1-77 勲章と宝玉:後編
充分に肉と魚と酒を楽しんで帰ってくると、疲れが出たのだろうリティッタとウーシアは早々に寝床についてしまった。
「霧雨か……」
ぬるいコーヒーを飲みながら、部品在庫の計算をしていた俺は開いていた窓から夜風に乗って入り込んでくる細い雨に気づいた。立ち上がり窓を閉めようとしたところで暗い夜の闇の中から染み出るように近づいてくる白い傘と人影が目に入る。俺は窓を閉めると早足で玄関に向かいドアを開けた。
「こんばんは。夜分遅くにすみません、ジュンヤ様」
やってきたのは、やはりというかあのソフィーヤだった。傘の下で纏っているマントや軽鎧はいつも以上に傷が多く泥だらけだ。疲れからか生気の無い顔が強張っている。
「お久しぶりです。心配していましたけどご無事でよかった……とりあえず中へどうぞ」
ソフィーヤは靴が酷く汚れている事を気にしているようだったが、俺は半分無理やりに細い手を握り引っ張り込んだ。それから一階の簡易コンロで湯を沸かす。
(前は紅茶は残してたな……コーヒーにしてみるか)
振り返ればソフィーヤは椅子について細い首を少し傾けると下を向いたまま深いため息をついている。相当に疲労が溜まっているようだ。コーヒーと砂糖菓子を二人分用意してテーブルに戻る。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい。すみませんぼんやりして……これを飲めば大丈夫です」
そう言うとソフィーヤはポーチから細いポーションボトルを出した。古いラベルのついたその青い瓶は本当に小さく親指二本くらいの長さのものだ。蓋を開け中身を一息に飲むと、ようやく落ち着いたのか表情にいつもの柔らかさと気品さが戻ってきた。
「ジグァーンとの戦い依頼でしたね。あの時は助かりました。ありがとうございます」
俺は遅くなった礼を言いながらテーブルにコーヒーカップを置いた。
「いえ、こちらこそ……まさかあんな真正面から戦いを挑むなんて思わなくて驚きました。皆さんが無事で良かったです」
それから、ふと気づいたように俺の胸元を見て少し驚いた表情を見せる。
「ジュンヤ様、神聖王国の騎士になられたのですか?」
ソフィーヤが見たのは今日貰った騎士勲章だ。しかし彼女の指摘は少し違っている。
「ああ、今日貰ったんです。でも神聖王国では無いですけどね」
神聖王国というのは大昔に滅んだ国の事だ。今この辺りを統治しているのはヒュルテ正王国という建国200年くらいのまだ若い国で、この勲章もその王様から授与された。
「そうなんですか、確かに……よく見ると細かいところが違いますね。でも凄く似ています」
ニッコリと笑うソフィーヤの話に引っかかる部分はあったものの、時間も時間なので俺は本題に入ることにした。
「姫様の騎士達の修理ですか?」
「修理というか……」
またすまなそうな表情になったソフィーヤ。立ち上がり魔操杖にマナ・カードを挿すと順番に二機のゴーレムを作業場に召喚した。
「これは……」
ゴーレム、いやゴーレムだったものと呼ぶべきか。『ヴァルケルフ』も『エルディゴ』もそれぞれ腕や脚を失い、武器も壊れて使えなくなっている。装甲はあらゆるところが凹みヒビが入り、歯車もガタガタ。今までウチに持ち込まれたゴーレムの中でも一番酷い壊れっぷりだ。
「ごめんなさい、大事にしていたのですが深層の魔物たちは本当に凶暴で……」
「いや、貴女を守るのがこの二機の仕事ですから。しかしここまでやられると修理というわけにはいかないですね……新しい物を用意しましょう」
「すみません。その事で相談なのですが」
そう言いながらソフィーヤは革のカバンから握り拳より一回り大きい、水晶球のような青い宝玉を取り出してテーブルに置いた。一見ただの宝石に見えるがその中には小さな炎のような光が灯っていた。
「これは……」
「以前お話させていただいた、私が探していた宝玉の一つです」
「見つかったんですね、おめでとうございます」
俺の言葉にソフィーヤは小さく笑みを見せた。
「まだ他の宝玉も集めなければいけないのですが……ジュンヤ様、この宝玉を使ってゴーレムを作っていただけませんか?」
「この宝玉で?」
俺が改めて青い宝玉をよく見ると、その周囲が僅かに歪んで……水の波紋のように揺らめいている。恐る恐る手をかざすと何か見えない波動のような力が感じられた。
「ジュンヤ様のゴーレムにも使われている魔鉱石。その中でも非常に強い力を持つ高純度の物に魔法的な加工をして仕上げたのがこの宝玉です。理論的には同じ仕組みでゴーレムに使えると思うのですが」
「もしそうなら、コイツはとんでもないパワーを持っているって事ですね。体感できるくらいのエネルギーを放出してる魔鉱石なんて見たことがないですし」
俺はふと、ソフィーヤの言葉から気付く物があった。
「……この宝玉、ひょっとして“強大な者”とかいう奴に使うものなんですか?」
探索が進むにつれノースクローネ迷宮群が、その“強大な者”を封じるために作られたのは間違いが無いらしい。その迷宮の中にある強い力を持つ宝玉となれば、封印に関係していてもおかしくない。
「はい。詳しくは説明できませんがそのために作られたのがこの宝玉なのです。全てを集めることで再び封印を施せる……」
「“強大な者”の復活の前に、という事ですか?」
「そうなるように急ぐつもりです」
ソフィーヤは真っ直ぐな瞳で俺を見つめながら肯定した。良くわからないところも多いがあのジグァーン討伐の時の様子を見てもノースクローネに仇なそうという人には見えない。
「わかりました。この宝玉のエネルギーを使えば強いゴーレムが出来そうです」
「よろしくお願いします。私は一週間ほどまた旅支度をしていますから」
「間に合うように急ぎます……しかし他の冒険者の力を借りてもいいのではないですか?自分の知り合いの中にも信用の出来る人間は何人かおります」
俺の言葉にソフィーヤは少しだけ考えるようにしたが、ふるふると小さく金色の髪を揺らした。
「何度かお願いしようとも思いましたが、やはりこれは私の仕事です。彼らは名誉と財宝を求めて迷宮に挑む者達。私の宿命に巻き込むのは……」
そう言って寂しそうな微笑みを残しソフィーヤは立ち上がる。
「夜分遅くにすみませんでした。ゴーレムをよろしくお願い致します」
翌朝、起きてきた二人に俺は宝玉を見せながらソフィーヤの依頼の話をした。徹夜で設計図を描いていたので俺はもう眠い。
「なんだかいつもの依頼とは違ってプレッシャーがかかるな」
ウーシアはベーコンエッグの黄身を潰しながらそう呟いた。確かにただ魔物退治に使うのではなく街の安全を守るための大事なゴーレムと言われれば多少は緊張もするというものだ。
「そうだけど、急に聞いた話じゃないしな。王国騎士勲章なんて物を貰っといて危ないから街から逃げ出そうなんてワケにもいかないだろう」
「当然です。ソフィーヤさんから頂いた宝石の分、ご主人さまにはしっかり働いてもらいます」
鼻息荒くそうのたまうリティッタ財務大臣。ソフィーヤからは今回もたんまりと宝石や金貨を貰っている。冗談抜きでうちの工房の収入の三割以上がソフィーヤからの依頼かもしれない。
「かしこまったよ。今回も動力炉で時間を食いそうだ。だからゴーレム自体はシンプルな白兵用で行く。ウーシアは残っているヴェゼル鋼で盾とロングソードを。リティッタは宝石を換金して材料費を確保してくれ。俺はこの宝玉を魔導力炉に組み込む作業に入る」
「りょーかいです!」
「わかった」
作業場に入り、昨日のうちに出しておいたいくつかの炉を開ける。まだ燃料である魔鉱石は入れていない空っぽの状態だ。
魔導力炉というのは基本、魔鉱石の反発から生まれる圧力を使用する。一般的なのは灰灼の魔鉱石を中心に置き、その周りを囲むリングに橙光の魔鉱石を取り付ける方式だ。この組み合わせだとお互いに反発するエネルギーが発生してリングが回転を始める。この運動エネルギーでゴーレムを動かす寸法だ。ただし魔鉱石はお互いの力を掻き消そうとエネルギーを放出し続けるため、最後には両者とも力を失った石ころとなる。
「この宝玉は恐らく青嶺の魔鉱石……ならば」
宝玉を炉の中に入れて対応する碧風の魔鉱石をリングに取り付ける。蓋を閉めて始動レバーを押し込み、少し離れて様子を見る……。
ギュ……イイイイ……。
始動開始。予想通り魔導力炉は運転を始めてくれた。ホッとしたのも束の間、炉のリングから動力を拾っている歯車の回転がどんどんと加速を続けている。
「ヤベェ!」
緊急停止操作は間に合わない。俺が慌てて近くに立てかけてあった『ライア』ゴーレム用の盾に隠れるのと同時。
ドォォォォォン!
けたたましい爆発音が工房の外まで響きわたる。窓ガラスも何枚か割れたかもしれない。恐る恐る盾の影から出てくると工房の中に黒煙が立ち込め、肝心の魔導力炉はバラバラに吹き飛んでいた。
(内圧に耐えられなかったか……宝玉は!?)
慌ててまだ熱い炉の残骸の中を探すと、ソフィーヤから預かった宝玉が見つかった。憎たらしいまでに傷一つ見当たらない。
「コイツは……弄り甲斐がありそうだぜ……」
宝玉を手に立ち上がる。滅茶苦茶になった工房を見ながら俺は技術屋魂に灯が点いたのを自覚して笑いをこぼした。
それから一週間、俺は必死に宝玉のパワーを制御出来るゴーレムの製作に没頭した。ちょうど『剛龍』の新型炉を作った経験も役に立った。人生何年経っても勉強である。
(それにしても……コイツは難儀したな)
いろいろ試した結果、宝玉を炉に密閉するとパワーが溢れすぎて魔導力炉が耐えられない事がわかった。それで宝玉を半分炉の外に露出させ、中の方で小さいリングを多重に回転させ運動エネルギーを生成する。ぱっと見エネルギーの効率が悪そうだがそれでようやく実用的なレベルまで出力が抑えられるのだ。露出することで熱の放出もできて安全性も高まる。
炉を安定稼働させることができるようになったためゴーレムもなんとか完成させる事が出来た。
「『剛龍』もそうだが、随分と頑張ったなダンナさま」
俺の肩を叩いてねぎらってくれるウーシアも憔悴してボロボロだ。武器と盾以外の装甲も頼むことになったので起きている間はほとんどハンマーを振っていたと言ってもいい。とりあえず少し休んだら釣りにでも行ってリフレッシュして来てもらおう。
「ウーシアも、ありがとうな。お陰で間に合った」
「しかしスタンダードなゴーレム、という割には随分といろいろ歯車やバネを仕込んでいたな。ワタシにはよくわからなかったが何に使う装置なんだ?」
流石ウーシア。俺が詰め込んだ機能に気づいたか。しかし今はまだ全貌を明かすわけにはいかない。俺はニヤリと笑ってはぐらかした。
「なに、先々必要になるかもとな」
「ご主人さまー!ソフィーヤさんがいらっしゃいましたよ!」
「おう、入ってもらってくれ!」
リティッタにそう応えると、ややしてソフィーヤが工房の中にやってきた。
「こんにちは……なんか大変な作業のようですね」
工房内いっぱいに散らばった道具や材料を見渡してソフィーヤが恐る恐るそう言った。最初の炉の爆発からこっち、ロクに片付ける時間もなかったのだ。煤汚れの顔のまま俺とウーシアは笑って新しいゴーレムを披露した。
「なんとか間に合いましたよ」
「貴女の新たな騎士、『レガリテ』です」
宝玉と同じ、紺碧の装甲に包まれた武骨な騎士。右腕に大きなシールド、そして左腕に一体化したヴェゼル鋼のロングソード。宝玉を持つ魔導力炉はシールドで守りやすい右肩に搭載した。『剛龍』以上の大きさを持つ巨体は作った当の本人にも圧迫感を与える程だ。
「これは……本当に強そうですね」
圧倒されつつも笑顔をこぼすソフィーヤ。どうやら気に入ってくれたようだ。
「装甲厚も『ヴァルケルフ』の二倍以上。パワーは三倍です。こいつはちょっとやそっとじゃ壊れませんよ」
戦闘力では攻撃を重視した『剛龍』に劣るが、耐久性ではこちらが上だ。長い迷宮探索でもソフィーヤを守ってくれるだろう。
「いつも素晴らしいゴーレムをありがとうございますジュンヤ様」
「いえ、いただいている報酬に見合う物を作っているだけですから」
謙遜してそう言う俺にソフィーヤは優しい笑顔のまま首を振った。
「何とか宝玉を一つ見つけられましたが、魔物の強さにこれ以上進めないのではないかと思っていました。でもこれでまた先に進む勇気を貰えました。本当に感謝しています」
俺は『レガリテ』をマナ・カードに収納しソフィーヤに手渡しながらもう一度繰り返した。
「先日も言いましたが、冒険者の中にも街の安全のために戦ってくれる者もいます。決して一人だけで無理をしないで、自分や冒険者を頼ることも考えて下さい」
「わかりました。私も爺やの教育のせいかどうも堅物と言われる事が多くて……肝に銘じます」
「頑張って下さいね!」
夕暮れの中、再び迷宮に旅立っていくソフィーヤを俺達は見送る。その背中は小さく、とてもこのノースクローネの平和を一人で背負えるようには見えない。
「大丈夫ですかな、彼女は」
ポツリと呟くウーシアの言葉に、俺は上手い返事が言えない。
「使命感は強いが、思慮深いところもある。無茶をしないよう信じよう」
「そうですね……」
『レガリテ』の出来には自信があるがそれも相手次第だ。迷宮の深奥には何が潜んでいるか、ただのゴーレム技師の俺には何もわからない。俺達はそれぞれ不安を胸に押し込めて工房に戻った。




