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1-69 学者と山師と市長と俺:後編



ウーシアが鍛冶ギルドに泊まり込みに行った翌朝、今度は真っ白いローブに姿を隠した来客が来た。


「どちら様で?」


「私だよ」


フードの中からこっそりと素顔を覗かせたのは良く見知った顔だった。市長だ。台所から離れられないリティッタの代わりにドアを開けた俺は、訝しみながら工房に市長を招いた。


「何だいそんな暑そうな格好で」


「たまにはお忍びというのをやってみたくてな」


時々この市長は子供っぽいことを言う。


「というには半分口実で、実は大っぴらにしたくない悩み事が出来た」


「“封印”がどうのこうのって話か」


「何で知っている?」


市長の細い目が驚きで大きく見開いた。今日は彼のレアな姿ばかりを見る。


「アニーに聞いた。大丈夫だ、あの様子だとあちこちで言いふらしてる感じじゃない」


俺の言葉にホッと市長が胸をなで下ろす。それからクイ、とズレたメガネを直し口を開いた。


「聞いているなら話は早い。ジュンヤの意見も聞きたくてな」


「意見って……俺は地球人でこっちの魔物だの迷宮だのにはそんな詳しい訳じゃ無いんだぜ?」


「わかってる。しかしマーテやギルドの人間にも相談しにくてな。ジュンヤの所ならみんな口は堅いだろうと思って」


そうかなぁ、と俺は台所で料理を作っているリティッタの背中を振り返った。忙しそうなので仕方なく自分でアイスコーヒーを二つ用意する。


「だいたい、こうやって相談に来るならアニーが来た時に呼んでくれりゃ良かったんだ」


「いきなりやって来て冒険者ギルドを閉鎖しろと言われればこっちも反発してしまうだろう。何せ街の根幹事業なんだ」


「それで滅びちゃ世話は無いぜ」


ズズズと音を立ててストロー(こっちの世界にはブローストローという非常にストローに適した植物が栽培されている。吸うと音が出やすいのが欠点で、貴族の子はこれで音を出さないようにジュースを飲むのがマナーの第一歩らしい)でコーヒーを飲む俺に市長は渋い顔を見せた。


「ジュンヤもこれ以上の迷宮攻略をやめた方がいいと思っているのか?」


「まぁ、最初からそういう話だと知っていりゃあな」


俺はアニーの話を聞いてから考えていた事を整理し直しながら話し始めた。


「しかし俺達は地下50以上を踏破し、ジグァーンをも倒してしまった。今にして思えばあの巨人も封印の一つ、いや封印を守る番人だったのかも知れない」


「ジグァーンが?」


「ああ。これだけ複雑な迷宮群にいきなりあんな広大な空間を作って強い魔物を配置するってのは、やっぱり不自然だと思わないか?」


確かにな……と考え込むように唸る市長に推論の続きを聞かせる。


「とにかく、ノースクローネの冒険者達はかなりの深度まで迷宮を踏破している。ジグァーン以外の封印に関する部分も知らないうちに破壊してしまっているかも知れない。それなら……あくまでも慎重にだが、この迷宮に封印されている者の正体を確かめて再度強固な封印を施す……という手しか無いんじゃないか?」


「そうする事でノースクローネの住民も守るという訳か」


「そういう事をしないで、今まで通りとにかく迷宮の奥へ奥へとがむしゃらに冒険者を進ませるってんなら、俺も街を出させてもらう。おっかないからな」


「それは困る。わかった、冒険者達にも迷宮の調査に当たらせよう」


慌ててそんな事を言う市長。もう少し主義を大事にして欲しかったが人命を尊重したという風に取っておこう。ぐったりと疲れた様子でとぼとぼと帰る市長を見送るリティッタが首をかしげた。


「市長さん、元気ないですね。何の話だったんですか?」


「何、大したことじゃないさ」


(少なくとも、今はな)


リティッタの頭を適当に撫でてからゴーレム作りに戻る。今回は久々に盾ゴーレムの『ライア』フレームをベースにした。脚の後ろにはさらに踏ん張れるようストックを追加。腰はがっしりと固定できるように大きく重いギアを乗せる。その上にはメイン魔動力炉にサブのサプライヤーを用意した。これで『ライア』フレームでも重い武器を取り回せる。


「『ライア』のフレームはこれで最後ですね」


「暇を見て補充しとかんとなあ。マナ・カードとオイルの在庫も少なかったはずだ、ヤンバさんに頼んでおいてくれ」


「了解です……この子もお腹の中に何か仕込むんですか?」


リティがゴーレムの胴体部分に空洞があるのに気付いた。前に作った『ディケルフ』の機構を更に改良したものだ。こうやって前に作った物を流用できると何だか得した気になる。


「ああ。今までゴーレムを作ってきてわかったが、パワーのいる特殊な装備を搭載するならやっぱり魔動力炉に近いこの部分が一番都合がいい。バランスも安定させやすいしな」


「ゴーレムも自由自在に作れる訳じゃ無いんですねぇ」


「そこがモノ作りの楽しい部分でもあるけどな」


歯車に機械油を塗りながら、鼻歌混じりに答える。装甲以外の部分はほぼ完成に近づいてきたところで、ウーシアも布でくるんだ大きな荷物を抱えて帰ってきた。


「お疲れ様、ウーシア」


「手間がかかった。とりあえず風呂に入らせて貰う」


「ああ、なんなら背中を流してやろうか?……アダぁッ!」


軽いジョークで片足の指を全部失うところだった。リティから逃げるように包みを抱えてゴーレムの所へ行く。


(ウーシア、また腕を上げたな)


布の中から出てきたのはランスのように太いシルエットを持つ槍だ。円では無く四角錐で形成されていて、その面を繋ぐように斜めに窪みが入り等間隔で短い刃が飛び出している。


四角錐にしたのはその方が作りやすいだろうと思っての事だが、ウーシアの作った槍は俺が期待した以上に図面に正確に作られている。もう武器職人としても食っていけるだろう。


ウーシアが風呂から出てから、三人でゴーレムに装甲を載せていく。大体の部品は用意していたけど細かい調整や溶接はウーシアの腕が必要だ。程なくして新たなゴーレム『ガライア』は完全装備を終えた。後は燃料の魔鉱石を入れるだけだ。


「二人ともありがとう。これならバルバンボの爺さんも満足してくれるだろう」


「見た目は普通の槍ゴーレムみたいですけど……」


「これで壁が壊せるのか?」


満足げな俺の横でリティッタとウーシアがイマイチ頼りないという目で『ガライア』を見ているが、俺は構わず胸を張った。


「それは、明日のお楽しみだな」








翌日。乾燥した熱い風が強く吹く中、俺たちはバルバンボと荒野迷宮の入り口近くで待ち合わせた。


「ゴーレムが出来たのはありがたいが、何でこんな所に呼びだしたんじゃ?」


「使い方を教えるついでにデモンストレーションもしないとな。強さがわからないと金を払う気にならないだろう?」


「確かに、コイツでリビングウォールを倒せるかと言われると難しいのう」


昨日のリティッタ達と同じように『ガライア』を訝しむような目で見るバルバンボ。俺は魔操杖をスタンバイすると杖の先で少し離れた所にある岩を指した。


「じゃあ、あの岩を今から壊して見せよう」


「あの岩を!?」


リティッタがすっぽり隠れる程の大きさの岩だ。驚く三人の前でスイッチを押すと、『ガライア』の胸の装甲が下がり、中の大きな歯車が露出した。ゴーレムは右手に持つ大槍の柄をその歯車の中心にある穴に差し込むと、両手でハンドルをしっかりと握り腰を落とした。


挿絵(By みてみん)


「行くぞ!」


胸に挿した槍が音を立てて回転を始める。


「おおっ!?」


ドリルと化した槍を岩に向け『ガライア』は突進を始めた。回転する穂先が岩に接触し、ガガガガガガガ!と耳障りな騒音をまき散らし始めた。暴れる槍を抑え込む『ガライア』の体も左右にがくがくと震える。


「だ、大丈夫なんですか!」


「問題ない、見ろ!」


岩にドリルを打ち付けてからきっかり三秒後。大きな岩全体にビシビシッ!とヒビが走ったかと思うと、岩は無数の小石となって砕け散った。土埃の中『ガライア』のドリルの回転がゆっくりと速度を落として、背後のパイプから蒸気がぷしゅーと盛大に噴き出た。


「見事じゃ。ほんにお前さんの腕は見事の一言に尽きる」


体にかかった土埃をぱんぱんはたき落としながらバルバンボは賞賛の言葉をくれた。それから懐の財布から大銀貨14枚を出す。


「これならあの憎い壁に穴を開けてやれるじゃろうて。早速貰って行くぞ」


「ああ、気をつけて行ってきてくれ」


魔操杖を受け取ったバルバンボは意気揚々とディルクローネに降りるエレベーターの方へ向かって行った。


それから四日後。あちこち切り傷だらけのバルバンボと街角で出会った。


「ずいぶん酷いケガじゃないか。上手く行かなかったのか?」


「いやあ、リビングウォールは倒したんじゃがな」


立ち話も何なので近くの揚げ物屋に入ってポテトフライと酒を頼む。


「最初からやけに足の速いリビングウォールだなと思っていたんじゃが、実は後ろから黒オークがたくさん押しててな」


「オークが?」


思わぬ話に酒を吹きかけた。壁の魔物を後ろから別の魔物が押しているとは。


「あの『ガライア』で穴を開けて倒した!と思ったらその穴からわらわらオークが出てきて大乱戦よ。ワシも一生懸命ハンマーを振り回して何とか命を繋いだわい。お陰でいい鉱脈を見つけることができたがの」


傷だらけの顔でガッハッハと高笑いするバルバンボ。とにかく無事で良かった。


「元気な爺さんだな、ホントに」


「元気は大事じゃぞ、仕事をするにも、長生きをするにもな」


「肝に銘じておくよ」


そう言うと俺たちは笑顔で乾杯をした。




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