1-67 鎧と女:後編
俺はリティッタに二人分の焼き菓子を用意して貰いチェルファーナの工房へ向かった。二人がイチャイチャしてるシーンを見るのは流石に気が引けるのでちゃんとノックをして返事を待つ。
「はいはい、お待たせしました……ああ、ジュンヤさん。こんばんわ」
すぐに作業用エプロンをつけたウェインが出てきてくれた。あちこち煤がついているのは掃除でもしていたのか。
「やあ、新しい職場の調子はどうだい」
「まだまだ慣れない事だらけで……よく怒られています」
「どんな仕事も、最初はそんなもんさ」
苦笑いするウェインの肩を叩いてから差し入れのお菓子を渡す。
「わ、ありがとうございます。チェルファーナさんが喜びます」
「ああ、それでその怖い女社長さんはいるかな?ちょっと相談したいことがあってね」
「呼んできますから中で待ってて下さい。お茶も用意しますから」
お構いなく、と言う俺の言葉も聞かずにウェインは奥の方へ消えていった。仕方なく近くの椅子に座っていると同じく作業用エプロンをしたチェルファーナが出てくる。
「悪いな急に。仕事中かい?」
「アンタが急に来るのはいつもの事でしょ。丁度一機完成したところだから、少しくらいなら聞いてあげるわ。どうかしたの?」
良かった、今日は少し機嫌が良いみたいだ。俺は安心してポケットから例の人工魔石を出しテーブルにそっと置いた。
「マイハライトね」
「流石。知ってたか」
「ムトゥンドラの生徒なら一年生だって知ってるわ。少量の魔力をプールできる人工魔石でマテリアルゴーレムにも使う事があるもの。組成も難しくは無いけど容積に対する魔力プール量が少ないから作っても材料費で損をする事の方が多いのよね」
綺麗だから私は好きだけど、と付けくわえながらくるくると手の中で回すチェルファーナ。
「で、これがどうかしたの?」
俺は鎧女達の事はすっ飛ばし(話すのが面倒くさい)ウォーライモスという魔物の放つ光線の話をした。
「マイハライトにそんな性質があるんだ。知らなかったわ」
「チェルファーナはマイハライトを作れるんだろう?全身マイハライトのゴーレムを作ってくれないか?」
「無理ね」
あわよくばチェルファーナにゴーレム作りを全部任せて仲介料だけ頂こうと思っていた俺は意外な返事に一瞬フリーズした。
「むり?」
「マイハライトは軽いかわりに凄くもろいの。全身マイハライトのゴーレムなんか作ったら歩いてるだけで足の関節がすり減って最後には膝か足首が割れちゃうわ。おまけに他の鉱石類との融着率も悪いからアイアンゴーレムとかとミックスして作ることもできないし」
「そうなのか……じゃあ、マイハライトの板をいくつか作ってもらうことはできるか?」
俺の要望にチェルファーナは腕組みして意地悪な笑みを見せた。
「いいけど、高くつくわよ」
「……当の本人の前で人の真似をするなよ」
「たまにはお返ししとかないとね」
ニヤニヤ笑うチェルファーナにいくつかの大きさのマイハライト板を頼み(締めて銀貨18枚)、俺は工房に帰った。それから『ラッヘ改』をベースにパワー型のゴーレムの組み立てを始める。動力系は全て背面に回し胴体中央には大きなスペースを設けた。
「なんだか『ディケルフ』に似てますね」
リティッタが前にケインに作ってやった剣回しゴーレムの名前を出した。確かにアレも胴体内部を利用したゴーレムだった。
「完成したら全然違う外見になるけどな……リティ、この街じゃ鏡って高価なのか?」
「鏡ですか?大きいのは高いですけど手鏡くらいなら銅貨数枚ってとこです」
「よし、出来るだけ安い鏡をたくさん買ってきてくれ」
「なんだかわからないけど、わかりました!」
可愛い敬礼をしてリティッタは街の方へ走っていった。ウーシアがその背中を見ながら俺の方へやってくる。
「ダンナさま、頼まれていた部品は全部できたぞ。今回は武器とか盾とか打たなくていいのか?」
「ああ、どっちかって言うと盾系のゴーレムだからな。本体の組み立てが終わったら釣りに行ってもいいぞ」
「ありがたい。今夜こそゴウケツウオを釣り上げてやる」
ゴウケツウオというのは湖の魚の中でも暴れん坊で他の大人しい魚を食い荒らす上に網や釣り糸も噛み切ってしまう凶悪な奴らしい。ノースクローネの漁師や釣り人の間で目の敵にされている凶悪犯的な存在だ。
「頑張ってくれ」
「ダンナさまもな」
数日をかけてラトーニから依頼されたゴーレム製作を進めた。本体の出来上がりは文句ないのだが肝心の“機能”の調整に手こずっているのだ。
依頼の日から丸五日、薄暗い工房の中にノックの音が響いた。
「どうぞ」
ガチャと小さく開いた玄関から外の光が差し込んでくる。
「こんにちわ……わ、暗い」
「ホントだ、暗いな」
「何だか不健康ですわね」
「やっぱりゴーレム職人ってこーゆー悪の組織っぽい所で仕事してるんじゃない?」
「……ラトーニ達か」
なんか好き勝手言いながら入ってきた鎧の集団にため息を吐きながら俺は部屋の窓を開けた。外の光で一気に工房の中が明るくなる。
「これがゴーレムか。なんか変わった見た目だけど綺麗だし強そうだな」
赤い鎧女がペチペチとゴーレムの腕のあたりを叩いた。変わった見た目というのは胴体を中心に貼り付けてあるマイハライト鉱石の事を言っているのだろう。頭を含め前面から見れば七割近い面積がマイハライトで覆われている。オレンジの鎧忍者女もくるくると周囲から興味深そうにゴーレムを観察している。
「どんなゴーレムなの?」
「説明してやってもいいが……その前にお前ら俺に言うことは無いのか?」
ケジメというのは大事である。日本でも異世界でもだ。
「そうですよ、みんなちゃんとジュンヤさんに謝って」
腰に手を当てて三人の仲間を叱るラトーニは、確かにリーダーらしいしっかりした態度だ。魔物討伐のパーティを率いるだけはある。シュンとした三人が渋々と順番に俺に頭を下げた。
「す、すまねえな」
「アタシたち、どうも他人には疑い深くなっちゃって……」
「あと、ジュンヤさん自身も強いって聞いたら好奇心も沸いてしまいまして」
「本当にご迷惑をおかけしました」
ごめんなさいと四人そろって頭を下げられれば、こちらとしてもそれ以上怒るのも憚られる。俺は怒りをぐっと飲み込んで平静を保つことに努めた。
「今後はあんな風に初対面の人間にケンカ売るのはやめた方がいいぞ。それを守ってくれるなら今回の件は許してやる」
「わ、わかったよ」
居心地の悪そうに赤鎧女が頭をぽりぽりと掻いた(兜を被っているので掻けてないのだが)。気を取り直して俺はゴーレムに向き直る。
「こいつは『ヴァールダン』。ウォーライモスの熱光線対策に作ったゴーレムだ。ラトーニの盾についていたマイハライトを大量に貼り付けてある。これで熱光線をほぼ無効化できる」
おおー、と四人から感嘆の声が漏れる。
「つまりこいつを盾に接近戦というわけか」
「だがマイハライトは脆くて接近戦には弱い。体当たりでも食らえばバラバラにされてしまうだろう。そこで一つ隠し兵器を搭載した」
「隠し兵器?」
ラトーニ達が頭を傾げる前で俺はまた窓戸を閉めた。再び暗くなる工房の中、屋根の小さい窓からの光だけが砂時計の砂のように天井から細く降り注いでいる。
「この光がウォーライモスの熱光線だと思ってくれ。この光を……」
俺は手鏡を持って上からの光を『ヴァールダン』に反射するようにした。暗い工房中、細い光が『ヴァールダン』の頭に当たるとマイハライトの性質で壁にさらに跳ね返る。そしてその光をそのまま下方向にずらしていくと……。
「おおっ!?」
「ジュンヤの方に跳ね返った!」
手鏡から『ヴァールダン』の胴体に当たった陽光は、逆に俺の方へ跳ね返ってきた。
「この胴体の中にな、鏡をお椀のように配置した。内部に入った光線は中央部に反射され正面に跳ね返るように作ったんだ。この鏡の配置が実に大変だった。これでウォーライモスに熱光線をそのまま撃ち返してやれると思う」
俺の説明にラトーニ達が賞賛の拍手をくれた。ゴーレム屋として幸せを感じる一時である。
「これなら有利に戦えるんじゃねえか?すげえなジュンヤ!」
「さすが、私たちと渡り合ったお方ですわ」
「ちょっと惚れちゃうかも!」
キャーキャーと俺を褒める嬌声が上がるのだが、それが全身鎧の女達からと思うとあまり嬉しさも半減してしまう。リティッタの手前あまり浮かれるわけにもいかないので俺は商談を進める事にした。
「てなわけで、締めて銀貨200枚だ。こいつでバッチリ討伐決めてきてくれ」
「ありがとうございます!頑張ります!」
ラトーニに魔操杖を渡し、使い方をレクチャーする間に会計をリティッタとウーシアに頼む。それが終わると四人は意気揚々と工房から外に出た。
「じゃあなジュンヤ!」
「お世話になりましたわね」
「絶対やっつけてくるからね!」
手を振りながら走っていく仕草は若い女の子そのものだ。ドスドスという重い足音とゴツイ鎧姿を除けばだが。俺たちはいい加減その事にも慣れてラトーニ達の後ろ姿を見送った。
「ケガするんじゃねーぞー」
数日して、俺の工房に一通の手紙が届いた。ピンク色の可愛い紙を封筒にしたもので、裏返すとラトーニの名前があった。
「ラトーニ達からだ」
「読ませてください」
糊を丁寧に剥がすのが苦手なので開けるのをリティッタに任せる。椅子に座ってウーシアからコーヒーを受け取っていると、先に手紙を読んでいたリティッタがクスリと笑った。
「なんて書いてあった?」
「無事にウォーライモスは倒せたみたいですよ。でもみんなボロボロで危なかったみたいです」
手紙には、『ヴァールダン』が見事に熱光線を跳ね返してウォーライモスの角を焼き切った事、それから勢いづいたステラ(赤い奴だろう)が突っ込んでいってぶっ飛ばされた事、そこからの立て直しが大変で泥仕合になったことが細かく書かれていた。
“本当にありがとうございました。またノースクローネに立ち寄った際は必ずお礼に伺います。ラトーニ”
「良かったな、ダンナさま」
「ああ、俺達のゴーレムが役に立って何よりだ。チェルファーナにも礼を言いに行こう」
出会いは酷いものだったがまた一ついい仕事が出来た。俺は満足してコーヒーを一気に飲み干した。




