴォオオオオオオオ!
返事の代わりに激しいローター音を轟かせ、『リヴァンガルー』は離陸した、あっという間に俺の工房よりも高く上昇する。
「飛んだ!飛んでるよジュンヤさん!」
「当たり前だ!そういうように作ったんだからな!」
俺の返事も聞かず、ヒャッホーとバイクに乗りたてのヤンキーみたいに『リヴァンガルー』をぶんぶん乗り回すエディオ。やがて満足したのかゆっくりと地上に帰ってくる。
「いやー、ほんとありがとうございます!」
思わず敬語になったエディオに俺達三人も苦笑する。
「どうやら使いこなせそうだな。一応あの飛び降りる技を使っても地面スレスレなら『リヴァンガルー』が急降下して回収出来るぞ」
「そっか!……まぁもう少し練習してからやってみようかな」
(ビビッてんじゃねーか)
まぁ戦う前から大怪我されても困る。ツッコミのかわりに本題に入ることにしよう。
「で、肝心の支払いの方なんだが」
そもそも依頼が突飛だったので値段交渉までするのを失念していた。しかし警備兵をやっているのだから最悪ローンでも支払いは出来るだろう。
「はい!いくらなんスか?」
「ええと、こちらになります」
リティッタがそっと請求書を差し出す。受け取ったエディオはそれを見てびょんとまた飛びあがった(自力で)。
「銀貨171枚!?」
「すまん、出来るだけ材料費を削減したんだが、この飛行性能を追及するとどうしてもな」
「お支払い、よろしくお願いいたします」
ぺコリと愛嬌よく、そして残酷に頭を下げる財務大臣。エディオは嫌な汗を流しながら俺の方を見た。
「これ、バックレてオレが『リヴァンガルー』で逃げたらどうなります?」
「そんあ事もあろうかと自爆装置を搭載しておいた」
「ま、マジすか!?」
あんぐりと口を開けたままで固まるエディオに俺も意地の悪い笑みを見せる。
「試してみるか?」
「いえ、素直に払います」
「いい心がけだ」
俺達はにっこりと笑いエディオとローン契約を結んだ。
後日聞いたところでは『リヴァンガルー』に乗ったエディオはディルクローネの守護神とまで呼ばれるほどに活躍していたが、ある日新技を披露して屋根に墜落し(回収には高度が足りなかったようだ)しばらく入院する羽目になったらしい。




