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1-78 竜と槍使い:前編


その日の依頼は、一風というかだいぶ変わっていた。


「てなわけでね、俺を乗せて飛べるドラゴンのゴーレムが欲しいんですよ」


「はぁ」


俺は間抜けな返事を漏らしつつも酸っぱいレモネードをずずずとストローで飲んだ。リティッタが朝市で買ってきてくれた採れたての新鮮なレモンを使っているので美味いし健康にも良い。レモンがやや希少品なのでいつでも飲めるわけでは無いのが残念だ。


「ええと、悪いけどもう一度説明してくれるかな」


俺のお願いにいいですよ、と頷いたのは一歳か二歳くらい年下と思われる若い男だ。くるくるとクセのある金髪の巻き毛とイエローグリーンの丸い瞳が子犬のような印象で実年齢よりも彼を幼く見せているのは間違いない。対照的に体の方は引き締まった筋肉が目につく。確かエディオと名乗っていたような。


「自分は元冒険者だったんですけどね、もう自分の実力で行けるところはあらかた探掘されつくしちゃったんです。元々そんなに才能もないみたいで……それで戦士の経験も活かして警備兵になろうと思いまして。ちょうどディルクローネの警備兵募集ってのが出てたんで」


「ディルクローネの治安はそんなに悪くなっているんですか?」


いつの間にか俺の横にちゃっかりアイスティーを持って座ってきたリティッタが尋ねる。迷宮地下50階に建設されたディルクローネに時々魔物が入り込む事は俺も聞いていた。結界文字で障壁を張ってあるからそうそうある事ではないようだが、腕っぷしに自信のある人ばかりいるわけでは無いので魔物対策は厳重に考えられているハズだった。


「地下50階より下からくるのはそんなにいない。逆に最近は上の階から飛んでくる魔物が多いんだ。強さはそんなでも無いけど、ダイレクトに街の上から来られると退治が難しいんだよね。結界も流石に空中まではカバー出来てないみたいで」


「なるほどな」


神聖文字での結界は地面を歩いてくる魔物には通じるけど翼を持つ者には影響が薄いか。なんか合理的なようなそうでないような、とにかく筋は通っている気がしないでもない。


「で、ええと飛べるドラゴンのゴーレムですか?それに乗って魔物をやっつけに行くんですか?」


「まあ直接殴っても良いんですけど、外国には変わった流派があるらしいんスよ」


「変わった流派?」


頭を捻る俺たちの前にエディオは古い巻物を広げて見せた。ボロボロで読み解くのも困難な骨董品のその巻物の一部に、槍を持って魔物に突撃しようとしている戦士の絵が描かれていた。


「これは?」


「ナントカって国に伝わるカントカって槍の戦闘術を記したものらしいんだけど」


「全然何もわからない説明ですねえ」


呆れ顔のリティッタのコメントに一瞬グッと言葉を詰まらせるエディオ。


「とにかく、これは竜の力を使って上空に飛びあがりそこから敵目掛けて飛び降りてくる槍術らしいんだ」


「竜の力を?」


俺はもう一度巻物を見た。描かれているのはその槍を持った男と黒い犬のような魔物だけで竜に相当するようなモノは無い。男の着ている鎧が多少変な形をしていると言えばしているくらいだ。


「竜の力って言うのが具体的に何なのかは俺にも読み解けなかった。肝心の部分が破られていて……でもとにかく高いところまで上がれれば同じことが出来ると思いません?」


「できるかもしれませんけど……弓とかの方が安全じゃないですか?なんか危なそうな技に見えますけど」


リティッタの意見がいちいちもっともなので俺は横でうんうんと頷くだけで済む。


「弓、苦手なんスよね。それにこの技で街を守ったらカッコいいッショ!」


「はぁ」


じゃ、ヨロシクっス!とあくまで軽い感じでエディオが帰って行った後、俺とリティッタはそれぞれ唸りながら腕を組んだ。ウーシアはまた湖に釣りに行っている。もともと今日は仕事をせずにのんびりして疲れを取ろうと話し合っていたのだ。


「どう思う、リティッタ?」


「頭が悪そうですね」


「いや、そうじゃなくて……」


バッサリと切り捨てるリティに俺も一瞬絶句する。この娘はチャラい男と頭の悪い男がたいそうお嫌いらしい。


「この戦い方だよ。こっちの世界じゃこんな奇抜な技があちこちに伝わっているのか?」


「いえ、聞いたことないですけど」


よかった、民○書房が必要な世界では無いようだ。


「こんな攻撃したら敵に命中しても外しても痛い目に遭うぞ。アイツ、そんなに身軽でも無さそうだし」


「まぁでも良いんじゃないですか?本人がやりたいって言うんですし」


「オマエ、バカには本当に冷たいなぁ」


依頼通り空までエディオを上げるゴーレムは作れなくもなさそうだ。しかしそれで大怪我なんかされたら寝覚めが悪い。最初はゴリラみたいなゴーレムでも作ってブン投げてやろうと思っていたがそういうワケにもいかなそうだ(本人もゴリラじゃ納得しなさそうだし)。


「ま、何日か時間は貰ってるから落ち着いて作ることにしよう。リティッタ、ちょっと出かけてくる。留守番頼むな」


「わかりましたー」









財布だけを持って工房を出る。道すがら露店で安いワインを買い、俺はそのまま街を横断してメルテの魔導具屋に足を向けた。古びてギシギシ鳴るドアを開け上から声をかける。


「メルテ、いるか?」


「ウチは貧乏だから年中無休よぉー……」


景気の悪い返事だがとりあえずいるらしい。階段を降りていき、だらしない格好でカウンターに座っているメルテにワインの瓶を渡す。


「ほれ、差し入れだぞ。仕事中には飲むなよ」


「カタい事言うのねえ」


ありがと、と酒瓶を受け取るとメルテの眼が普段とは違う思慮深い色を見せた。


「例のポーションの件ね」


「なんかわかったか?」


彼女の細い指が机の下から一つの小瓶を持ち出して、コトンと立てた。青いガラスの細長い瓶。それはあのソフィーヤが俺の工房に置いていった空き瓶だった。


「中身の水滴を調べたけど……水だったわ。ただの水じゃあ無かったけど」


「どういう意味だ?」


「簡単に言えば魔力を含んだ水って所かしら。わたしも専門家じゃないから正確な説明はできないんだけど、魔術の儀式なんかに使われる物に似ているわね」


ソフィーヤには悪いなと思いながら俺は気になってその瓶の中身をメルテに調べてもらっていた。他に心当たりもなかったのだが、なかなかどうして人選ミスというわけでもなかったらしい。


「魔術の儀式って、例えばどんな類の奴なんだ」


「そりゃあいろいろよ。転移の儀式にチェルファーナちゃんが作るマテリアルゴーレムの作成とかマジックアイテムの錬成……、タチが悪いのになると悪魔召喚やら死霊術とかまで。量は少ないけど含んでいる魔力の量は結構多かったから高価なものでしょうねえ」


死霊術という言葉に、何か背筋を冷たいものに触れられたような感触を覚える。


「それって誰か偉い魔法使いが水に魔力を入れるのか?」


ふるふると首を振ってから、メルテは煙草を詰め替えてキセルに火をつける。ふうっ、と彼女の艶のある唇から漏れた紫煙が狭い店に漂った。


「そういうのもあるみたいだけど、人造では一定以上の魔力濃度にはならないんだって。だいたい地下深くの魔鉱石の鉱脈近くを通る地下水がこういうのになるみたいだけど。もしかしたらここの迷宮のどこかから湧き出ているかもね」


「……もし」


俺は一瞬躊躇しながらも、肝心の事を聞いた。


「もし、これを飲んだら……どうなるんだ?」


メルテは俺の質問に目を丸くして、数秒呼吸さえ忘れたかのようにあんぐりとした。


「飲んだの!?」


「いや、飲んで無い!」


俺はな、と内心で付け加えた俺の前でメルテがはあーと長い安堵のため息を漏らした。


「驚かさないでよもぉー……。毒よ毒。命に関わるレベルのね。飲んだって美味しくも無いし健康にも良くないし全く意味はないわ」


それから暗い紫に染められた爪先で小瓶に貼られた古びて剥がれかけているラベルを指す。


「このラベル、見ての通りボロボロで文字もほとんど滲んじゃってるけど古代神聖王国で使われていた物に似てるわね。何が書いてあったのかはさっぱりわからなかったけど」


「そっか」


平静を装って俺は机の上の瓶を回収した。


「ありがとうな、助かったよ。前も頼んだけどコイツの件は内密に頼むぜ」


「いいけど、今度はなんか買いに来なさいよぉ」


ひらひらと手を振って俺はメルテの店を後にした。







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