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1-75 師と弟子と:後編


双発動力炉の開発は今までのゴーレム製作の中でも辛酸を舐めるものだった。二つの炉の出力が同等でないと炉が自壊する程のエネルギーがリバースするし、今までの三倍の出力に耐える内壁も不可欠だ。安定器、加速器も新しいものが必要になった。燃費が極悪になった分リザーブタンクを内蔵する羽目になってしまったし、最初の設計からは大きくシルエットが異なる機体になってきてしまった。


(カッコよけりゃ強いというわけでは無いけどさ)


それなりに外見にもこだわりたい。何せ『瀑龍』に代わる俺の名刺となるゴーレムとなるわけだから。最初は色はどうしようかなぁとか考える余裕も少しはあったが、今はとにかく完成させるのが先決だ。そろそろケインも退院する頃合いだろう。


「リティッタ、コイツの塗装考えておいてくれるか?」


「私の好きに塗っていいんですか?」


キラキラと輝くリティッタの瞳を見て俺は一つだけ注文をつけた。


「……ピンクだけは勘弁してくれ」


「ええー」


何がええーなのかは知らないが、最悪の事態は回避できたようだ。ブツブツ言いながら倉庫の塗料缶を見に行くリティッタをよそに俺は再びゴーレム製作に没頭する。


「出力値は……何とか許容範囲か。六つも炉を台無しにしたからな、今はこれで作るしかない」


改良を重ねに重ねた二つの新型炉の相性はそれなりのようだ。加圧器の両側で同じ音を立てて稼働するエンジンを見てほっと胸を撫でる。変更したフレームに合わせる鎧や武器の製作など、残っている問題を俺達は駆け足で片付けていった。


そして、あの雪辱の帰還から一週間。


「さあ、気合入れて行くぜみんな!」


ディルクローネの迷宮入り口で気合を入れるケイン。毒も抜けてすっかり元気になったようだ。その派手なマント(新調したらしい)を翻す彼の前でルゥシャナを含む『月光一角獣』のパーティメンバーも、おー!と声を揃える。


「頼もしい若者たちでござるな」


俺の隣でトウジロウ氏がしみじみとそう言った。流石に戦国時代の武将鎧というわけにはいかないが、軽さと防御力を重視した黒塗りのコンポジット・アーマーを着込み腰には愛用の刀、額に鉢金を巻いたその姿は立派な侍に見える。


「俺もトウジロウ殿もそんなに年寄りじゃないですよ。それよりいいんですか?こんなことに付き合ってもらって」


「迷宮探索は専門ではござらぬが、嶋乃殿に狼藉を働いた賊の成敗となればこの『清月』を抜かざるを得ますまい。家内もわかってくれておりますゆえ」


「感謝します」


あの超絶技量の剣術を使うトウジロウ氏がいればこんなに心強い事はない。頷きで返事を返す彼の後ろからリティッタがバタバタと弁当箱を持ってきてくれた。


「気をつけて行ってきて下さいね」


本当に心配そうにしているリティッタの頭をぽんぽんと叩いてからウーシアに預ける。


「大丈夫だ、五人もボディーガードがいるし今の俺には“あの”ゴーレムがいる。今夜には帰るから俺の好きなメシを用意しておいてくれよ」


自信たっぷりに頷く。強がりや慢心では無く、冷静に戦力を比較してもこのパーティが負けるとは思えない。ウーシアもリティッタの肩を抱きながら優しく言い聞かせる。


「そうだな、あのゴーレムを倒せる人間なんてこのノースクローネにはいないだろう」


「……わかりました。皆さん、ご主人さまをよろしくお願いします」


深々と頭を下げたリティッタにケインが任せといて!と胸を張った。


「命の恩人のジュンヤさんのためだ。絶対にその山賊野郎をやっつけて『瀑龍』も取り返す!」


「ジュンヤさんも無事にお帰ししますからね!……調子に乗ってないで行くわよケイン!」


「おう、待ってくれよルゥシャナ!」


ルゥシャナを先頭に歩き出した『月光一角獣』の面々を俺とトウジロウ氏も追いかけ始めた。










地下都市ディルクローネから前回と同じルートを進む。今度は結界は使えないが代わりに戦力は充実しているので魔物が出ても正面から討伐できた。ケインの剣術はよりレベルアップしているしルゥシャナの弓に魔法使いの多彩な魔術がケインをよくサポートしている。ダメージを受けた時の白魔導士の回復術も頼もしかった(ただ彼は解毒魔法が苦手という致命的な弱点も持っていたが)。後ろから不意打ちを仕掛けてくる魔物はトウジロウ氏が全て一撃で首を落としていた。休憩ポイントでルゥシャナが淹れたお茶を飲みながらケインが嘆息する。


「トウジロウさん、すげぇなぁ」


「ケインも稽古をつけてもらったら?」


「拙者も、ケイン殿とは一度手合わせ願いたいでござる」


「一回ならいいけど、くれぐれも俺の首だけは斬らないでくださいよ……」


あの陽気なケインの本気で嫌そうな顔を見てみんなが大笑いする程に余裕がある。出てくる魔物だって、あの砂漠迷宮で戦った連中とは比べものにならないくらい凶悪なものばかりなのに、それらを順調に始末していくケイン達も凄い。さっきも三面四腕を持つ巨大猿を接敵から三分かからずに倒しているし。


それはつまり。


「……あのゲィルズ団も結構なやり手という事だよな」


「この辺りを行く冒険者がいい装備を付けてたり高価な宝を持ってたりってのはわかるけど、何もこんな所で追いはぎしなくてもいいよね。普通に商隊の用心棒とかで働けば良いのに」


「そういう生き方が出来ない性分なのでござろうな」


トウジロウ氏がため息を漏らすように言う。


「拙者も学問や畑でもやった方が世のためになると思いながら、剣の道を捨てられずここまでやってきてしまった。きゃつ等もそのような連中なのだろう。これ以上罪を重ねぬ前に刀の錆としてやるのが情けというもの」


トウジロウ氏はトウジロウ氏で思うところあって同行してくれたようだ。昔江戸で何かあったのだろうか。


「難しい話はわからないけど、やっつけた方が世の中のためって事だよな。殺さない程度に痛めつけて王都の官吏にでも引き渡しちまおう」


ケインはそう言って焚火を消した。それから全員に疲労回復のポーションを配る。


「休憩はこれで最後だ。連中のアジトも近いはず、探し出して一気に強襲をかけるぞ」


しかし、みんながそのポーションのフタを折る前に聞き覚えのあるドスの効いた低い声が響いた。


「そりゃあおっかねぇ話だな」


部屋の出口から唐突にあのゲィルズが姿を見せる。その後ろには奪われた『瀑龍』も立っていた。慌てて周りに目線をやると、四つある出入口からそれぞれ武装したゲィルズの手下が入り込んでくる。


「最近カモが減ったから妙だなとは思っていたぜ。しかしこんなバカ正直にまっすぐやってくるとはな」


勝ち誇るように言うゲィルズに、しかしケインも不敵に笑いながら魔法のレイピアを抜く。


「小悪党退治に手の込んだ策はいらないのさ」


「小僧が、舐めやがって。野郎ども、皆殺しだ!」


ウォォォォォ!!と声を上げて襲い掛かってくる手下どもにケイン達とトウジロウ氏が散開して立ち向かった。


「嶋乃殿!雑魚どもは拙者たちが!」


「すまない……!」


周りに剣戟がオーケストラのように響きわたる中、俺は一人ゲィルズと対峙した。ニヤリと下品な笑みを浮かべたゲィルズが魔操銃を握り『瀑龍』の二本の刀を抜かせる。その刃や鎧には返り血がついたままでまるで戦場をさすらう落ち武者のようだ。


(よくも俺と師匠の『瀑龍』を……)


「わざわざここまでリベンジに来たってか。しかし冒険者でもない、そしてこのゴーレムを奪われたお前さんが俺に勝てるのか?」


「勝てるさ」


俺は感情を押し殺し短くそう答えると、持ってきた予備の魔操杖に一枚のマナ・カードを差し込んだ。


「我が命により界封の楔を解く……」


杖を前に向け、スイッチを押す。


「出でよ、『剛龍』!!」


挿絵(By みてみん)


マナ・カードから眩い光が溢れエメラルドグリーンの魔法陣が俺とゲィルズの間に描かれる。そして、その中からゆっくりと、音もなく巨大な鎧武者の姿が現れた。深い緑を基調とした分厚い鎧に身を包み、背中には四本の長物を方陣のように備えている。金色に光る前立て、左右の腰に差した太刀、まさしくそれは『瀑龍』以上の威圧感を備えた武者の姿だ。


ドスン!と丸太でも倒したのかという振動に、戦っていた全員が一瞬動きを止めこちらを見る。それはただ新たな俺のゴーレム『剛龍』が一歩を踏み出した足音だった。ゲィルズがゴクリと唾を飲みこむ音がここまで聞こえる。


「いいもん持ってるじゃねぇか。コイツ返すからそっちをよこしな」


「ふざけろよ」


魔操杖をふるい太刀を抜いた『剛龍』を突進させる。振るう刃がキィンキィン!と『瀑龍』の二刀と打ち合い火花が散った。一刀でありながら『剛龍』は『瀑龍』をどんどんと退かせていく。


(やはり、オートモードで戦わせているな!)


『瀑龍』に限らずゴーレムは基本自己判断で戦闘を行う。当然『瀑龍』はオートモードで戦ってもその辺の魔物に引けは取らない。しかし作り手の俺にはオートで動く『瀑龍』の動きは全てわかる。どんなに鋭い突きや力強い斬りであっても、俺の操る『剛龍』に致命傷を与えることはできない。


「クソ、キタネぇぞ!強ぇゴーレムなんか持って来やがって!」


「……お前が負けているのは、単純な性能差じゃない」


「何ぃ?」


俺の言葉の意図を掴みきれないゲィルズに俺はびしっと指を指した。


「マシンゴーレムはデリケートな機械だ。10回も戦闘させればそれなりのメンテナンスが要るがお前は『瀑龍』をほったらかしだ。そして何より、マシンゴーレムの操作自体俺とお前では雲泥の差がある。勝負になるなどと思う方がどうかしているんだ」


「ふっ、ふざけやがって!」


歳の離れた若造に馬鹿にされたのがよほど頭に来たのかゲィルズは兜の奥で眼を血走らせ吠えた。だが、歳の差がそのまま力の差となると思うのはこういうタイプにありがちな低能な思考だ。


「ちょ、調子に乗ってんのも今の内だぞ……見ろ!」


ゲィルズが魔操銃のトリガーを引く。銃口から紅い光が奔り『瀑龍』の刀に紅蓮の炎がまとわりついた。


(『劫火殲刀』まで使えるようになっていたか)


「ハッハッハ!この破壊力はお前も良く知っているだろう!降参するなら今の内……」


(何故か)立場が逆転したと思い笑い出すゲィルズをほっといて俺もマナ・カードを入れ替えた。杖からのコマンドに従い『剛龍』が空いている手で背中の武器の一つ、長槍を掴んだ。


グルンッ!と唸りを上げて槍を回すと、その穂先から冷気が迸り始める。冷気は槍全体を包みその穂先は氷の刃に包みこんだ。


「な、なんだそりゃあ!ズルいぞ!?」


「ごちゃごちゃ五月蠅えよ」


『剛龍』が氷の長槍を投げつける!高速で空を切り襲いかかる槍を『瀑龍』は両の燃える刀で受け止めた、が。


バキィィィン!


「ンなっ!?」


受け止めた刀は二本とも真ん中でバッキリと折れた。槍はそのまま後ろにいたゲィルズのすぐ横に刺さり軽くその髭をも凍りつかせる。


「な、ななな……」


「『瀑龍』と魔操銃、返してもらおうか」


ズン!とまた地響きを立てて『剛龍』がゲィルズに詰め寄る。山賊の親玉は悲鳴混じりに魔操銃を『瀑龍』の背中に向けた。


「よ、寄るんじゃねえ!仲間を殺すぞ!」


(!)


半狂乱になったゲィルズが折れて半分になった刀を持つ『瀑龍』を走らせた。その先には、こちらに背中を向けていたルゥシャナ。折れた刀でも『瀑龍』の力なら人を斬り殺すのは容易なことだ。ケインが青い顔で叫んだ。


「ルゥシャナ!」


「させるか!」


一挙動でまたマナ・カードを入れ替える。ここから『瀑龍』からルゥシャナを救うには、この手しかない。


「疾く来たれ天の稲妻。我に集い塵壊の剣となれ!……『裂空雷刃』!!」


魔操杖から発した眩い光が『剛龍』の太刀にぶつかり、バリバリッと激しく電光を散らせた。『剛龍』が両手で太刀を掲げるにつれ電光は増殖しやがて刀身の三倍もの長大な剣となる。


(すまない、師匠、『瀑龍』!!)


心の中で詫びながら俺は雷の剣を振り下ろした。電光の刀身は更に伸びて『瀑龍』に打ち降ろされる!


激しい落雷の音が、響いた。


「……あ、ああ……」


『瀑龍』、いや『瀑龍』だったものがガラガラと音を立てて崩壊していく。その全ては激しい雷撃に撃たれ真っ黒に焦げ付き、至る所から細い白煙の筋を上げていた。


「ルゥシャナ、無事か!?」


「う、うん……」


ケインがルゥシャナに駆け寄る。どうやら間にあったようだ。俺は安堵の溜息を吐くと、再びゲィルズに『剛龍』を向けた。


「おしまいだな」


「ち、畜生!!」


もはや正気を失っているのか、口から泡を吹きながら眼を血走らせたゲィルズが魔操銃を捨て鎖鎌を手に取った。その鎌をこちらに向けたところで、俺の横から一陣の風の如く影が飛び出す。


「見苦しいでござるぞ」


一閃。トウジロウ氏の愛刀が虚空にきらめいた。そして音もなく落ちる鎖鎌を握った手首。


「うぎゃああああ!」


「お、お頭ぁ!?」


ゲィルズが血の吹き出す右手を抑え床を転がる。その姿に手下達も最後の戦意を失ったようで、一人また一人と武器を手放した。その手下達を魔法使いが捕縛魔法で縛りつけて行く。最後に失血で意識が朦朧とし始めたゲィルズも魔法のロープで縛ると、ケインは帰還の巻物を出して俺の肩を叩いた。


「ゴメンな、ジュンヤさん。『瀑龍』を壊させちまって……」


「ごめんなさい」


隣のルゥシャナも頭を下げる。俺は二人に苦笑いしながら肩をすくめて見せた。


「仕方ないさ、元はと言えば俺の油断もあった。……街の冒険者を何人も傷つけてしまった『瀑龍』をまた使うわけにもいかないしな」


それからぽんぽんと傍らに立つ『剛龍』を叩く。


「これからはコイツが俺の相棒さ。さぁ、帰ってメシを食おう。リティッタがいっぱい作って待っているハズだ」







ノースクローネに帰った俺達は冒険者ギルドにゲィルズ団を引き渡し報奨金を貰ってから工房に戻った。予想通りリティッタとウーシアはは俺一人じゃ食べきれないほどの料理を作ってくれていた。ピザにステーキ、パスタ、フルーツサラダにプリンと至れり尽くせりだ。『月光一角獣』のメンバーがいてくれて助かった(トウジロウ氏も誘ったのだが奥さんが待っているからと帰られてしまった)。


「本当に皆さんにはお世話になりました。お礼には足りませんが一杯食べていって下さいね」


「全然充分だよリティッタちゃん!つうかこのピザうめえー!」


「食べながら喋らないの!」


みんなで騒がしくパーティのような食事を楽しむ。『瀑龍』は確かに残念だったがみんなで無事に帰ってこれて良かった。師匠も許してくれるだろう。


「ところであの『剛龍』だっけ?凄いよなあのゴーレム。いったいいくらで作ったんだい?」


「はて?まだ計算してなかったな。結構かかったような気がするけど」


ステーキに齧りつきながらケインに答える俺に、リティッタが一枚の紙を手渡してきた。


「はい、ご主人さまがお出かけの間に計算しておきましたよ」


「おお、サンキューリティ……銀貨983枚ぃぃぃぃぃぃい!?」


俺の上げた大声に『月光一角獣』の面々も一斉に口の中のものを吹きだした。


「きゅ、983枚!?」


「どんだけつぎ込んでんだよジュンヤさん!」


俺もまさかの金額に手が震えてきた。確か『瀑龍』を作った時は400枚くらいだった。まさか倍以上使いこんでいたとは……。茫然となる俺にニッコリとリティッタが微笑みかける。


「魔動力炉を何個も壊しちゃったのが大きかったですね。武器も六個も作りましたし」


隣からのリティッタの視線が俺の胃をぐりぐりとえぐった。あまりの痛みに食欲が一瞬で無くなる。


「明日から、ガンガン働いて一杯稼いで下さいね、ご主人さま」


「は、はひ……」




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