1-73 師と弟子と:前編
夢を見ている。
「ジュンヤ……」
夢と思うのは師匠が俺を呼んでいるからだ。そうでなければ、自分で気づかないうちにあの世に向かっているからか。
「ジュンヤ……何処へ行く」
「何処へって……俺は師匠の技と名前を広めるためにマシンゴーレムを作るよ」
辺りは真っ白な霧に包まれていて師匠の姿は見えない。本当にあの世に向かっているのだろうか、それにしてはビジュアル的に淡泊過ぎるだろうと俺は勝手な判断をしていた。
「そうではない、ジュンヤ……」
師匠の言葉は、俺と会話しているというよりまるで独り言のような呟きに聞こえた。姿を探そうと四方八方に首を巡らしても師匠どころか他の生き物の気配すら無い。
「師匠?何を……」
「お前は先に行くのだ。先へな……」
「先?」
それっきり師匠の言葉は途切れて聞こえなくなった。どうすることも出来ず茫然と佇んでいる俺の身体を見えない波のような力が、ゆらり、ゆらりと揺らしはじめる。
「師匠……」
揺れはどんどんと大きくなる。その場から意識が切り離される感覚。今まで何度となく体験してきた、夢の世界からの離脱……。
「ご主人さま!」
ぱちり、と目が開く。リティッタが俺の顔を覗き込んでいるのが網膜に映り、脳が現実に帰ってきた事を実感した。
「やっぱり夢か」
ハンモックから身を起こすと、リティッタはすまなそうに眼を伏せながら少し離れた。
「ごめんなさい。うなされていたものですから心配になって……」
「いや、大丈夫だよ。リティ」
気にするな、と頭を撫でてゆっくりとハンモックから降りた。窓からは明るい朝日が差し込んでいる。何も変わらない俺の工房の朝だ。
「久しぶりに夢に出るなら、顔も見せりゃあいいのに」
「なんですか?」
「独り言だ。コーヒーを淹れてくれ、砂糖抜きでな」
わかりました、とキッチンに向かうリティッタのポニーテールを見ながら、俺はシャツを着替えて大きく深呼吸をした。今日も仕事が溜まっている。モヤモヤしたままの気分では作業ははかどらない。と、そこに工房のドアをドンドンと叩く音が響いた。
(随分と気の早い客だな)
早足でドアに向かい開けるや否や一人の、小柄な人物が中に入り込んできた。
「あ、貴方が、ジュンヤさん?ですか?」
10代後半くらいの短いブロンドヘアーの少女だ。息も絶え絶えになりながら俺にそう問いかけてくる。
「あ、ああ。そうだ。リティッタ!水も持ってきてくれ!」
少女の汗のかき方も尋常ではない。取りあえず椅子に座らせ呼吸を整えさせる。
「そんなに慌てて、一体何を頼みに来たんだ」
「す、スミマセン。ワタシはルゥシャナといいます。ええと、そのう……『月光一角獣』(ムーンライトユニコーン)というパーティの弓使いです」
「『月光一角獣』と言えばケインのパーティじゃ無いか」
あの派手と華美を全身で表している軽い剣士のパーティにこんな大人しそうな女の子がいるとは思わなかった。髪も飾り気がないし、服もいたってシンプルな軽鎧を着た狩人そのものだ。俺はリティッタからコップを受け取ると、そのままルゥシャナと名乗った少女に手渡した。
「あ、ありがとうございます。実はワタシたち、森林迷宮の62階でフィアーローズの大群に囲まれてしまって……みんな毒の棘を受けて壊滅寸前になっちゃったんです。リーダーのケインが囮になってくれたおかげで他のメンバーは脱出に成功したんですが、ワタシ以外は毒が抜けずに病院送りになってしまいました。ケインも棘に刺されながら囮になったので今頃全身に毒が……」
「ケインはまだ迷宮に残されているってことか?」
「はい。他のパーティに救助依頼を頼みたかったのですが60階より先に行ける人達は出払っていて……お願いです、手を貸してもらえませんか!」
ばっ、と床に手をついて嘆願するルゥシャナに、リティッタが青い顔をして答える。
「話はわかりますけど、ご主人さまは冒険者じゃないんですよ!」
「わかっています。でも他に頼れる人もいなくて……ジュンヤさんのゴーレムの力は良く知っています。なんとか手伝って頂けませんか!このままじゃケインが……」
二人の女に挟まれて俺は唸った。助けに行くならすぐにいかなければならないだろうが、流石に62階と聞くとビビってしまう。地下17階ですら死にかけたというのに。
「脱出の巻物とか使えばいいんじゃないのか?」
「50階から下は移動系魔法が制限されるエリアがあるんです。運悪くケインと別れた場所はそのエリアで……」
俺が思いつくような方法ならとっくにやっているという事か。
「じゃあ、何かいい手は無いのか?」
「私は魔物から気配を感じさせないようにする結界魔法が使えます。範囲が狭くて二人までですけど、ケインの所まで魔物を避けながら辿り着く事はできます」
「……確実に?」
「保証します」
若いながらも歴戦の冒険者の顔で頷くルゥシャナ。地下60階越えは伊達では無いらしい。俺は覚悟を決めることにした。
「リティッタ、“アレ”の準備を」
「ご主人さま!?」
驚きと恐れで声を裏返すリティッタの手を握る。
「ケインは確かにチャラいが死なせたくは無い。大丈夫、無理はしない。約束する」
「ご主人さま……」
「頼む」
俺の眼を見てリティッタは渋々と顔を伏せると、そのまま倉庫の方に走っていった。俺もすぐに身支度を始める。
「あ、ありがとうございます!」
「礼はケインを無事に連れ帰ってからだ。こっちは迷宮潜りはほとんど素人なんだから頼むぞ」
「はい!よろしくお願いします!」
リティッタとウーシアに工房を任せ俺達はディルクローネから森林迷宮下層に進む。思えばディルクローネにまともに来るのも初めてだ。街と開拓村の合いの子みたいな雰囲気を持つ独特の地下街を結構な数の冒険者が往来している。商人や子供のいるノースクローネ中とは違い武器や鎧をつけたままの戦士の姿が多く、危険な迷宮とすぐ隣合わせなのだと思い知らされる。
そのメインストリートからだいぶ離れた所に、更に下に進む階段が見えてきた。雑な作りの門にペンキで『森林迷宮』と殴り書きがしてある。ここから十階ちょっと、俺たちは急いで潜らなければならない。
「ルゥシャナだっけか。そのフィアーローズってどんな魔物なんだ」
「壁沿いにツタを伸ばして侵入者を攻撃してその死体から栄養を得る紫バラの魔物です。棘による直接攻撃がメインで、ツタの数が多いうえに延びてくるスピードも速く奇襲を受けやすいんです」
「つくづくケインは草とか植物に因縁があるな」
「まぁ森林迷宮自体植物系の魔物が多いんですけど……ここから結界魔法を使います。手を繋いでください」
慌ててルゥシャナの華奢な白い手を握る。その時彼女の髪の間から少し尖った耳が見えた。
「君は……エルフなのか?」
俺の声にルゥシャナは少しだけうら寂しそうな笑顔で振り返った。
「ハーフです」
(ハーフ……エルフ)
そういう存在がいることは聞いていたが、実際に見るのは初めてだ。ルゥシャナはまた前を向くと俺の手を引いて迷宮を進み始めた。
「ご存知かも知れませんが、ハーフエルフはその出自のせいで大体嫌われるんです。中途半端な見た目、中途半端な寿命……人間の街でもエルフの里でもうまく馴染めず……嫌われるというよりは周りも扱いに困るんでしょうね。だんだんそういうのがわかるようになってきました」
「……」
黙って聞きながら俺も暗い迷宮を進む。
「物心ついた時はもう一人でした。親も無く友達もいなく…もう40年。狩人の真似事をしながら森で一人で生きていたところにケインがやってきたんです。あのあんまり深く考えて無い笑顔で『一緒に冒険しないか?』って」
「……」
「最初は暇潰しのつもりでした。どうせこの人達もそのうち私から遠ざかっていくだろうって思って。でも彼は……私と普通に接してくれたんです。普通に……それが、嬉しくて」
ぐすっと鼻声になるルゥシャナに、俺は少し気遅れしつつも聞いてしまった。
「好きなのか」
「……はい」
俺たちの会話以外はコツ、コツと石畳を踏む足音しかしない。ルゥシャナの手元には足元しか照らせない小さなランタンがあるだけだがハーフエルフである彼女には暗闇の中も見えているようだった。
「たぶん、ケインはちゃんと人間の女の子のお嫁さんと結婚するでしょう。彼モテますし……その方がいいに決まってます。彼だってオジサンになって、おじいちゃんになって……ずっと子供みたいな容姿の私といるのが辛くなるでしょうし……ごめんなさい、こんな話をして」
「別に、いいじゃないか。それでも」
?と俺の言った意味が分からずにまた振り返るルゥシャナ。
「諦めるのはちゃんと相手にフラれてからでもいいだろ。少なくとも俺ならこうやって命懸けで助けに来てくれる女を、その辺の可愛いだけの街娘と同じに見たりはしない。結局はケイン次第だろうけどさ、案外あっさり君を嫁にしかねないんじゃないか」
「……優しいですね、ジュンヤさん」
「よく言われるよ」
それからは二人とも黙ってただ進み続けた。途中、結界魔法の通用しないゴーストやスライムに遭遇したがどちらもルゥシャナが精霊魔法で危なげなく退散させた。流石ベテラン冒険者だ。一度食事を挟んだだけで、後は驚くほど早く62階に到着した。ツタがへばりついている通路を慎重に進むと、唐突に大の字で倒れている男の姿が見えてきた。
「ケイン!」
駆け寄るルゥシャナに遅れないように俺も走り出す。結界からはぐれて魔物に襲われたら事だ。
「ケイン!大丈夫?ケイン!?」
「ル、ルゥシャナか……?」
普段からは想像も出来ないほど弱弱しい声で返事をするケイン。暗い迷宮の中でさえ顔色が悪いのがわかる。毒がケインの身体を蝕んでいるのだ。
「何とか間にあったようだな」
「ジュ、ジュンヤさん……?どうしてこんな所に……」
「話は後だ。ルゥシャナ、少し下がっていてくれ」
俺は魔操銃に一枚のマナ・カードを挿入すると、ケインの横に一台のゴーレムを召喚した。
「これは……?」
出現した不格好なゴーストにルゥシャナが困惑した。細い手と大きな繭の形状の胴体を持つ、自分でも強そうとは言えないフォルム。その胴体の前面をがばっと開く。
「救急用のゴーレム『ジュテリック』だ。重体患者を搬送することができる。中からは薬草の成分がミスト状になって充満し回復もするという画期的なゴーレムだぞ」
「す、凄いですね」
俺の説明に驚きつつもケインを担ぎあげるルゥシャナ。俺も反対側に回り一緒にケインを『ジュテリック』の中に担ぎ込み、胴体と両脚をベルトで固定した。それから前面カバーを閉めてハンドルを回すと、胴体部分が横になりブシューという蒸気音と共に解毒草を絞った汁を含んだ緑色のミストがケインの入っている中に充満する。
「ゲホッ、ゲホッ。臭い!苦しい!」
「我慢しろ、健康のためだ」
文句を言うケインを一喝し、俺はゴーレムを転進させた。ミッションはまだ終わっていない。ケインを何とか帰還の巻物が使えるエリアまで搬送しないと。
「どのくらい戻れば巻物が使えるんだ?」
「少なくとも一つ上の階までは……ちょっと待って下さい」
ルゥシャナが俺の行く手を制する。その視線の先、三メートル程前にある曲がり角から複数人の足音と話し声が聞こえる。
「冒険者……?」
「なら、いいのですが。この付近には厄介な連中がいるという噂が……」
「厄介?」
ルゥシャナが弓を構えると同時に曲がり角から相手も姿を現した。
「ヒュゥ。こりゃまた不思議なメンツの冒険者だな」
先頭にいた粗暴そうな髭面が嘲笑するように言う。人数はざっと七、八人。いずれも使いこんだ鎧に斧やメイスを装備している。その悪人ぶりを隠そうとしない目つきも冒険者と言うよりは山賊に近い。
「やっぱり……『ゲィルズ団』」
「知ってるのか?」
苦々しく言うルゥシャナの表情からは、とても仲の良い知り合いには見えないが。
「この辺りを根城にする強盗団です。冒険者ギルドも討伐隊を出していますが複雑な通路と魔物を盾に潜みながら、冒険者パーティを襲い金品や財宝を奪っている……」
そりゃあ迷惑な連中だ。
「俺たちも有名になったもんだなぁ……てな訳で、それなりの額を置いていけば見逃してやってもいいんだぜ」
奥から銅色の鎧と目元まで隠れる兜を被った筋肉質の男が出てきた。大きな鎖鎌をぶら下げている。コイツがボスだろうか。
「生憎と、貧乏市民でね」
後ずさりしながら俺は冗談めかしてそう言うが、とても逃がしてくれそうな雰囲気じゃない。手下達がじりじりと両サイドから間合いを詰めてきた。
「じゃあその変なゴーレムでいいや、置いていきな」
「これこそ置いていけない。中に大事なモノが入っている」
「舐めてんじゃねェゾゴラァ!」
しびれを切らしたらしい若い手下が少し錆びたナタを振り上げて襲い掛かってきた。が、俺も仕込みは終わっている。
「『瀑龍』!」
マナ・カードを入れてあった魔操銃から愛機『瀑龍』を召喚する。魔法陣の奥から駆け抜けるようにして出現した『瀑龍』が右手で太刀を抜きざま手下のナタを叩き折る。手下はひるむ間もなく逆の拳で顔面を殴られ、血反吐を吐いて吹っ飛んでいった。
「野郎!」
「囲んじまえ!」
今ので『瀑龍』の強さを見極められなかったのか、他の手下が武器を抜き一斉に襲い掛かってきた。流石に殺したくはないので『瀑龍』にもそれなりに加減をさせる。裏拳や蹴りで手下達は順番に倒れていった。
「お、親分!」
「なんでなんでぇ、だらしねぇなあ。それでもお前らこのゲィルズ様の手下か?」
部下をほとんどぶちのめしたのにボスのゲィルズとか言う奴はまだ余裕の表情をしている。コイツがまさか『瀑龍』以上の強さを誇るとは思えないが……。
「次はアンタか?」
「いや、むしろそのゴーレムが気に入った」
何?とゲィルズの言葉の意味を確かめる間もなく、ヒュンと空を切り鎖鎌に分銅が俺の手首を打った。
「ツッ!?」
痛みと驚きで魔操銃が俺の手を離れる。その銃が床に落ちる前に、手首を打った分銅がまるで蛇のように魔操銃に絡みつきゲィルズの手元に引き寄せられた。
「しまった!?」
「やはりこれが無けりゃゴーレムを操れんか」
ヒュンヒュンと鎖を回しながら魔操銃を持て遊び憎たらしい笑みを見せるゲィルズの前で、俺は確かに冷静さを失いかけていた。
(まさか魔操銃を奪われるなんて……どうする、『瀑龍』無しで戦えるのか……)
「……ジュンヤさん、お願いです。一度引いて下さい」
「なんだって!?」
ルゥシャナが顔を強張らせながら俺の方を向いた。
「あのゴーレムは、必ず取り戻すお手伝いをします。今はケインを……お願いです、どうか……」
「……」
ケインを乗せている『ジュテリック』は予備の小さな魔操杖(ポケットに入るペンくらいの大きさ)で何とか誘導はできる。手下が回復しない今なら何とか逃げられるかも知れないが。
(しかし、『瀑龍』を置いては……)
「逃げられると思うのか?」
ジリッとにじり寄るゲィルズに、ルゥシャナが短い呪文を唱えながらガラス玉をいくつか投げつけた。玉は順番に弾け激しい閃光を放つ!
「クソっ!このアマ何しやがる!」
「ジュンヤさん!こっちへ!」
ルゥシャナが俺の手を引いた。仕方なく俺は『ジュテリック』を誘導しながら彼女に従い走り出した。




